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55話 ユウの知らぬ間に

「……ふっ、ふふふふふ……ケホッ、ケホッ……ふふっ、ふふふふふふ……」



 シヴィエルに圧倒的な敗北を喫し、今まさに骨を砕かれながら殺されかけているというのにも拘わらず、血を含んだ飛沫を飛ばしながら咳き込むと同時に、不気味な笑い声をウィナスが響かせ始める。



「……何が可笑しい、吸血鬼。殺されかけた事で気が動転して頭でも狂ったか?」



 何故今、笑うのか。

 という疑問が頭の中を渦巻いていたシヴィエルは怪訝な表情を浮かばせながら睥睨する。



「ふふっ、腐っていたのはクリシュラ様の目ではなく、私達の方だったと思い知らされていただけですよ。魔人のとこの少々、強いだけのバカ王子をクリシュラ様の婿に据えようとしていた私達がどれだけ愚かだったか……あぁ、別にもう逃げる気もありませんし、貴方に危害を加えるつもりはありませんよ」



 先程までの獰猛さは消え去り、冷静さを取り戻したウィナスは遠い目をさせながら笑い混じりに口にする。



 元々、人体実験等にかかわってさえなければ殺す事は滅多な事がない限りしない。

 と心に決めていたシヴィエルは戦意は無い。とウィナスが口にした途端、鳩尾辺りに乗せていた足を退け、纏っていた黒焔を解除しながら再度問う。

 



「……意味が分からん。結局、何が言いたいんだ?」



 屈託のない晴れ晴れとした笑みを浮かべるウィナスの言う言葉に何一つ心当たりもなく、自分を殺せないから諦めた。というワケでは無いウィナスの目的を暴こうと複雑そうな顔をさせながら考えを巡らせる。




「こうもやられてはもう、認めるしか無い。という事ですよ。安心して下さい……私以外の老害共は私が責任を持って黙らせましょう。貴方は気兼ねなく、クリシュラ様との式の準備に取り掛かって下さい」



「……は? 式? 黙らせる? ……本当に全く意味が理解出来ないんだが……」



 ウィナスの突拍子の無い言葉を耳にしたシヴィエルは素っ頓狂な声を上げ、目を不自然なくらいに瞬かせる。



 先程まで殺し合いをしていたというのに何があったら“式”という言葉にたどり着くのか。

 そして老害はお前以外にも居るのか。

 という様々な事柄が頭の中に渦巻き、もうワケが分からなくなっていた。




(……おいおいおい、式? はぁ!? ユウ(コイツ)、もう結婚すんの!? しかもあのジジイが拘わってるとなれば絶対、相手は吸血鬼だよな? ユウ(コイツ)、根っからのシスコンじゃなかったの!? それよりも恋のキューピット役になったばかりの私の出番は無しなのか!?)




「ふふっ、そう照れないで下さい。まぁ、クリシュラ様は吸血鬼の姫ですからたじろぐのも理解出来ますが、貴方次期に王子になるんです。もっと堂々と構えて下さいよ婿殿……ふふふっ」



「……え、ちょ、婿殿!? え? えぇ!?」



 自身を立たせまいとしていた足が退かされた事でウィナスはムクリと立ち上がってパンパン、と服に付着した砂等を振り払う。



 少し離れた場所に転がっていた得物を取りに向かいながら爆弾発言を投下していた。

 先程まで骨を砕かれ、瀕死といっても差し支えのない状態になっていたというのに少し、ふらつくだけで悠然と歩くその姿はウィナスどれだけ強い吸血鬼かを物語っていた。



「では、私はヴェリゴール様へ事の顛末を報告に行きますのでこれで失礼させて頂きます。次、お会いする際は私の第二の主として御迎えに参りましょう」



「待て! 詳しく説明しろッ!! おい……おぉぉぉいっ!?」



 先刻までとは打って変わって好好爺然とした雰囲気となっていたウィナスは斬り落とされた腕の部分を少しずつ再生させながら黒い西洋龍の下にまで言い逃げるようにして去って行った。



 シヴィエルは逃げるように去っていくウィナスを追い掛けようかと思うが、10歳の少年がワイバーンの産卵場(こんなところ)に1人で来るわけがない。まずはユウ(コイツ)の仲間の下に行くべきだろう。と瞬時に最優先事項を見極め、ウィナスを見逃していた。



 前方凡そ、500m程先に無精髭を生やしたハルバードを持った男性に弓を携えた銀髪の女性を含む4人組を視認したシヴィエルはまず、その人間達に自身の子孫の仲間の事でも聞こうかと歩を進める。



 原初(オリジナル)の吸血鬼であるシヴィエルは人よりも、そして獣人等と比べても五感が鋭く、身体能力が突出していた為、夜闇に包まれながらも規格外な行動を取る事が可能となっていた。



 




 歩くこと数分。

 目的地付近にまで到着したシヴィエルは、何故かおろおろしていた銀髪の女性に話し掛けようと口を開こうとするが、慌てて閉じた。



 ――お姉さん。

 その言葉は10歳にしては大人びていないだろうか?

 という疑問にぶち当たったからである。



 自身の子孫と会話をした時間は決して短くは無かったが、10歳にしては大人びているというだけで幼さは抜けきれていなかった印象だ。



 そして彼に使用した魔法は半日程、目を覚まさない効力を持つので最低でも朝を迎えるまでは自分が彼の代わりを務めなければいけないのだ。



 その為、シヴィエルは“お姉さん”。

 という言葉では無く、“お姉ちゃん”。という言葉をチョイスした。




 我ながら、天才的な判断でないだろうか。

 と自分の思考に陶酔しながらも銀髪の女性――フリシスに声を掛けた。



「あの……お姉ちゃん! ちょっと聞きたい事があるんだけど……」



 話しかけた途端、安堵の表情へと一変させ、「お、お姉ちゃん……」と復唱しながら餌を前にした肉食獣のような瞳を向けるフリシスにシヴィエルは全く気づいていなかった……

  


今更感がありますが、初めて“章”というものを入れてみました( `・ω・´)

前作や、不定期更新の他作品にも一度も入れた事が無かった為、ちゃんと出来ているかよく分からないので不自然な部分があればご指摘下さい(´つω `)



と、前置きが長くなってしまいましたがなんちゃって1章完です(笑)

次回からは伏線っぽかったアーヴィ編兼、侯爵編。という予定です。


今後ともどうぞ、『異世界転生~少年の転生譚~』を宜しくお願いしますm(__)m



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