54話 圧倒
遅くなってスミマセン(´ ; ω ;`)
「……ふふっ、手酷くやられたものだな……」
血溜まりに頭を少しばかり埋めながらユウの体にてシヴィエルが口を開く。
碧い瞳は落日を彷彿させる深紅に染まっており、貫かれていた筈の胸の傷や左手の傷等もシヴィエルが吸血鬼だからか、いつの間にかすっかり癒えていた。
「敵は……あの吸血鬼か。まぁ、10歳の体じゃあ辛いか。ただの人間には……だがな。……それにしても魔力が無さすぎる……アレをやるか」
そう口にした直後、一拍おいてからふぅ、と横たわったまま息を整える。
殊更にゆっくりと、意識を集中させながら瞼を閉じ、紡ぐ。
「『劈け……《魔力・号哭現象》!!』」
その刹那、耳をつんざくような鋭く甲高い音が響き渡ると同時に夜闇に包まれていた周囲から可視出来る程の魔力の塊がシヴィエルに集まって行く。
生物、そしてあらゆる植物等には必ず魔力が秘められている。
先程シヴィエルが使用した《魔力・号哭現象》は生物や植物等に含まれる魔力を言わば、吸い取る魔法。
吸収する量は微々たるものだが、それが周囲一帯に広がる自然、そして飛竜や他の冒険者達。等と大量の個体が存在すれば1つ当たりは微々たる量でも話が違ってくる。
突として壮絶に響き渡った金切り音に反応し、先程までギャズ達を殺しに行こうとしていたウィナスは驚愕に目を見開きながらも慌てて振り返り、音の発生源であるシヴィエルに瞳を向ける。
「……何をしたんです? 毒は恐らくもう全身に回り、動くことすら出来ない筈なんですが……」
「……ははっ、これだけの音を響かせてバレないワケが無いな。……何をしたか? それはアンタの瞳が映している物が答えだろう? 子供でも分かるような不毛な質問をするな。ところで吸血鬼。
この場は退いてくれないか? 私は出来れば同族を殺したくないんだ」
ムクリとゆっくり立ち上がりながら瞼を開けるシヴィエルを前に、言葉を耳にしたウィナスは目を皿にした。
彼の瞳に映っている物は先程とは瞳の色が変色したユウだ。
数十秒ばかりユウの体を注視していたが違いと言えば、爛々と光る深紅の瞳に年不相応な物静かさが備わり、そして奇妙な魔法を使用した。というだけだ。
なのにも拘わらず、目の前の少年は事もあろうか先程まで自分が遊ばれていた相手に向かって「殺したくはない」と言い放ったのだ。
戯けている。
そう思うが、何か秘策でもあるのか? という懸念は拭いきれておらず、怪訝そうに眉をひそめながらも威圧的な態度をウィナスは崩さない。
「何をふざけた事をぬかすんです? 殺したくはない? ……くくっ、あははははははッ!!! では、お望み通り……斬り、断ち、解し、心行くまで徹底的に刻みましょう。聞かせて下さいよ、貴方の絶叫をッ!! ふふっ、あはははははははッ!!!」
愉悦の曲線をウィナスの唇が描き、獰猛な哄笑を響かせながらシヴィエルへと躍りかかる。
それはまるで吼え猛る獅子の如く。
「はぁ……どうしてだろうか、昔からこういった説得は不得意なのは……面倒臭いが少し黙らせるか」
血走った赤い目を炯々と彼が輝かせていた事から平和的に終わらないだろうな、とは予想していたものの実際に雄叫びを上げながら向かってこられると気も萎えるのだ。
「『……迸れ、《黒炎》!!』」
その刹那、金の髪から陽炎が立ち上ぼり、逆立てる。
纏う黒い炎は見た目だけは先程となんら変わり無いのだが、ある程度の実力者ならわかるだろう。
魔力の濃密さが桁違い、だと。
大地を蹴るなり猛然と加速しながら向かってくるウィナスの右手には血塗られた剣が握られており、宙を斬り裂きながら狙いを定める。
