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123 望んだ笑顔


 僕が此の世界に召喚されてから約一年程が経つ。

 此の一年間、僕の立場に大きな変化はない。

 アルフィーダに適当に付いて回り、時折気紛れに手を貸す程度だ。


 近海で活動する為、態々僕が調理して栄養を管理する必要は無くなったが、一度航海中に美味い飯を食ってしまったアルフィーダを含む海賊達は、もう以前の食生活には戻れなかった。

 しかし僕は料理は好きだが、ずっと大人数を食わせ続けるのも面倒である。

 故に折衷案として、一部の海賊に料理と簡単な栄養の概念を教え、彼等が料理人としての役割を担う。

 今、海賊の中で一番料理の腕が良いのは何とサズリだ。

 以前命を救ってからは、何かと僕に付いて回ってた彼は、料理人の募集の際にも真っ先に手を上げて、熱心に学んで腕を上げた。

 アルフィーダにもその腕は気に入られて、下っ端扱いだったサズリの地位も、船内では大分上がったらしい。


 そして今回の航海は、何時ものキャラック船でなく、新造のガレオン船で行われている。

 此の船で幾度かの仕事をして慣らしたなら、次は帝国海軍所属の軍船と戦う心算らしい。

 そうやって実績を作り、ガレオン船の製造技術と引き換えに他国の助力を請うのだろう。

 そうすれば次に始まるのは、帝国との戦争だ。

 だからだろうか、新しい船の性能を称賛するアルフィーダの笑顔も、何時もの太陽の様な其れで無く、どことなく陰りを感じる。



 拠点を離れて二週間、数度商船を襲ったが、腕の良い海賊が操るガレオン船から逃れ得た船は無く、並ぶ砲門の数に恐れをなした船乗り達は素直に降伏して積荷の一部を差し出していた。

 慣らしは上々と言って良い。

 だからこそ、そう、次に狙うは帝国の海軍に所属する軍船だ。

 此処数日、船内は緊張感に包まれている。

 そりゃあ此の周辺で、或いは此の世界で、最も勢力を誇る海軍に喧嘩を売るのだから其れも当然だろう。


 そんな雰囲気の中、特に戦いと関係のない僕は、船長室で裁縫仕事に勤しんでいた。

 と言ってもチクチク手縫いするのではなく、魔法を用いてザクザクとイメージを実現させて行く。

 僕は別に職人では無いので、その辺りに拘りは無いのだ。

 自由気ままに、緊張感なく振る舞う僕に、アルフィーダは少し呆れた視線を送って来るけど、僕は特に気にしない。

 だって願い事を言わない彼女が悪いから。


 多分出来るとも思ってないのだろうけど、本当は帝国に勝ちたいなら僕に言えば勝ち筋なんて幾らでもある。

 そもそも帝国自体を消し飛ばす事も、僕にとっては難しくも何とも無い。

 誰も得をしないので勿論しないが。

 重荷から逃れたい、自由で居たいなら、其れだって僕は叶えられるのだ。

 なのに周囲の期待と、義務感から戦い続ける事を選びながらも、自由な時間を少しでも長く続けたいと密かに思って何も口に出さないアルフィーダには、僕を責めれる言葉は無いだろう。

 でもまぁ、そうやって思い悩みながらも荷を放り出さず、懸命に戦う彼女の事は嫌いじゃない。

 そして特に、僕はアルフィーダの笑顔が好きだった。

 出来れば海に居る間位は、あの明るい笑顔で居て欲しいと思う。


 だから今、僕が作ってるのは、アルフィーダに着させる為の服である。

 この服がなんて言うのかは良く知らない。

 ジュストコールとか、キャプテンコートとか、コルセアコートとかアドミラルコートとか言うけれど、まあ要するに僕的に海賊と言えば此の衣装なのだ。

 後は三角帽子に髑髏の徽章を付けた、海賊帽と合わせれば完成である。

 ガレオン船と来たら、船長は此の格好をしなきゃモグリだろう。


 剣帯やブーツも添えてアルフィーダに着せれば、最初は戸惑っていた彼女も、姿見の中の自分を見て気に入ったらしい。

「へぇ、意外と悪くないわ。変わった格好だけど、強そうね。どう、似合う?」

 そう言った彼女の取ったポーズが、しなを作るのではなく、剣を引き抜き振りかざした、砲撃を命じる構えだったのが如何にもアルフィーダらしかった。

 でも其れが、彼女にはとても良く似合ってる。

「似合ってるよ。格好良いし、綺麗だね」

 其の言葉にアルフィーダは、照れもせずに、そう、太陽の様な笑みを浮かべた。

 僕の望んだ通りに。



 そして其の時、船内が俄かに騒がしくなる。

 どうやら目的の獲物、帝国の軍船を見付けたらしい。

「じゃあ行くわよ。レプト」

 肩で風を切り、ジュストコールを着たアルフィーダが甲板に向かう。

 勝算は充分にあるとは言え、軍船が強敵である事には変わりない。

 故に彼女は全体への指示を出しながらも操舵輪を握る。


 見慣れぬ格好のアルフィーダに、海賊達は一瞬驚いた様だったが、直ぐに驚きは歓声へと変わった。

 其れ位に似合っていたし、何よりアルフィーダの浮かべる笑みに迷いが無いから。

 敵の数はガレアス船が三隻だ。

 ……何だか見覚えがある相手な気もしなくはない。

 軍船三隻が厳しい相手なのは、前回の交戦経験からも充分にわかってる。


 けれども今日は、此方の船が勝つ。

 前回とは船の速度が違うし、火砲の数も違うし、遠距離航海の後じゃないから海賊達の疲労も違う。

 何よりアルフィーダに味方するかの様に、良い風が吹いていた。


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