49話 ポロポロックス
ギャズが言葉を発した直後、俺は即座に行動を始めた。
まるで何かを思いついたかのように碧い色の双眸を爛々と輝かせ、ごうっ!! という音を上げながら右手を中心として漆黒の炎を巻き起こらせる。
そして唇の端を吊り上げながらギャズに向かって言葉を発した。
「ギャズ! 良いことを思い付いたから下で待っておいて……ねっ!」
そう一方的に言ってから炎の渦を身にまといながら上空に位置し、迫り来る雄叫びを上げた物体と対峙するかのように風魔法を足元に向かって使用して飛翔する。
そして目に飛び込んできたのは碧い色の鱗を持った竜――ワイバーンの群れだった。
2、3メートル程の翼を緩やかにはためかせ、刻々と距離を詰めて迫ってくる。
(ちょ、しまったあああああぁ!! 何、高所恐怖症の癖に格好つけちゃってんだよ!! うっほおおおぉ、勢いに任せて馬鹿やっちまったああああぁ!!)
ワイバーンをまとめて殲滅可能な方法を一瞬にして思いつき、それを何の躊躇いもなく実行した事を盛大に後悔する。
しかし、それ以上深く考える暇は無く、まるで狙って下さいと言わんばかりに飛翔した俺に向かってワイバーン達は合図でもあったかのように顎門を開いて赤い奔流を放出した。
「おいっ! ユウ! 危ねぇぞ、早く戻ってこい!!」
一斉掃射された炎をまとうブレスが俺に向かって襲いかかろうとしているのを地上から見上げていたギャズが焦燥感を孕んだ声で叫び散らすがそんな言葉はどこ吹く風。
膝を僅かに震わせながら黒い炎をまとっていた右の手のひらを迫るブレスに向け、力を込めて言葉を発する。
「辺りが暗くて下が見えにくいってのが救いだな! もう何か喋ってないと失神しそうぅぅぅ!! ……全てをのみ込めっ!! 黒焔っ!!!」
正面から襲い掛かる炎の奔流。
いつでも矢を掃射できるよう、弦を少しばかり引いて臨戦態勢となっていたフリシス達も俺の奇行とも取れる行動を目にして慌てていたがそんな心配を一瞬にして吹き散らす。
俺が言葉を口にした直後、右手にまとわりついていた黒い炎は見る見る内に増大していき、あと数メートル辺りでブレスの餌食になる、といったところでまるで意思を持った生き物のように揺らめく黒焔は的確にブレスを文字通り覆い尽くす。
だが、それだけでは終わらず、勢いのついた黒焔は紅蓮の奔流を吐き出した者達――ワイバーンまでものみ込んだ。
そして瞬く間にワイバーンは灰と化して夜風に拐われ、魔法攻撃では傷つく事のない魔石を残して夜の闇に消えていく。
「お、おおおおぉ!! 意外と上手くいったぁ!! えーっと……ここから……おりゃっ!!」
上空から直径50cm程の魔石が落下する。
だが、そのまま拾う役をギャズ達に任せた場合はもしかすると竜狩りに来た他の冒険者達にラッキー、等と思って拾われる可能性も捨てきれない。
その為、そんな事が起こらないようにと風魔法を巧みに操って上空にあるうちに魔石を一点に集めてギャズ達が居る場所へと落下させていく。
「……なんと言うか……規格外な子供ね……」
レイラがその光景を見て呆れながら言葉を洩らし、それに続くようにフリシスやラクス等も口にしていくがパーティーメンバーの表情とは裏腹に俺の表情は晴れやかなものだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「い、いやぁ……マジで余裕だったわ。もう楽勝って感じ?」
一度の攻撃にてワイバーンを大量に仕留めていた俺はそう口早に発する。
しかし、言葉と反して口元では歯と歯が小刻みにぶつかりあってガチガチと周囲に音を響かせている。
強がっている事は誰の目から見ても明らかだった。
そして一番初っぱなの黒焔によって皆のアイテムボックスが殆ど満タンになっていた為、竜狩りを早くも終了する事となっていた。
フリシス達と張ったテントは魔物避けの役割も果たすアイテムだったらしく、テントの直ぐ近くにて竜と戦っている冒険者達を眺めながら全員で休んでいた。
竜狩りをする際、大量に押し掛けられたら死ぬので、魔物避けのアイテムは必須なんだとか。
「……ま、まぁ、ユウが活躍したってのは本当だしな」
そう言いながらも生温かい視線をギャズがワイバーンの塩焼きを食べながらも俺に向けてくる。
