MilkyRain

作者: 燈

あぁ…こんな真冬の中、俺は何をやっているのだろうか。

もう今年も終わりだと言うのに、実績を残せない自分にイラついていた。

俺の仕事は、売れない新人ライター。

一般的に言う物書きと言うものだ。

憧れの職業と言えば、よく原画家やデザイナーと言った華やかな仕事が真っ先に思いつくだろう。

だが俺は、昔から不器用で絵が下手ですぐに飽きてしまった。

そんな中、考えることが好きで、よく妄想を膨らませては、それを文字に起こして物語を作ったものだ。

それが功を奏したのか、物語を書くことは不思議と続けられた。

そして、今現在に至るわけだ。

書きたいことは書ける。だが、世間がそれを認めてはくれなかった。

流石の俺でも、ここまで自分の書いた作品が否定され続けると、現実逃避の1つや2つくらいしたくなる。

紬「旅行に行こうよ…♪」

――パリパリパリッ!

…ん?今何か、ポストに投函されたような音が。

俺は外の冷気で冷え切ったドアポストの中を確かめた。そこには、1枚のパンフレットと招待状が入っていた。

《あなたの“探しモノ”がきっと見つかる素敵なツアーのご招待》

これは何かの悪戯か?

だが藁にも縋る気持ちだった俺は、不思議とこのツアーに参加してみたくなった。

…っと、どれどれ日にちは……。

――!?って、今日じゃん!!しかも、後数時間後には乗車しないとダメなヤツだ!

あぁ、もぅっ!こうなれば、無理にでも乗ってやる!

3分で支度を済ませると、目的地が記されたパンフレットを頼りに急いで向かった。

ここで合ってるよな?

――来た。一台のどこか懐かしい感じがする「汽車」が到着した。

これが、蒸気機関車か。本物を見るのは初めてだな。この現代にまだ走っているとは、正直驚いたな。

ネタとしては、これだけでご飯は3杯いけるくらいには、物書きとしては欲を刺激されてしまった。

駅員「乗車口はこちらになります。こちらからご乗車下さい。」

あ、ありがとうございます。

駅員「いい旅になるいいですね。」

良かった。ちゃんとしたツアーみたいだ。

と、そこに中学生くらいの背丈で、懐中時計をぶら下げた女の子が車内から降りて来た。

それっぽい帽子を被っているので、この汽車の関係者だろうか。

少女「ん……こほん。」

少女「えぇ~、本日は夢色鉄道にご参加頂きありがとうございます。」

少女「まもなく発射しますので、ご乗車になってお待ち下さい♪」

少女「ん~?あなたもこのツアーの参加者よね?そこに突っ立ってないで、早く乗らないと置いて行っちゃうわよ?」

少女「…と、その前に。乗車券を拝見してもいいかしら?」

えっと、これで合ってますかね?

少女はそれを見ると少しの間沈黙をし……。

あの~、これやっぱり間違っていましたか?

少女「ごめんなさい。大丈夫、これで間違い無いです。」

少女「えっと名前は、何とかみやぁ…そうしさん?」

いや、さぎのみやかなたです…。

少女「あっ、そうそう!さぎのみやかなたさんね!大丈夫よ、登録されているわ。」

少女「それで、奏詩さんの“探しモノ”はっとぉ……ふむふむ。なるほど、確認しました。乗車する資格は全て持っているわ。だから安心していいわよ♪」

探しモノ?資格?

少女「それは……あっ!ほらほら、もう発車の時刻よ。早く乗ってちょうだい!」

お、おぅ。

俺は、少女に押されるように乗車した。

少女「こほん。では改めてましてあたしは、この夢色鉄道の車掌兼当ツアーの案内役を務めさせて頂きます。ラピス・アルゲントゥムと申します。」

ラピス「ラピスちゃんって呼んでもいいわよ♡」

は、はぁ……。こんな小っちゃい子が車掌兼ツアーの案内役なのか。

まぁ、軽い感じではあるが、逆に話易いのであればそれはそれでいいか。

ラピス「なに~?あたしのことじろじろ見てぇ~?もしかして、何か付いてるかしら?」

あ、いや、何でもない。珍しい車掌さんも居るんだなと思っただけだよ。

ラピス「そう。ならいいのだけど。」

そう言えば、この汽車には俺達以外に、誰も乗っていないのだろうか?

なぁ。この汽車には、俺以外の人は乗車していないのか?

ラピス「あぁ~。それなら、もうとっくに乗車済みよ。だから、あなたが最後の乗客さんだよ。」

ラピス「他の乗客さんなら、別の車内に居ると思うわ。あなたも含めて、えっとぉ…何人だっけ?まあいいわ。気になるのなら、あなたが直接行って確かめてちょうだい。」

は、はぁ。

なんだか適当な車掌だな。

だけど、この車両には誰もいないだけで、他の車両にはちゃんといるらしい。

おっと。

そろそろ動き出すのだろう。出発を知らせるベルが鳴る。

ラピス「んじゃ、お客さん、1回席に着いてね。」

ラピス「動き出しの時は、席に座っててもらわないとダメなの。」

そっか。流石に危ないもんな。

ラピス「動き出したら、自由に見て回っていいから。」

ラピス「んで、席は適当に空いてるところに座っておっけーだからね。」

ラピスは、運転席に入っていった。

がたっ。

汽車が動き出した。

確かに動き出しは飛行機のように、衝撃も激しく一苦労のようだ。

この現代社会で、効率や手間と言ったものが極力排除される世の中とは真逆。

だが、この感じがノスタルジックでいい感じだと思った。

現代人は忙しい過ぎて、大事な何かを忘れてしまっている気がする。

うん。

この旅は、俺の心を癒してくれる良い旅になりそうだ。

ポポォォ~!

おぉ~、本物のだ。

テレビやアニメとかでしか聴いたことが無かったので、新鮮だな。

ガタッ…ガタッ……。

汽車は、段々とスピードを上げながら走りだした。

景色が開けた。

ふぅ……。

天窓から入り込む空気が、一気に夜風のそれに変わる。

涼しい。

汽車の中が暖かいせいか、真冬とは思えないほど、気持ちいい風である。

これは、真冬に炬燵に入って冷たいアイスを食べている感じに似ていた。

これが真冬のみに許された禁忌かっ!

はっきり言って、あの憂鬱な環境から逃避したかっただけなので、この感覚を味わえるだけでも、7割は達成したも同然と言える。

あ~、この感じ…たまらない。

おっと、いけない。つい気持ち良くって寛いでしまった。

そろそろ汽車も落ち着いてきたし、早速車内を探索してみようか。

SLに乗る機会なんて、一生に一度かもしれないしな。

それにまずは、俺の他の乗客を確認しておきたい。

…しょ。

立ち上がる。

ここが第一車両。

んで、さっき車掌ちゃんが入っていたのが、この汽車の先端…ボイラー室だ。

と言うことは、反対の方向が第二車両のはず。

ガチャ――。

うおお~!

車両の連結部は、一度外に出るタイプのようだ。

それにしても、すごい風だな。

これもSLならではの醍醐味だろうか。

チラッ…。

俺は不用意に下を見てしまった。

おぉぉ。

ヤバッ!これは落ちたら死ぬやつだ。

移動には、ちょっと気を付けてないとダメだな。

恐る恐る、第二車両に向かった。

ガチャ…!

