プロローグ
――――――――――――いつも、俺達は2人だった。
俺の家族は父さん、母さん、姉さんの4人家族。仲が良く、それこそ絵に描いたような理想的な家族だったと思う。
だが俺が13歳の時、父さんと母さんが死んだ。交通事故だった。
そして1つ歳上だった姉さん――佐倉美月とその弟である俺――佐倉伊月の2人だけの家族になった。
それから俺達は変わった。
俺は両親の死が受け入れられ無かったのか、何かに取り憑かれたかの様に毎日両親の眠る墓地へと足を運び、大半の時間を過ごした。姉も姉で毎日のように両親の残した家で泣きじゃくっていたらしい。
両親が死んで1年ほど経っていただろうか、俺はいつもの様に墓地へと向かった。
いつもの様に両親の墓の前で独り言を言ったり、両親が生きていた時の思い出話を昨日の出来事の様に話す………予定だった。
両親の墓の前には何かを決心した様な顔をした姉がいた。
姉さんは俺とは違い、両親の死を俺より先に乗り越えていた。
両親が死んでからは会話がかなり減ったが、仲が悪くなった…なんてことは無かった。
なので話しかけられれば返事はするし、一応姉弟をやってたと思う。
姉さんは俺に気がついたのか駆け足で俺の元へと歩み寄ってくる。
「伊月君……話があるの。聞いてくれないかな」
「……ん? 別に良いけれど、どうしたの? 姉さん」
美月は俺が了承したのを聞いた瞬間、俺の手を取って墓地から少し離れた場所にあるベンチへと歩を進めた。
ベンチに着くまでは一切口を開かずに無言を貫き通していたが、ベンチに着いて俺が腰を下ろすと同時に話し始めた。
「伊月君、私達のお父さん、お母さんは死んだんだよ。どうやっても2人は帰っては来ないんだよ。 それと、伊月君がこのまま死んだ人間にずっと執着して生きてもお父さんやお母さんは恐らく嬉しくないと思う。2人が死んでもう1年……そろそろ乗り越えてもいいんじゃないかな」
美月が諭すように俺へと言った直後、俺の口から怒声が言い放たれた。
「姉さんは母さんや父さんを忘れろって言いたいの!? 昔、皆でご飯食べたり、遊んだり、出掛けたり、旅行に行ったり……あの家族4人での笑ったり泣いたりした楽しい思い出を忘れろって言うの!? 姉さんにとって、父さんや母さんとの思い出は1年足らずで忘れれる様な物だったのかよ!?」
パアァァァン!!
美月の手のひらが俺の頬を叩いた。
その音は何故だかよく響いた……
何で叩いたのか、そう尋ねようと美月に視線を移すが俺の双眸に飛び込んできたのは―――鼻を啜りながら泣いていた姉の姿だった。
思い返してみれば、両親が死んでから美月の感情を殆ど見ていなかった。
両親の死をすぐに受け入れ、2人家族になった家を1人で支えていた完璧な人間……そう、知らず知らずのうちに俺は思い込んでしまっていた。
だが、目の前にいるのは完璧な人間とはかけ離れたか弱い女の子。
その姿は紛れもなく昔、よく笑ったり泣いたり怒ったりと様々な感情を見せてくれていた俺の唯一無二の姉であり、この世にたった1人しか居ない大切な家族だった。
「……伊月君、私はお父さんやお母さんの事や4人の思い出を忘れた時なんて一度足りとも無い!! だけど!! 少なくとも私は………私は、お父さんとお母さんの死を乗り越え、笑って生きる事が最初で最後の親孝行だと信じて生きていく!!」
美月は高々と宣言するかのように言い放った。
俺は何も言えなかった。
自分の今までの行動がどれ程過去にすがっていたのか。
目の前で涙を流す女の子は辛い過去を一人で乗り越え、必死に今を――未来に向かって生きていると言うのに俺はどうだろうか。
そう考えると情けなくなって声も出ない。
「困ってるなら家族を……私を頼って欲しい。私は、伊月君と一緒に……昔みたいに笑ったり泣いたり怒ったり、いろんな事をしたいよ……私は弱い。だからこそ助け合いたい。辛い時があったら私を頼ってくれればい。その代わり私も伊月君を頼りたい、縋りたい。……2人でまた……改めて家族になろう?」
その時の俺は両親が死んで枯れたと思っていた涙を流す事しか出来なかった。
目元を手で押さえながら泣き続ける俺の耳元で姉さんは呟いた。
「依存し、依存しあう関係もまた家族のカタチ。たった2人だけの家族。お互い、愛して生きていこう? 私達ならやっていけるよ………」
俺達はすっかり腫れてしまった目を夕日にさらしながらも帰路についた。
