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51話 巡り始める業を孕んだ血

「――っ!!」



 酷薄な瞳を向けながら、一瞬にして距離を……いや、最早、瞬間移動と言っても差し支えは無い程、刹那の時間で距離を詰められていた。



 人間ばなれした移動速度を持って100m程あった距離を刹那にゼロに縮めたウィナスは斜め上空から、円弧を虚空に描きつつ、俺の頭目掛けて手にしていた得物を振り下ろした。



 そして俺は懐に仕舞っていた自身の得物――小太刀(紅華)を鞘から抜く。

 


 焦燥感に駆られていた俺は考える、等といった手段をせずに刃を外向きにし、左手を切先近くの峰を支えて刀身で攻撃を受けるような態勢へ反射的にすかさず入った。



 防御の態勢を俺が取った数秒後。



 ギィィィン、と強烈な金属の擦れる音が周囲一帯に響き渡る。



「……これは……意外と退屈しのぎになるかもしれませんね……」



 だが、幾ら防御の態勢を取ったからと言っても膂力(りょりょく)の差は歴然。



 俺は呆気なく後方に吹き飛ばされる事となったが、攻撃を受ける際に少しでも威力を落とそうと敢えて後ろに少々飛び退いていた。



 その行動に目聡く気がついていた彼は先程までの据わった瞳を一変させ、目を瞬かせながら感嘆の声を上げていた。




 ウィナスの圧倒的な力を受け流そうにも叶わず、吹き飛ばされた俺は後方数十メートル辺りに存在していた大きな角ばった岩に打ちつけられ、苦悶のうめき声を上げながらも時間を少しでも稼ごうと無詠唱で風魔法を使用して砂煙を巻き起こす。



 そして俺がウィナス――吸血鬼と打ち合った(接触)した直後、決して贖う事の出来ない()を孕んだ血が今、まさに目覚めたかのように騒ぎ始める事となった。



 ――ドクン――ドクン――ドクン。




(いってえええええぇ!!! あのクソじじい、なんて力してやがる……本当にじじいか!? いや、今はそんな事はどうでもいいか……それよりもあの老害、シュグァリの比なんてもんじゃねぇぞ……どう策を張り巡らせても勝てる気がしねぇ……てか、なんだ? この変な体の違和感……っ!?)




 先の攻撃によって半強制的に俺とウィナスの間に距離が出来ていた。

 そして今、このタイミングを最大限有効活用しようと身体の一部から流血させながらもどうやって戦えば? と策を張り巡らせようとするが、そんな俺の胸中など露知らず、砂煙を度外視しながらウィナスは大地を蹴って猛然と加速し、軽捷な動きで肉薄する。




「糞がっ!! 纏え《黒焔》!!」



 殺し合いに躊躇してしまう平和心は表情からはすっかり消えており、代わりに鋭利な刃物のように鋭い眼差しを向けていた。



 俺は声を怒りに震わせながら、慌てて岩にもたれかかる体勢となっていた体を起こし、燃費が悪いと知っていながらも《黒焔》を体に纏わせる。

 


 恐らく、どう頑張っても俺とウィナスは対等には戦えない。

 それは言わずもがな 



 ――――リーチの差である。



 2m近い刃先を持つ得物を振り、その上、大人の体格のウィナスと60cm程度の子供がギリギリ扱える程度の小太刀を持った俺とでは元々まともに戦える筈が無いのだ。



 その為、燃費が悪くとも魔法攻撃に頼らざるを得なかった。



「……っ! …………ふふっ」



 零れる生の吐息。

 一瞬、目を少し大きく見開かせていたが、それも束の間。

 まるで俺が黒焔を使う事を待っていましたと言わんばかりにウィナスの唇が愉悦の曲線を描き、異様に鋭い犬歯をのぞかせる。



 真っ直ぐ俺に向かって躍りかかってくるウィナスを前に、自身が逼迫(ひっぱく)していた為か、一切の躊躇い無く、賭けに出た。



 先程まで使用していなかった《身体強化》を使い、その上、風魔法を足下辺りに発動させる、という事だ。

 それは先程までとは桁外れの移動速度を手に入れる事となる。



 そうすれば、最大限に移動速度を活用して背後に回り、そのまま渾身の一撃を叩き込んで一瞬にして決着をつける。という即席の作戦だが、もしウィナスがまだ本気を出していなかった場合は彼に要らぬ刺激を無駄に与える事となり、自分の首を絞める事になる。



