やりたい放題な転生者にどうしても追いつきたい幼馴染が可愛い。

作者: 小春日和

暇つぶしに書きました。暇つぶしになれば幸いです。

一応、補足。

登場人物

亮くん 幼馴染

英莉ちゃん(えりちゃん) 転生者

 5歳。

 幼稚園年中さん。

 俺は亮。5歳。ところで隣の家のえりちゃんは変だ。

 幼稚園ではいつもひとりで走ってて変な子。そして、鬼ごっこが鬼強くて、勝てない。悔しい。だって俺男の子だし。でもすぐえりちゃんは鬼ごっこを止めちゃう。勝ち逃げはずるいけど、鬼ごっこ楽しくないからって言って。悔しい。心底退屈そうで、あいつなんて嫌いだ。


 部屋で遊ぶときには本ばっかり読んでる。最初は読み聞かせをせがんでたけど、今年は平仮名片仮名習った。あいつはもう読めるようになったらしい。先生もママ達も驚いていた。負けてるみたいで悔しいし、本読むのはなんか大人っぽくて羨ましいから俺も頑張って覚えている。なのに、やっと俺が文字を覚えた頃にあいつは「本もっとないの? 読み終わっちゃった」とか言っていた。腹立つ。


 俺はあいつが嫌いだが、ママはお隣さんと仲よしだから一緒に遊ぶ機会が多い。だが一緒に遊んでもなんか年上ぶっててやだ。絶対俺のこと見下してる。だってママとか先生が向けるような目で俺を見るんだ。優しいけど……ちがう。

 そんなあいつがピアノなるものを習うって聞いた。俺はあいつに連戦連敗。これ以上差をつけられないように、ママに頼んだ。ママは買ってくれたけど、怖い顔して「飽きたからって辞めるんじゃないわよ」って。


 届いたピアノを見る。なんて鍵盤の数だ。どれも一緒に見える。正しい鍵盤を覚えるのも大変だ。なのにあいつはもうきらきら星を引けるようになったらしい。先生もおばさんもびっくりしてた。俺? 悔しくてしょうがないよ。多分暫くピアノを諦めることは出来そうにない。




 7歳。

 小学一年生。

 小学生に上がった今、やっぱり俺はあいつに全然勝てない。本当に嫌いだ。

 小学生になってテストをするようになってから、あいつと俺との差は明確になった。かけっこのタイムは全然勝てない。漢字テストは同じく満点だが、あいつは更にもっと難しい本を読んでいる。あいつはハリーポッター。俺はグリム童話だ。一生懸命がんばって小学四年生までの漢字は覚えたが、あいつはもっと上を行っている。

 計算も、俺は頑張って足し算引き算だけじゃなくて来年習う九九まで覚えた。テストは一位だ。だが、あいつは隣でつるかめ算をやっていた。なんだそれ、聞いたこともないぞ? きけば、一応算数らしい。

 ピアノはあいつがコンクール優勝だ。ぶっちぎり。俺も頑張ってるのに。

 勝てないし、いつもどっか見下してて腹立つし、大っ嫌いだが、家が近いから一緒に登校させられている。嫌いだから話しかけないけど、あいつは気にもとめてないのか、毎日笑顔で話し掛けてくる。何考えてるんだ。


 ある日、どうしてもむかついて、つい「嫌いだ」と面と向かって言ってしまった。女の子には優しくってママに教わってたから、言わないようにしてたのに。


「あたしの何が嫌い?」

「全部!」

「……意味分からない。具体的におしえて?」

「……具体的ってなに?」

「くわしくどこが嫌なのか、言って? 直すから」


 いつも勝ち逃げすること……なんてことはプライドが言わせなかった。


「俺を、見下してること」

「見下してないよ?」

「絶対馬鹿にしてる。自分が俺らよりも格上だって目付きしてるもん」

「……!」

「嫌い、嫌いだ!ホントは一緒に帰りたくない!どうせ俺のことお守りめんどいな、とかおもってんだろ!」


 言い出したら止まらなかった。それで言いたいだけ言って、走って一人で帰った。すぐにママにバレて、怒られた。


「女の子を一人にしちゃだめでしょ。明日ごめんなさいしなさい」

「俺、あいつのこと嫌い」

「負けて悔しいだけでしょ」


 見透かされた不快感。ママも嫌いだ。

 翌日、ママに言い含められたからごめんなさいした。あいつは「いいよ」って言って、でも前と違って話しかけてこなくなった。清々した、けどちょっと寂しいかもしれない気がした。いや、気のせい。

