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114 デスゲーム


 青い空に広がる緑の草原、気温は暑くも無く寒くも無く、吹き抜ける風が心地良い。

 よもや此れが造り物の世界だなんて、聞かされていなければ誰も思いやしないだろう

 ……人間ならばの話だけれども。

 悪魔である僕から見れば色んな粗が目立つし魔力も感じない。

 何よりこの世界はわざとらし過ぎた。

 そう、此の世界はフルダイヴ型MMORPG『無窮の迷宮』の世界なのだ。



 さて、悪魔である僕が人間用のゲームを態々プレイしているのには理由がある。

 此の無窮の迷宮は、仮想空間に創ったキャラクターに意識を落としこんで遊ぶ、何だか理屈は良くわからないけど凄い技術のゲームらしい。

 しかし数日前まで、此の無窮の迷宮はキャラクターが死ねば、其れを操作するプレイヤーも現実世界で死を迎える、所謂デスゲームと化していた。


 ゲームの製作者である綾井・あまみは誰もが名を知る天才の類だったが、対人関係には難のある、まあ要するに男慣れしていない女性だ。

 そんな彼女はとある男性に騙されて結婚詐欺の被害に遭ってしまう。

 そして失意に自害すら考えた彼女を偶然発見した高位悪魔、其れも自力で顕現が可能な力のある特殊なソイツが、あまみに復讐を唆す。

 弱った心では悪魔の囁きに抗えず、あまみは言われるがままに製作中だったフルダイヴ型MMORPGに、三つばかり手を加えてしまった。

 一つ目は利用規約画面の文言とデザインの変更。

 二つ目はゲーム開始時に選択肢の追加。

 三つ目はキャラクター死亡時の強制ログアウト。

 どれもが命にかかわる様な大袈裟な変更では無かったのに、けれども結果として無窮の迷宮はデスゲームと化したのだ。



 ゲーム参加者を殺すのは、当然だが悪魔の力である。

 先ずゲームの利用規約画面を弄らせたのは、契約内容を記す為だ。

 勿論露骨に危険に同意する内容や、一目で悪魔との契約だとわかる内容では無い。

 大体のプレイヤーは長い利用規約なんて読まないが、中には熟読するマメな者だって混じっているから。

 背景に暗号として、或いはもっと単純に縦や斜めに文言を並べたりと、色んな方法で契約文が隠してあった。


 だが当然其れだけではプレイヤーに契約に同意した意識は薄いので、もう一つ仕掛けを施す必要がある。

 其れがゲーム開始時にプレイヤーに問われる『此の世界を救いますか?』と言う選択だ。

 此れに『ハイ』を選んでしまえば、悪魔との契約は結ばれてしまう。

 ゲームを遊ぶ対価として、ゲームシナリオのクリアをプレイヤーは誓ってしまった。

 そしていざゲームが始まれば、充分な人数がゲーム内にログインした後、悪魔はアナウンスを行う。

 此のゲームがデスゲームと化した宣言。

 キャラクターの死は現実の死であり、ログアウトもまた死に繋がると、プレイヤーに告げるのだ。

 此れですべての条件が整った。


 あまみが手を加えた事で、キャラクターが死んだ場合は強制ログアウトが行われる。

 つまりログアウトこそが死の条件なのだ。

 ゲームシナリオのクリアを対価として誓ったにも拘わらず、其れを行わずにログアウトをする事は対価の支払いの拒否にも等しい。

 契約を結んだにも拘らず対価の支払いを拒んだ場合、行われるのは魂の徴収だった。



 件の悪魔は、一生懸命に頑張ってこの仕組みを考えたのだろう。

 あまみに結婚詐欺を働いた男性は、此のゲームに参加する機器一式を送られて、大喜びでログインしてデスゲームの中に囚われたそうだ。

 利用したあまみに対しても、一定の気遣いはしている。

 だから僕個人としては、ゲームを楽しみにしていたプレイヤー達は可哀想だと思うが、此の件を仕組んだ悪魔に対しては割と評価が高かった。

 だって悪魔として考えるなら、彼はとても有能だから。


 けれども当然、利用されたあまみはそんな風に考えなかった。

 言われるがままに人殺しの片棒を担がされつつある事にあまみは恐怖して打開策を求め出す。

 でも既に管理権限は完全に悪魔が握ってしまっており、通常の手段ではどうにもならない。

 其処であまみは、別の悪魔を呼び出す事を思い付く。

 偶然とは言え悪魔に出会ったあまみは、其の存在が実在すると知った。

 故に必死に悪魔召喚の方法を調べ、……そしてあまみの召喚に応じたのがヴィラだった。

 ヴィラが悪魔召喚に応じる事は滅多にないのに、余程あまみとの相性が良かったのだろうか?