すると、車両の中から見知った人の顔があった。

???「おっ!なんでおまえが一緒に乗ってるんだ!」

一瞬幻覚かと思ったが、間違い無く俺の親友の顔であった。

親友「まさかおまえも一緒に乗っていたなんて驚きだわ。よくもまあ、こんな怪しいツアーに参加したな?」

そういう龍之介こそ、特大ブーメランだろっ!

こいつの名前は「直木 龍之介」。

俺の親友……まあいわゆる幼馴染と言ったところか。

龍之介「まあここで会えたのも何かの縁だな。せっかくの旅だし一緒に楽しもうぜっ!」

あぁ、そうだな。何はともあれ、龍之介が一緒にいてくれるのは、俺も嬉しいよ。

龍之介もあの変なパンフレットを見て、このツアーに参加したのか?

龍之介「そうそう!ポストに入っていたのが偶然目に入ってな。」

っと、他の乗客の姿が見えないようだが、ここには龍之介だけなのか?

龍之介「そうだな。他の乗客は、後ろの車両にいるな。」

そうなんだな。ありがとう。

龍之介「あっ。そう言えば奏詩。妹の紬ちゃんは一緒じゃないのか?」

あぁ。今回は俺の1人旅だよ。

龍之介「ふ~ん?奏詩が紬ちゃんを一緒に連れて来ないなんて珍しいこともあるんだな。」

その言い方、まるで俺がいつも紬ちゃんとセットみたいじゃん!

龍之介「だってそうだろ?奏詩はシスコンだし、いつも紬ちゃんの話ばっかりしてるだろ?」

ぐぬぬ……。

龍之介の言うことは、間違っていなくてぐうの音も出なった。

でも、確かに何で俺は紬ちゃんを一緒に誘わかったんだろ?

いまいち、そこが思い出せなかった。

まあそういう気分の時もあるのだろう。

それでどうする?龍之介も一緒に、他の乗客に挨拶しに行くか?

龍之介「いや、わいは遠慮しておくわ。もう少しこの雰囲気をここで満喫してるわ。」

そっか。気持ちはすごくわかるな。

分かった。じゃあ俺は行くな。

龍之介「おぅ!また後でな。」

と軽く挨拶を交わし、次の第三車両に向かった。

ガチャ…!

第三車両……。

そこには、幸せそうに居眠りをしている女の子がいた。

寝ている女の子「ぐぅ…すやぁ……。もう食べられない……なの…。」

女の子は何か食事の夢でも見ているのだろうか?

寝ている女の子「ふぁ…♡それぇ……そんなに中に…入ら……ないなの……。んぅ…すやぁ……そんなに食べられない…なのぉ…♡」

んんんっ!?い、一体なんの夢を見ているのだどうか。

俺は、変な想像をしてしまった。

まあ、起きる様子も無いし、このままそっとしておいてあげよう。

女の子を起こさないように次の第四車両に突入した。

ガチャ…!

っと、誰もいない?

一応最後尾まで確認しておくか。

次へ。

……。

…。

さらに奥の車両へ。

ふむ、ここが最後か。

これより後ろの車両は、どうやら貨物車両のようだ。

どうやらこの汽車の構成は、ひと車両2人掛けが左右8列、32×4車両で、128人までみたいだ。

最後まで見たが、他の車両には誰もいない。

俺が会ったのは…。

車掌ちゃん、龍之介、寝てた人。

そして俺だけだ。

客が俺を含めて3人しかいない。

このSLの大きさに反して、中々に小規模のツアーなんだな。

てか、このまま誰かと合流とか無いのだろうか?

まあ、細かいことは車掌ちゃんに聞けばいいか。

ボイラー室のある方向へ向かう。

第三車両。

寝ている女の子「すやぁ……。」

涎を垂らしながら、気持ち良さそうに寝ていた。

起こさないようにひっそりと……。

ガチャ…!

第二車両。

龍之介「おぅ、戻ってきたと言うことは一回り出来たのか?」

そうだな。一応一回りはしたよ。

龍之介「そっか。その様子、少し急いでいるみたいだな。何かあったのか?」

いや、ちょっと車掌ちゃんに直接聞きたいことが出来ただけだよ。

龍之介「ならいいんだ。何かあったら、わいも相談に乗るからな!」

うん、ありがとう。

と、軽く話第一車両へ。

ガチャ…!

ここが第一車両……。

お。

ネロ「ひゃ!?」

いきなりでびっくりした。

これまでに見ていない顔がもう1人。

や、やあ。

ネロ「こ、こんにちは。」

丁度車掌ちゃんくらいと同じ年くらいの子。

可愛い子だな。

いきなりの挨拶にも動じずに、少女は笑顔で反応した。

綺麗な黒髪ロングヘアーに、ブラウンの目。

もう片方の目は、前髪で良く見えなかった。

こんな可愛い少女が1人旅だなんて。何か訳アリだろうか?

いや、そんなこと言ったら、俺も同じか。

この旅において、それを追求するのは愚問だな。

これでこの旅のお客は、4人というわけか。

今は、それよりも車掌ちゃんだな。

俺はボイラー室の方へ。

車掌さ~ん?

ラピス「はい?」

ラピス「ああ、最後のお兄さんじゃない。どっしたの?」

あの、聞きたいことがありまして。

その…。

うおっ!設備すごっ!

こ、これ…汽車用のボイラー?

思わず、目の前のボイラーに圧巻されてしまった。

まさか、実際に稼働している姿を拝見出来るとは。

俺は漢のロマンの塊を目の前に興奮していた。

おう~、これがボイラー。

ラピス「わわっ!(汗)ストップ!ストッ~~プ!!触っちゃダメだよぅ~!」

――!?

ラピスに触る寸前で、俺の体を押さえこんだ。

ラピス「もぅ~~!これに触っちゃダメだよ。もしも触れたら火傷じゃ済まないわよ?」

あぁ、ごめんなさい。つい好奇心が勝ってしまって。

ラピス「まったく、いきなり入って来たかと思えば、ボイラーに触ろうなんて。そもそもここは、一般人は立ち入り禁止よ。少し反省してよね?」

はい、反省します。

ラピス「まあ、入って来ちゃったものは仕方ないわ。とりあえず外に出るわよ。」

ラピス「まあでも火室が安定している時なら、ちょっとだけ見学してもいいわよ。」

本当か!

ラピス「ええ。いいわよ。あたしが特別に許可してあげる♪」

半分職権乱用な気もしたが、滅多に見れるものでもないからいいか。

物書きとして、いや男として、ロマンを求めずにはいられなかった。

ラピス「で、何かあたしに用があったんじゃないの?」

あっ、そうだ!

俺は本来の目的を忘れていた。

我に返った俺は。

なあ、このツアーって、人数かなり少なくない?

ラピス「そうね。」

しれっと頷いた。

ラピス「ちょっと待ってね。いま予定表を確認するわ。んと……。」

ボイラー室前のドアに貼り付けてあるわら半紙を取る。

プリント物まで凝ってるな。

わら半紙とか、久しぶりに見たぞ。

ラピス「そうね、登録されているのはあなたと、あと3人だけよ。」

本当にその数なのか。

こんな大規模なSLに、たった数人とか。

採算は取れているのだろうか?