 学校ついて、あいつが言った。


「もうすぐ一緒に登校しなくなるよ」

「なんで?」

「ママにお願いして、合気道習うことにしたから。強くなったら一人で登校するの、お願いしとくから」


 はっ!? あいつはまた習い事を増やすのかっ?……俺も頼もう。今度こそ勝つために。


「ママ、合気道させて?」

「どうせやるなら空手になさい」


 ……まぁいいや。空手のお兄さんめっちゃ強そうだったし。あいつより強くなれればいい。




 9歳。

 小学三年生。

 あの日以来あいつは話しかけてこなくなって、疎遠になった。一緒に登校してるけど、それだけ。

 相変わらずあいつの読んでる本は難しいし、計算は先をいくし、ピアノのコンクールは負けっぱなしだけど、直接的な関わりはなくなった。俺が意地で勝手にライバル視してるだけ。

 そのままクラス替えでクラスも違うようになって、今はあいつの噂と勝負してる。


 夏、プールで本格的に泳ぎ方をならい始めた。得意じゃないけど、けのびはちゃんと出来る。クロールと平泳ぎを習い始めたが、結構難しい。

 ところで、プールは2クラス合同だ。……つまるところ、あいつが見えた。しかも、何故かすぐに泳げるようになった。意味わからん。悔しい。また負けた。

 ……ので、またママに頼んだ。


「プール習わせて」

「……ピアノと空手、大丈夫?」

「ちゃんと続けるから」


 全部、勝つまでやるに決まってんだろ。




 11歳。

 5年生。

 クラスの表をみると、またあいつと同じクラスになったようだ。黄月 英莉。あいつの名前。

 四年生になったときに、遂にあいつとは別々に登校するようになって、あいつと会う機会は大分減っていた。会わなくなってから、俺もあいつも友達が別に出来たし、むしろ互いにグループの中心だし、俺もあいつに対する敵意は大分消えた。今はただただ、純粋にあいつに勝ちたい。

 春休み明けの始業式で久々にあいつを見かけたので、帰り道にちょっと声を掛けてみた。また春休み明けにバージョンアップしてたら悔しいし、敵情視察も兼ねてみて。


「よお。また同じクラスだな」

「っ。そうだね」


 話しかけたら、何故か驚かれた。だが、俺の注目はあいつの顔ではなく、あいつが小脇に抱えている文庫本にあった。


「今はどんな本読んでるんだ?」

「……電気羊はアンドロイドの夢を見るか、の英語版」

「英語、だと……!?」


 愕然。そういえば今年から英語の授業が始まる。俺もそれに備えて去年からパパに英語を教わっていたけど、まだ本なんて読めない。完全に負けていた。くそ、後でママに……


「……ねぇ」


 やや思い詰めたような声に、意識を戻される。


「ん?」

「私のこと、嫌いじゃなかったの?」

「……は?」


 見上げてあいつの顔を見ると、固い表情をしている。言っている意図が分からない。


「ほら、一年生のときに」


 言われて、確かにそんなこともあったな、と思い出す。


「……あー。あんなの、まだ気にしてたの?」

「え?」

「そりゃあのときはね?でも四年も前のことじゃん。今もずっと嫌い続けるなんてしんどいしさー……あ、もしかしてまだ気にしてたか?」

「~っ気にしてたに決まってるじゃん!」

「!?」


 急に怒鳴られて、目を白黒させる。まさか、そうなるとは思ってなかった。あいつは捲し立てる。


「皆に好かれたくて頑張って明るく振る舞って、とくに亮君は幼馴染だしずっと一生懸命だから大事にしたくて、なのに嫌いって言われて、しかも私のこと見透かして! ……でも悪いの私だし、ちゃんと同じ視線に立って会話できるようになるまで近づいてもまた嫌われるだけだと思って、諦めたんだよ!? 申し訳なかったから合気道習って離れることにしたのに!気にしないわけないじゃん!」


