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129 山を見ながら入る温泉



 ボコボコと気泡の弾ける乳白色の湯に、身体をゆっくりと肩まで浸して行く。

「くぁー……」

 身体を包む温もりに思わず漏れる声。

 今浸かる湯は人間には耐え切れない高温なのだが、熱の変化に強い悪魔ならば此れ位の方が快楽は得やすい。

 因みに僕ならマグマに浸かっても平気だが、下位や中位の悪魔だと普通に肉体が破壊されて魔界に帰還する羽目になるので注意が必要だ。

 何故急にそんな事を言い出したのかといえば、丁度此の温泉から見える向こうの山が、現在噴火の真っ最中だから。


 僕が今居るのは、未だ生まれてから然程経たない世界故に、火山の活動も活発だった。

 噴火を眺めながら温泉に浸かるなんて、人間として生きていたなら、そうは出来ない贅沢だろう。

 何せ時折火口から打ち上げられた石が飛来するのだ。

 勿論こんな時期の世界に、僕等悪魔を必要とする存在なんてあまり居ないので、今回は召喚されて来た訳じゃ無い。


「ねぇ、火山なんて見てないで、レプト君も呑みましょう?」

 そんな風に声を掛けて来るアニスの、湯に浮く二つの膨らみを見、其れから彼女の顔に視線を移す。

 浮かれてしまうと、湯の色が濁っててもあまり関係ないなぁとは思う。

 そう、今回此処に僕を連れて来てくれたのは、世界を移動出来るアニスだった。

 自力での世界移動は僕にも出来ない訳じゃないが、彼女ほどに上手くはないから。


 湯に浸かりながら酒を口に運ぶアニスの顔や肌が薄っすらと朱いのは、酒精か、湯の熱か、それとも視線を受けた事による羞恥心か。

 僕は彼女の顔を見ていると、自然と視線が下がりそうになるので、もう一度火山の方に顔を向ける。

「本当に、贅沢だなぁ」

 身体に浸み込む湯の熱が心地良い。



 つい先日の話だが、僕の魔界に住む人間達から一つの要望が提出される。

 其れは温泉が欲しいと言う物だ。

 最初に移住して来た人間が、現代社会の日本に近しい文化の国から来た事もあり、僕の魔界の人間達は日本様式の文化を根底に持つ。

 無論他の世界から連れて来た人間も少なからず居るし、混じり合って何世代も重ねているから、魔界独自の文化も生まれてはいるが。

 しかし其れでも、矢張り魔界の人間の多くは風呂好きだった。


 そして人間達が温泉が欲しいと言い出せば、元人間が多い悪魔達も其れに興味を示す。

 まあ気持ちは良くわかる。

 僕だって人間だった頃は日本で生まれ育ったから、温泉があるなら積極的に利用するだろう。

 けれども温泉と言うのは、単に大量の湯を用意して温めるだけでは済まない代物なのだ。


 温泉には大別して火山性の温泉と非火山性の温泉があった。

 火山性の温泉は其のまま素直に、火山のマグマ溜まりに温められた地下水が地表に湧き出す。

 此の際にマグマから出たガスや、地の成分が溶け出す事により様々な効能を持つ湯となる。

 仮に此方を用意する場合は、高温のマグマが必要となるだろう。

 因みにマグマは地下深くで惑星の熱に温められるからこそあの様な高温になるのであって、ポンと山だけを用意しても出て来る物じゃあない。

 つまりは莫大なコストが必要になるのだ。


 ならば次に非火山性の温泉ならば如何かと言えば、マグマこそ必要とはしないとは言え、深い地の奥の高い地熱で地下水を温める必要がある為、此方もかなりのコストが必要である。

 温泉とは、恐ろしい程に贅沢な物であった。



 でも多分、人間達は、そして悪魔達も、温泉の完成を心待ちにしているだろう。

 だからこそ僕は此の世界で、高温のマグマと、身体に有効であろう成分を浸み出させる為の岩石を手に入れる。

 此の世界なら、ガッツリと資源を奪っても、文句を言う存在が未だ生まれて居ないから。

 出来るだけ高温のマグマを確保し、その上に地下水と岩盤を敷いて形を整えれば、其れなりの物は出来るだろう。

 後は時折、マグマの中に高熱の魔法を叩き込んでやれば良い。


 火口から飛び込んで地下深くまで泳ぎ、大量のマグマを収納に取り込む。

 熱と圧の高さを考えたなら、他の悪魔には到底任せられる作業じゃないだろう。

 勿論僕だって、耐えれるとは言え、ドロドロのマグマの中を泳ぎ続けるのは気が重い。


 故に僕とアニスは、その面倒な作業をこなす英気を養う為に、二人で見付けた温泉に入っているのだ。

 まぁ、うん、実際に温泉に入ってみれば、大分とやる気は出て来た。

 僕は先程よりも、距離を詰めて来ているアニスの顔に視線を向ける。

 嬉しそうに、楽しそうに、彼女は笑う。

 異世界出身のアニスですらこんなに喜んでいるのだから、他の皆もきっと喜んでくれる筈。

 さて、そろそろ行くとしようか。


 多分次に視線を外せば、間違いなく捕まるだろう。

 別に其れを厭いやしないが、仕事前だし気恥ずかしい。

 何より風呂はのんびりと入る物なのだ。


 ざばりと湯から上がれば、魔法で身体の水滴を飛ばす。

 そして手をもう一振りして、何時もの服を身に纏う。

 アニスが僕の背中を見ながらくすくすと笑うが、僕を揶揄って彼女が楽しいなら、揶揄われるのだって心地良い。

 空に舞い上がって振り返れば、湯の中から手を振るアニスの膨らみは、矢張り湯に浮いていた。


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