 言わば諸刃の剣というワケだ。



 その為、迷いが少々見られても仕方が無かったのだが、そんな事を考える暇もない程に精神的にも追い詰められていたので俺は迷いなく行動に移した。

 


「――はっ――はっ……さっさと死ねよ!!」



 無意識に左手で心臓部を押さえながらそう口にし、自身を震い立たせる。

 しかし、何故かつい先程まであがっていなかった筈の息があがっており、表情は歪んで青ざめていた。




 そして、殺気の乗った言葉が口から飛び出すと同時に、不意をつくようにしてウィナスの背後を取った俺は小太刀(紅華)を彼の斜め上空――袈裟懸けの要領で振り下ろし、首を刈り取ろうと繰り出した渾身の一撃はくしくも夜闇を切り裂いた。



「……作戦は悪くありませんでしたが……使い手が未熟過ぎますね」



 体を右に翻し、背後から攻撃が来る事が事前に分かっていたかのような避け方をしたウィナスは、余裕綽々と諭すように呟きながら翻した勢いを乗せた回し蹴りを俺の首辺り目掛けて繰り出した。



 ウィナスの攻撃を腕か何かを使ってガードするのもやぶさかでは無かったのだが、長期戦は魔力残量の関係もあって不味かった為に躊躇なくカードを切っていく。



 緊急時の際に回避が出来るようにと取っておきたかった魔法だが、死んでしまってはもともこもない、と自分に言い聞かせた後、出し惜しみする事なく俺は天高く飛翔する事でウィナスの攻撃を回避した。



「あぁ……地上よりも空中の方がお得意でしたかな?」



 皮肉を含ませながら、ウィナスは口を開く。

 笑みを余すところ無く、顔に浮かべる彼の唇は歓喜に震えており、血走った瞳を俺に向けていた。 



「――はぁ――はぁ……黙れよ……」



 そう弱音を口にしながらも体はちゃんと動いており、小太刀(紅華)をウィナス目掛けて横薙ぎに振い、ゴウッ! と風切り音を響かせる事と同時に三日月型の漆黒の斬撃が打ち放たれるが、空いていた左手は未だ尚、心臓部を力強く押さえており、息も刻々と荒くなっていた。



 剣線は夜闇に包まれた虚空を縦横無尽に切り裂く。

 そして、時折標的から逸れてしまう漆黒の斬撃によって地面は爆ぜ、轟音や爆音が絶え間なく響き渡っていた。



 飛来する無数の斬撃をウィナスは自身の持っていた得物で掻き消そうと試みるが、完全には防ぐ事は叶わず、額や頬。着用していた衣類は所々裂け、血が滲んでいた。



「……ふ、ふふっ、ふふふふ……あっはっはっは!! 以前、私を殺そうと息巻いて向かってきた人間はちゃんと相手の力量を測ろうとせず、馬鹿みたいに真正面から突っ込んできましたが……貴方は違う」



 俺とウィナスの苛烈を増していく攻防の余波によって地面は抉れ、周囲に無差別の破壊を巻き散らしていた。そして力の余波によって一部の地形が変わっていたのだが、それを華やかに笑いながら一瞥し、恍惚とした表情で懐かしむように過去に思いを馳せながら哄笑を響かせる。



 突としてウィナスの雰囲気が変わった事を感じ取った俺は、危険を逸速く察知して畳み掛けようとするが攻めきれないでいた。



「……くくっ、くはははははは!! そう……そうでした。『これ』! これですよ! ……この感覚こそが何にも勝る!! 老いても尚、身をたぎらせる事を止めさせない刹那の死線! これにこそ、身を委ねる価値がある!!」



 そう喜びに打ち震えるながらも、深紅に染まった瞳を俺に向けつつ狂喜な笑みを浮かべるウィナスは続けざまに言葉を発する。



「感謝しますよ、少年。貴方のお陰で久しく忘れていた感覚を思い出せました……さぁ! 始めましょう! 誰にも邪魔など出来ぬ死の舞踏をッ!!」


350万PV突破。

有難うございます(*´ω `*)



私事ですが、リアルが多忙な為、感想返し等が遅れます。

すみません(´ ; ω ;`)

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