<< 前へ次へ >>  更新
141/152

141 魔界を走る悪魔列車


 チカチカとヘッドランプが、或いは前照灯とも言うらしいそれが、瞬く。

 本来ならもう光を灯す為の電力なんて、何処にも残ってない筈なのに、チカチカと訴える様に。

 そしてそれは実際に言葉であり叫びだった。


 悪魔は召喚主との繋がりによって想いを理解し、言葉を習得する。

 でもまさか、役目を終えて公園に飾られている古い電車と、言葉をやり取りする事になるとは、流石の僕も思わなかった。

 あぁ、いや、人に造られた物が魂を宿すケースは稀ではあるけれど、皆無じゃない。

 付喪神って考え方のある世界は意外に多いし、インテリジェンスソード等の意思を持つ魔導具だって存在してる。

 僕の配下の高位悪魔であるヴィラは、永い時の果てにとは言え、実体のないAI、人工知能でありながら魂を獲得していた。


 故に驚くべきは電車に意思がある事じゃなく、なんで電車が僕を召還出来たのかだ。

 確かに魔界に居た僕に呼び掛ける声は、酷く弱々しく、今にも途切れそうで、だからこそ僕は逆に興味を持ったのだけれど、少なくとも確固とした術式で僕を指定して呼ぶ物ではなかった。

 多分未熟な術者の召喚が、相性で僕に届いたのだろうと考えてやって来たのだが、……うぅん。

 僕を呼び出した電車の周囲には、召喚術を行使した痕跡はない。


 少し首を捻らざるを得ないが、まぁ今は召喚主である、電車の願いを聞く事に専念しよう。


 彼の、……万に一つの可能性として彼女の? 願いは単純だ。

 この電車は、僕はこの世界の鉄道マニアじゃないから型番とかはわからないけれど、とても長く使われて多くの人を運んで愛された。

 それ故に引退後もこうして公園の一角に飾られ、時折整備とまでは行かずとも、掃除などのそれなりの手入れを受けて来たと言う。

 つまりこの電車は、人からの愛情によって魂を得たのである。


 けれどもそんな時間は決して永遠には続かない。

 何事にも終わりはある物だけれど、この電車の終わりは唐突に決まった。

 電車の安置されている公園が、取り壊されて建設される大型マンションの敷地の一部にされると計画されたのだ。

 勿論取り壊される対象は公園だが、電車もそれなりに大きく場所を取る代物で、移設出来るような場所のアテはなく、恐らく廃棄処分になる事を、何時も手入れをしてくれる職員が惜しみながら零したらしい。



 電車は震えた。

 廃棄、即ち死に怯えた訳ではない。

 自分の終わりが決まった時、それまで抑え込んでいた気持ちが溢れたのだ。


 まだ動けて、まだ走れて、もっと人を運べたのに、引退を決められた。

 当然それは、人が整備と点検をしてくれて、運行状況を決めて、運転をしてくれるから成せる事。


 新型の部品と型が合わず、整備の都合が付かなくなる。

 空調システムがいまいちな古めかしい電車を走らせるよりも、新しい電車を走らせた方が乗客が喜ぶ。

 古い電車は操作が煩雑で、新型の電車の方が操作し易い。

 等々の理由を含めて、引退こそが死なのだと、言われてしまえば否定できる要素はなかった。


 でもそれでも、電車は今ここに自分は居ると、客車を引いて人を運びたいと、願わずには居られない。

 そしてそんな願いこそが、僕をこの世界に引き寄せた。

 僕はその願いに惹かれてしまった。

 だったら、そう、その願いを叶えるのが、悪魔たる僕の役割だろう。


 但しその願いは、真っ当な手段では到底叶えられない物だけれども。



 いやいや、単純に走りたいってだけなら、叶える事は実に容易い。

 ……容易いかな?

 そうでもないかな。

 まぁ結構難しいが、何とかならなくもない。


 整備出来る人間を縁を手繰ったりして探し出して唆し、部品も何とか掻き集めて電車を万全に走れる状態にして貰う。

 それからレールも集めて広い場所に設置して、架線を使った架空電車線方式は難しいから、電気は魔法で何とかすれば、走る位はどうにかなる。

 つまり、そう、でっかいプラレール。


 しかし電車の願いはそれのみに非ず、人を運びたいであった。

 しかも一度や二度運んで満足するかと言えば多分そうじゃなく、自分が擦り切れるまで運び、その上で終わりなら喜んで受け入れると言うのだ。

 全く以って、無茶を言うなって願いである。


 僕以外の悪魔なら、客車も現行の物を持って来て強引に繋ぎ、乗客も洗脳して連れて来て、後は適当に魔法で空を飛ばせて走らせて、それっぽい気分を味合わせて『ハイ、終わり』と行くだろう。

