52話 造られた吸血鬼
「3分……いえ、1分くらいは精々愉しませて下さいね……」
重心を低くしつつ、言葉を口にするウィナス。
そして一方的な会話の終わり様に唇の端を吊り上げ、ニヒルな笑みを浮かべると同時にズシンッ! と重い音を周囲に轟かせ、俺の攻撃によって爆ぜた荒れ地を力強く踏み締める。
夜闇に漂う冷気等を悉く吹き散らしながら、風魔法で宙を浮いている俺目掛けて跳躍した。
その行為に魔法を使った形跡は存在せず、恐らく身体強化を使っただけの跳躍。
俺がもし、同じ行為をしても精々2mが限界だろうが、目の前の男はそれを遥かに上回り10m近くも跳躍していた為に酷く戦慄をするが、同時にある事を理解していた。
「――ッ!? ……お前……魔族か!!」
何かが吹っ切れてしまったウィナスの犬歯はもう長い、という言葉だけで表すには些か不十分といってもいい程に伸びており、紛れもなくその姿は吸血鬼であった。
碧い色の瞳を怒らせ、射殺すような視線でウィナスを睥睨しながらそう口にするが、その答えが言葉で返って来る事はない。
まさに雷光とも呼ぶべき敏捷な動き。
先刻までの悠然とした雰囲気の中に狂喜が入り混じったウィナスはもはや別人であった。
跳躍する事で瞬時に距離を詰めたウィナスは、斜め上空――袈裟懸けの要領で得物を振るう。
豹変した彼から漏れ出す殺気、そして殺し合いの最中に見せ始めた狂喜な笑み。
それらによって俺の全身に鋭い戦慄が駆け抜けるが、
まだ死ぬワケにはいかない。
その一心で小太刀を握る力を強めていた。
恐ろしく速く、そして一切の容赦のない一閃。
しかし、夜闇に染まった虚空をウィナスが切り裂き始めていた時には既に俺は真横に移動し、回避していた。そこに余裕などは存在しない。本能に任せた文字通り、死と隣り合わせの戦いだった。
ブオンッ!! という風切り音が耳許のすぐ側を通過した直後、
――――避けた。
そう思うが、ウィナスの左拳による追撃が俺のがら空きだったボディに炸裂し、宙に浮いていた俺は思い切り地上へと急降下する事となり、地面に叩きつけられた。
「宴はここからが酣でしょう? まだまだ足りません……もっと……もっと私を愉しませて下さいよぉ!! くくっ、あははははははっ!!!」
胸糞悪く感じる笑い声を聞き流しながらも、全身の至るところから血を垂らしつつ、ムクリと砂埃が巻き上がる中、立ち上がり、口内に紛れ込んでいた砂を吐き出した。
その飛沫には痰と混ざった血なども見受けられたが、それに構う事なく相変わらず心臓部を左手で押さえつつ、顔をしかめながら口を開いた。
「――はぁ――はぁ……こりゃ、あばらかどっかの骨が逝ったな……あはっ、あはは……クソっ、全然笑えねぇわ……それよりもここは不味い。速く移動しないと……」
バレない程度にギャズ達が居た場所から離れようと意識しながら距離を取って戦闘をしていたのだが、不覚にも稼いだ距離を戻される事となった。
そして、歯噛みしながらも再度離れようとするが
「ふふふっ、どこに行くというんです? この場所では何か不都合でも起きるんですか?」
「――ッ!?」
俺の下へと今まさに猛進していたウィナスとの距離を詰めるワケでも無く、ただ今居る場所から離れようとする俺を見てもしや、と思いカマを掛けた彼の胸中など一切知る由もなかった俺は返答代わりに顔を強張らせてしまっていた。
「……当たりですか。……十中八九あの人間ですかね……では、先に邪魔な人間共を消すとしましょう」
酷薄そうに目を細め、ギャズ達が居るであろう方向に狙いを定めたウィナスを目にした俺は焦燥に身を焦がしながら大地を蹴り、風魔法を再度足元に発動させてギャズ達を守る為に絶対たる殺戮者の前に立ちはだかろと猛進する。