ラピス「まあいいんじゃない。人数は合ってるはずよ。」

ラピス「こうゆうのって、直前キャンセルとかムズいし。」

ラピス「現に実施されているのだから、心配いらないわ。」

う~ん。そこまで言うなら。まあ……大丈夫か。

ラピス「そうそう。それにあたしは、言われたことをこなすだけで報酬が貰えるんだから、それで満足よ。」

正直だな。

この子らしい発言だった。

ラピス「大人数もいいけど、これはこれで楽しめるんじゃない。」

ラピス「そだ!せっかくだし、みんなに紹介しましょうか。」

俺と龍之介は構わないけど、寝てる子もいたぞ?

ラピス「あぁ~。ミアはまだ寝てるだ。」

みあ……?

ラピス「ミアさんでしょ。3つめの車両の人。」

……。

ミアって言うんだ。

このツアーには外国人も乗っているんだな。

ラピス「ええそうよ。特に限定してるわけでもないからね。」

ラピス「“探しモノ”さえあれば……。」

探しモノの?

ラピス「あはは。いまのは独り言よ。気にしないで。」

そっか。

少し気になったが、ここで追求をしたところで教えてくれそうに無いな。

ラピス「んで直木さんは知っているのね。」

ラピス「あなた以外のお客さんはこの2人ね。ま、仲良くやってちょうだい。」

ああ。

ん?2人だけ?

ラピス「うん?」

その…もう1人いるんだが。

ラピス「ああ、ネロね。」

ネロ?あの子の名前?

ラピス「そ。ネロ、こっちきて挨拶して。」

てくてくてく。

嬉しいそうな顔でこっちに寄ってきた。

ネロ「改めてまして、こんにちは…ネロです…♪」

ああ、こんにちは。俺は、鷺ノ宮 奏詩だ。

ネロ「奏詩さん。んぅ、素敵な名前ですね。」

うん、ありがとう。横文字ってことは、ネロも外国の人なのか?

ネロ「えっと。ネロはネロです。日本人です。」

なるほど、愛称みたいなものかな。

分かった。ネロ、これからよろしくね。

ネロ「はい。こちらこそよろしくお願いします…♪」

ネロは漫勉の笑みで応えた。

挨拶を終えると、そそくさと窓のある席に走って行った。

なあ、彼女はお客さんでは無いの?

ラピス「そうね。乗客リストにはないから、お客さんではないみたいよ。なんでもオーナーさんが特別枠に入れてるみたい。」

……そうなのか。

いわゆるスペシャルゲスト枠ってやつか。

ラピス「まあ詳しくは知らないけど、なんか可愛いからいいじゃない?このツアーのマスコット的な存在だと思えば。」

まあ、それもそうだな。

既に車掌の彼女がマスコットのそれなのだが、彼女がそう思っているなら言わない方がいいのだろな。

一通りことが済むと、俺は席に着戻った。

それにしても、あんな少女まで乗っているとは。

この旅で特に襲われたり変なことに巻き込むような人はいなかったけど、どうしても気になった俺は、ネロの傍らに寄った。

よっ。

ネロ「あっ。奏詩さん…♪」

ネロは漫勉の笑みで挨拶を返した。

と…。

――さむっ!

なあネロ?この席寒くないか?

ネロ「あ、はい。すごく寒いです。ガタガタガタガタ。」

その、もしかして天窓が閉められないのか?

ネロ「てんまど…?」

ああ、これのことだな。

きゅっ、きゅっ、きゅっ。

天窓のバーを回し閉めてあげた。

ネロ「わぁ。わぁ~~。」

ネロは物珍しそうに俺を観察していた。

どうしたの?もしかして、これが珍しいのかな?

ネロ「はい。初めて見ました。」

なるほど、ネロが天窓を閉められない理由が分かった。

きゅっ!

っと、これでもう寒くないぞ。

ネロ「はい。ありがとうございます…♪奏詩さんは物知りなのですね。」

いやぁ、物知りって程でも無いのだが。

まあネロの役に立てたのなら良かったよ。

ネロ「ん。奏詩さん。そのよかったら私の席でお話しませんか?」

いいけど、俺なんかでいいの?

ネロ「はい…♪奏詩さんとお話がしたいのです。」

ならいいよ。つまらない話相手かもしれないけど、俺もネロと話がしたかったんだ。

ネロ「そうなのですね。ならお互いに同意ですね…♪」

ネロは漫勉の笑みでそう応えた。

ああ、俺はこの笑顔が好きになってしまったのかもな。

まだ会って間もないのに、すごく気になって仕方がなかった。

これも、妹の紬ちゃんのせいだろうか。なんだか、他の人以上に親近感を覚えた。

それにしてもネロは楽しそうだ。

笑顔で窓の景色を見ては、微笑んでいた。

ああ、こんな可愛い少女の笑顔を眺めていられるなんて幸せだ!

紬「お兄ちゃんのエッチ!!」

とか、もしも紬ちゃんが一緒なら、そう言わそうなくらい鼻の下が自然と伸びていた。

ラピス「あららぁ♪いつの間にか2人とも仲良しになってるわね。」

横やりを入れるように、ラピスが現れた。

ああ、お互いに話相手を探していて、意気投合したんだ。

ラピス「ふ~ん?ねえ、ネロ?もしもこの人に変なことされそうになったら真っ先にあたしのこと呼んでいいからね!」

おいおい。俺はそんなことはしないからな?

っと、そこに龍之介もやって来た。

龍之介「ああ、そいつは重度のシスコンだからそれはあり得ないこと思うぜ。」

おい!誰がシスコンだと。

龍之介「だって本当のことだろ?だからそこのお嬢ちゃん、心配しなくていいからな。」

ネロ「そ、そうなのですか?奏詩さんは妹さんのことが好きなのですね…♪」

そうだな。大好きだよ。

ネロに対して、自然と本音が出てしまった。

っと、そこに。

ミア「車掌さん…。いっぱい眠ったら…お腹が空いてしまいました…なの。何か食べ物はありますか…なの?」

みんなでわいわいと話していたら、ミアもここに集まって来た。

ラピス「わあ、なんかみんな集まって来ちゃったわね。そだ!丁度いいから、ここで自己紹介をしちゃおっか。」

そうだな。俺もいいと思う。

ラピス「それじゃあ、誰からがいいかしら?」

龍之介「はいはい!わい、わいからするぜ!」

ラピス「じゃあ、始めは直木さんからね。」

龍之介「そんじゃ、改めて自己紹介をっと。」

龍之介「わいの名前は、直木龍之介だ。こいつ鷺ノ宮奏詩の親友だ。よろしく頼むぜ。」

おいおい、親友とか言われると何だか照れるだろ。

龍之介「まあいいじゃねえか。本当のことなんだしさ。」

まあそうなのだが。

龍之介に名前を先に言われたことで、俺が次に紹介するしか無さそうだな。

さっき龍之介からも名前を挙げられた通り。俺の名前は鷺ノ宮奏詩です。

よろしくお願いします。

ミア「奏詩…さん…なの。よろしく…なの。」

ネロ「改めてまして、よろしくお願いします♪」

ラピス「じゃあ次は…そうね。ミアがいいかしら。」

ミア「ワタシなの?分かったの。」

ミア「ワタシの名前は、ミア・ヴィルト…なの。みんなには…その…ミアって…呼ばれて…いる…なの。」

ああ、よろしく頼む。

そう言えば、ラピスから聞いたのだが、ミアは外国人なんだよな?

