140 魔法少女とマスコットのレプちゃん3
けれどもそんな少女達はさて置いて、僕はそろそろ真面目にカリエラの説得に掛かろう。
聞いた話によると、彼女の派閥は信仰集めの一環として、力を貸し与えた少女達にキュアリーエンジェル隊として慈善活動、ヒーロー活動を行わせている様子。
真面目なカリエラからは到底出て来なさそうな発想だが、どうやら彼女の部下が発案者なんだとか。
普段は直接キュアリーエンジェル隊と関わる様な事はしないカリエラだが、今回は魔法少女マリーゴールドの影に強大な悪魔の影を感じ取り、わざわざ出張って来たらしい。
……であるならば、天使がそれで良いのかって突っ込みさえさて置けば、カリエラ達の目的は決してマリーと相反しない。
そもそもマリーは、キュアリーエンジェル隊に、特にエンジェルチャームに対しては憧れていたから、協力し合う事になれば寧ろ喜ぶだろう。
カリエラ達にとっても、強い力を持ち、注目度の高い魔法少女マリーゴールドと協力すれば、話題作りとしては最適な筈。
そして何より、これから登場する筈の敵役に対して、少しでも多くの戦力を確保する予定だったのだから、降って湧いたこの機会を無にするのはあまりに惜しい。
そう思って僕が口を開こうとした、その時だった。
ズズンッ、と重たく世界が揺れる。
しかしその揺れを、感じ取れたのは僕とカリエラだけだ。
カリエラは顔を蒼白にしているが、マリーと13代目のエンジェルチャームの少女は何事もなかった様にお喋りを続けてる。
今のは、当然地震なんかじゃない。
それなりに大きな質量を持った異界の存在が、この場合の質量とは力の強さの事だけれど、仮初の身体等を使わずに、この世界に直接やって来たのだ。
まぁこの場合はやって来たと言うか、可哀想にも叩き込まれたと言った方が正しいだろうけれど。
困った事に、どうやら戦力の増強は間に合わなかったらしい。
あぁでも、目の前に戦力のアテはあるのだから、ある意味では間に合っているのだろうか。
「先日さ、僕が自分の魔界に連絡を取った時に、グラーゼンが遊びに来てたんだよね」
こうなったらもう、下手に言葉は選ばずに、事実を告げて協力を要請すべきだろう。
僕はカリエラに関しては良く知る訳ではないけれど、その一部であるアーネ・ミルシェルスの事は誰よりも良く知っている。
マリアル・ハスタネアが僕の中に未だ残っていた様に、彼女の中にアーネ・ミルシェルスが残っているなら、これが一番良いやり方だ。
「強欲の王?!」
グラーゼンの名前を聞いたカリエラの顔色は更に悪くなってるけれど、僕は決して悪くない。
悪いのは全てグラーゼンだ。
「僕の置かれた状況を知ったグラーゼンはひとしきり大笑いした後、こう言ったんだ。
『友よ、折角の魔法少女の相手が単なる人間では興醒めだ。人の善悪は判断する者の立場で変わる。テロリストが一人居たとしても、それを悪だと罵る者もいるし、正義の戦士だと称賛する者も居る。つまり悪としての純度が低い。だからこそ、私が魔法少女の相手に相応しい悪を用意しよう』
……ってね。その後止める間もなく立ち去ったから、急いで魔法少女を増やして戦力の増強を図りたかったんだけど、間に合わなかったね」
困った事に、グラーゼンはこんな時でも仕事が早い。
この世界に放り込まれた敵は、気配から判断する限り、恐らく世界を滅ぼす終末の魔獣の類だろう。
どこぞの世界を滅ぼしかかっていたのを、グラーゼンが捕獲してこの世界に放り込んだのだ。
確かにこれなら間違いなく世界の敵であり、存在からして純度の高い悪である。
「あ、阿呆ですか貴方達は! そんな事をしたら確かにその世界は救われたでしょうが、代わりにこの世界が滅びますよ!」