 全部言い終えて、あいつは泣き崩れた。まじか、そんなに気にしてたのか……。

 って、え、いやまてお前、その割りに態度悪かったじゃん。幼稚園の頃の鬼ごっことか退屈そうだったし。


「そりゃ、あれは何度やっても勝負にならなかったから……」

「うぐぐ」


 ぐうの音も出なかった。

 いや、それはともかく、あれね。お前って結構根に持つタイプだったのね……。ぐしぐししてるあいつに悪かったよ、言い過ぎたといいながらハンカチを差し出した。

 受け取ったときに見えた、涙目になったあいつは、不覚にもちょっと可愛かった。いや、泣かせた俺が覚える感情じゃないのだが。

 だから、というわけでもないが、未だにぐすぐすしてるあいつに、自然と言葉がこぼれでた。


「ごめんな、仲直りしないか?」

「……いいの?」


 むしろそんなに深刻に捉えてるとは思ってなかったので俺の方が罪悪感。とりあえず、いいよ、と頷いた。あいつ──英莉はまた泣いた。


「……出来るだけ気を付けるけど、また感じ悪かったら教えて? 直すから。だから、──」

「わかった」


 だから、の後につづいた最後の言葉は聞き取れなかったけど、聞かせるつもりもなかっただろうから気にしない。

 そんで、俺からも一言言ってやった。


「いつか、勝つ。短距離走でも、ピアノでも、勉強でも、水泳でも、何でもいいから勝って見せる」

「……うん、勝負だね。負けないよ」


 ちょっと呆気にとられた表情を見せて、それからふわりと笑う。

 あとから聞いたが、今まで俺が自分の後を追っていたことは知ってたが、対抗心を燃やしてたことまでは知らなかったらしい。「カルガモの子みたいに何でも真似っこしてて可愛いと思ってた」と聞いた日には、ライバルとして思われるどころか相手にすらなってなかったんだな、と落ち込んだものだ。


 また一緒に登校することになった。報告したとき、ママはことのほか喜んだ。


「亮が一人で置いてって帰った日ね、えりちゃんお家ですごい泣いたらしいわよ。『私は最低だ、亮ちゃんごめんなさい』って」

「……」

「どうせ亮は考えなしに言ったんでしょう? 今度は傷つけちゃ駄目よ」

「……わかった」


 それから、ママに英語習わせてって頼んだら、仲直りしたんだったら教えてもらえばいいじゃないって言われた。……それは悔しいので避けたいのだが、ママは聞く気がなさそうだ。

 翌朝、仕方がないから諦めて、でも手取り足取りは気に食わないから、どうやって勉強したかだけ聞いた。


「勉強ってほどじゃないんだけど……えっと、ハリーポッターの英語版を辞書引きながら読みはじめたのがきっかけ。洋楽聞いて、英字新聞読んで、NHKのラジオ英会話聞いてる」


 それを勉強じゃないと言うか。格の違いを見せつけられた気分だ。そして、


「ハリーポッター、貴様か」


 聞き覚えのある名前だ。一年の頃、あいつが読んでた本。俺がまだグリム童話だった頃に英莉が読んでた本か。……俺もグリム童話の英語版を読んでおくべきだったか……?

 黙考する俺におずおずと声をかけられる。


「えっと、一緒にやる?」

「いや、一人でがんばる」

「そっか……」


 何故か寂しそうだったので、オススメの洋楽だけ教えてもらっておいた。食い気味に色々教えてくれた。




 12歳。

 六年生。

 英莉はまたよく話し掛けてくるようになった。まだときどき、いやかなり目線が上からだが、まぁそういう奴なんだと諦めた。

 英莉は中学受験をするらしい。公立の中高一貫を狙って。俺は英莉に勝ちたいだけで、別に中学は皆と一緒の地元が良かったのでそれは狙わない。だが、これはチャンスだ。英莉が受験勉強に勤しんでいる間に、ピアノやら何やらで勝ってみせる!