視界は涙でぼやけてしまっていたが、帰り途中に美月が茜色の光に照らされながらも見せてくれたあの笑顔を忘れる事はないだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あれから4年が過ぎた。
俺は17歳となり、美月は18歳となっていた。
改めて家族という温かさを実感したあの日、理由は全く分からないのだが、「姉さんじゃなくて美月って呼んで」と懇願されたので呼び方をその日以降変える事となった。
美月はいつの間にか俺の事を伊月と呼ぶようになっていた。
身内贔屓無しに見ても美月は10人中10人が美人と言うだろうと断言できる程の美人さんだ。
ボンキュッボンってわけじゃないが出るところは人並みに出ており、茶色に染まった艷のある長い髪は扇のように広がって首をから下を隠していた。
勿論、美月に言い寄る男は数多く居るが一切靡く気配など無い。
それに比べて、俺は至って普通の容姿だ。
最近は「俺って本当に美月と血が繋がってるよな?」と疑問を思ってしまう程に平凡な顔立ちだ。
一度、美月にその事を尋ねてみたのだが、「勿論繋がってるよ? もし繋がってなかったら今頃、私達2人共婚約指輪を嵌めてると思うけど。あぁ……伊月と結婚したいなぁ」という爆弾発言が返ってきた。
それ以来、俺は二度と血が繋がってる繋がってないを聞かない、と密かに決めていた。
「伊月? 私ね、伊月も思春期だし女の子に興味持つのは仕方無い事だっていうのは分かってるんだよ?」
今の状況はと言うと、俺が美月の部屋にあれよあれよという間に追い詰められた結果、部屋の壁に背を押し付けるような状態だ。
一言で表すならば袋の鼠。
要するに、美月に迫られているといった状況だ。
今からエロい事をする……等といった事をするために迫られてる訳じゃない。
一応弁明を、と思い、俺が口を開こうとした瞬間、顔のすぐ隣に包丁が刺さった。
多分頬と3cmも離れてないと思う。
いつも思うが無駄にすごい技術だな。
「伊月、これって何かなぁ? んん?」
頬を引き吊らせながらも頑張って笑みを作ってくれている美月が手に持っているのは俺が追い詰められる原因となった、いかにも女の子の物ですよ。といった感じのハートが所々にプリントされた、ただの紙……ではなくて、世間で言うラブレターだ。
「ラブレター貰うのは仕方無いと思うよ? 伊月かっこいいもん。だけどね。もらった場合は5秒以内に燃やせって前約束したよね? 伊月が雌豚と付き合ってまで女の体に興味を持ってしまったのなら私が見せるから。ほら、これで解決だよね? 待っててね。夜になったら見せてあげるから。ていうか、伊月はいつになったら私を抱いてくれるの? いつ? 今日? 今日だよね?」
いつだったか、美月がこうなってしまったのは。
昔はこんなに独占欲のような物は無かったのだが、俺が初めて女の子からラブレターを貰った時に急に発症した。
俺達の家を[2人だけの愛の巣]という変な名称をつけるくらい末期だ。
そして今日、人生2度目のラブレターを何故か貰った。
ケータイ有るんだしメールか言葉で伝えろよ!! 美月にばれるだろうが!! とは言えず、家にそのまま帰り自室に戻ったが、3分で美月にバレた。しかも「なんか知らない雌の臭いがする」なんて言ってラブレターを発見していた。
人間じゃないのかな? と本気で疑いたくなった。
何度も美月には言った筈なのだが、俺は美月の事が嫌いではない。
寧ろ大好きだ。ていうか愛してるし、結婚出来るのなら結婚したいと思う位には美月の事を想っている。
姉弟では結婚は世間的にも法律的にも無理だから、と早々に俺は理解をした結果、彼女でも作れば美月への気持ちが薄れるのではないか。なんて馬鹿な考えを持ったのだが、その考えが馬鹿だった。絶対引かれるだろうが、実の姉を愛してるんです!! 等と言って即座にあのラブレターを捨てるべきだった。
―――――――そんなこんなで今の状況
「ねぇ、伊月……私、伊月が誰かに取られるんじゃ……と思うと心配で、心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で仕方がないの!! 何で伊月と結婚出来ないんだろう……結婚したいよぉ……伊月との赤ちゃん欲しいよぉ……決めた。伊月は誰にも渡さない。だからね? 一緒に逝こう? 伊月をたっぷりと堪能したらちゃんと私も後を追うから……死んで? 例え生まれ変わったとしてもずっと、ずーっと一緒だよ?」
「ちょっ、待て!! 話せば分かる!! まずは話し合おう? なっ? な――――」
こうして佐倉伊月の命は儚くも散り、人生は幕をおろした……