145 融合世界へ
グラーゼンからの呼び出しは、大抵が碌でもない事の前触れだった。
そうでない用事、他愛のない頼み事や提案なら、彼は大体自分から僕の魔界を訪ねて来る。
だから今日、グラーゼンに呼び出されて彼の魔界を訪れた僕は、少しばかり不機嫌だ。
勿論呼び出された時が毎回こんな風に不機嫌な訳ではないのだが、今回は丁度折悪く、昨日、実験区域の幻獣が住まう地域で、僕に懐いていたグリフォンが老衰で死を迎えた。
もしもあの子が望んで居たら、僕はその魂を懐に入れ、悪魔として新生させただろう。
しかしあの子は僕に懐いては居ても、自由こそを愛して他者に頭を垂れない空の幻獣だったから、その魂を見送った。
恐らく再びあの魂と巡り合う事はない。
僕はあの子が雛だった頃から知っているが、二百、否、大分頑張ってくれたから三百年程か、悪魔から見れば短い時間で、グリフォンは風の様に吹き抜けて行ってしまった。
悪魔の王と言う立場からすれば些細な出来事ではあるのだろうが、そんな時に呼び出しを喰らえば、まぁ虫の居所も悪くなると言う物だ。
案内をするべく出迎えに来たグラーゼン派閥の悪魔達が、漏れ出す僕の荒れた魔力に顔を引き攣らせている。
普段なら可哀想だと直ぐに自分を抑えるのだが、今の僕はどうにも不感症で、そんな彼等を気にも留めない。
けれども、僕の頬を小さな手がパチリと叩く。
「駄目だよー。レプト様、皆怖がってるじゃない!」
襟元から這い出して、そんな言葉をぶつけて来たのは、僕の腹心の一人であるピスカだ。
恐れ知らずの行いに、周囲のグラーゼン派閥の悪魔達が慄くが、そんな事は気にも留めずに彼女は僕をぺチぺチと叩き続ける。
元々は妖精だったピスカは、お調子者で悪戯好きで、でも臆病者だった。
決して強い存在でない妖精だったからこそ、慎重に周囲を見る目を持っていた彼女は、悪魔として力を手に入れて以降も決してその目を手放さずに持ち続けて居る。
だからこそ昨日から、僕が少しばかり哀しんでる、悼んでる、寂しがってる気配を察して、ずっと傍にひっ付いて離れない。
今のこんな行動も、後々に振り返って僕が自分の行いを後悔するだろうから、こうして諫めてくれてるのだろう。
ピスカにそんな風に諫められれば、拗ねてる自分が恥ずかしくなる。
「あぁ、もう痛い痛い。わかったよ。ごめんごめん。ちゃんと抑えるからさ」
だから僕は敢えて痛がるフリをして、肩に乗ったピスカを指で軽く突く。
良く考えれば本当に、グラーゼンと会う前にこうして我に返らせてくれたのは有り難い。
落ち着いた様子の僕を見て、案内役の悪魔達が近寄って来る。
さて、では一体、今日は何の用事で僕はグラーゼンに呼び出されたのだろうか。
星々が浮かぶ暗闇の空間を、僕は真っ直ぐに歩く。
そうして辿り着く場所は、円卓の座。
本来ならグラーゼンを盟主とした同盟に参加する十二の悪魔王が会議をする際に使用されるその円卓には、今は席が二つしかない。
即ち僕とグラーゼンだ。
「ようこそ、友よ。今日も君を迎えられた事を、私は喜びに思う」
席から立ち上がり、大仰に手を広げて歓迎の言葉を述べるグラーゼン。
誰に見せる訳でもないのに、妙に芝居がかってる。
だから僕はそんな茶番には付き合わず、さっさと自分の席に座り、
「良いよ、グラーゼン。何か難題があるんでしょ。本題に入ろう。君の事だから見てたとは思うけれど、今日の僕はあまり機嫌が良くない。今は少しマシだけどね」
単刀直入にそう告げた。
僕の言葉に、苦笑いを浮かべるグラーゼン。
少し、珍しい。
「ふむ、実に間が悪かった様だ。友を諫めてくれたピスカには感謝しよう。では本題だが、ここに十二の世界がある。そしてこの十二の世界は、今滅びの危機に瀕してる。さて友よ、君はこの世界をどうするべきだと思う?」
グラーゼンがそう言えばこの空間のあちこちから、バスケットボール位のサイズの、十二の世界の虚像が飛んで来る。
……さて、今一つグラーゼンの意図が掴めない。
球形の世界もあれば、平べったく端から水が流れ落ちるタイプも世界もある。
流石に宇宙にまで大きく広がったタイプの世界はないけれど、一体グラーゼンは僕に何を問いたいのだろうか。
だが僕が首を傾げた時、おずおずと言った風に、襟元がピスカに引っ張られた。
「レプト様、聞いて良い? 前から知りたかったんだけど、何時も呼び出されてる世界って、どこまでが世界なの?」
成る程、良い質問だ。
グラーゼンの意図を掴めない僕には、考えを整理する意味でも丁度良い。