俺が黒焔を使用した後、第2、第3とワイバーン群れが押し寄せていた。
その為、2つ目の群れに紛れていたワイバーンをフリシスが矢を穿つ事で仕留め、それを簡易的に調理した者を川で魚を釣った際にその場で塩焼きする、というような要領で起こした火の周りを囲うように調理済みのワイバーンを焼き、それをパーティーメンバーの皆で咀嚼しながら談笑していた。
「……あ、そうだ。久々にあれ使ってみねぇか?」
悪そうな笑みを浮かべながらギャズが鉄製の棒に刺さったワイバーンの肉を引きちぎりながら口にする。
「あれって……もしかしてあれか?」
普段はそこまで口を開かないラクスが嫌そうな顔をさせながらレイラやフリシスの表情を窺いながら言い放った。ラクスが彼女達に向ける視線はギャズに嫌だと言え、と懇願しているようにも見える。
「良いんじゃないかしら? 私、ユウ君の思考に興味があるし」
「わ、私は……どうだろう……あんまり良い思い出は無いんだよね……」
レイラがニヤニヤと顔を綻ばせながら返事をするが対してフリシスは若干、言い淀んでいた。
「よし、半数近く賛成って事で……久々にやるか!! おら、ポロポロックスだ」
そう言って腰につけていた緑色の巾着袋のような見た目のアイテムボックスからギャズが天辺に赤いボタンが1つとスピーカーのようなものが至るところに備え付けられた正方形の奇妙な物体を取り出した。
「……何……? それ……」
得体の知れない物を取り出したギャズに怪訝な表情を向けると得意気な顔で語り始める。
「これはな、半径1m以内に居る人間が考えてる事を的確に教えてくれる魔道具だ。ま、これが結構面白くてな?「例えばこんな感じよ?」……ちょ、おま」
『いやぁ、マジであん時の受付嬢にプロポーズする前にポロポロックス欲しかったわ……だが、まだ俺は諦めてないぜ……今度は自作ポエムでも贈って「ぎゃああああああぁぁ!!! 黙れやクソッタレえええぇぇ!!」』
俺の疑問に答えていたギャズだったが、突如レイラが会話に割り混んでポロポロックスと呼ばれた物体のボタンをポチッと押した。
するとあら不思議。
ポロポロックスのスピーカー部分からギャズの声が再生され、慌てて赤裸々な過去を語り出したポロポロックスを掴んで地面にギャズが思いっきり投げつけていた。
成る程、だからあの魔道具は所々傷ついていたのか……
「こんな感じね。赤裸々な事も暴露されちゃう危険性もあるんだけど中々面白いのよ……あ、一応言っておくけど誰の頭の中を読み取られるのかはランダムで選ばれるの」
「怖いな、この魔道具!!」
淡々とポロポロックスを説明していくレイラに率直な感想をぶつける。
そう言えばフリシスがやけに静かだな、と思っているとポロポロックスに背を向け、呪詛のような言葉を口にしながら精神統一を始めていた。
過去に何があった……!?
『はんっ、そんな事は滅多にねーよ! 今回こそはレイラの秘密をゲットしてそろそろ俺の古傷抉りを止めさせねーと』
「おい、ギャズ。ポロポロックスあるから考えてる事全部バレバレだからな?」
腕を組んでソワソワしているギャズを見兼ねてか、先程までフリシスと一緒になって精神統一を始めていたラクスが参戦。
レイラがいつの間にか手放していたポロポロックスを手にとってボタンをポチッと押していた。
「何で俺ばっかりなんだよ!?「そりゃ、ランダムだから仕方ないんじゃないの?」」
2連続で心の中を晒されたギャズは悲鳴を上げる。
そんな彼に対して俺は冷静なツッコミを入れるがその言葉がギャズのやる気に火をつけた。
「クッソ……今日は何か可笑しいぞ! この魔道具!! こうなったら絶対、ユウとレイラの考えを暴いてやる!!」
荒々しく吐き捨てるように言い放ち、ラクスからポロポロックスをぶん取って赤いボタンをポチポチやけくそに連打し始める。
『ユウかレイラ来い』
『クソッ、早く来いよ!!』
『あれ? 何か俺ばっかりじゃないか?』
『早くあの行き遅れレイラの秘密を暴けよこのポンコツ魔道具!!』
そして奇跡の6連チャン。
もうギャズの心ポロポロックスにアイテム名を変更してはどうだろうか。
「うぁぁぁぁ!!! 何で俺ばっかりなんだよおおおおぉぉぉ!?」
そして大の大人が頭を抱えてわめく。
それはもう、悲憤の涙を流しそうな勢いだった。