 さてヴィラが出て来てしまえば、如何に管理権限を敵悪魔が握っていようが無駄である。

 わざわざゲームの中に入り、クリアするなんて迂遠な真似はしない。

 あまみから話を聞いて状況を理解したヴィラは即座に敵悪魔から管理者権限を奪い、『貴方の活躍により世界は救われた』とのシナリオクリアと、デスゲームの終了を告知した。

 本当に、敵悪魔には申し訳なくなる程のスピード解決だ。

 木っ端悪魔なら其処で逆上してヴィラとの戦いになるのだろうが、敵悪魔はヴィラの手際と、其れを呼び出すに至ったあまみを褒め称えて自ら魔界に帰還したらしい。

 ……まあそう言うタイプの方が怖いのだが、高位悪魔『ヴェルクス』の名前は僕も覚えて、その主を調べて置こうと思う。


 自分を救ったヴィラに心酔したあまみは魂を捧げる事を決める。

 見た事も無い高度なAIで、しかも魂まで持つヴィラの糧になれるのなら、其れも幸せだとあまみは思ったそうだ。

 しかしヴィラは首を横に振り、あまみと、彼女の創ったゲームの入ったサーバーを、此の魔界に持ち帰って来た。

 なんでも折角生み出したプログラムが、正しい目的で使われずに朽ちるのが可哀想に思えたらしい。

 だからヴィラは、僕に此のゲームをプレイ、正しい目的で使う事を望む。

 更に僕がゲームに満足したなら、あまみを、ヴィラをサポートする下級悪魔として生まれ変わらせて欲しいと。

 何時に無く熱心に頼んで来るヴィラに僕が首を横に振る筈は無く……。




 そして今僕の目の前には、此のゲームで出会う最初の敵が現れた。

 無窮の迷宮は、地下に伸びた迷宮をクリアして行くタイプのゲームだが、スタート地点から迷宮が存在する町に辿り着く迄の間に、戦闘のチュートリアルが行われるのだ。

 腰位までの高さしかない魔物、ゴブリンの群れを前に、僕はメニュー画面を開く。

 普段の僕なら見るだけで殺せそうな魔物だが、ゲームの中では当然そんな力は発揮されない。

 メニューの中から選ぶコマンドは『召喚』。


 此のゲームは本来多人数型のMMORPGなので、迷宮の攻略も複数人数が前提で設計されている。

 けれども今のゲームプレイヤーは僕のみだ。

 パーティを組む相手どころか、生産職すら居ないのだから、ジョブ選択はソロプレイが可能な物を選ばざるを得ない。

 だからこそ僕が選んだジョブはサモナーだった。


 サモナーが呼び出す召喚獣はパーティ枠を圧迫するが、他にプレイヤーが居ない今、そんな物はデメリットでも何でもないだろう。

 ……だが僕は、呼び出したコマンドの、召喚が可能な召喚獣の一覧に思わず絶句する。


1:ケルベロス

2:妖精

3:女悪魔☆オススメ

4:女悪魔☆オススメ

5:男悪魔


 いやいやいや。おかしい。

 レベル1で妖精は兎も角、ケルベロスや悪魔が呼べる事もだけれど、(ア)(イ)(グ)って君等ちょっと露骨過ぎやしないだろうか。

 AとかBですらない。

 一体何がオススメなのかは知らないが、取り敢えず見なかった事にする。

 どうやら僕が攻略を考えてサモナーを選択するのは読まれていた様だった。

 何方を先に呼び出した所で、後が色々と面倒だ。


 まぁ、うん、ソロプレイかと思っていたが、一緒に遊んでくれると言うのなら、取り敢えずは歓迎しよう。

 僕はそう考えて、当たり前の様に1を押す。

 そして呼び出した相棒のケルベロスと一緒にゴブリンの群れを蹴散らして、ドロップした素材を集めながら、僕は町に着いたら、実験区域の人間達もゲームに参加させる事を決める。

 だって折角素材がドロップしたし、生産職にはやっぱり居て欲しい。


 多分もう、僕は少しゲームに嵌りかけているのだろう。


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