 小学校でもダンスが必修になってるからって毎年体育でやってたのだが、今年は六年生だからという理由でクラス対抗ダンス発表会があった。うちの学校の恒例らしい。英莉はノリノリで踊っているが、俺は恥ずかしさが優っててんでだめだった。だが、英莉に「恥ずかしがってるより、下手でも堂々とした方がかっこよく見えるよ」って言われてすごく悔しかった。久々にすごく悔しい敗北感を感じたので、母さんに頼んでダンスを習うことにした。


「ピアノ、空手、水泳なのにまだやるの?」

「あいつも塾やってんじゃん」

「……ちゃんとやりなさいよ?」


 最初は手も足も出なかった。周りは小さい頃から踊り続けているベテランで、俺だけ初心者。しかも周りは女子ばかり。ハードルは低くない。

 だが皆優しくて、雰囲気も軽かったからめげずに続けられた。出来なくても、楽しい。居心地の良い空間だ。




 12歳。

 中学一年生。

 英莉は中学受験に落ちた。倍率8倍は流石に厳しかったらしい。


「てか、あれは運よ。実力関係ないもん」


 ……とは言いつつ、家では号泣していたことを俺は知っている。さもありなん。頑張ってたもんな。

 とはいえ、だ。不思議なことに英莉は滑り止めに受けた私立は放って地元の同じ中学にきた。


「お前、折角受かったのに。本命より偏差値高かったんだろ?」

「……だって、学費勿体ないじゃん」


 習い事をたくさんさせてもらってるからこれ以上負担になりたくなかったらしい。うーん、きっとそんなこと考えず、行って欲しかっただろうけどなぁ。


 勉強が難しくなって、定期試験が現れて、俺と英莉はいつも勝負している。


「くっ、また負けた……」

「ふふ、またがんばって」

「……ってか5科目合計498点て……」


 二点はケアレスミスらしい。さもありなん。

 当然英莉は学年一位、俺は何とか学年二位だ。しかしその差は十点。くそ、遠いな。

 体育は男女分けされるようになったからもう徒競走で競ったり球技で争ったりは出来ないが、クラスの女子から聞けば断トツの一位らしい。俺はクラスに二、三人勝てない奴がいる。あいつらと俺じゃ体格も違うしな……というのは言い訳か。つまり、俺の負け……といえる。

 ピアノは未だに負けている。いや、昔に比べれば全然良い勝負なのだが。

 つまり、まだ負けっぱなしだ。


 部活は、英莉は美術部、俺はPC部に入った。部活は楽しむものだし、競うこともないと思っている。

 だが英莉の絵を文化祭で見てみたら、普通に上手かった。まぁ、部活だしいいか……と思っていたがやっぱり悔しかったので俺はPCで絵を描くことにした。デジタルだ。ミミズがのたくったような絵が完成して、少し萎える。今は下手だが……いつか勝つ。

 それはそれとして、絵上手いじゃんと褒めたら、「ありがと。……昔から好きだったからね」と照れていた。つか、まじか。お前あれだけいろんなものに手を出しておきながら、絵まで描いてたの?




 15歳。

 中学三年生。

 英莉は生徒会長と美術部を兼任している。俺は選挙に負けたからPC部の部長だけだ。……人望は正直、勝てると思ってたんだが。スピーチの才能で負けた。


「ふふん、皆に好かれたくて磨いた私のコミュ力、どうよ?」


 負けた以上何も言えないが、見せられたドヤ顔はちょっとイラっときた。

 テストは今は並んだ……学校は。しかし、ちっとも勝った気にならない。なぜなら今の勝負は駿台模試になっているからだ。国語はそこそこ良い勝負が出来るんだが、英語と数学がなー……。今のところ、連敗記録は止まらない。

 受験勉強に専念するため、俺はピアノと空手、水泳を辞めた。というか、母さんが辞めさせた。俺は勝つまで続けるつもりだったが……そうもいかないか。代わりに塾が入った。ダンスは勉強のストレスを発散させるため、週1で続けている。あいつも習い事は辞めて塾だけにしたらしい。