 でも僕は、なんかそれはヤダ。

 だってこの電車は、あまりに健気じゃないか。

 長い役割を終えて尚、人を運びたいと言う願いを、自らの終わりが決まるまで抑えて我慢して、それでも人が運びたくて。

 その願いは言い換えれば、人の役に立ちたいって願いだ。


 あまりに健気で、可愛らしい。

 勿論その為に掛かる労力を考えたら、可愛らしいなんて言ってられないのだけれど、幸い僕は王であり、全てにおいて余裕がある。

 僕はこの電車の願いを、本当に望む形で叶えたいと想い、そしてその存在が失われる事を惜しいと思う。

 だからちょっと、本気出す。



 電車を走らせる場所は、僕の魔界に決めた。

 この世界では、既に役割を終えたと言うのなら、僕が貰って悪い事は何もないだろう。

 後魔界電車って響きが、ちょっと格好良いかなって思うのだ。

 僕の魔界には人間も大勢住んでるから、その居住区と色々な場所を繋いで、客車で飲食しながら外の景色を見せてやれば、娯楽としても悪くない筈。


 だが電車を運用する為には、摩耗する部品を生産する職人や設備、整備が出来る知識のある人材、運転手に車掌にその他諸々、一杯必要な物がある。

 故にそれ等を、僕は丸ごとこの世界から持ち出そう。

 人をそのまま連れて行くと、この世界の神性と揉め事になるから、僕は電車の運用に関わる全ての人間に願いを叶える取引を持ち掛け、悪魔として配下に加えねばならない。

 少し考えるだけで凄まじい手間だ。

 でもやる。


 今回、魔界に電車を走らせるのは僕の個人的な我儘だから、配下を使って人海戦術はスマートじゃない。

 縁の糸を手繰る悪魔、イリスの力は借りて、電車と相性の良い人材は探すけれども、それ以外は全部自分でやろうと思う。

 イリスなら、電車を最初に動かす時の乗客は二人きりでと約束すれば、喜んで協力してくれるだろうし。

 恐らくとても楽しい筈だ。



 様々な資材や設備、人材を揃える為にこの世界を飛び回る僕は、上空から見下ろしてある事に気付く。

 この国を複雑に走る鉄道、路線が、その一部だけを見て線を引くと、見事に魔法陣を描いていた。

 環状線の円形は図った様に歪みなく、人や物を運ぶ為の効率だけで考えれば一見無駄な場所にも路線は伸びる。

 明らかに都市計画の中枢部に居る誰かは、魔術知識のある人間だ。


 この魔法陣に電車の願いが作用して、僕に届いたのだろうけれども、大した代物だと思う。

 どんなに力を持った魔術師でも、単独ではこんな大規模な魔法陣は展開出来ない。

 権力の中枢と結びついたからこそ成せる、偉業だと言って過言じゃなかった。


 路線を利用する人々から、影響が出ない程度に魔力や精力を吸い取って稼働するこの魔法陣が、一体何の目的で設置されているのかは不明だ。

 国家防衛なのか、それとも我欲を満たす為か、或いは世界を滅ぼす一手なのか。

 勿論調べればわかる事だけれど、今の僕はそれに関わる気はあまりない。


 偶然ではあったとしても電車はこの魔法陣の力を借りて僕に願いを届けた。

 つまり意図したものでなくとも、魔法陣を設置した誰かには恩がある。

 故に僕は、例えこの魔法陣が意図せず悪魔を召喚してしまうと言う重大な欠陥がある事だけを、敢えて姿を見せて動き回って証拠を残して教え、それ以上は関わらない。

 向こうから手出しをして来たならば話は変わるが、一つ所に留まらずに動く僕を、その誰かが捕捉する事は難しいだろう。



 そうして僕と電車が出会ってから五年程が経ち、漸くその願いは魔界で叶う。

 路線を引く為に住居を移動させたり、森の木々に少し動いて貰ったり、山に穴を開けたり、無駄に豪華な駅を建設したりもした。

 運行に関わる為に、この世界で僕が配下に引き入れた数は数十人。

 実に大きな仕事だったと言えるだろう。


 でもこれを成してして思うのは、当たり前に縦横無尽に路線を引いて、間断なく電車を運行させて居る人間は、やはり凄いなって事だ。


 今、僕の魔界を走る古めかしい電車からは、喜びの感情が溢れ出ていた。

 自分はこれからも人の役に立てるのだと、輝かんばかりの喜びが。

 これから先、恐らくは幾度も改修を重ね、僕の魔界が保有する技術を用いて、この場所に見合った姿に少しずつ変わって行くだろう。

 けれどもこの電車が発する、この喜びの感情だけは変わらぬ様に、何時までも人を乗せて走り続けて貰おうと思ってる。



<< 前へ次へ >>目次  更新