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122 海の国

 昔々、と言っても大体十三年程に昔の事、海の国と呼ばれる国が在った。

 海の国は国土こそ小さいが、熟練の船乗りと数多くの船を有し、周辺の島々を治めて海を越えた国と貿易を行う、豊かで強い国だったらしい。

 しかしその豊かさに目を付けたのが、この周辺では他の追随を許さぬ勢力を誇る巨大国家、帝国だ。

 海の国は島国でこそなかったが、国土の大半を山と海に囲まれた、船で無ければ行き来のし難い国である。

 だからこそ海洋国家として発展したので、小さくとも守り易い国土を持っていたのだろう。

 帝国に反感を持つ周辺国の支援もあって、海の国は侵略して来る帝国軍に対して、非常にしぶとく耐え抜いた。


 陸を通って来る軍に対しては、橋を落とし、崖を崩し、国土を孤立させて。

 海から来る軍に対しては、腕自慢の船乗り達が散々に引っ掻き回して打ち破る。


 けれども其れでも、国力の差は如何ともしがたい。

 先ず、海の国を支援する周辺国が、帝国からの締め上げを喰らって根を上げた。

 更に国土の差は抱える人間の数の差であると同時に、生まれて来る人の数の差でもある。

 海の国は短期的には有利に守れても、敵対を続けたならば、矢張り確実に帝国に飲み込まれる運命にあるのだろう。

 故に海の国の王は、未だ幼い王女と、生まれたばかりの王子を騎士団に、と言ってもやはり海竜騎士団って水軍なのだが、預けて再起の為に国を離れさせたのだ。

 そして迫り来る帝国の大軍、陸軍は五万以上、海軍は大型のガレー船やガレアス船が百隻以上に対して自らの首を持って降伏し、海の国が焼かれる事を避けた。



 其れから時は流れて十三年、海竜騎士団は海賊と化して帝国に対して嫌がらせを続け、成長した王女は其の海賊の長に収まっている。

 つまりは其れがアルフィーダなのだ。

 本来なら襲撃時に、抵抗すれば皆殺しにするとの意図を伝える、脅迫の為に用いる海賊旗を掲げっ放しにしているのは、アルフィーダの趣味である以上に、騎士団の匂いを薄れさせるのが狙いだろう。

 海竜騎士団がしぶとくゲリラ活動をしていると見做されれば、元海の国の国民に累が及びかねないから、敢えて己は海賊であると強く喧伝していた。


 そんな話を、僕は彼等の拠点、複雑な潮流に守られた天然の要害である隠れ島で聞かされる。

 隠れ島は此の十三年で開発されて、其れなりの規模の町もあった。

 と言っても此の隠れ島を成り立たせている主産業は海賊で、拿捕した船から積み荷の一部を通行料として徴収し、近場の港まで護衛する用心棒の押し売りが其のやり口だ。

 アルフィーダが船長を務めるキャラック以外にも、キャラベル船を十隻程持つらしい。

 勿論戦力として考えたなら、帝国の海軍の足元にも及ばない程度でしかないけれど。


 因みにアルフィーダの弟である、十三歳になる王子は、海賊行為に関与を禁じられている。

 アルフィーダはずっと姓を名乗って居ない。

 例え捕まっても、海の国との関わりは黙したままに死ぬだろう。

 しかし海の国を再建する希望である弟王子はそんな訳にも行かないのだ。

 危険に晒さず、手は汚させず、此の隠れ島で大事に育てられていた。


 帰還したアルフィーダを出迎える際に僕も会ったが、アレは少しばかり拙い気もする。

 姉に対する情はあるのだろうけど、瞳の奥に、閉じ込められ続けてる事で溜まった鬱屈と、似た立場でありながら自由を手にするアルフィーダへの嫉妬が隠れていたから。

 恐らくきっと、周囲の者達は慰めの様に言う筈だ。

「姉君にお任せしておけば、きっと国は取り戻せます。若君はその時に備えておきましょう」

 なんて風に。

 自由を手に入れ、周囲からも頼られる姉への信頼と嫉妬の狭間で、あの王子は燃やされている。

 未だ子供であると自覚出来る今は良い。

 けれどももっと時間が経てば、自由も無ければ王位も得れない自分の立場に対する不満はきっと強くなるだろう。


 あの感情に気付いた誰かが煽れば、燃え盛った炎は、何時か此の島に潜む者達の未来を焼き尽くす。



 だけど、僕は其れを口に出したりはしない。

 そもそも出せる立場でもないのだから。

 アルフィーダは願いを、望む未来を、まだ僕に告げても無かった。

 察しは付くが、願われもせずに動くのはお節介も甚だしいだろう。

 しかし彼女の抱えてる物を考えれば、此のまま本当の願いは口にしない可能性だってある。

 出来れば不幸に陥るのは見たくないけれど……。


 久しぶりの拠点に気持ちが高揚しているのか、機嫌の良いアルフィーダに連れられた僕が向かうのは、大勢の船大工が忙しく動き回る建造ドッグ。

 其処で造られて居たのは、大きさは彼女のキャラックより一回り大きな程度だが、長くスマートな型の船。

 近代や現代まで文明が進んだ世界の人が、海賊船と聞いて思い浮かべるだろう船はきっとこのタイプの船である。

「ガレオン船だね!」

 ちょっと僕も興奮し、思わず口走ってしまった単語に、アルフィーダが不思議そうに首を傾げた。

 キャラックもガレオンも、僕の知識の中に在る名称で、此の世界での呼び方じゃ無い。

 彼女にとっては、眼前の此の船は、全く新しい形の船なのだ。

「レプトの言う他所の世界にも、此奴はあるんだね」

 そう言って、ふっとアルフィーダは口元を緩める。

 そう、彼女は船が、そして海が好きなのだろう。

 ごく純粋に、まるで海鳥の様に。



 アルフィーダが発見した、僕が召喚された宝物庫の財宝は、ガレオン船の量産と、其れに積む大砲の購入費用に充てられるらしい。

 此のガレオン船は海の国で研究され、完成する事の無いまま秘匿技術として持ち出された、謂わば海の国の残党が持つ、切り札だ。

 確かにガレオン船で構成された戦闘艦隊ならば、ガレアス船が主力の帝国海軍に対して有利に戦えるだろう。

 ガレオン船はキャラックの発展型で、スマートな為により速度が出るから、船足の遅いガレアス船なら火砲で的に出来るのだ。


 ……けれども例えガレオン船があったとしても、海の国を取り戻せるかと言えば、きっとそうじゃない。

 例えガレオン船が十隻造れた所で乗組員が足りないだろう。

 そして十隻程度じゃ、帝国海軍の圧倒的な数には、矢張り待つのは敗北である。

 仮に万に一つ、奇跡が起きて海戦で勝利したとしても、海の国の領土を取り戻すには、陸上でも勝たねばならないのだ。

 故に本気で勝つのなら他国の助力が必要不可欠となるだろうが、其の助力を得る為の手土産は、ガレオン船だけでは恐らく足りない。

 王位の継承者以外に王族が居るなら、婚姻関係に依る結びつきの強化に使われない理由は無かった。


 そう、つまりはそう言う事である。

 自由を愛する海の鳥は、やがて籠に仕舞われるのだ。

 まあ海鳥と表現するには、アルフィーダは些か強過ぎる海賊だけれど。


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