44話 ブッチーさん
「ねぇ、ギャズ……やけに遠いね……」
パチモン馬車に乗車して早8時間。
俺は母親――ルルが実行した悪魔の行為によって寝不足だった為か、クマが目の下に染み付いていた。その為、眠たげに細められた目のせいでどことなく不機嫌な雰囲気が全身から漂っている。
そして竜狩りを行う場所には整備された道から向かう事が叶わない為、獣道のような場所を通っていた。
寝不足だったので壁にもたれて睡眠しようと試みるがガタンガタンと際限無く揺れ動く為に思うように寝る事が出来ず、馬車に設えられていた窓を忌々しい物を見るように睨みつけながらひたすら弱々しくうめいている。
「そう急くな。あと数分ってとこだぞ? それにしてもジャンジャラー商会の馬は優秀だな! 普通ならこの辺りに来るまでに1日はかかるってのによ」
前回同様、御者をやっていたギャズは額に垂れる汗を首に巻いたスポーツタオルのような物で拭いながらも肩越しに振り返り、呆れを含んだ口調で返事をした。
天気は快晴。
外の気温は人間の体温を優に越えており、これでもかと照りつける日差しと気温。そして上下縦横に揺れる馬車という条件が揃っていた事もあり、俺はもう寝る事を数時間前には諦めていた。
「ま、まだ着かないの…か……駄目だ……もう、焦げ死ぬ……来世はワカメに生まれたい……」
壁にもたれ掛かかりながら悲痛な叫びを独り言のように呟くが、それを聞き取った女性2人はお互いの顔を見合せながら苦笑を漏らす。
そして半ば放心状態へとなっていた俺に先程まで笑みを浮かべていた人の内、銀髪を腰にまで垂らした女性が励まそうと口を開いた。
「ほら、あと数分、数分。それにしても力尽きるの早いよ……乗ったばかりの時なんて1人叫んでたのにさ」
数時間前。
俺は馬車で遠出をする。という機会が生まれてこの方一度も無かった為、1人盛り上がっていたのだが窓に映る景色は森、森、岩。等と殆ど変わらない上に世間話も1、2時間程度で尽き、さて寝ようかと思っても寝れず今の今まで殺人的な暑さを持った日差しに当てられて弱りに弱りきっていた。
「……あの頃は僕も若かったんだ……今の姿こそ本来のもの。スルメの気持ちが今、分かった気がする……今度からは刺身で食べよ……」
そう言いながら上半身だけ起き上がった俺は然り気無く銀髪の女性――フリシスの下へとよてよてと赤ん坊のように四足歩行しながら丁度彼女の膝辺りにて動きを止め、そこに頭を乗せるように再び倒れ込んだ。
――俗に言う膝枕というやつである。
だが、そんな行為も30過ぎのオッサンではなく10歳の子供がやるとなれば可愛らしい行為という認識となる。そして10歳様様だと心の中で満足気に呟きながら白雪のように白くスベスベとしたフリシスの太股に俺は体を預けていた。
「おい、ユウ。良かったな、もう見えてきたしあと1分足らずで着くぞ!」
だが、幸福な時間ほど長続きしないのが世の常である。
至福な時間は図太い声によって前を見ようとフリシスが立ち上がったろうとしたが為に儚くも掻き消された。
そして優しく太股に乗っていた俺の頭を退け置き、どれどれ? と言わんばかりにズイッと身を乗り出すフリシスの背中を名残惜しそうに眺めていると
「……膝枕……男のロマンだよな……次の機会があるさ。そう落ち込むな」
先程まで無言を決め込んでいた筈のラクスが俺の肩にポンッと慰めるように手を置いて遠い目をする。
ラクスはかなりの料理好きらしく、前世にて知り得た知識を朧気ながらも教えた途端に俺を見る目が変わっていた。今では彼から話しかけてくる程の仲となっている。ま、9割方料理の話なんだが。
そして数十秒後、俺達は目的地に着いていたのだがそこは原野といって差し支え無いほどに何もなかった。
見渡して見ると小さくだが人影がちらほらと見受けられる。
だが、1人も竜を狩っているような人は居らず困惑した表情を浮かべながら馬車の中で窓越しに景色を眺めていると
「あぁ、ユウ君は知らないのね。竜狩りは夜に……それも深夜からやるものなの。あと6時間はここでテントを張るなりして待機って事になるわね」
死にかけていた際に苦笑しながら俺を見つめていた赤髪を肩辺りで綺麗に切り揃えていた女性――レイラが微笑みながら口にしていなかった疑問に答えた。
