11話 私だけの王子様
フェレナ視点
私の前にまた魔人が現れた。
今回の魔人は雰囲気、佇まいから分かる。
あの時の魔人とは次元が違っていると。
私は急に怖くなった。そして思った、今度こそ殺されるのか、と。
そう思うと叫ばずにはいられなかった。
そして恐怖心を少しでも薄める為にと叫んでいたら何かが私達を横切った。
―――騎士だった。
あの騎士は私の護衛として何年も私の家であるサークリッド家に仕えていた騎士だ。
あの騎士は私の護衛として来てくれていた騎士の中では一番の強者だった筈。
ああ、やっぱり私はここで死ぬのか。
そう思っていたらリファちゃんが恐怖のせいでか、震えてユウ君に抱きついていた。
リファちゃんはまだ12歳。
15歳の私でさえ震えが止まらないのにリファちゃんなら尚更だろう。
そう思っているとユウ君が急に口調を粗くしてリファちゃんを引き剥がした。
その急に粗くなる口調。ああ、それは身に覚えがある。
まるで、あの時の男の子みたいだな。ユウ君は何をするのだろうか?
そう思っていると私が思っていた方向と逆の方向にユウ君は歩き出す。
え!? 逃げないの!? 何で魔人に近づいていくの!?
様々な考えを頭の中で巡らせながらもユウ君を目で追い続ける。
ユウ君の次の行動はメイドや騎士達を怒鳴って黙らせる事だった。
私の前ではあんなに温厚で甘えて、そして男の子とは思えない程に
――――弱そうだったのに
そんな私の知っているユウ君と目の前で怒鳴っているユウ君が同一人物とは思えなかった。
そんなユウ君はそのまま足を進めて虐殺と呼ばれていた魔人と相対する。
虐殺と呼ばれていた魔人と言えば、とある騎士団を一瞬で全滅させたり、一夜にして街を焼け野原にしたなど、聞こえてくる悪行は星の数とも言われている魔人だ。
ユウ君はなにがしたいの?
そう思っていると魔人が口を開いた。自分の命を助けてくれ、他の人の命はどうでもいいから……じゃないのか? と。
ああ、そう言うことだったのか。
これで私の疑問が解けた。そう思っていたらユウ君は魔人との距離を一瞬で詰めて何処からか取り出した短剣を使って確実に魔人を殺そうと動いていた。私は何が起こったのか分からなかった。それはリファちゃんも、メイドさん達や騎士達も同様で。
ユウ君はそんな私達が理解する暇は与えずに何かの魔法を詠唱し始めた。
そのせいでもう一つ疑問が増える。ユウ君は魔法が使えたの!? と。
そして詠唱をし終えると、どす黒い炎がユウ君を包み、ユウ君は叫んだ。
―――――死合おうか、と
言っている意味が分からなかった。魔法を詠唱し、瞳をギラつかせていた様子から察するに恐らく、戦う等といった意味なのだろう。
何で逃げないの。男の子は皆、逃げるんじゃないの?
そう思っていたらユウ君は再び魔人との距離を一瞬で詰めて攻撃を仕掛けた。
だけれどもユウ君の短剣が壊され、そのままユウ君は殴り飛ばされる。
その瞬間、私の背中に嫌な汗が流れた。
あんな弱そうなユウ君が虐殺と言われていた魔人に殴られていたが大丈夫なんだろうか。傷付いているだろう、早く治療をしてあげないと。
そう思うが魔人を前にした私の体は動かない。
どうしよう、どうしよう。そう思っているとユウ君が獣じみた勢いで魔人に攻撃をしていた。
ユウ君は、喋る暇すらも与えない猛攻を与えていた。
私は言葉が出なかった。今、魔人と戦っているのは、私に何時も甘えて来たか弱そうだったユウ君なのか? と。
ユウ君と魔人の戦闘に私以外の人達も呆気に取られていた。
戦っているのは分かるが、全く目で追えない戦闘だ。
それこそ、世間で天才、鬼才、麒麟児などと呼ばれていた者達の戦闘が幼稚な遊びに見える程に次元が違いすぎた。
ユウ君は時間が経つにつれ、衣服などが戦闘のせいで切れ、散っていく。
衣服の下にあった体は10歳とは思えない程に引き締まっていた。
ああ、私は見る目がないなぁ……ユウ君はあんなにも強い。あんな体になるまで努力していた。そして
―――――私を見捨てなかった
私はなんて馬鹿なんだろうか。ユウ君はあんなにボロボロになっても尚戦い続けている。感じる痛みは尋常ではないだろう。遠くまで骨が砕ける音などが聞こえ、まだ骨と骨のぶつかる音が消える気配は無い。
そんなユウ君に私は弱い? 守れない? 自分だけ助かろうとしている?
出来る事なら過去の私を殺して欲しい。
そう思うほど過去の私の考えとユウ君の行動は反対だった。
私はユウ君が勝つ事を祈っていた。
いや、私には祈る事しか出来なかった。
だが、そんな私の祈りが届く事は無くユウ君は膝から崩れ落ちる。
ユウ君が崩れ落ちた瞬間に魔人は殴り飛ばす。
殴り飛ばされたユウ君がもう一度立とうとするが、体を支えられずもう一度膝から崩れ落ちた。
もういい、立たないで。
そう思った私の顔には涙が止まること無く溢れ出ていた。
全身がボロボロになったユウ君の元に向かって身体中大火傷をし、ボロボロになった魔人が歩み寄って話しかけていた。
辛うじて聞こえた。
ユウ君が頼みがあると言っていた。
魔人は好戦的な人が多い。あれだけの戦いをしたユウ君の頼みなら恐らく聞き届けるだろう。
そんな事を言っていたユウ君はあり得ない事を言い出した。
自分の首一つで他の人を見逃して欲しいと。
なんで!? どうして!? ユウ君は自分の命が大事じゃないの!?
