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121 襲撃


 僕が召喚されてから、およそ三ヶ月近くが経った。

 辺りの風景も大分変わり、海賊達はもう直ぐ拠点に帰れると少しはしゃいでいる。

 因みに僕は、未だにアルフィーダから、彼女の願いを聞いてはいない。

 捧げ物はされたので此の世界に留まる事は出来ているが、契約自体は結んでないのだ。

 けれども彼等の拠点に着けば、否応なしに僕はアルフィーダと海賊達の抱える事情に触れるだろう。

 アルフィーダは既に、僕が彼女の持つ魔導具、ブレスレットには縛られてない事に気付いてる。

 だから契約も無いままにはしないと思うのだけれども……。

 今まで余り接した事の無いタイプなだけに、アルフィーダの考えは少し読み難い。


 まあ何にせよ、彼等の拠点がもっと近づけば、状況に何らかの変化はある筈だった。

 勿論、何事も無く航海が順調に進めばの話だが。

 例え三ヶ月もの間、無事に進んで来れたからと言って、明日何らかの事故が起きないとは言い切れないのが海である。

 そしてそう、矢張り其の手の予感は的中する物で、長い航海はいよいよ終盤と言うその日、船は敵の襲撃を受けたのだ。



 其の日も僕は昼食の準備をしていると、俄かに船内が騒がしくなった。

「帝国の艦隊だ!」

 注意喚起の為の、誰かの怒声が船内に響く。

 僕は慌てずに加熱中だった魔法の炎を消し、揺れを警戒して調理中の食材を全て収納に仕舞う。

 直後、多分思い切り舵を切ったのだろう、ぐらりと船が大きく揺れる。

 全く以て海戦とは、調理の邪魔も甚だしい。

 ほんの少し不機嫌になった僕は、取り敢えず様子を見る為に甲板へと向かった。


 此の世界の国を僕は一つも知らないが、さっきの声は帝国の艦隊だと言ってたので、何処かに帝国があるらしい。

 敵の艦隊は、帆船と長いオールで手漕ぎするガレー船の中間の性質を持つ船、ガレアス船が三隻だ。

 ガレアス船は多数の漕ぎ手を必要とし、またオールが波の高い海には向かない為、遠洋の長距離航海には向かない船である。

 ただしその分、風が弱い状態でも其れなりに動くし、頑丈で砲門も多ければ乗り込んだ戦闘要員も多い。

 少なくとも此の海賊船よりは戦闘力があるだろう。

 そして其れが三隻も居るのだから、まともに戦闘しても勝ち目は無かった。


 敵の数が少ないか、或いはもっと風が強ければ、装備が重くて鈍重な軍用のガレアス船を振り切る事も容易いだろうが、残念ながら今は微風だ。

 ガレアス船の舷側砲が次々に火を噴くが、海賊船はギリギリで其れを回避して行く。

 見事な操舵技術だと思ったら、今、操舵輪を握るのは何とアルフィーダ。

 彼女は帆の操作をする海賊達に矢継ぎ早に指示を飛ばしながら、敵の射角から逃れ、此方の砲撃が有効な位置をキープしている。

 しかし其れでも、矢張り三隻の敵は多い。

 ジワジワと彼我の距離は縮まって、敵船から放たれた砲弾も種類が変わった。


 飛来する砲弾は、帆や帆綱、或いは乗船する人員を殺す為の砲弾である、ぶどう弾。

 まあ言うならば大砲版の散弾だ。流石に此れは躱せはしないだろう。

 故に、僕はサズリに直撃しそうだった其れを含めた全てのぶどう弾を、風の魔法でやんわりと受け止める。

 此方の船は海賊で、彼方の船は国の軍隊だ。

 そりゃあ撃っては来るだろうし、其れを責める気は勿論無い。

 けれども此の船の海賊たちは、僕が食事の面倒を見る様になって、大分健康的になって来た所だった。

 此処で彼等が殺されてしまえば、僕の三ヶ月は無駄になる。