ミア「そう。ミアは…外国人…なの。でも、日本での生活の方が……長いから…。」

なるほど、だから日本語が上手なんだな。

ミア「うん…。」

ミア「終わり……なの…。」

ミア「……。」

ラピス「もう、ミアは本当に無口なのね。まあいいわ。じゃあ最後は…。」

ラピス「ネロ。あなたの番よ。みんなに紹介してちょうだい。」

ネロ「はい♪私の名前は、ネロです。ネロって呼んで下さい。」

漫勉の笑みで、みんなに自己紹介をした。

ミア「うん…ネロよろしく…なの。」

ラピス「えぇ、よろしくね。」

ああ、こちらこそよろしくな。

龍之介「おう、よろしく頼むぜっ!」

ラピス「これで、ツアーの乗客全員の自己紹介が終わったのね。」

ラピス「では、こほん。」

ラピス「改めてまして、この夢色鉄道の車掌兼当ツアーの案内役を務めさせて頂きます。ラピス・アルゲントゥムと申します。」

ラピス「ふふっ。ラピスちゃんって呼んでもいいわよ♡」

龍之介「お、おう……。」

龍之介がちょっと引き気味になった。

ラピス「な、なによ、その微妙な態度はっ。ネロの時と真逆の反応じゃないのぉ~!」

龍之介「ふっ。わいは、黒髪ロング美少女以外にはなびかないんだっぜ。」

ラピス「うわぁ。この人の性癖。うわぁぁ。」

龍之介「そんなことを言って、目を引かせようとしても無駄だからな。」

ラピス「いやいや。本気で引いてるのだけど。」

ラピス「うぅ…。なぜかしら。なんか負けた気分になってきたわ。」

まあまあ、龍之介のことはあまり気にしない方が気が楽だよ。

ラピス「え、えぇ。そうするわ。うぅ。」

ラピス「あっ、そうだった。そうそろ目的地に到着するから、着席してちょうだい。」

おう、わかった。

てか、切り替えはやっ!

ラピス「ん?なによ?気にしなくていいって言ったのは、奏詩でしょ。」

そ、それはそうなのだが。それにしたって。ねぇ。

ラピス「もう~!グダグダしている時間はないわよ。ほら、座った座った。」

分かったから、押すなって。

――がくんっ。

急に汽車の速度を落としたのがわかった。

ラピス「え~、みなさま~、ご休憩のところ失礼いたします。」

ラピス「そろそろ次の駅に到着いたします。」

ラピス「みなさま、お荷物の準備をよろしくお願いします。」

ラピス「なお、滞在時間は6時間です。」

ラピス「どうか出発の際は早めの集合をお願いいたします。」

もう最初の予定駅に着くんだな。

ラピス「えぇ、そうよ。」

ラピス「最初の到着駅よ。楽しんできてね。」

ラピス「と、ゆうことであたしも6時間休憩。」

ラピス「車掌の重圧から解放されるわ~♪」

……。

ラピス「なによその顔。」

いや。

ラピス「ふ~ん。まあいいわ。」

ラピス「え~、集合は6時間後、6時間後で~す。」

ラピス「えへへぇ、あたしも探検してこようっとぉ♪」

車掌さんは、子どものように職務を放棄気味に飛び出していった。

さてと。俺も降りるか。

そして周辺の探索を始めた。

おぉ。思ってた以上に大自然だな。

ここから少し先に山のてっぺんが見える。

ふむぅ。ここは周辺は夏みたいなのに、頂上には雪景色が残っている。

ひょっとしてだが、ここってかなり標高が高いんじゃないか?

なあ、龍之介はどう思う?

龍之介「お~?何か言ったか?ひゃっほっ!ここはすごいなあ。」

龍之介の語彙力は既に皆無と化しており、楽しそうに頂上に目指して行った。

どうやらみんなも先に行ってしまったようだ。

と、そこに。

ネロ「奏詩さ~ん♪」

おぅ。ネロじゃん。

てっきりみんなと行ったばかり思っていたよ。

ネロ「えへへ、私は奏詩さんと行きたいと思っていたので、待ち伏せしていました♪」

そっか。なら一緒に行こうか。

ネロ「はい。」

こうして何事もなく、頂上までたどり着いた。

ネロ「わぁ~♪すごく高いですね。」

本当に高いな。こんな絶景に出会えるとは。

にしても、やっぱり標高の高い山は、時期を問わず雪があるんだな。

ミア「そう…なの…。ここは…そういうところ…だから…。」

と、先に頂上に着いていた先頭組と合流する。

そうなのか。その言い方、ミアは山に詳しそうだな。

ミア「ん……。ここは、アタシの故郷に……似ている……から…なの…。」

ん?ミアの故郷ってどこなんだ?

ミア「スイス……なの…。」

ミア「ここは……その…1度だけ……来たことのある……山に似て……いたから…。」

なるほど、そうだったのか。で、その山とは?

ミア「マッターホルン……なの…。」

ま、マッターホルンと言えば、あの……マッターホルンか?

ミア「うん……。」

彼女は頷いた。

まさか東京から、スイス……。

まさかな。

まあ、たまたま似たような山ってことは?

ミア「…。」

ミア「……。」

ミア「うん……流石に…違うと……思う……なの。」

だよな。流石に俺も本当だったらビックリだよ。

それにしても、本当にここは絶景だ。

真っ青な空と、真っ白な雪のコントラストが絶妙で、

綺麗とはまさにこの景色に為の言葉のように思えた。

そりゃ、龍之介もテンションがMAXになるのも頷ける。

お~い、龍之介。あまりはしゃぐと危ないぞっ!

龍之介「大丈夫だって!わいはこれでも、おまえよりは運動神経いいんぜっ!」

龍之介「ほら、ほらっ。こっち見ろよ。わいならこんなことも出来るだぜっ。」

おい、それはあぶな……。

――ガタッ!?

龍之介「――しまっ!?」

一瞬の出来事だった。

龍之介「っっ!」

叫び声は一瞬でかき消され、龍之介は底に落下していった……。

りゅ、龍之介ぇぇっ――!!

お、おい。そんなの嘘だよな。

嘘って言ってくれよ。

異変に気付いた面々が集まってきた。

ラピス「さっきの声なんなのかしら?」

ラピス「ん?直木さんがいないわね。ねぇ、奏詩。まさか…。」

あぁ。そのまさかだ。

ラピス「そんな…。この崖から落ちちゃうなんて…。」

ミア「ん……。この崖は、アタシの知っている山と似ているなら……高さは約1,400 m……。」

ミア「過去に……死者も…出てる……なの…。」

ミア「落ちたら……助からない……なの…。」

そ、そんな。

おい、返事をしろよ!

龍之介ぇぇっ――!!

ネロ「…。」

ネロ「……。」

ネロ「あは…♪」

ネロ「あはは♪龍之介さん、落ちてしまったのですね♪」

哀愁が漂う雰囲気の中、1人だけ漫勉の笑みで微笑んだ。

え…?お、おい!ネロっ!

なんで笑ってるんだよっ!

人が崖から落ちたんだぞ。

龍之介が、落ちた。

落ちて、帰らぬ人になったんだぞ。

それなのに……。

それなのに。どうしてお前は、漫勉の笑みで微笑んでいるんだよっ!!!

俺は、衝動を抑える切れずにネロに重い一撃を食らわせようとした。

ラピス「ちょっと待ちなさいよっ!」

と、ネロに対する攻撃をラピスが往なした。

バタッ…。

おい、ラピス。なんでこんな奴を庇うんだ?