 週末は二人で難関高の過去問を解いているが、今のところ負けている。国語くらいか、時々勝てるのは。合計点は未だ及ばない。

 志望校は、互いに県立トップの学校。というか、あいつが俺の志望校をそうさせた。


「一緒の学校にいこ?ね?」


 正直、私立大学の附属高行って大学受験せずに趣味に邁進しようかと考えていただけに、断りたかったが、英莉が涙目で言うのだ。


「私勝ち逃げしちゃうよ?いいの?」


 ……もっと言葉を選べよとは思う。いやまぁ、必死なのは分かるし、確かに俺も今まで何でも張り合って来たけどさぁ……。

 まぁ、何だかんだ言っても明るく振る舞っても、英莉は根本的に暗い奴だし、高校で新しい友達を作れるか不安なんだろう。いや、新天地に一人では行きたくないのか。

 だから、底意を見透かしてしまった俺の答えは──まぁ仕方ないよな。涙目、可愛かったし。だが、煽ったからには覚悟しとけよ? 高校の間には、絶対勝つ。


「って、うがー!また負けた……」

「えへ、勝っちゃった」

「……で、ここが分かんない。教えろ」

「大問3?えーと、これはね……」


 私立の過去問は習ってないことまで出るから質が悪い。それが解ける英莉も。

 ……まぁ、第一志望は公立だから、受験当日はそんなことはないだろうが。




 15歳。

 高校一年生。

 無事俺らは第一志望に合格した。合格発表の日、英莉は自分の名前を見つけても少し微笑んだだけで、むしろ俺の名前も見つけたときの方が喜んでいた。っておい、中学受験のときは影でこっそり泣いてたんだろ、なんで今はしれっとしてんだよ。


「てかなんで私が泣いてたこと知ってんのよ」

「おばさんに聞いた」

「……ママのばかー」



 高校デビューってわけじゃないが、水泳でもピアノでも空手でもダンスでもなく、軽音楽部に入った。……言うまでもないが、あいつに連れられて、だ。


「軽音って高校生っぽくて、よくない!?一緒にやろーよ」

「……えー」

「じゃあ、次の勝負!」

「どう勝負するのさ」

「……ファンの数?」

「……お前さ、とりあえず勝負ってつければついてきてくれると思ってるだろ」

「……お願い。一人じゃ不安だから一緒にやってください」


 ライバルの弱った姿はあんまり見たくない、から渋々受け入れた。英莉はギター、俺はキーボード。それとドラムとベースを入れて、英莉がボーカルも兼任している。あいつ、ピアノ長らくやってて音感鍛えてるから歌も上手いんだよな。

 そこそこ評判が良かったからだろうか、部活に飽きたらずもっと本格的にやりたいとか言い出して、ドラムとベースも賛同したからYouTubeに配信してみることにした。編集やら何やらは俺の仕事だ。曲のカバーがメインで、時々オリジナルで作曲して……ってのをやってるが、それなりの視聴回数が得られている。……まぁ、どんだけ人気が出ようとうちは進学校なので大学受験前には解散するんだけど。


 俺はダンス部も兼部して、時々顔を出してる。水泳部は屋外プールで寒そうなので諦めて、ピアノ部はガチ勢だったので入るのが憚られた。空手部はなかった。だから、ダンス部。緩く楽しく、女子ばっかで男子は少ないけどまぁ仕方ない。ダンス、上手くなりゃ格好良いと思うんだけどな。


 テストは……やっと、社会科系統も並んできたところ。理系科目は俺は不得手らしい。国語はやや俺が優れるが、英語は完璧に負けている。英莉は理系に進むかもしれないが、俺は文系一択かな、と早くも選択しはじめている。……もし分かれたら、英莉に負けたまま勝ち逃げされるわけだな、と思いつつ。

 それは悔しいので文理選択するまでに何としてでも勝っておこうと授業への意欲を燃やしている真っ最中。


 ところで今は電車通学だ。一緒に登校しているが、空いてたら駄弁り、満員電車のときは特に会話はせず互いにWALKMANで音楽を聞いている。まぁ大体混んでいるのだが。


 ある日、というか今日。車内。気づけば、英莉が挙動不審になっていた。音楽を聞いてて気づくのが遅れたらしい。

 あいつは少し震えてて、俯き気味になっている。顔を見ると、やや涙目になっていた。一瞬、どうしてそうなってるのか全く分からなかった。だが、ふと目に入った、その後ろで気づいた。