「……私には1つだけ嫌いな物があるんです……それは、仲間ですよ。対等な関係? そんな物はありません。あるのは明確化された上下関係のみ。ですから……仲間の為にと動く今の貴方を見ていると……虫酸が走るんですよおおぉ!!!」
急に声を荒げ、怒りに震える怒号が叫び散らされていたがそれを無視して俺は足を進めようとする。
しかし数秒後、無視をした結果か、強制的に足を止める羽目となっていた。
一瞬の出来事。
心臓部を押さえていた左手ごとウィナスの高速に繰り出された刺突によって背後から貫かれていたのだ。
足を進めていた途中に突如、妙な違和感が襲ってきたのだがそれでも尚、足を進めようとしたが足は言う事を聞かず、地面に膝が崩れ落ちていた。
そして徐々に傷口から溢れ出てくる自身の血。
未だ貫かれたままだったが、自分の血で赤く染まりつつあった左手へ視線を移し、掠れた声で苦笑した。
「残念です少年。無様にも背中を見せ、仲間の身を案じるなぞ……まぁ今日は意外と愉しめましたし、お礼代わりにお仲間も貴方と同様、直ぐに殺して差し上げますよ」
「……待てよ、くそじじ……ゴホッ、ゴホッ!! ……はぁ、はぁ……」
俺を冷ややかな瞳を向けて一瞥し、目先の今は何も見えない夜闇に視線を移して足を進めようとするウィナスを止めようと弱々しくも声を上げるが直後、赤い固体をも含んだ飛沫が舞う。
「……余生が惜しければ声を出さない方が良いですよ。まぁ、貴方が死ぬ未来は変わりませんがね。……私が主から受けた命は、貴方という人間を見極め、結果私が駄目だと判断した場合は確実に殺せ。……その為、私の剣には確実に命を刈り取れるようにと即効性の毒を薄く塗ってあります」
吐き捨てるようにウィナスは刺していた剣を抜き、そのまま俺に背を向けて遠ざかりながらも言葉を言い放った。それを聞いて自分の足が何故動かないのか、そして自分の命がもうすぐ尽きるのかと思い知らされる。
心臓部辺りの傷口から流れ出す血は大地を赤く塗っており、いつの間にか出来ていた血溜まりを見詰めながら俺は呟いた。
「……大人しく、引きこもっておけば良かった……」
ぼんやりと霞がかった視界の中、そう小さく口にすると同時に開いておくことすら億劫となっていた瞼を閉じ、俺は地面へと静かに倒れ込んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
急に襲い掛かってきた老人に刺され、意識を失ってからどれ程の時間が経ったのか。
そんな事を知る由もなかったが、意識を取り戻して瞼を開けると目の前には先程までの荒れた大地ではなく、赤色の花が無数に咲き誇っていた。
「……彼岸花……」
無意識の内に目の前で咲いていた花の名前を言い当てる。
それと同時にここは死後の世界? それともまた転生でもしたのか? 等といった考えが脳内に渦巻いていたのだが、突として背後から聞こえてきた低い男性独特の声によって疑問が解消される事となった。
「ここは昔、私と同じ業を背負いし2人の親友達と約束を交わした場所がモチーフの疑似空間だ。彼岸花の花言葉は“また会う日を楽しみに”ってね……ふふっ、洒落てるだろう?」
そう口にしながら背後から歩み寄ってきた男性は右手に摘み取っていた一輪の彼岸花を眺めながら呟く。独り言のような呟きを聞き取った男は疑問に染まった俺の顔を確認した直後、ばつが悪そうな表情を浮かべて続けざまに言葉を発した。
「……あぁ、自己紹介がまだだったな。……私は吸血鬼の全ての始まりにして根源。造られた吸血鬼が1人。シヴィエル・リーファス。そして、戦争兵器として私達を造りあげた人間はこう呼んでたっけか……
――――被験体『No.012』。吸血鬼とはいっても一応、元は人間だぞ? ……初めまして、我が子孫」