139 魔法少女とマスコットのレプちゃん2
「まさかまた、貴方に会うとは思ってもみませんでした。暴虐の王、いえ、悪魔王レプト」
氷の様に冷たく、深い悲しみを込めた声で、天使の派閥の長である、聖天使カリエラはそう言った。
あぁ、それも当然だろう。
いかに以前は共闘し、分け身達が深い縁を結んだとて、僕は悪魔で彼女は天使。
出会えば争わずに居られない間柄だ。
例え悪魔王と聖天使がまともぶつかり合えば、世界なんて簡単に消し飛ぶとしても。
「僕だって、君に会いたくはなかったさ。……少なくともこんな形では、ね」
いや本当に、勘弁して欲しい。
何だってこんな事になったんだ。
僕はマリーの腕の中で、マスコットキャラクター、リトルデビルのレプちゃんとしての姿のまま、ガクリとうなだれた。
だってこのレプちゃんの姿は、一抱えサイズの黒い影の様な胴体に、短い手足が生えて、真っ赤な目と大きな口、角と翼が付いただけの、人のそれとは随分掛け離れた姿だから。
寧ろカリエラは、良く一目で僕だと見抜いたなぁと、そう思う。
「レプちゃん、あの天使様と知り合いなの?」
「カリエラ様! 悪魔王って、一体?」
僕に問う櫛田マリーこと魔法少女マリーゴールドに、こちらに杖を向けながらもカリエラに問うキュアリーエンジェル隊のリーダーである13代目エンジェルチャーム。
状況は、実に混沌として来ていた。
もういっそ悪魔と天使の最終決戦を行って、この世界ごと今回の件は無かった事にしたらどうだろうか!
……駄目だよね。
思わずそんな考えが頭を過ぎったが、カリエラの冷たい一瞥に僕は慌てて首を振ってそれを忘れ去る。
他の天使なら兎も角、カリエラは穏健派の聖天使だ。
以前に共闘した事からもわかる様に、事情を話せば今回の件にも理解を示してくれるだろう。
問題は、僕がカリエラにこんな姿をしてる事情を説明するのが、この上なく居た堪れない事なんだけれど。
「皆さん落ち着いて下さい。確かにその悪魔は世界を百度滅ぼしても余りある力を持つ強大な存在。ですが他の悪魔と違って、話が出来ない相手ではありません。場所を変えて事情を聞かせていただきましょう。そちらの少女も宜しいですね?」
キュアリーエンジェル隊の面々と、マリーに対しては優しい目を向け、僕には了解も取らずに話を勧めるカリエラ。
実に酷い。
あぁでも心のどこかで、カリエラとの再会がこんな冗談みたいな、呆れられて馬鹿にされる程度で、憎しみ合う状況じゃなかった事に安堵してる僕が居る。
あぁ、否、僕じゃなくて、マリアル・ハスタネアがまだ少し残っているのか。
場所を喫茶店に移し、互いの事情を確認し合った僕等。
そう言えばカフェと喫茶店は違う物らしい。
何でもカフェはアルコール類や、軽食でない食事も提供出来る営業許可を受けているんだとか。
食事時にマリーが見てたテレビのクイズ番組で言っていた。
僕は個人的には、テレビを見ながら食事するのはあんまり良くない事だと思う。
行儀の問題だけじゃなくて、正面からなら兎も角、食卓で横を向かなきゃテレビを見れない場合、毎日同じ方向に首を傾けながら顎を動かして食事を取るので、少しずつ歪みが蓄積して行くらしい。
まぁさて置き、
「本当に、貴方何やってるんですか」
心底呆れた様な溜息を吐くカリエラだけれど、彼女側の事情を聞いた今、言われっ放しは癪である。
だって向こうも似た様な物だし。
「いや、確かに言われても仕方ない状況だけれど、君に言われたくないよ。だってそっちは13代目でしょ。引っ張り過ぎにも程があるし。そもそもそっちの企画がなかったら、魔法少女になりたいなんて願い自体なかったかも知れないじゃないか」
僕の反撃に、カリエラはグッと喉を詰まらせたように呻く。
勿論別に、この話題で勝ち誇りたいとは思わない。
いやいや、寧ろ勝てるとは思ってないので、引き分けで充分だった。
と言うかこれ以上言葉で殴り合っても、お互いに心が痛いだけだ。
「いえ、それでも魔法は駄目でしょう。あんなに可愛らしい子に世界を壊させる気ですか? そもそも真面目な話をしてるのだから、元の姿に戻って下さい」
なんて風に言って来る。
カリエラは天使にしては融通が利く方だが、それでも基本的には真面目で、尚且つ諦めは非常に悪い。
だからこそ以前の戦いでは、この上なく頼もしいパートナーだったのだけれど、……うぅん、少し困った。
確かに人間を相手にするなら、魔法は過剰が過ぎる力だ。
でもそれは人間を相手にするならで、……正直今後の展開を考えたら魔法少女マリーゴールドから魔法を奪い、戦力を低下させる訳には行かない。
それどころか、他にも魔法少女となり得る器を見付け、戦力の増強を図る事こそが急務なのに。
後、元の姿に戻るのは、今は無理だった。
だって魔法少女マリーゴールド、もといマリーは、リトルデビルのレプちゃんとしての僕を毎晩引っ掴んで風呂に連行する。
彼女は僕の本来の姿を知ってるのだが、今は完全にマスコットキャラクターとして認識してしまっているのに、それを男としての姿で上書きするのはあまりに残酷だろう。
……主に僕にとって。
いや勿論、マリーだって傷付くかもしれないし、誰も得をしないと思うのだ。
しかし当たり前の話だが、そんな事をカリエラに言える訳がない。
故に僕は何とか言い訳を考えて、考えて……、思い付かなくて目を逸らす。
「あの二人、何だか仲いーねー」
出て来たストロベリーサンデーをスプーンで突きながら、マリーはそんな事を言っていた。
本気でそんな風に見えてるなら、多分きっと、彼女の目は節穴だ。
だって明らかに僕は今、物凄くカリエラに責められてる。
自分のマスコットキャラクターを助ける事は、魔法少女の務めだと思うのだけれど、マリーはそこの所を一体どうお考えだろうか。
「駄目よマリーちゃん。悪魔は本当に危ないのよ。あんな風に見えても凄い悪さを企んで居て、カリエラ様はそれをお見通しなの」
そんなマリーに向かい、変身を解いたエンジェルチャーム、見習いシスターと言った感じの風体の少女が、懸命に悪魔の恐ろしさを小声で説いている。
僕に聞こえない様に一応声を潜めてる心算らしいが、同じテーブルに座ってるんだから当然ながら丸聞こえだ。
もしかしたら突っ込み待ちかも知れない。
思わず期待にお応えしてガバッと牙を剥いて驚かせてやりたい気分になるが、それをやると多分カリエラに普通に怒られそうだ。
何せ今は一応、真面目な話し合いの最中だ。
「そんな事ないよ。レプちゃんはこんなに可愛いのに!」
すぐに擁護しようとしてくれるマリーだが、いやいや、君は僕の本来の姿を知ってるだろうに。
後、君は自分が生贄にされそうになった事を少しは思い出すと良い。
確かに僕は召喚主である君を守るし裏切らないが、だからって悪魔を全く疑わないのもどうかと思う。
後そのストロベリーサンデーを、僕にも一口分けて欲しい。