こいつは。こいつは俺の親友のことを……。

ネロ「その…ごめんなさい。」

おいっ!何で笑顔で謝るんだよっ!

ラピス「もう、だから待ちなさいって言ってるの!」

また、飛び掛かろうとする俺を止めた。

ラピス「少しは冷静になりなさい。ネロ……何か事情がありそうじゃない。少しだけでも、話を聞いてあげてもいいんじゃいのかしら?」

くっ。

怒りを地面に叩きつけ。

ネロの顔は見ないように耳を傾けた。

ネロ「ありがとうございます。」

ネロ「そうですね。信じてもらえないかもですけど、単刀直入に言います。」

ネロ「……。」

大きく一呼吸をし。

ネロ「私は、泣くことが出来ないんです。」

そのことを耳にして、ある病気の名が思い当たった。

なあ、もしかしてそれはアンジェルマン症候群なのか?

ネロ「いえ、私はある日突然笑うことしか出来なくなったので多分違うと思います。」

ネロ「奏詩さんも何かお探しとは思いますが、私は“心”を探しにこのツアーに参加しました。」

心を探しに?

そう言えば、汽車に乗る時ラピスに確認されてような。

ラピス「ええ、それは本当の話よ。」

ラピス「確かにネロの探しにモノは、心で合ってるわよ。」

ラピス「もちろん奏詩も探しにモノはあるのは確認してるわよ。」

そう、俺の“探しモノ”。

それは、【亡くした妹】だ。

なんでいままで忘れていたのだろうか?

いや、いまはその話はあとだ。

つまりネロは、心を無くして、笑うことしか出来ないんだな。

ネロ「はい。そうです。」

そっか、悪かった。

ネロ…ごめんな。

ネロ「いえ、私の方こそごめんなさい。」

ネロ「私は笑顔でいることしか出来ないし、それに…。」

それに?

ネロ「私には人の苦しみや悲しみと言った感情事態が無いのです。」

ネロ「だから、なんで死んだら悲しいのかが、私には分かりません。」

なるほど、心を無くしたとはよく言ったものだ。

っと、かすかだが谷の奥底から誰かの声が。

龍之介「…す…けて……。」

いまのは幻聴だろうか?

なあ、いま龍之介の声が。

ラピス「ええ。信じがたいけど、確かにあたしにも聞こえるわ。」

その声はかすかから、確かに変わる。

龍之介「お~い!た、す、け、てぇ~!」

おいおい。本当に聴こえた。

さっきのとは違い確かに龍之介の声。

ミア「信じがたいけど……本当……みたい……なの…。」

まさかこんな奇跡が起こるなんて。

いや、いまは奇跡かなんてどうでもいい。

は、早く助けに行こう!

一目散に龍之介のいる場所まで駆け付けた。

龍之介「お~!こんなに早く助けに来るなんて、お前達すごいな。」

あ、ああ。俺もいま驚いている。

さっきまで、頂上にいたのに、いつの間に谷底まで辿り着いていた。

何はともあれ無事でよかった。

よかったよ…。

龍之介「悪い。心配掛けたな。」

龍之介「でも、わいも不思議でな?あんなことろから落ちたのに、傷一つないんだぜ。」

確かにそうだ。

言われて初めて気づく。

そこに横やりを入れるように。

ラピス「え~…こほん。そろそろ出発の時間が迫っていますので、ご乗車の方よろしくお願いします~!」

これはラピスに色々と聞くことが出来たな。

とりあえず車内に戻るか。

ふぅ…。

ツアーの最初の場所でまさかいきなりトラブルが発生するとは思わなかった。

ネロ「奏詩さん大丈夫ですか?」

ああ、大丈夫。

本当は大丈夫ではないが、ネロには不思議と心配を掛けたくなかった。

おっ、丁度いいところにラピスが。

なあラピス~?さっきのことだが。

ラピス「ん~、なに?用があるなら後にしてちょうだい。ほら、もう発車するから席に着いて。」

ラピス「え…こほん。間もなく発車いたします。席から離れないように気をつけて下さい~。」

ガチャ――。

汽車が動きだした。

しばらくして。

ラピス「やっほ~。」

うおっ!!

俺は、お化けに驚かせたられたような思わず声を上げた。

おいラピス。いきなりはビックリするだろ。

ラピス「え~、なにそれ。せっかく奏詩が用事があるとか言うから、ちゃんと来てあげたのに。」

そ、そうだったな。悪い。

おかしな悲鳴を上げたのに、ネロはよっぽど疲れたのであろう。

漫勉の笑みで、ぐっすりと眠っていた。

ラピス「まあいいけどね~。で、用事はなにかしら?」

ああ、用事と言うのは他でもない。

このツアーって、一体何なんだ?

“探しモノ”って何なんだ?なぜ、龍之介は生きていた?

ラピス「え?えぇ~?ちょっとぉ、そんなに一辺に質問されても困るわよ。」

ラピス「あたしは聖徳太子じゃないんだから、1つずつ質問してちょうだい。」

すまん。つい気持ちが先走った。

なら初めの質問は。

そうだな。まずは、“探しモノ”について教えて欲しいかな。

ラピス「なら、何から話せばいいかしら。」

ラピス「ん~~。う~~ん。んんんっ~~。」

勿体無いで早く教えてくれよ。

ラピス「わ、分かってるわよ。そうね。このツアーに参加する為の条件は、奏詩は知っているかしら?」

いや知らないな。

ラピス「まあ普通はそうよね。このツアーのにはね。必須条件が1つあるの。」

ふむ。それが“探しモノ”ってやつなのか?

ラピス「当たり。ツアーの参加者は、みんな何かしらの“探しモノ”が存在することが条件なの。」

ラピス「例えば、ネロだったら心よね。」

そうだな。ネロは心を探しに、このツアーに参加したと言っていた。

ラピス「そうそう。あっ。そう言えば、奏詩も“探しモノ”について思い出したのよね?」

ああ、あの時ネロに言われて思い出したよ。

そう、俺の探しモノは亡くした妹だ。

だがもうこの世には存在しないはずなのに、なぜ俺は妹を探しているのか?

それが上手く思い出せなかった。

なあ。ラピス…1つ聞いてもいいか?

ラピス「なにかしら?」

既に現世にいない人なんて本当に探せると思っているのか?

ラピス「……。」

ラピス「不可能か可能で言えば、答えは可能だわ。まあ、奏詩の探しモノはちょっと例外なんだけどね。」

例外ってなんなんだ。

ますます分からなくなってしまった。

ラピス「それについては、いまはあまり深く考えない方がいいかもしれないわね。」

ラピス「……どんな形であれ、きっと会うことになるから……。」

ぼそりとラピスが呟いた。

え?いまなんて?

ラピス「なんでもないわよ。探しモノについては大体分かったでしょ?」

ラピス「ほら、次の質問しなくていいの?」

あ、あぁ。

じゃあ次の質問は。

なんで龍之介は、頂上から谷底に落下したのに生きていたんだ?

ラピス「それは……。」

それは?

ラピス「直木さんが実は超生命体だったのよっ!」

そっかぁ、超生命体だったのか。それなら確かに納得…。

出来るわけね~だろっ!

