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9話 シュグァリ

 俺の捨て身の猛攻は長く続かなかった。



 男魔人の容赦の無い攻撃によって流れた血と、攻撃の反動で流した血の量があまりにも多過ぎた。



「終技―――」



 俺は口を開き、渾身の一撃を与えようとするがその一撃は発動する事無く、膝が折れ、地面に膝を付けてしまう。



 不意に訪れた隙を男魔人は見逃すわけはなく、拳を振り上げて俺を思い切り殴り飛ばす。



 勢いに逆らう物はなく、後方に飛ばされる。

 木の幹に打ちつけられ、前から倒れ込んだ。

 全身の有りと有らゆる骨が砕け折れ、止む事の無い悲鳴を上げていたにも拘らず立ち上がろうと俺は足に力を入れる。



 だが、戦おうにも足の骨などが砕けており、体がとっくの昔に限界を越えていた。

 それでも体に鞭打って俺は立ち上がるが、足はもう体重を支える事が出来ず、立ち上がると直ぐに膝から崩れ落ちた。



(………あちゃぁ…あの魔人強すぎるわ…文字通り当たって砕けてるよ俺……というか姉上達なんで逃げてないんだよ……あー、こりゃ死んだな俺。あ……黒焔も消えた……魔力も限界だったって事か……てか、体が死ぬ程痛い……)



 そう思いながら、もう体を動かす事が出来なくなった俺は膝をついて空仰ぐ。

 数秒後、纏っていた黒い炎が消えていく。



 霞みがかった朝空はどこまでも蒼かった。



 黒焔が消えた俺を見た男魔人は黒焔によって全身大火傷し、所々骨が折れ、満身創痍の状態だったにも拘わらず、ゆっくりと歩いて俺へと近付いてくる。



「……はぁ、はぁ、はぁ……ぎりぎりだった……血の色は赤。本当に人間だったのか少年……まだ意識は有るんだろ? 名を聞かせろ」



 男魔人は俺との距離が3m程になると急に足を止め、口を開いた。



「………ユウ……だ」



ごほごほと一度咳き込んだ後、空を見上げたまま俺は言葉を返した。



「ユウ……ユウか。……なぁユウ、お前俺の部下にならないか? 俺をここまで疲弊させる人間を殺すのは惜しい。勿論、それなりの待遇は約束する。これでも俺は魔族の中でも結構偉い魔族なんだ。くくっ」



 唇の端をを吊り上げながら男魔人はユウを部下に、と勧誘をしてきた。



(……部下!? さっきまで殺し合いしていた相手を部下にするとか頭逝ってんじゃねぇの!? ……待遇が良いとか言ってもどうせ、人間のスパイとか人間の虐殺とかやらされるんだろ? そんな魂胆が見え見えなんだよッ!! てな訳で断るにきまってんだろうがッ!!)



「……嫌だね……おこ……ゴホッ……とわりだ」



 ゴポリと血を吐き出しながらも俺は男魔人を睥睨しながら勧誘を断った。



「……そうか、残念だ。そろそろ意識も失うだろ、その前に聞かせろ。何故お前は逃げなかった? それだけの力があれば一人でなら逃げれただろう?」



「……気分だ、気分。……あ゛ー、魔人さんよ、死にかけてるか弱い少年……の頼み、聞いてくれないか?」



 血を大量に失っていたからか顔は蒼白になり、そして体は痙攣したりと震えていたが、最後の足掻きと言わんばかりに口早になりながらも口を開いた。



「……シュグァリだ。人間共には虐殺とか呼ばれてたりするがな……くくっ……言ってみろ。お前一人の命乞いなら聞き入れてやるぞ?」



シュグァリはニヒルな笑みを浮かべながら顎で言え、と指示してくる。



(………あ、どうしよ、何となく頼んだら言ってみろとか言われちゃったよ!! うわぁ、どうしよ!? 俺、頼みなんか何も無いんですけどー!! よし、何か頼もう。えーっと……えーっと……)



 目を泳がせながらも懸命に頼み事を考える。

 なかなか言葉を口にしない俺を見て、シュグァリは不思議そうな顔をしながらも言葉を待っていた。



(あ、三つ思いついたっ!!

一つ目は「俺の命だけは見逃してくださいぃぃー!!」

二つ目は「姉上とフェレナさんの命は見逃してくださいぃぃー!!」

そして三つ目が「お、俺の首一つで他の人達の命を見逃してくれ……」だな。

一つ目は、まぁ却下だな。滅茶苦茶後味悪いからな。二つ目は……悪く無いんだが鬱とかになりそうだよな……二人とも。ならば……三つ目か……おっしゃ、二度目の人生、格好良く散ってやろうじゃねーか!! 大切な女の為に死ねるのなら悔いは無いッ!!)



 そう決心し、俺は口を開いた。



「…………お……俺の首一つで他の人達の命を見逃してくれないか……」



 直後、空気に緊張が走った。

 シュヴァリは直ぐには返事をしなかった。

 沈黙は無限にして一瞬、数秒後、呆れ混じりの声によって破られた。



「……お前の首一つで見逃せ? 俺は確かにお前の命は散らすのが惜しいと思っているが、あっちにいる奴らの命なんて虫以下だろ。庇う理由がどこにある」



 シュグァリは不機嫌になり、顔を歪ませた。



「……俺にとっては庇うだけの価値が有る」



 そう言うとシュグァリは目を瞑り、数秒すると踵を返してゆっくりと俺から離れながら大きな声で叫んだ。



「……今日の俺はもう人間を一人も殺せない程の怪我をしていてな。非常に残念なんだが、今日は治療する為にもう帰る。………名前は覚えた。また俺を楽しませてくれよ? ユウ。お前にはまた俺のストレス発散を手伝って貰わないといけないから生かしただけだ。そこんとこ勘違いするな。じゃぁな……くくくっ、ははは、あはははははははは!!」



 そう言いながらシュグァリは女魔人2人を連れて去っていった。



(……あ、あれー!? もしかして見逃してくれたの!? シュグァリめっちゃ優しくね!? 嘘までついて見逃してくれたよ!? 誰だよ虐殺とか言ってた奴は!! 最後の言葉が引っ掛かるけど、今はどうでもいいや)



 シュグァリ達が去っていった直後、騎士やメイド達が走って俺の元へ駆けつける。



「ゆ、ユウ様!! ……出血が酷い……おい!! 治療師を誰か呼んでこい!!」



 騎士達が叫ぶ姿を見ながら俺は一言だけ言って意識を手放す。




「あ、母上や父上には黙って……て……」








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