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142 その裏側で



「ふざけるなぁ!」

 八州国、神秘対策室の所長である、六車・庸喜(むぐるま・ようき)は思わずそう叫んで己のデスクを強く叩く。

 普段は冷静沈着な彼をしても、今起きてる事態はあまりに理不尽過ぎたから。

 庸喜の剣幕に神秘対策室の職員達は思わず首を竦めるが、しかし神秘対策室の副所長である八坂・科野(やさか・しなの)だけは真っ向からそれに対峙して、

「いいえ、所長、間違いありません。確認された悪魔は間違いなく超級、つまり悪魔王です。……何故そんな存在があからさまにこちらの警戒網に痕跡を残しているのかは、謎のままですが」

 首を横に振ってそう告げた。


 その言葉に、神秘対策室内に満ちる絶望は色濃い。

 何せ国内に、その気になればあっさりと国どころか世界を滅ぼせてしまう存在が現れたのだ。

 神秘対策室はその名の通りに、妖物や悪魔の類を処理する為の部署であるが、それだけに悪魔王がどう足掻いても手も足もどころか、相対して直視する事すら本来は叶わわぬ存在だと理解してしまう。

「都市脈使用型魔法陣に引き寄せられるのは、大半が下位、悪くて中位だと計算されていた筈だろうっ……!」

 苦い、苦い顔をして、庸喜は呻く。

 そう、そして神秘対策室は、そんな下位や中位の悪魔と戦う為に在る。

 科学、魔術を問わず、あらゆる手段を使ってそれ等と戦い、時には犠牲を出しながらもこの八州国を守って来た。

 なのにどうしてこんな理不尽が起きてしまったのか。


 都市脈使用型魔法陣は、この八州国の要と言って良いシステムだ。

 この魔法陣で得られた力は『竜王』と呼ばれる天候等の自然を操作する術式に用いられ、諸外国から国を守るのみならず、地震や台風等の災害も沈静し、農業に必要な雨と陽光を、人が生活するのに適した気候を齎してくれている。

 これを破棄する事は、国を放棄するのと同義だった。


「計算が正しくても間違っていても、現れた悪魔王は消えてくれません」

 冷静な言葉を発する科野だが、実際の所は彼女だって余裕はない。

 仮に庸喜が取り乱して叫んでいなければ、科野が代わりにもっと取り乱して叫んだだろう。

 それ位に、悪魔王の出現は衝撃的で、絶望的で、どうしようもなかった。


 ちょっとした衝撃で爆発し、世界を壊してしまう爆弾が身近に潜んでいると聞けば、誰だって平静で居られる筈がない。

「……悪魔王が観測されたデータから推察して、その目的は何だと思う?」

 大きく息を吐き、少し勢いを弱めた庸喜が、科野に問う。

 悪魔王には手出しは出来ない。

 だからと言って、放っても置けない。

 幸い八州国は諸外国から情報を遮断しているので、悪魔王出現が外に知られる事はない筈だ。

 故にそう、問題は悪魔王にどう対応するかに絞られる。


「現在彼の存在が観測されたのは、どれも鉄道に関係した場所ばかりです」

 唇を一度噛み締めてから、科野はそう口にした。

 結論は言わない。

 けれどもその言葉が意味する事は、一つだけ。


「あぁ、まさか悪魔王ともあろう者が、巨大なプラレールを作って遊びに来た訳じゃないだろう。……ならば狙いは、都市脈使用型魔法陣か」

 庸喜の言葉に、科野は沈痛な面持ちで頷く。

 八州国が建国されて以来、考える限り最大の危機に対して、神秘対策室は対応を迫られていた。



 勿論、全ては彼等の勘違いである。

 件の悪魔王、レプトは親切心で、都市脈使用型魔法陣が悪魔を呼んでしまう危険を示唆する為に自分の痕跡を残していたし、都市脈使用型魔法陣にも興味はない。

 寧ろ庸喜の言った、『巨大なプラレールを作って遊びに来た』って言葉の方がまだしも正解には近いだろう。

 だがそんな事は当然知らない神秘対策室はレプトの動きに勝手な想像を働かせ、最悪の場合に備え、ずぅっと動き回る羽目になる。


 五年後、レプトがこの世界を去った後、神秘対策室の所長である、六車・庸喜は緊張の糸が切れて倒れ、病院に運ばれた。

 彼の胃はこれ以上ない位にボロボロだったと言う。

 ……が、その五年間を共に乗り切った副所長、八坂・科野との間には強い絆が育まれ、退院後に二人は入籍したそうだ。


 これは悪魔王が動いた影で起きていた、他愛のないお話。




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