恐るべき速度で間合いを詰めたウィナスは円弧を描きつつ、横に薙ぐが
「……腕1本くらい落とせば黙るだろうか」
咄嗟に懐に仕舞っていた小太刀――《紅華》を取り出し、流れるような動きでくるり、と逆手持ちに持ち変えたシヴィエルに呆気なく防がれ、ただ金属の擦れる音が轟くのみ。
その際にうそぶいていた事もあるのだろう、間違いなく舐めてかかっている目の前の敵に無尽蔵の怒りがこみ上げ、ウィナスのこめかみに青筋が浮かぶ。
瞳の奥に燃えるような怒りを湛えるウィナスとは反してシヴィエルの瞳は何時になく静か。
「……ナメるな、小僧おおおおおおぉぉッ!!!」
先程までの気丈振る舞うウィナスの面影は消え、気焔万丈の雄叫びを上げながら再度、攻撃を繰り出す。
――――こういう人種はやはり苦手だ、とうんざりしながら項垂れた頭の真上を白い刃が斬り裂いた。
ひっきりなしに浴びせられる連撃は気だるそうに僅かに体をずらし、飛び退き、翻すシヴィエルを斬り裂く事無く、全て虚しく残像のみを斬るだけだ。
「……疾く去ね、吸血鬼。もう理解出来ただろう? アンタに私の相手は務まらない。さっさと立ち去れ」
シヴィエルを斬り殺そうと最早、躍起になっていたウィナスは居丈高に発せられた言葉を無視しつつ、縦横無尽に剣を振るうがどれも虚空を斬り裂くだけ。
そして、何かを思いついたのか、篠突く雨のような剣撃が止む。
愁いに表情を曇らせつつも脳裡に閃いた事を口にした。
「貴方、もしかして人を殺せないんじゃないですか? 殺したくはない、等とほざく割には小心者ですねぇ……くくくっ、あはははは……は……は?」
確かな確信は無かったものの、殺そうと思えば自分をいつでも殺す事が可能だったにも拘わらず、殺さなかった目の前の少年は殺す事が出来ない、とウィナスは決めつける。
哄笑混じりにそれを彼は指摘するが返事は溢れんばかりの殺気が乗った一閃だった。
その瞬間、ウィナスが目を見張る。
もしかすれば、その指摘は核心を突いており自分へ有利に働く切っ掛けとなるかもと思っていたが、結果はシヴィエルの手にした小太刀が目にも止まらぬ速さで軌道を描き、ウィナスの右肩から先を斬り飛ばしたからだ。
その振り上げた剣の速度が尋常ではなかった。
剣身は視認不可能は勿論、そこに残像によって半透明の剣による盾が造り上げられたと錯覚する程だ。
放たれた一撃には刹那の逡巡も存在せず、迷いのない一閃であった。
怒りをあらわにシヴィエルの攻撃は止まず、すかさず追撃の構えをとる。
右手を斬り飛ばされた事に呆気に取られ、がら空きとなっていたウィナスの腹辺りに重い蹴りを叩き込み、そのまま仰向けになった彼の腹にシヴィエルの左足が踏み下ろされた。
「殺せない……だ? おいおい、調子に乗るなよ? 確かに私は吸血鬼を殺す事にだけは罪悪感が湧いてしまう為に殺しを滅多に行わないが、出来ない訳ではない」
そう威風堂々と口にしながら踏み下ろした足に力を入れる。
――ボキボキッと太い木の枝折れるような音とベキベキベキッという骨が折れ、軋む音がウィナスの身体から鳴り響く。
「う゛っ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――ッ!!!」
凄絶な絶叫。
血反吐を吐きながら悶え、苦しむウィナスを蔑むように見下ろしながら唾棄するように言葉を吐き捨てる。
「だから言っただろう? アンタじゃ私の相手は務まらない……と」
誤字、脱字等あれば指摘お願いしますm(__)m