「れ、レプトの兄貴ッ」

 目の前で砲弾を受け止めた僕に、サズリが感極まった声を上げるが、一体誰が兄貴なのか。

 そんな物になった覚えは当然ない。

 僕は受け止めた砲弾を一発ずつ投げ返し、撃って来た大砲を破壊して行く。

 砲弾なんて使わずに魔法を使えば、船ごと消し飛ばすも容易いが、別に皆殺しにする程の恨みを敵船に抱く訳じゃあないのだから。

 だから僕は出来るだけ人死にが出ない様に、ピンポイントで大砲だけを狙って砲弾を投げる。


 そしてその時だった。

「来るよ!」

 アルフィーダの言葉に海賊達が一斉に帆を操作し、突如吹いた強風に、船は一気に加速して行く。

 風の向き、強さ、来るタイミングを完全に読み切っていたのは海賊船だけで、三隻のガレアス船は其のどれもが風を帆で掴み損ねてる。

 一度風が味方に付いてしまえば、鈍重な軍用のガレアス船では、キャラック船である此の船には追い付けない。

 海賊達は吹く風に歓声を上げながらも油断はせずに、其れでも追跡を試みようとしたガレアス船を振り切って海域を離脱した。




 海賊達が勝利の酒に酔い痴れる中、しつこい位に感謝の言葉を口にするサズリが鬱陶しいので、僕は宴を抜け出して甲板へ向かう。

 参加出来ない宴を妬まし気に見詰める見張りが居たので、彼と交代してマストに登り、夜風に吹かれながら海を眺める。

 因みに宴の料理を作ったのは僕だが、流石にもう面倒なので追加は自分達で何とかして貰いたい。

 すると甲板に出て来たアルフィーダが、僕を見付けて此方に手を振り、何と彼女もマストを登り出す。

 いやいやいや。


「酔っ払いは危ないなぁ、もう」

 僕は思わず指を鳴らし、風の魔法でアルフィーダの身体を持ち上げた。

 普段ならば放っておくが、今の彼女は宴で散々酒を呑んだ後なのだ。

 アルフィーダは魔法の効果にまるで子供の様にはしゃぎながら、僕の隣、マストに備え付けた見張り台に降り立つ。

「あぁ、面白かったわ。ありがとう、レプト。お前が居てくれて助かってるよ。何時も、今も、そして昼間もね」

 そう言って浮かべた彼女の笑顔は、夜なのに、まるで太陽の様だった。


 ……けれども、僕はその言葉に首をかしげる。

 確かに昼間の戦いで此の船は窮地に陥っていたけれど、実の所は、別に僕が居なくてもアルフィーダはあの状態から抜け出しただろう。

 あのタイミングの風を読み、尚且つ昼間見せた様な見事な操船技術を持つならば、マストの一枚が砲弾で破れた所で、苦労はするだろうが、最終的には逃げ延びた筈だ。

 だから言ってしまえば僕は少し手間を省いただけである。

 あぁでも、サズリを含めた何名かは、砲撃の犠牲になってしまったかも知れないけれど。

「別に良いよ。折角健康にした相手が簡単に死んだら、僕もあまり面白くないしね」

 僕の言葉に、アルフィーダの浮かべた笑みは少し深くなった。


 どれ位そうしていただろうか、僕と彼女は、暫し無言で海を眺める。

 でもその間、ずっと何かを言いたげだったアルフィーダは、首を横に振ってしまう。

「もう直ぐ私等の拠点に着く。きっとレプトの話をしたら、皆が驚くわね」

 そして彼女は当り障りのない話題を口にした。


 そう、もう直ぐ海賊達の拠点に着き、僕は彼等の抱える事情を知る。

 まあ三ヵ月も彼等を見て居れば、何となく察しは付くのだが。

 しかし其の事情と、アルフィーダの本当の願いは、恐らく方向を同じくはしないのだろう。

 

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