勿論ピスカも他に悪魔王が居る場では、余計な口は挟まないだろう。
しかしグラーゼンはこの手の横槍を、ピスカの考えを見抜いた上で咎めないし、万一咎めたとしても僕が庇う。
故に彼女は、このタイミングでそれを問うた。
「そうだね。一言で口にするなら、その世界の神性や生き物が、認識してる範囲が世界だよ」
例えば神性の全てが地上に住み、外に興味を示さず、人間等の知性体も自らが耕す畑や、森で狩れる獲物の事ばかり気にしてる世界なら、その地上が世界の全てだ。
月や太陽には神性が住む事が多いから、その場合はそこまでが世界となる。
人が星の海を観測し、更に進出する技術を手に入れたなら、世界は勢い良く広がって行くだろう。
Aと言う惑星に人と神が住み、遠く星の海を隔てたBと言う惑星にも、また別の人と神が住んでいたとしよう。
この場合は同じ世界に思えるかも知れないが、実はAと言う世界と、Bと言う世界は別物だった。
Aの世界の人か、Bの世界の人が星の海を越え、互いの存在を認識したなら、その世界は繋がる。
言うなればAとBは隣接する近しい世界と言う訳だ。
一体どう言う事かと言えば、僕等悪魔はその気になれば星の海も移動出来るが、AとBの世界が互いを認識せずに繋がっていなければ、悪魔は星の海を移動してAからBに移動出来ない。
世界の壁にぶつかってしまう。
まぁ要するに、この場合の世界って言葉は、僕等悪魔、或いは天使等も含めたその外側の存在が、自分達のわかり易い様に使っている言葉だった。
そして困った事に、その言葉の定義では括れない例外も割とある。
実際の所、その辺りの全てを正確に理解している存在は、多分居ない。
世界とは強固な物に思えて、意外とあやふやな物でもあるのだ。
さて、ではピスカの疑問に答えた所で、グラーゼンの問い掛けに戻るとしよう。
先程のピスカからの質問には、世界の定義を説明したが、それでも世界は『意外とあやふやな物』だとも教えた。
「滅びる世界は、滅びる理由があったのだから、滅びるままにしたら良いと思うけれど、そう言う事じゃないね」
僕は額に指を当て、考える。
多分、そう、グラーゼンの意図は『滅びる世界があるのだけれど、これって勿体なくないか?』って事だと思う。
彼はその二つ名の通り、何だかんだで強欲だ。
もしもそのまま世界が滅びるなら滅びるで、持ち出せる資源を持ちだしたり、或いは何らかの派手な作戦に使ったりしたいのだろう。
いやしかし、それでは未だ足りない。
纏まりそうで纏まらない考えをこねくり回していると、ふと、再びピスカが僕の耳元で囁く。
「レプト様、十二個もあるなら、どれか一個くらい助けてあげられないの?」
……と。
あぁ、そうか。
そう言う事か。
勿論単に助けるだけなら、僕やグラーゼンが損失を覚悟で力を振えば、一つと言わずに全ての世界も救えるだろう。
でも今回の話は、僕や彼が損をしようって話じゃない。
滅び行くそれぞれの世界から、持ち出せるだけを持ちだして繋ぎ合わせれば、新しい一つの世界を構築できるんじゃないだろうかって話だった。
「細かい調整は凄く面倒臭いけれど、十二個分の世界から生きた欠片を集めて繋げば、そりゃあ物凄く力強い世界が生まれるね。……で、その調整を僕にやれって?」
そう問えば、グラーゼンは笑みを浮かべて頷いた。
考えた末に出た結論は、どうやら間違いじゃなかったらしい。
「より正確に言えば、滅びそうな世界の神性からの救援要請を受けたのだ。あぁ、確かにそれは難しい作業になるだろう。そんな事が出来る悪魔王は、己の魔界に人や様々な生き物を住ませ、複雑な環境を構築している友よ、君位だ。そして友は、困難な仕事こそを、今は求めていると思うのだよ」
殴りたい、その笑顔。
だけどグラーゼンの言葉は、かなり正しい。
自分で言うのも何だけれど、そんな作業が出来るのは、ヴィラのサポートを受けた僕位だろう。
それに困難を望んでいると言うのも、多分きっと間違いじゃない。
大きく溜息を吐いて、こちらを覗き込むピスカの頬を、僕は指先で軽く押す。
僕の気持ちは定まった。
やってくれと頼むなら、仕方ないからやってやろう。
まぁ丁度良い気晴らしだ。
グラーゼンがどれだけの事を期待してるのかは知らないが、僕の、そして僕の派閥の本気を見せてやる。
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オマケです。
お気が向かれましたらどうぞ。