38話 気持ちはどこに
「新記録更新ッ! いやぁ、2回目ともなると慣れますなぁ……」
兄であるクルトをほったらかしにしながらもセントリアに到着した俺は時計台に目を移しながら感慨深いといった口調で呟いた。
短針は6と9の間を指していたのだが6から殆ど進んでおらず、恐らく7時前なのだろう。
密かにタイムアタックをしていた俺は、ヴェロニア家からセントリアまで片道1時間も掛かっていない事に顔をにやつかせていた。
そして着用していた黒の革ズボンの腰辺りに括り付けた黒いポーチ――アイテムボックスにセントリアへ足を踏み入れる前に門番へ提示していた銀色のギルドカードを納めながらギルドへと歩を進め始めた。
「なんだ? あれ……」
アイテムボックスには仕舞ってはおらず、懐にいつでも使えるよう忍ばせていた得物――小太刀《紅華》を購入した武器屋の直ぐ近くに長方形のテーブルが設置してあった。
そしてそこには黒いローブに身を包んだ女性か男性か判別がつかない人間が水晶の置かれたテーブルに肘をつきながら椅子に座っており、
――――恐らく占い師。と簡単に予想出来ていた。
先日までは居なかったよな? といった疑問が頭の中を渦巻くと同時に俺は怪しげな占い師と思しき人物を見据えながら顔を綻ばせていた。
異世界にも占い師がいるのか……ふっ、異世界在住の占い師が使うバーナム効果の熟練度を教えて貰おうかッ!! かつて俺は1万円ぼられた過去があるからな。「この数珠を買うと幸運が……」という商法はもう通用せんぞ!!
「すみませーん! 占って貰えませんかー?」
時刻は日が登り始めたばかり。
セントリアには人が殆どおらず、占い師の下へと駆け寄る俺の足音と声が周囲に響き渡った。
「……なんだ、餓鬼かい……占いも無料じゃないんだ。占って欲しければ銀貨1枚用意してから来な」
声音からして女性。
10歳の子供が面白半分で寄って来たと思っているのだろう。面倒臭そうに帰った、帰ったと言わんばかりに手でしっしっ、と動かしていた。
「銀貨1枚か……ま、いっか。はい、どうぞ」
銀貨100枚で金貨1枚のこの世界。
その為、銀貨1枚は日本円にして1000円の価値となっていた。
今はオーガを討伐した報酬のお陰で懐がホカホカの俺は1000円を使う事に全く躊躇いが無かった。
「へぇ……ちゃんとした客かい。すまないね、最近はどうもからかいのような輩が多くて……ね」
ローブに全身を包んでおり、表情を見る事は出来なかったのだが俺が銀貨をテーブルの上に置いた事に占い師が驚いているという事は声から安易に察する事が出来た。
「で、何を占えばいいんだい?」
予め設置されていた椅子に座り、占い師とテーブルを挟んで対面する形となった俺は笑みを浮かべながら「何でもいいよ」と口にするとローブに身を包んだ女性は深い溜め息を漏らした。
さて、異世界のバーナムレベルはいかほどか!!
「はぁ……そういう事を言われるとやる気が削がれるねぇ……ま、いいか。そうだねぇ……色恋でも占ってやろうか。ほら、水晶に手を置きな」
俺は占い師の指示通り、水晶に手を置くが何も反応という反応は水晶に現れず、色でも変わるのか? と思っていた俺は首を傾げざるを得なかった。
ていうか、置いちゃうの!? 見える、見えるぞ!! とかやんないの?
そして、そんな状態が数秒程続いていると占い師から質問を投げつけられた。
「んじゃ、あんたの好きな人間の名前を言っておくれ。別に恋心を抱いている相手がいないのなら適当に母親や、姉妹の名前でも言ってくれればいい……あぁ、出来れば関係も知りたいね……家族なら家族。友人なら友人……ってね」
「リファ・ヴェロニア。関係は姉弟だよ」
占い師は手首につけていた奇妙な数珠のような物でジャラジャラと音を立たせながら問い掛けた。
それに対して俺は一瞬の迷いなく、リファの名前を口にするのだが同時に自身が貴族だという事を明かしてしまい、フルネームで言わなければ良かったと言った直後に少々後悔をしていた。
あれれぇ? 言葉巧みに騙していくバーナムじゃないの!?
「……あんた、ヴェロニアの人間かい……!? あぁ、すまない。関係の無い質問だったね……で、ほうほう……こんな幼い子供を占ってこの結果が出るとはねぇ……」
動きやすいようにと服自体の性能を重視した物を着用していた俺だったが、はっきり言って傍から見ればそれは質素――平民が着るような物であった為か、占い師の声のトーンが上がる。
だが、それも束の間。
直ぐに落ち着きを取り戻した占い師は先程まで透明であった筈の手首につけていた黒い数珠に視線を移しながら口を開いた。
「もう一度ちゃんと考えてから好いている人間の名前を言ってみな」
「んー? 別に良いけど……リファ・ヴェロニ「それ、本当かい?」……え?」
何故かもう一度言えと占い師が指示をしてきたので再度、リファと口にするが言い終わる前に遮られ、俺は素っ頓狂な声を上げてしまっていた。
「やはり、言い直しても黒色から変わらないね……一応、前もって言っておくよ。これはあくまでも占いであって私があんたの過去や未来を覗いたワケじゃぁない。だから信じるのも信じないのもあんたの自由だ」
ローブに身を包んだ女性は前口上のような言葉を口にしてから占いの結果を口にした。
「結果は黒色。……普通、片想いをしてるされてる場合なら青色が浮かび上がる。そして両方の人間が想い合っていた場合は赤色なんだ……黒色だけは、はっきりと言えないんだが……代わりが多いね」
「……代わり?」
言っている意味が分からない。
そんな事を言わんばかりに真剣な眼差しを占い師の女性に向けながら尋ねた。
今の俺には先程までのバーナムか? バーナムなのか? などとふざける余裕がすっかり消え失せていた。
「あぁ、そうだ。失った恋人の代わり。失った妻の代わりにと新たな女性に支えて貰っている男性を占った時は決まって黒色、もしくは黒ずんだ色が浮かび上がるんだ。ま、初めにも言ったがあくまでも占いだよ。それだけは忘れないでおくれ」
そう言われた俺には心当たりがあった。
――――美月。
異世界転生する原因となった女性でありながら……紛れもなく、俺が好いていた女性。
異世界に来てもたまに美月と過ごした時間を夢で見た事がある。
それは数回の話ではなく、もう何百回……と。
占い師の女性が言っている事が正しければ俺はリファを美月の代わりとして見ていた事となる。
美月と過ごした時間よりかは短いが、リファが大切という事に嘘偽りなどは無い。
だが、思い返してみれば俺の頭の中にはいつも何処かに美月がいた……かもしれない。いや、恐らくいた。
そしてそんな事を考えているともう会う事が出来ない美月の事を未練がましく思う自分の女々しさに。そしてその代わりにとリファを好いていたのかもしれない自分に苛立ちを隠せなくなっていた。
リファが代わり? そんな事はない。
そう思いはするものの、それを否定する自分もいる。
もうワケが分からなくなってしまった俺は荒々しく椅子から立ち上がり、気づいた時には占い師の下から去っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして悶々としながらもギルドに足を踏み入れると、木造のジョッキを片手に持ちながらギャズが口を開きながら駆け寄ってきた。
「おっ、ユウじゃねーか!! ん? 何か元気ねーな……あ、そうそう、聞いてくれよ。ユウは
――――竜狩りに興味ねーか?」
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