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143 終末の種と一杯のラーメン1


 ゴウッと唸りを上げて飛んで来る折れたビルの上層部を、僕は魔法の障壁を展開して受け止める。

 別に魔力も乗らない質量攻撃位、喰らった所でどうって事はないのだが、でも痛みはなくても衝撃はあるから、敢えて自分の身で受ける気はしない。

 しかしそれにしても、

「まだまだ尽きる気配はなし、か。元気な子供は可愛いけれども、これは少しやんちゃが過ぎるかなぁ」

 都市一つを廃墟にしても尚、対象の暴走は収まる気配が全く見えない。


 そして思わず苦笑いを浮かべた僕の身体が、不意に何かに捕まれる。

 どうやらビルを投擲した所で意味はない事を悟り、直接攻撃に出たらしい。

 問い掛けには応じない癖に戦闘に関しての判断はちゃんと下せるなんて、全くどんな暴走の仕方をしているのか。

 展開した魔法の障壁をすり抜けて、直接僕を捕らえた不可視の巨腕は、そう、超能力による物だ。


 地面に向かって、思い切り放られる僕の身体。

 あぁ、一度地面に叩き付けてから、拳をぶつけて潰そうと言うのか。

 ……全く以って無駄なのだけれど、僕が悪魔でなかったならば、実に有効な戦い方だっただろう。


 僕はアスファルトの地面に穴をあけ、更に降り注ぐ拳の乱打に地の下へと埋められながら、大きく大きく溜息を吐く。



 色んな世界を見て来たけれど、僕が知る限り超能力には二種類の使い手が居る。

 一つは超能力とは称しても、魔力を用いて、結局は魔術を行使している者。

 魔術の様に魔力を用いる術が技術化されてる訳じゃないけれど、恐らくは魔力を行使する回路を先天的に持って生まれたのであろう者が、自らの能力を超能力と認識してる場合だ。

 多くは普通の魔術師よりも効率良く魔力を使うが、炎を発する、物を動かす、自らの肉体を転移させる、等の限られた事象を一つか二つしか引き起こせない。


 この手の先天的回路の持ち主が、正式に魔術を学ぶと、回路と技術が相反して碌に習得できないか、或いは恐ろしい程の使い手が生まれる。

 まさに天分の才と言う奴だ。

 尤も真の天才は、先天的回路を持たずとも、回路の使用以上に緻密に術式を編む、グラモンさんの様なアークウィザードを言うのだけれど。

 まぁさて置こう。


 もう一つの超能力者は、桁外れの精神力が物理にまで影響を及ぼしてるタイプだ。

 あまりに巨大な質量の持ち主が動けば地響きが起きる様に、大き過ぎる精神力は物理現象を起こす事があるのだ。

 ただこの場合の精神力とは、出力の話であって御する力ではない。

 その精神性が幼くても、精神力の出力が高ければ物理現象は起きる。


 圧倒的に我慢強い精神の持ち主にも超能力は宿り得るし、逆に精神力の出力が高過ぎて圧倒的に切れ易い者にだって超能力は宿り得る。

 この二つ目の超能力は制御も難しいし、力を行使するに当たって効率も悪い。

 まぁ元々精神力は物理に影響を及ぼす為の物じゃないから当たり前の話なのだが。


 但し良い所がなさそうな二つ目のタイプの超能力にも強力な利点はあって、それは相手に直接作用させれば魔力を用いた魔術の防御はおろか、その超能力者用にカスタマイズして魔素と霊子を操作しなければ、魔法の防御すらもすり抜ける事だ。

 具体的に言えば炎を発してぶつけたり、念動で岩を持ち上げてぶつける等の攻撃は障壁に防がれるが、念動力で直接首を絞める等した場合には防御が意味を成さない。

 尤もこれは逆も然りで、物理現象を介さない場合は、このタイプの超能力は魔術や魔法に干渉しないしされなかった。


 そして今僕に攻撃を加えているのは、この二つ目のタイプの超能力者だ。


「しかしそれにしても、出力が高過ぎるよね。後息切れもしてない。一体君は何なのかな?」

 僕は適当に炎の魔法を放ち、それによって相手の攻撃を誘引しながら、そう呟く。

 先にも述べた通り、二つ目のタイプの超能力は力の使用効率が悪いのだ。

 余程の精神力の持ち主が、あまりの事にブチ切れて、自らを燃やし尽くしながら力を振えば、アレだけの出力を発揮する事も不可能とまでは言わないが、あまり現実的ではないと思う。

 そもそもそんな風に自分を燃やしながら戦えば、遠からず息切れしてしまう筈なのに、僕に向かって散々攻撃を加えながらも超能力の出力は落ちる様子をまるで見せなかった。


 若干面倒になって来たから、相手を放り出して帰りたくなるけれど、流石にそれは些か拙い。

 今回の僕に召喚主は居ないけれども、一応とは言え契約を交わした相手はちゃんと居る。

 彼が、契約主が何とかしてくれと叫び、僕はそれを了承したのだから、この騒ぎは何とかせねばならないだろう。



 今日、僕がこの世界にやって来たのは、召喚による物でなく、世界を自由に移動出来る悪魔である、アニスに連れられてラーメンを食べる為であった。

 そう、ラーメンだ。

 色んなバリエーションがあって美味しいよね、ラーメン。

 偶に凄く食べたくなる日がある。


 僕達悪魔は基本的に飲食の必要はないけれど、食べれば味はわかるのだ。

 寧ろ基本的な飲食の必要がない身体の分、いざ食べるとなれば大量摂取も可能である。

 ざる蕎麦を手繰ったり、熱々の饂飩に卵を落として出汁醤油を垂らして混ぜて掻き込むのも良いけれど、今日はラーメンの気分だった。

 そうしてアニスと一緒に朝からラーメン店を食べ歩く事、確か十二件目、驚く程に美味しいラーメンに僕は出会う。 


 けれども汁の一滴まで飲み干して、満足感と共に息を吐いた時、不意に店が、大地が大きく揺れ出す。

 明らかに普通の地震ではあり得ない揺れ方に、驚き慌てふためいた店主が、

「誰か何とかしてくれぇっ!?」

 と叫んだので、僕は了承して店を守った。


 すると破壊し損ねた店を狙い、超能力者が攻撃を仕掛けて来たので、僕は注意を自分に引き付けながら、店を守る為にこうして戦い、今に至る。

 ……あぁそう言えば、対価の相談をしていない。

 食べたラーメンの料金を支払ってないから、もしかしてあれが対価になるんだろうか。

 いやまぁそれだけの価値はある一杯ではあったけれど、我ながら少しどうかと思う。


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