32話 パラシュート無しのスカイダイビング
「ね、ねぇ……本当に大丈夫なの? 生まれたての小鹿みたいになってるけど……」
「これは武者震いだから大丈夫。武者震い、むちゃぶる……武者震いだから」
俺達はパミエラが喚んだ20m程の風竜に乗った事で無事……とは言わないかもしれないが崖の底から脱出を果たしていた。ついでに街近くまで連れていってやろうか、と口にしたシュグァリのお言葉に甘えた俺達は引き続き風竜に乗って移動をしていた。
シュグァリの付き人であるパミエラが懐から取り出した容器には容量一杯に黒い液体が入っていた。
そしてその液体を使って直径5m程の円形法陣を地面へと描き、呪文のようなものを唱えた事で沼から這い出るかのように風竜が法陣から姿を現した。
そして鼻歌を歌いながら意気揚々と乗り込んで早数分。
具体的な数値は分からないのだが1つだけ言える事がある。
――高度が観覧車よりもたけぇぇ
地面に生える木々がビー玉くらいの大きさに見えちゃう程の高さ。
ぶっちゃけ、震えが止まらない。あ、武者震いだけどね。
そんな数分前まで余裕綽々に言い放っていた癖にガクブルだった俺を見かねてか、フリシスは俺の顔を覗き込むようにして心配する言葉を掛けてきてくれたのだが、そんな好意に対して俺は自分に暗示でも掛けるかのように武者震いと復唱する事で「大丈夫」と伝えようとするのだが途中、噛んでしまった。
もう、限界なんだろう。色々と。
余裕なんてものは存在しない。
額に汗を垂らすだけで精一杯だ。
「え? あ……そ、そう? 辛かったら声掛けてね?」
「うん、そうさせて貰うよ」
分かる! 分かるぞ!! 今、フリシスが考えている事が手に取るように分かっちゃうよ!!
大方、意地を張らなくても良いのに。何で武者震い? 等と思ってるんだろう。
絶対ドンピシャだ。
あれ? 思っている事を分かっちゃう俺って将来占い師か何かになれるんじゃね!?
…………ダメだ。敢えて聞いてこないフリシスの優しさに涙が止めどなく出てきやがった。
口早に首肯しながら答えていた俺は目を瞑ってドラゴンの背中の上で胡座をかいていた。
だが、よくよく見て見ると小刻みに身体が震え、歯なんてガチガチ言っており、ただならぬ雰囲気をプンプン漂わせていた。
パミエラが喚びだした風竜は羽ばたき飛行にてセントリアに向かっていたのだが、色々と躾をされていたのだろう。飛行もそこまで揺れる事はなく、パミエラの指示を文句1つ言わずに忠実にこなしていた。
その為、浮遊感は全くと言っていい程に無かったのだが、今の状況はいわば屋根の無い飛行機に乗っている状態。
身震いが……じゃなかった。寒さで震えが止まらないや!!
風竜に乗る際に、魔法使いであるレイラが一応振り落とされないようにと魔人以外の全員に風魔法のようなものを使ってくれていたのだが、そんな事ではジェットコースターにて安全レバーをお腹が苦しくなるほどに引き、それでも尚、焦燥感に駆られた筋金入りの俺が安心する事はない。
下痢でトイレに籠った時にのみ、祈りを捧げていた神様に早く着け、早く着けと胸中で懇願していた。
全くもって都合のいい男である。
だが、それに応えるかのように男の低い声が耳に届いた。
「あー、風竜で近づけるのはここ辺りまでだな。セントリアまで3kmってとこだ。後は歩くなり何なりしてくれや。んじゃ、さっさと降りろ」
シュグァリは俺がたまに薄く目を開かせた時は決まって立ち歩いていた。
恐らく、ずっと立っていたのだろう。気でも狂っているんじゃないだろうか。
「あぁ、ありがとう。…………あれ? 降下しないの? それじゃあいつまで経っても降りれ「いや、飛び降りろよ」……はい?」
シュグァリの言葉とは裏腹に風竜が降下する気配は一切無く、疑問に思った俺は尋ねるが返ってきた返答に耳を疑ってしまう。
パラシュート無しのスカイダイビング。
そんな馬鹿な話があってたまるか。と思い、俺と同じ心境であろうフリシス達に視線を送るが
「よし……それじゃあ降りるぞ!! レイラはいつもの魔法を展開しておいてくれ」
装備をガシャガシャ言わせながら飛び降りる準備を始めており、スカイダイビングをする気満々だった。
……こんの……裏切り者がッ!!
そして俺がたじろいでいると1人、また1人と飛び降りて行き、気づけばシュグァリとパミエラ、そして俺の3人だけになっていた。
「おい、ユウ。うじうじしてないでさっさと降りろ。降りねぇんならこのまま魔界に連れてくぞ?」
「降りる!! 今、降りるから!! あのね、自分のタイミングってものがあるんだよ。一応言っておくけど……押すなよ!? 絶対に押すなよ!? 押したら呪うからな!!」
面倒臭そうに後ろ頭をガリガリと掻きむしっていたシュグァリへ視線を移す事はせず、右の手のひらを突き出す事でストップを掛けながら遠く離れた地上へと視線を向け、深呼吸を繰り返していた。
そして1分程、立ち幅跳びをするかのように屈伸運動をさせながら両手を振り上げ、振り下げたりしていると「何か、イライラする」というシュグァリからの無慈悲な言葉と共に優しい右キックが俺の背中に炸裂し、空中へと投げ出された。
「うわああああああぁ!! 押すなって言っただろうがああああぁ!!!」
下を見つめ続けていた俺は頭から空中へダイブする事となり、悲鳴のような声を周囲一帯に喚き散らしていた。
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