前へ次へ
38/60

37話 クルト兄さん

「……最悪だ……」



 俺はベッドの上で仰向けになりながらシミ1つない天井を見詰めつつ、不満げに呟く。



 寝返りを打ち、壁に立て掛けられていた時計を確認すると針は6を指していた。

 窓からは曙光が差し込んでおり、時計と同様、俺に朝を知らせていた。

 

 

「はぁ……萎えるな……」



 昨日の晩、意図的な……とは言ってもただ、俺が思い込んでるだけで実は偶然だったのかもしれないのだが、見事に母上の策略にはまった俺は死刑宣告を受けていた。



 何と母上は約束を破ったらリファの婚約相手をこっちで勝手に決める、とほざきやがった。

 貴族ではよくある事らしいんだが、それが何だ。俺は絶対認めないからな!!



「はぁ……お土産も渡せてないし……母上の言いつけを真面目に守るってのは癪だがマジでリファの婚約相手を決められたら洒落にならん。ま、今回だけは真面目ちゃんになってやるか……だが、遠くから眺めるのは禁止されてない! そうと決まれば直ぐ行動ッ!!」



 言うが早いか、上体を起こしてベッドの近くに綺麗に揃えて置いていた靴を履く。

 そして扉の前にまで早足で向かい、ドアノブを捻りながら押し開けた。

 すると、偶然部屋から出るタイミングが重なったクルトを顔を合わせる事となった。



「……ん? ユウか。どうしたんだ? 今日は起きるのがえらく遅いじゃねーか」



 俺と同じ金色の髪を持ち、碧い瞳を持った2歳上の兄であるクルトは欠伸をかみ殺しながら盛大に跳ね上がった髪をボリボリと掻きながら口を開いた。



 俺は守ってあげたくなる系弟ポジションだった頃にリファに選んで貰った水玉模様が描かれた青と白が基調のパジャマを着ていたのだが、クルトは大きく口を開かせ、牙を剥き出しにしているクマが描かれた茶色のパジャマを着ていた。



 昔からなのだが、クルトの趣味だけは全く理解できない。

 奇妙な時計を大量に集める事が趣味である父親に似たのだろう。



「あー、今日は色々とワケがあってね……」



 普段は目覚ましの役割を果たしてくれる魔法を5時くらいに起きれるようにと準備しているのだが、リファと会ってはいけない為、今日は使用していなかった。



 朝だと寝ぼけてた、という最強の言い訳が使えるのだ。

 なので俺はリファに抱きつく為にと毎朝早起きし、彼女と偶々一緒の時間に起床したかのように見せる為にと5時辺りからスタンバっていたりする。



「へぇ……あ、そういや母上から伝言あんぞ。えーっと確かリファは私と出掛けるから、とかだったかな。ま、伝えたからな」 



「は? ……う、嘘だろ……!?」



 気だるそうに言うクルトの言葉を聞いた俺は戦慄していた。

 だが、そんな反応をしていた俺を見たクルトは鼻で笑いながら口を再度開いた。



「はんっ、良い機会じゃねーか。あんな地味な姉の尻なんか追っかけてないで他の良い女を見つけてこいよ。なんなら紹介してやろうか? お前、顔だけは俺並みに整ってるからな」



 地味な姉。

 その言葉を聞いた俺の片眉がピクッと跳ねるのだが、そんな些細な動きに気づいていないクルトは自慢気な口調で続けざまに言葉を発する。



 紹介してやろうか、と言っているが恐らくパンダみたいな顔になるまで化粧をしていた残念女達の事だろう。クルトがお山の大将をやっていた際、たまたま遠目からだったが何人もの化粧を失敗したようなパンダっ子が双眸に映った事があった。

 


 恐らく、クルトは俺とは違う価値観の世界で生きているのだろう。



「あはは、クルト兄さんに手間をかけさせるワケにはいかないよ。それでなくてもクルト兄さんは訓練とかで忙しいんだからさ」



 クルトは怒り出すと面倒臭いのでいつも愛想笑いを浮かべながらのらりくらりと会話している。父親であるライオスは日々、嫌々訓練に励むクルト君の味方をするので毎回俺が怒られる羽目となっていた。


「くくっ、それもそうか! ……だが、やっぱ俺はお前が理解出来ねぇや。ぶっちゃけ、リファってどちらかと言えばブスじゃないカハッ!!」


 俺のご機嫌を取る言葉を聞いてこれ以上なく上機嫌となったクルトはつい、口をついてしまい「ブスじゃないか?」と疑問口調で口走ろうとしていた言葉を言い終わる前に俺の容赦のない鉄拳が彼の鳩尾(みぞおち)付近に炸裂した。


「えー? ゴメンよクルト兄さん、よく聞こえなかったよ。なんか今日は僕の耳が調子悪いみたいだね」


 ニコニコと笑みを浮かべながら前屈みに倒れていくクルトに向けて右手の小指で耳の穴をほじくりながら言葉を発した。

 そして足元で悶絶するクルトを一瞥した俺は


「わー、どうしよーう。クルト兄さんが急に倒れちゃったよぉー。もう、僕、急な出来事にテンパっちゃってどうしたらいいのか皆目検討がつかねぇよぉー」


 わざとらしい口調で下に居るであろうメイドに聞こえるようにと大声で叫んだ。


 ふんっ、兄弟の慈悲ってやつだ。

 これに懲りて今後はリファの事を御淑やかな優しい天使と呼べ。


「僕、知りませーん!! どなたか分かりませんが後処理よろしくお願いしまーす!!」


 リファが居ないと足元で悶絶している愚兄のお陰で分かった俺は、セントリアに向かおうと思い、踵を返す。そして窓に向って走りながら叫び散らしていた。


「《身体強化》。よい、しょっ……と。窓から……ぴょーん!!」


 実の兄を完全にスルーしていた俺は窓を開け、そこに跨がった。

 俺はどこか抜けたような声を出しながら窓から飛び降り、着地すると直ぐ様セントリアに向かって駆け出した。


ブクマ1万件突破。

有難うございます(´ ; ω ;`)

ここまで来れたのも皆様のお陰です(ノω-、)



誤字、脱字等あればご指摘お願いしますm(__)m

前へ次へ目次