ぺちっ。

ラピス「ひゃうっ!?」

軽くラピスにチョップを食らわせた。

ラピス「うぅ~。なにもチョップすることなないじゃない。あたしも正直戸惑っているのよ。」

本当なのか?怪しい…。

じぃぃ~。

ラピス「何よ。その疑いの目は。ほらっ、あたしの可愛いらしくて純粋な目を…見て♡」

ん……。

ラピス「にっこに~♡」

ぺしっ。

ラピス「あいたっ!?」

ラピス「2回もなんて、酷すぎよ!」

すまん。見つめたら、なぜか少しイラッとした。

ラピス「そんな理由で。酷い!酷すぎよっ。ま、まあ…あたしもこの出来事には驚いたのは本当よ。」

ちょ。そんなに睨むなって。

ラピス「ふしゃ――!」

なぜか威嚇された。

わかった。もう十分にわかったから。

じゃ、じゃあ…最後の質問だ。

……。

そもそもこのツアーって、一体何なんだ?

ラピスの知っていることだけでいい。教えてくれないか?

ラピス「ん……。そうね。」

ラピス「いまあたしの口から言えることは、探しモノを強く求める人が集まった…ってことくらいかしら。」

ラピス「本当はあたしも、詳しくは聞いていないのよね。」

ラピス「このSLって、実は自動運転だからあたしが火室に薪を焼べなくても動くのよ。」

えぇ。そうだったのかよ。

ラピス「ふふ~ん。すごいでしょ。どやっ!」

なぜかドヤられた。

ラピス「そんなわけだから、あたしはこのスケジュール表にそって、あなた達を案内しているに過ぎないわ。」

まさかのそれは、カンニングペーパーだった。

だとすると、本当にラピスは知らないんだな。

ラピス「そうよ。逆にあたしが聞きたいくらいよ。」

そ、そうか。

これでまた振り出しに戻ってしまった。

いや、探しモノについて分かっただけでも収穫か。

悪いな。わざわざ呼びつけるようなことをしちゃって。

ラピス「それは別に構わないわよ。一応これでも、案内するのがあたしの仕事だから気にしないでちょうだい。」

ラピス「じゃあ、他に用がないならあたしは戻るわね。」

ラピス「あっ。そうだ。せっかくだからいまボイラー室見学する?」

おっ。いいのか。

ラピス「だって約束したじゃない?」

そう言えばそうだった。

ふぅ…。やはりボイラー室の中は、真夏みたいに暑いな。

それにしても、これが自動だなんて。いまのSLも進化しているんだな。

ラピス「どう?満足したかしら?」

ああ、すごく感動したよ。ありがとう。

ラピス「え、えぇ。そこまで感激されると少しリアクションに困るわね。」

なぜかラピスは恥ずかしそうにしていた。

でもまあ、ここにずっといるのも大変そうだな?

ラピス「う~ん。別に大変ではないけど、少し退屈ではあるかしら。」

普通そうだよな。

ここに何時間もいれば、そりゃ退屈になるのも頷ける。

っと、薪の上に置いてある本に目が付いた。

なあラピス?退屈な時は本を読んでいるのか?

ラピス「ん?なにそれ?そんなものこの部屋にあったかしら。」

どうやらラピスの本ではないらしい。

ん?この本は…。

見間違いでなければ、俺の書いた小説だ。

なんでこれがこんなところに。

この本は、ある人専用の物語が詰まった本だ。

ラピス「なに。もしかしてこの本のこと知っているの?」

ああ。よく知っているよ。

なあラピス。この本もらっていってもいいか?

ラピス「あたしのじゃないし別に構わないけど。」

ラピス「でも、もしかしたらお客さんの持ちモノかもだから、分かったら返してあげてちょうだい。」

分かったよ。じゃあ俺は戻るな。

ラピス「…。」

ラピス「……。」

ラピスは意味深に、懐中時計を見つめた。

ラピス「そろそろ彼女の限界かなぁ…。」

ラピス「予想以上に消費が激しいみたい。これは、次の停車駅が最後になりそうね。」

ラピス「本当はもっと彼女に色々な景色を見せてあげたかったのになぁ。」

ラピス「でも、火室も相当に弱っているみたいだし、もうそれほど跳躍する力は残っていなさそうね。」

ラピス「最後の駅は。」

ラピス「……。」

ラピス「………そっか。うん。」

俺はネロのいる席に座った。

そう言えば、1つだけ気になることがあったな。

それは、さっき停車した駅の場所をミアが知っていたことだ。

厳密には、行ったことのある場所に似ていたと言うことか。

停車駅の季節は夏だった。

スイスは、日本とほぼ同じ気温の変化があるはず。

だとしたら、季節にも矛盾点が生じる。

ラピスは俺の探しモノは見つかると言っていた。

ならば、あの場所に行くことも…。

…。

……。

紬「お兄ちゃん今日はどんな物語を書いているの?」

紬「あぁ~、わかったぁ。さては紬を題材にしていやらしい物語を書いているんでしょ。」

紬「もう、お兄ちゃんのえっち!ろりこん!しすこん!」

おいおい、いきなり口を開いたと思えば。

俺はエッチでもない、ロリコンでも、ましてはシスコンだなんてことは。

紬「本当かなぁ?お兄ちゃんの物語って、いつも妹キャラ出てくるよね?」

紬「しかも、紬みたいな容姿と性格のキャラ多いよね?よね?」

ぐぬぬ。

正にその通りで、ぐうの音も出なかった。

そ、それはだな。その。

紬「その?な~にぃ?つまりお兄ちゃんは、紬のこと大好きってことだよね♪」

まあ…そ、そうかもな。

俺は顔を真っ赤にして、紬ちゃんを直視出来なかった。

紬「ふふん。やっと認めたか~。だけどそんなお兄ちゃんのこと大好きだよぅ~。」

紬「ねえねえ?そう言えば、まだこの少女の名前って決まってないのぉ~?」

まあ、そうだな。

紬「じゃあさ、“ネロ”って名前にしようよぅ♪」

紬「ね?すごくセンスのいい名前だと思わない?」

そうかぁ?でも確かにいい名前だな。

紬「でしょ!じゃあ、ネロちゃんに決定ね♪」

紬ちゃんは漫勉の笑みで微笑んだ。

紬「あっ、そうだ!今度旅行に行こうよぅ~!」

え?なにを藪から棒に。

紬「この本の物語。兄妹が旅に出るお話だよね。」

あぁ、そうだが。

おい。まさかと思うが。

紬「ふふん♪そのまさかだよぅ~♪」

紬「紬1人だと危ないじゃん?だから、お兄ちゃんもボディガードとして付いて来てよぅ!」

えぇ…。でもなぁ。

紬「ふ~ん?お兄ちゃんは、紬が旅で変な人に襲われちゃってもいいんだぁ~?」

紬「あっ!それともぉ~、まさかお兄ちゃん……紬の凌辱を期待してたり……!」

そ、そんなわけあるか!