そして合点がいったと言わんばかりの表情を浮かべながら「ありがとう」と言うが早いかギャズ達はテントを張る作業に取り掛かろうとしていた為、慌てて馬車から降りて手伝おうとギャズ達の下へ駆け出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
テントを張り終えて数時間後。
散々俺を苦しめた日も完全といっていい程に落ち、辺りを茜色と漆黒が混ざったような夜に成りきれておらず、深夜まであと4時間といったところでテントの前で空を眺めたりしていた俺達は謎の3人組に絡まれていた。
「おい、おい、おい。ここから半径5mの場所はブッチーさんのシマって知っての行動なんだろうなゴラァ」
そう言って喧嘩腰にオラオラと顎をしゃくれながらスキンヘッドの男が難癖つけてくる。
齢は30前半といったところだろうか。
ズボンをあり得ないくらいに下へ下ろしているのが特徴的だった。
恐らくちょい悪系を目指して腰パンをしているんだろうがパンツまで見えていた。ぶっちゃけ吐き気がするくらいに格好悪い。
「ふっ、そうだぜ。ブッチーさんはだな! なんと、あの虐殺と呼ばれる魔人をワンパンで叩きのめした御方だぞ!! 痛い目をみたくなかったらさっさと退きな」
続くそうに口を開いたのが恐らくブッチー取り巻きツー。
取り巻きワンと殆ど変わらない服装をしており、はっきり言ってそろそろ目のやり場に困ってきた。
「くくっ、その通り! 虐殺をワンパンで沈めたブッチーとは俺の事よ!! いやぁ、マジで弱かったわー……俺の姿を見た途端、怯え出すあの光景はもうやば「いや、この前ピンピンしてたからな」」
満を持しての登場といわんばかりにのしのしと歩きながらこちらへと巨漢のリーゼント男が俺だ! 俺だ! と言わんばかりにサムズアップしながら自分を指し示し、鼻高々に言い放ちながらも俺達の目の前にまで近寄ってくる。
だが、ブッチーと呼ばれていたその男が言っている事へ無性にツッコミたくなってしまった俺は「なんでやねん」のように頭でも叩いてやりたかったのだがそれは背的に叶わない。
その為、妥協してすね辺りに軽く蹴りをお見舞いしながら突っ込んだ。
そして俺は平和的に解決するべきにも拘わらず、蹴りを入れた事にギャズ達に何をやってんだ!? と言わんばかりの眼光を浴びせられながら、やっちまった……と後悔の念に1人苛まれると同時に絶叫が響き渡った。
「ぎゃあああああああぁ!? あ、足がッ! 足がああああああぁ!!」
そう喚き散らしながら蹴られた右足を抱え、ブッチーが悶える。
傍から見ても超嘘臭いオーバーリアクション。
しかし、そう思っているのは俺だけのようで、俺とブッチーを除く全員が目を剥いて驚いていたがそんなリアクションとは裏腹に俺は彼を見詰めながらうわぁ、と呆れていた。
前世にて美人な姉を持っていた俺は今現在のようなシチュエーションを既に経験していた。恐らくこれはたちの悪いチンピラ特有のすれ違い様に肩をぶつけ「やべーわ。この服高かったんだけど……ホント、マジやべぇわ」というお決まり。
ぶっちゃけ子供、それも10歳のキックごときで何かなる訳がない。
だがしかし
「ぶ、ブッチーさあああああぁん!? クソッ、口先ブッチーという二つ名持ちを一撃で沈めただと!? コイツ……ただ者じゃねぇッ!!」
「……な、なんて力だ……あ、足がポッキリ逝ってやがる……」
リーゼント頭のブッチーのオーバーリアクションという名の三文芝居に気づいていないのか、取り巻き連中は悶えるブッチーを介抱しながら親の仇を見るかのように俺へ殺気を向けてきていた。
「おい! 相手は小さな餓鬼だ!! 挟み撃ちにすれば問題ねぇ!! 殺るぞッ!」
「おう、ブッチーさんの仇だ! 死ねや糞餓鬼いいいいぃ!!」
ギャズ達が見えていないのか、作戦を暴露しながらも襲いかかってくるブッチー取り巻きの馬鹿二人組との戦闘が始まった。
300万PV突破。
有難うございます(*´ω `*)
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