 ……痴漢か。

 別に英莉は取り立てて可愛くはない。髪は染めているし、明るく振る舞っているがどことなく地味な奴だ。だからまさか痴漢に遭うなんて想定外でしかなかった。だが後ろにいる、鼻の下を伸ばしていやらしい笑みを浮かべた男は痴漢にしか見えなかった。

 ……いや、偏見でものを決めてはいけない、と俺の良心は言う。冤罪だったら申し訳が立たないどころではない。無実の罪で素人殴った日には破門されてしまう。だから確かめた。

 あいつの目の前は俺だ。遮るものはなく、当然何かをされているわけがない。だから、後ろ。

 仮に痴漢だったとして、俺は気づかれてはならない。逃げられる。だから英莉にすら気づかれないくらい自然に、後ろに手を伸ばした。結果はクロ。誰かの手が英莉のスカートの中に入っている。

 俺は英莉を片手で抱き寄せつつ、もう片手でその邪な手を掴んだ。水面下の抵抗。だがものともしない。これで負けるようなら俺は何年空手をやってきたのか、という話だ。離さない。

 殴るのはアウトだが……まぁ、指ならセーフだろ。痴漢だし。あいつに回した腕も伸ばして、囚われの手の指を掴み、甲側に折り畳ませる。満員電車に鈍い破砕音が聞こえた。声を出せば全てが露見するからだろうか、悲鳴は声なきもの。だが、明らかに後ろの男の顔色は変わっていて、脂汗が滲んでいた。必死に俺の手を外そうとしている。やっぱりお前か。


 駅員に突きだしたいところだが、俺と奴の間に英莉がいる。下手を打って暴れられては英莉が危ないから手を離した。離した手を英莉の方に戻し、とりあえず抱きしめる。

 抱きしめながら思うのだが、幼馴染とはいえ恋人以外の男に抱かれるのはやはり嫌だろうか。

 拒絶されたら、もちろん手を離すつもりだった。英莉は拒絶しなかった。むしろ、俺に体重を預け腕を回してきた。顔が胸に埋められる。涙こそ流してないが、震えたままで、落ち着くまで好きなようにさせる。

 次の駅で奴は逃げるように降りていった。追いかけようと思ったが、俺は身動きが取れなかった。


 奴もいなくなり、英莉を見下ろす。ことが終わると、頭によぎるはとりとめのないことばかり。こいつ、高校入ってから薄くだけど化粧しはじめたよな、……これ、ワイシャツ汚れねぇ?とか。まぁ非常事態だから仕方ないし、文句を言えば怒られるのだろうが、強いて日常に戻ろうと、落ち着いて普段通りの思考を取り戻そうとしたらそんなことが過ったり。

 あるいは。そういや俺、英莉の身長抜いたのいつだっけ。むしろ、こんなにこいつ小さかったっけ、とか。あれだけ大きな壁だった……まぁ今も越えがたき壁の英莉は、今見るととても小さい。……陳腐だが、そう思う。

