18話 演技派貴族。その名はユウ
セントリアは活気溢れる街だった。
一歩踏み入れれば飛び交う会話が耳へと響く。
見渡せば行商人や、大道芸をする男性。売り子なのか、店を必死に宣伝する女性などが目に入った。
俺はギルドを目指そうと歩を進め始めると数秒程で、他とは違って一際目立っていた大きな建物が目に入った。
――ギルドだった。
中へ入る前から酒臭い匂いや、がははは!! といった低く太い声が耳を塞ぎたくなる程に響き渡っていたが、踵を返そうと思った自分に何の為に来たんだ! と言い聞かせる事で足を進ませた。
俺がギルドに来た理由は勿論、金を稼ぐ為であったが使い道まで既に考えていた。
まず初めにぶち当たる問題は、俺の計画は母上や父上に内緒だったので資金と得物がないという事だ。
その為、王都に行く資金稼ぎよりも先に得物を買わなければいけなかった。
まぁ、俺の予定はさくっとギルドで金を稼いで得物を手に入れ、王都に家を買ってリファと行く行くは……と、いう感じだ。我ながらこの予定、完璧過ぎると思う。
自身の未来像を浮かべて少々惚けながらも俺は酒臭い匂いを遮断する為にと右手で鼻を摘まんでからギルドに足を踏み入れた。
中は予想通りといったところか、朝っぱらにも拘わらずジョッキに入ったビールをがぶ飲みする人間で溢れていた。俺が入った瞬間、一度は視線が集まったが何もなかったかのように全員が談笑や酒を再び飲み始めていた。
俺はてっきり絡まれたりするのか? と頭の隅で考えていた為、少々安堵していた。
だが、カウンターへと足を進めて行く途中に図太い声で俺へと話し掛ける男がいた。
190cm程の背丈。
無精ひげを口元に生やした齢30程度のオッサンがビールジョッキを片手に声を掛けていた。
俺は肩越しに振り返ってその姿を確認すると同時に絡まれるのか? と身構えてしまう。
「おい、坊主。お前がここに来るには少し早い。家族か友達かは知らんが魔物を倒して自慢したくなるのは分かる。だがな、命は1つしかないんだ。分かったら来た道を引き返せ」
男は強面の顔とは裏腹に優しく諭すかのように俺へと注意をしてきた。
あれ? めっちゃ優しくね、あのオッサン。前世の頃はギルド=新人は絡まれる。ってのがセットになっていたが実際は違うって事か。だが、俺も目的の為にギルドを利用しなければいけない。なのでオッサンの言葉を無視……いやいや、こんなに優しく注意してくれたオッサンを無視するのは考えものだろう。ならば、アレしかないな
意を決した俺は一度小さくふぅ、と溜め息を吐き……
「う……うぅぅ……じ、実は僕がお金を稼がないとお姉ちゃんと離れ離れになってしまうから……ぐすっ……僕が頑張って稼がないといけなくて……だから……だから仕方無かったんです、おじさん」
泣き崩れた。
勿論、実際は泣いていない。両目を両手で覆っているだけだ。そして決して俺は嘘を吐いていない。ただ言い方を変えただけだ。
一人称は僕を使い、そして姉上と言っても良かったんだが何か育ちが良さそうに感じてしまうのでお姉ちゃんと言ってみた。オッサンは酒を飲んでいるせいで気がついていないのか、特に指摘する様子はないが、はっきり言って豪奢な服を着ている時点で口調もクソもない。
病人生活中に鍛えに鍛え上げた演技力。
母上に対して「うっ、あ、足が痛いよぉ……じ、ジュースがあれば治るのに……僕の足では……」と話す内容はクソなんだが、演技力だけは日々成長していった。
初めは母上が上手く騙され、しめしめといった感じで味を占めて何度もその手を使っていると6度目くらいから演技と気づかれたのか無視されるようになっていた。
そんな俺の迫真の演技を見たオッサンは
「す、すまねぇ坊主。そんな理由があったとは……」
そう言って俺の顔を上げさせようとしゃがみこんできた。
昔、次男であるクルトが奴隷がどうのこうの。と言っていた事があった。恐らく、オッサンはリファが奴隷になりそう、等と勘違いしているのだろう。
ま、もしそんな事があってみろ。俺はそれに加担しようとした奴を男女関係なく皆殺しにしてやるよ。
「ううん、分かってくれたのならそれで……」
俺はセントリアに向かう途中でリファの母であるラーニャさんに貰った新しい黒の革手袋を両手に着けていた。なので、黒の革手袋をつけた手で涙を拭う……フリをしていた。
そして、オッサンが泣き崩れた真似をしていた俺に手を差しのばしてくれたので、それを俺が掴もうとした瞬間
「…………ん? その刺繍……確かヴェロニアの」
胸にあった刺繍がオッサンの目に入ってしまった。
そして俺は「じゃあ坊主って貴族……なのか?」とオッサンが訊いてきたので
「…………てへっ」
可愛らしく首を傾げながら舌を少し出してウインクをした。