紬ちゃんにもしものことがあったら、俺がただじゃおかない。

紬「ということはおっけ~ってことだよね?ね?」

まあ紬ちゃんに何かあったら困るからな。

紬「やったぁ~♪じゃあさ!大きな山とか、大自然に触れるのもいいかも。」

紬「えへへぇ、他にもいっぱい旅してみたいところあるんだよ?」

そっか、それは大変旅になりそうだな。

紬「うん。だからね。この旅で“紬”のこと探しだして……。」

…。

……。

ああ、夢か。

いつの間にか眠ってしまったらしい。

まさか紬ちゃんの夢を見るなんて。

これは、この本のせいだろうか。

この本には、俺と紬ちゃんしか知らない、紬ちゃんの為の物語を描いた本だ。

でも、本当になんでこの本がこんなところに。

ネロ「ん…。ぎゅぅ♡」

おおおっ。

ネロに不意に抱きつかれた。

お、俺が抱き枕に~。

こんなことをされて興奮しない男はいないだろう。

俺もその1人だ。

んんっ。ネロの柔らかい肌の感触がぁ。そ、それに。

ちっちゃいがしっかりと膨らみを感じられる、それ。

ネロ「すやぁ。奏詩さん…♪むぎゅ♡」

おおふっ。

いかんいかん。

これはダメなやつだ。

俺の理性が持っていかれてしまう。

あぁっ。俺の理性がバイバイしちゃいそうだ。

ネロ「ん。ふぁぁ~。」

ネロが寝ぼけながらも目を覚ました。

ネロ「ん…。ん?ひゃぅ!?ご、ごめんなさい。」

ネロはいまの状況に気づき、とっさに手を離した。

その瞬間、ネロの髪がふわりっ。

ネロの右目の色が違うことに気づいた。

青色…?

っと。

ネロ「あぅぅぅ。」

ネロの顔はゆでだこのように真っ赤だった。

あの。俺もすまん。

ネロ「いえ、奏詩さんは悪くないので。」

ちょっとだけ気まずい雰囲気になった。

ガチャ――。

ラピス「えぇ~。間もなく次の駅に到着いたします。危ないですので、席に着席してお待ち下さい~。」

あぁ、もう次の駅なのか。

っと、お馴染みのアナウンスが。

ラピス「え~、みなさま~、ご休憩のところ失礼いたします。」

ラピス「そろそろ次の駅に到着いたします。」

ラピス「みなさま、お荷物の準備をよろしくお願いします。」

ラピス「なお、滞在時間は6時間です。」

ラピス「どうか出発の際は早めの集合をお願いいたします。」

さてと、降りるか。

降りた瞬間、この場所を理解した。

そうか。感は当たったんだな。

そこには、俺の知っている町が広がっていた。

なるほど。おおよそ俺の予測通りか。

この停車駅にはルールが存在すると考えられる。

停車する駅には、その人の“探しモノ”を見つける手掛かり、

またはモノ自体を見つけることが出来るのではないかと思った。

だとすれば、“紬ちゃん”はここにいる。

俺は何かに憑りつかれたかのように、ある場所に走った。

ネロ「わわっ。そんなに急いで…ど、どうしたのですか?」

ネロの声をかき消すように、俺は目的地に走る。

ラピス「ねぇ、ネロ?奏詩、あんなに慌ててどうっしたの?」

ネロ「なんか考えていたと思ったら、いきなり走って行ってしまいまして。」

ラピス「そっか……。」

ラピス「……。」

ラピス「奏詩の行きたい場所は大体分かったわ。ネロ、一緒について来てちょうだい。」

ネロ「え。奏詩さんの行き先、分かるのですか?」

ネロ「は、はい。お供します。」

ミア「なら……ワタシも一緒に……行くの。」

ラピス「いいわよ。なら、一緒について来て。」

龍之介「わいは!わいはっ?」

ラピス「直木さんは……。まあ、いいわついて来て。」

龍之介「え、いまの間は一体なんなんだっ。気になるんだが!」

ラピス「細かいこと気にしていると置いて行くわよ。」

龍之介「ま、待って!置いてかないでぇ~。」

はぁ…はぁ…。

ここだ。

っ。

またも違和感。

さっきのとはちがう。

さっきの、どこか安堵感のある、なにかを思い出したような違和感とは違う。

悪い意味の違和感……。

……。

誰かいるのか?

人の気配だよな?多分。

ッ!

ビビった。

振り向いた瞬間、誰もいなかったはずの真後ろに彼女は立っていた。

誰だ?

……。

少女「……。」

ここの住人では…ないだろうな。

直観でそう感じた。

俺になにか用なのか?

っか、

肌の色は、ろうのように今にも溶け砕けてしまいそうな白。

合わせて髪の色も白く、

でも白髪ってやつじゃない。

艶っ気はちゃんとあり生命力を感じさせる。

銀髪。というのが近いのか。

そして何より、目の色が左右で違っていた。

左目がブラウン。右目がブルー。

いわゆるオッドアイというやつだろう。

加えて、目が青いのはアルビノの特徴らしい。

そう言えばネロも…。

っと、思考した瞬間――!

ネロ「でてけ……ッ!」

え?

少女「出て行け……出て行って。」

……。

なんだ。

えと、どうしたの急に。

君は、このツアーの関係者の人?何かマズいことでもしたかな?

少女「~……。」

怒ってる。

こんなにも敵意を向けられるのは初めてかも。

なんだよ。

俺はこの場所に用事が。

少女「お願い、出て行って。許されないの。いけないことなの。」

んん?な、なにが。

とにかく君、落ち着いて――。

――ガッ!

くぅっ。

俺は手を掴まれた。

冷たい……体温のないちいさな手。

瞬間。

が……っ!?。

足がおかしい。

思った時には、俺は床にひざをついていた。

だんだんと力が抜けていく。

なんだこの感覚。

冷たい……手が、冷たい。

違う。全身。

触れられた彼女の手と同じくらい、全身が冷たくなっている。

素手で雪遊びをして指が痺れるあの感覚。

あの感覚が、全身に来る。

動けない。

いや、動けないどころか。

ドクン――ッ!

はぁ…あ……はぁ…ぁ…。

息が出来ない。

口が、肺までが痺れてしまっている。

マズい。

白の少女「死ななきゃいけないの。」

死ぬ……。

酸欠なのか。脳まで痺れたのか、

頭の中が一気に白んでいく。

自分で分かる。

とくん、とくん。

痺れた中で、1つ残っている感覚。

――とく、とく。

心臓の音が。

――……。

消える。

麻痺は心臓にも至り、

……沈む。

眠りのつくのも近い。

意識が闇に沈む……。

……。

このタイミング思い出した。

やっぱりだ、この子。

夢に出てきたあの子だ……。

あ……。

白の少女「……。」

白の少女「こうあるべきなの」

白の少女「私は……“天羽まふゆ”は……こうあるべき……。」

――!?

白の少女「っ!?」

――ガッ!

っ。

くはっっ!

はぁ…っ!はぁ…っ!

急激に身体が戻る。

心臓……動いている。

息が吸える。吐ける。

はぁっ、はぁはぁ…っ!

短い時間で溺れたような状態だ。

死に物狂いで酸素を貪った。

掴まれた手が離れている。

恐らく……その影響だろう。

ああ、でもダメだ。動けない。

その場に倒れ込むしかできない……。

……。

あれ?

でも、なんだろ。

心地いい。

頭の下に……なにか柔らかいものが……。

……。

…。

ネロ「あの、大丈夫ですか?」

ん……。

俺はいつ間にか寝ていたのか。

ああ、ネロがずっと膝枕を?

ネロ「はい。駆け付けたら、奏詩さんが倒れていましたので。」

そっか。あの白の少女に触れられて俺は……。

――あっ。

顔を見上げると、

ネロの普段は見え隠れしている、青い右目が俺の目に映った。

なあ、ネロ?天羽まふゆって子を知っているか?