頭を抱えて叫ぶカリエラに、マリーとエンジェルチャームの少女が驚いた様にこちらを振り向く。
実に失礼だ。
阿呆はグラーゼンだけである。
だから僕は悪くない。
しかし彼は、確かに構ってちゃんではあるけれど、今回はそれにしても少し張り切り過ぎだった。
もしかするとグラーゼンは、意外にも魔法少女物が好きなんだろうか。
「当然わかってると思うけれど、僕や君が出て行って解決しようとすると、グラーゼンが邪魔して来るだろうね。つまり今回の件は、僕達以外の魔法を使える存在、魔法少女の手で解決するしか他にない」
仮にカリエラがグラーゼンを殴りたいと言い出せば、僕も全力でそれに乗っかるが、しかしそれではこの世界が戦いの余波で粉々に砕ける。
まぁそれに彼女では、そもそもグラーゼンには手も足も出ない筈だし。
苦い顔をして黙り込むカリエラも、それは理解しているのだろう。
だがカリエラにとって、今回の件は決して悪い事ばかりじゃない。
終末の魔獣が世界を滅ぼしてしまえば最悪だが、それを阻止する手段は目に前にある。
「つまり貴方は、私達にも魔法を解禁しろと、そう仰るのですね」
苦渋の極みと言った表情のカリエラに、僕は頷く。
今はこの世界に放り込まれたショックで動きを止めている終末の魔獣だが、やがては活動を再開し、世界は変わってもやる事は変わらずに全てを滅ぼそうとする。
それは魔獣にとっての存在意義の様な物だから。
それ故にその存在はすぐにこの世界中に知れるだろう。
だからこそ魔法少女マリーゴールドにキュアリーエンジェル隊が協力して、難敵に打ち勝った時、カリエラは大きな信仰を集められる筈だった。
何せ紛う事なき世界の危機なのだ。
そう言った打算的な考え方を嫌うと知ってはいるけれど、それでもキチンと損得の計算を行い、貫くべきは貫き、曲げるべきは曲げて融通を利かせられるのが彼女の美点である。
「レプちゃん、難しい話はわからないけれど、天使様を虐めちゃダメよ」
不意に横から伸びてきたスプーンが、イチゴを一つ、僕の口に放り込む。
どうやらマリーは、顔色を白黒させてるカリエラを心配したらしい。
別に僕が虐めてる訳ではないのだけれど、マリーにはそう見えてしまったか。
けれどもマリーのその横槍は、ある意味でこの上ない僕への援護にもなる。
大きく、一つ溜息を吐いたカリエラは、マリーの顔をちらりと見てから、
「えぇ、仕方ありません。悪魔の思惑に乗るのは癪ですが、心優しき少女を一人で魔獣と戦わせる訳にも行きませんから。共闘体制を敷きましょう。但し彼女に魔法を安全に使わせているノウハウは、提供して下さいね」
優しい笑みを浮かべてそう言った。
無事に協力関係が成立した事に、僕は安堵の息を吐く。
終末の魔獣は世界を喰らう者に、世界を滅ぼす要因となる点では似た存在だが、単純な強さ自体は大きく劣るだろう。
尤もその分だけ知恵が高くて悪意も強く、世界を滅ぼした後は自分だけ生き残って悪魔になったりする場合もある。
そんな相手に魔法少女マリーゴールドを単独で戦わせるのは、少しばかりリスクが高過ぎた。
幾ら僕がフォローするとは言え、行動の主導権がマリーにある以上、搦め手で来られた場合には思わぬ不覚を取りかねない。
しかし隣をエンジェルチャーム、並びにキュアリーエンジェル隊が固めてくれれば、付け入る隙は少なくなる。
まぁ後は、僕とカリエラが確り油断せずに見守れば、恐らく何とかなるだろう。
まさかここまで見越してグラーゼンが終末の魔獣を捕まえて来たとは思わないが、結果的にはカリエラの追求の件も含めてすべてが丸く収まりそうだ。
それに今回は直接僕等が戦う訳じゃないけれど、それでもカリエラとの共闘は、何だか少し楽しみだった。