本当にユウ君の考えが理解出来なかった。
魔人は言った。
私達の命は虫以下と。
本当に当たっている。私はユウ君を口に出していなかっただけで心の中では酷いことを言っていた。
弱い、守れない、嘘を吐く、男の子とは思えない、貧弱……
あぁ、本当に私は虫以下だ。
そう思っていると魔人は嬉しそうにユウ君の名前を叫び、笑いながら去っていった。
ああ、早く助けないと。
騎士達も同じ事を思ったのだろう。走ってユウ君の所まで向かっていた。
ユウ君の状態は酷すぎた。
骨という骨は砕け折れ、出血が異常な量だった。
そして私やリファちゃんがユウ君の元に辿り着いた時には、ユウ君は意識を失っていた。
私はそんなユウ君を見て罪悪感で一杯だった。
ユウ君はこんなにボロボロになりながらも本当に守ってくれた。それこそ、本当に命懸けで。ユウ君は私の知っている男とは違う。そんなユウ君を一度でも疑った私が憎らしい。ボロボロになり意識を失ったユウ君を見ながら、どう謝罪すればいいだろうか、どうすればいいだろうか、涙を流しながらもそう思っていた。そしてそれと同時に私はユウ君を
――――――とても愛おしく思ってしまっていた。
そして、そんなことを考えていると、とある騎士がユウ君のお母様であるルルさんを連れてきていた。ルルさんはこの国でもかなり有名な治療師だ。
ルルさんはかなり温厚だ。だが、そんなルルさんがユウ君のあり得ない程疲弊し、ボロボロな今直ぐにも息絶えそうな姿を見た瞬間に目を大きく見開いて、ユウに何があったの!!! と叫んでいた。
ユウ君を抱えていた騎士は、ユウ様に今回の事は他言するなと言われ、そのまま意識を失われました。といって黙りこんでいた。
それからはルルさんが急いで治療を始め、大分回復したのを確認して、ルルさんはユウ君を大事そうに抱えて家に連れ帰っていた。
私はそのまま帰る事になり、家へと帰る事になった。
そして家に戻った私は自分の父――レギン・サークリッドの部屋に向かった。
「お父様、話がございます」
部屋に入る前に予め表情を引き締めていた私は父の部屋へと入り、そう口にした。
「婚約の件で話を「っ!! そうか!! そうか!! で、どこの者だ?」」
余程待ち望んでいたのか、はたまた心配だったのか、父は私が言い終わる前に急に興奮し始めて私に訊ねた。
「お父様、ヴェロニア伯爵家の三男であるユウ・ヴェロニアと婚約がしたいのです。サークリッド伯爵家現当主のお父様とヴェロニア伯爵家の現当主であるライオス・ヴェロニア様は仲が良いと聞き及んでおります。どうかお願いします……」
そう言って頭を下げた私の言葉には揺るぎのない決心のようなものが見受けられる程にいつもとは違った。そんな私の言葉を聞いた父はユウ君の名前が出てきたことに困惑する。
「フェレナ、今なんと言った。ヴェロニア伯爵家、それはいいのだ。だが、今、三男のユウ・ヴェロニアと言ったか!? 駄目だ駄目だ!! あんな貧弱な者との婚約は認めん!! それに何故あやつなのだ!! お前が男嫌いとは知ってるがあんな女の後ろに隠れる情けない男との婚約は駄目だ!」
余程気に食わなかったのか、まくし立てるように父は目を剥きながら近くにあった高級そうな華美な机を何度も叩いた。
「ふ、ふふっ、ふふふふっ……お父様、ユウ君が弱い……ですか。分かりました。……やはりこうなりました……ヤスさん、すみませんがお願いします」
そう言った直後、フェレナは部屋の前に待機していたヤスに声をかけ、部屋に入ってきてもらう。
そして大怪我をしたサークリッド伯爵家に長年仕え、実力も折り紙付きのヤスが入ってきて父は思わず驚愕してしまう。
「……おいヤス、お前その怪我どうしたんだ……」
「この怪我……いえ、この程度の怪我は、あの虐殺と呼ばれる魔人に遭遇してしまいまして、一撃貰っただけでこのざまですよ……ははっ……情けない限りです」
そう言ったヤスは酷く疲れた顔をしていた。
「な、ならば、虐殺はどうした!? 誰が虐殺を退かせた!?」
「……ユウ様ですよ……あの貧弱と、先程仰っていたユウ様が文字通り命懸けの戦いをして退かせたんですよ……それと、虐殺が自分の名前を教えてました……シュグァリと。あの虐殺を一人で瀕死になるまで追い詰めてましたから……相当気に入ったんでしょうね……」
頬を引きつらせながら言葉を発するヤスの言葉を聞いて父は口をあんぐりと開いたまま硬直していた。
それを見たフェレナは勝ちを確信したのか小さく、誰にも聞こえない声量で呟いた。
――――待っててねユウ君…………私だけの王子様♪