 そういえば、昔から感じていた大人びた雰囲気も、最近は余り感じず、年相応だな、と思う。

 気づけて良かったな、とも知りたくなかったな、とも。アンビバレントだ。


 学校の最寄り駅の一駅前に英莉は離れた。いや、身体は預けっぱなしだったが、腕を戻して顔を上げた。泣いてはなかったし、顔色も大分ましになっている。

 落ち着いた?と唇だけ動かせば、読唇して頷いた。なら、と腕を離そうとしたら、それは嫌がられたからそのままにした。


 駅について電車を降りて、ヘッドフォンを外す。英莉も外したのを見て、聞く。


「帰る?」


 帰ると言われたら送るつもりだった。別に構わないと思う。英莉は首を振った。


「ううん、行く」


 なら、と歩いて改札を抜けた。さっきの今で、俺は何を話すべきか分からなかったし、あいつも口数は少なかった。でも互いに沈黙は苦手だから、ぽつぽつと会話が始まる。


「さっきはありがと」

「気にするな」

「でも……」


 再度気にするな、と目で制した。

 とはいえ、言うことはある。


「お前合気道習ってただろ。無抵抗は損だぞ」


 責めるようで悪いが、俺がいないときは自力で解決するしかないのだから、言っておく。こいつは抵抗する術を知ってるはずなのだ。


「え、へへ……頭、真っ白になっちゃって」

「……そういうものか」

「こういうの、初めて?」

「うん……」

「そっか……」


 初回でよかったと思うべきか、否か。とりあえず、次がないように、どうしてやろうか。


「自転車通学、にするか?」

「え?」

「通えないこともない」

「……そうだね」

「……まぁ、後で相談したらいいか」

「うん」


 ぎこちない会話が途切れ、沈黙がおりる。距離感が少し掴めない。慰めるのが正しいのだろうか。いや、でも。

 ……ともかく、あまりこの空気は身体に合わない。だから、話題を変えた。


「そ、そういえばだな!」

「う、うん!」


 あいつも話題を変えたかったようで、食い気味に乗ってきた。分かるぞ、その気持ち。口許を少し緩める。


「お前さ、小さくなった?」


 題はさっき考えていたとりとめのないことだ。改めて話題を考えるほど、頭が回っていなかったから。


「へ?そりゃまぁ中学の時に背は抜かれたけど……縮んではないよ?」

「いやま、それもなんだけど。それだけじゃなくて」

「?」

「なんか、同い年なんだな、みたいなのがさ。昔からどっか異常なくらい大人びてるっていうか、視線も雰囲気も俺らと違った気がしてたんだけど、最近は割りと近づいたなって」


 別に、大した話題じゃないはずだ。なのに、英莉はあからさまに痛いところを突かれたような表情を見せた。


「そ、そう?女の子だから精神が成長しやすかっただけじゃない?」

「何故慌てる」

「あ、慌ててなんかないしっ」


 ……露骨。


「言っとくけど、周りの女子と比べても異様だったからな」

「そ、そう……」

「だから何故きょどる」

「そ、そんなことないしっ」


 何かやましいことでもあるのだろうか。……まぁいいや、あまり興味も湧かない。くだらなさそうだ。そんなことより、俺が言いたいのは。


「昔に比べると親近感沸きやすくなったよ、お前」

「!」


 目を、見開く。


「やっと追いつけた気がする」


 そして、俯いた。


「……まだ、勝ってないくせに」

「うーるせ。じきにおいついてやるよ」

「負けないもん」


 顔をあげる。顔には腹立つくらいの勝ち気な笑み。

 やっと、いつもの調子が出てきたか。内心ほっとして、学校についた。クラスは一緒だ。靴を履き替えて、一緒に向かう。

 あぁそうだ。


「「ねぇ」」


 ……。


「……先、どうぞ」

「いやいや、いいよ」

「俺のは大したことじゃないんだけど」

「いいから」


 そうか。それなら、とただの連絡。


「今日、一緒に帰ろうな。あんなことあったばかりだし」


 いつもは帰りは互いに友達と帰るけど。流石に、今日は。英莉は、


「……うん。ありがと」


 やや俯いて、長い前髪が顔を隠した。そして、ひらひらと手を振って先に教室に入り……って、おい。


「何かさっき言いかけてなかったか」

「あぁ、それは……だいじょぶ。やっぱ何でもない!」


 だけど、英莉そのあとに言った。聞かせるつもりのない、独り言。


「あぁもう、勝てないよ」


 ……どういう意図か、分からない。でも、何か俺は英莉に勝てたのだろうか。




 英莉を越える日はもう、そう遠くない。

 そして、英莉に転生者だとカミングアウトされ、驚き、それから告白されてくっつくのも。

読了有難うございます。

後半力つきて、どうも推敲不足が否めない……。

とりあえず、カルガモの子供は可愛いな、という作者の好みを書きたかっただけ。

……本当はちゃんとくっつけるつもりだったんだけどなぁ。


評価ポイント頂けると嬉しいです。作者はメンタルが弱いので、酷評は文章ではなく数字で見たいです。


……あと、女の子視点、欲しいですか? 情報不足否めない?