ネロ「……っ!?」

彼女は少しの間沈黙をし。

口を開いた。

ネロ「はい、知っています。」

やっぱりそうか。

身なりが瓜二つだったのだが、ネロの双子とか?

ネロ「いえ……双子とかではなく……。」

ネロ「私……“天羽まふゆ”……です。」

え……?どうゆうことなんだ。

でも、髪の色は真っ白だったぞ。

ネロ「でしょうね。それが、私の本当の姿なので……。」

何を言っているんだ。

俺は理解が追いつかないでいた。

ネロ「その、私。この場所に来て思い出したんです。」

ネロ「いえ……思い出したと言うよりかは、“鷺ノ宮紬”さんの記憶ですね。」

と、彼女は胸に手を当て。

ネロ「……彼女はここにいます。」

記憶……?

ネロ「私の話をするには、順を追って説明しないといけませんね。」

ネロ「奏詩の出会った彼女……天羽まふゆは、本来の私の姿です。」

ネロ「天羽まふゆは、髪は真っ白で、目はオッドアイ、それに加えて片目が青色でしたよね。」

ああ、そうだ。

あの姿が本来の姿だったとして、ネロは普通の子ではなかったんだね?

ネロ「はい。私は、先天性色素欠乏症……いわゆる“アルビノ”と虹彩異色症……俗に言う“オッドアイ”でして。」

ネロ「この病状は、世界でも稀に見る、1億人に1人に発症する指定難病だそうです。」

そうだったのか。だからあんな容姿だったのか。

ネロ「ええ。私は普段から入院生活で、アルビノにより紫外線を浴びるのがダメで、ずっと入院生活していました。」

ネロ「お母さんを早くに亡くしまして、お父さんが1人で面倒を見ていました。」

ネロ「お父さんは不器用で、子育てもすごい大変だったと思います。私はそんな中、必死に育ててくれたことを感謝しています。」

ネロ「ですがそんな日常は長くは続きませんでした。」

ネロ「ある日を境に、お父さんは段々とお見舞いに来る時間が遅くなり、ついには来ない日も増えていきました。」

ネロ「そうやって、私はお父さんから見放されてしまい、孤独な日々を過ごすようになりました。」

ネロ「ある日。お父さんはここに来る途中に大きな事故に見舞われ、二度と私の病室に現れることはありませんでした。」

ネロ「私は、いっぱい泣いて……疲れ……これ以上涙も出ませんでした。」

ネロ「すると、唐突に笑みがこみ上げ、笑顔になりました……。」

ネロは漫勉の笑みで俺を見た。

ネロ「そして……私の病気は一気に悪化しました。」

ネロ「ここからは、奏詩さんの記憶を覗く必要がありますね。」

っと、ネロが俺に手を触れた途端、俺はまた眠りについた……。

……。

…。

ここは……。

あれ?俺はネロの膝枕のお世話になっていたはずだが……?

はっ!?

よく自分を見ると、浮いてる。

なんだ、この世界は?

さっきのネロのいた世界とは別物。

だが、俺はこれからここで起こる“ある出来事”を知っていた。

いや、正しくは思い出したとで言うのだろうか。

この日……“俺達”は同じバスに乗っていたのだ。

俺と紬ちゃんは旅行へ。

龍之介とミアは、偶然同じバスに居合わせていた。

そして俺は、後ろの開けた席で、誰かと会話を交わしていた。

その男の人は、嬉しそうに、一人娘のことについて話をしていた。

俺も紬ちゃんのこと重なり、聞き入っていた覚えがある。

そこで会話で出てきた娘さんの名前は……。

そう……“天羽まふゆ”……。

そうか。あの人がネロの。

不味いな。

アレが起きるのはそろそろだ……。

と、次の瞬間。

キィィッ!!ガシャーン――ッ!!

この日は大雪で、道路も雪に覆われ、地面はアイスバーンによって凍結していた。

バスは回転し、紬ちゃんは外に投げ出された。

紬「そう……。紬はここでバスから放り出されたんだよ。お兄ちゃん。」

え……?

後ろには、紬ちゃんの姿があった。

紬ちゃん……。本当に紬ちゃんなのか?

紬ちゃん「ん……。そうだよ。正真正銘の紬だよぅ~♪」

紬「えへへ、紬がヒントを出してあげたから、強く存在を願ってくれたお陰だよ?」

ヒント……?

ああ、あるほど。あの“本”のことか。

紬「そうそう。紬は、この世界だと不安定な存在だから、お兄ちゃんに見つけてもらうのには苦労したよぅ~。」

紬「まあでも、この記憶の世界なら、まふゆちゃんの監視も行き届きにくい部分だから、割り込んで来ちゃったぁ♪」

そうか。ここってやっぱり俺の記憶の中なのか。

紬「うん。いまは、ネロちゃんの力を使ってお兄ちゃんに記憶を見せている状態だね。」

ふむ……。ネロにそんな力があったなんて。

紬「まあ、その力の正体も紬がいまから見せる、まふゆちゃんと紬の記憶を辿ればそのうち分かるよ。」

紬「じゃあ……お兄ちゃんの身体……借りるね。」

――ッ!?

……。

…。

バン――ッ!

医師「くそっ!」

医師「これでは、まふゆちゃんが持たない!ドナーによる臓器移植が必要だ……」

看護師「先生っ!この子。いま運ばれて来た女の子ですが、もしかしたら助かるかもしれません!」

医師「ああ。あの例のバスの事故で吹き飛ばされた女の子だね。」

医師「幸いにも、外に投げ出されたお陰で一命は間逃れられるかもしれないね。」

そこで看護師があることに気づく。

看護師「先生、この女の子。ドナーカードに臓器移植の意思表示がっ。」

医師「なんだと!」

医師「ならば、これから……まふゆちゃんに臓器移植手術を行う。」

看護師「先生、正気ですか!この女の子“鷺ノ宮紬”さんは助かるかもしれないのですよ!」

医師「そんなことは、どうなるか分からない。だが、まふゆちゃんに臓器移植を行えば、助かるんだ。」

医師「それに彼女は、ドナーの提供を意思表示がある。手違いとかで取り繕えばどうとでもなる。」

看護師「そんな横暴が通じるとでも。」

医師「ああ、通じるさ。全ての責任は私が取る。君達は何も見ていない、聞いていなかった。いいね?」

看護師「そんな……。なぜ、そんなにもまふゆちゃんにこだわるのですか?」

医師「それは……。大切な私の親友が託してくれた、大事な娘さんだからだよ。」

医師「私は命に代えても、まふゆちゃんを救う義務がある。」

医師「それが、この事故で亡くなった親友の望みだからな。」

医師「看護師!すぐに、臓器移植手術の準備を――ッ!」

……。

…。

ハッ――!?

紬「目が覚めたみたいだね。」

ああ、最悪の目覚めだよ。

紬「そっか。なら、紬がここにいる理由……分かったよね?」

……。

分かったよ。紬はまふゆに臓器を提供したんだな。

いや、無理やりされたのか……。

くそっ!

紬「もう、お兄ちゃんならそう言うと思ったよぅ。」

紬「お兄ちゃんは、紬のこと1番よく理解していると思うんだ。だから、紬だったら結局どうしたか……分かるよね?」

うん。紬ちゃんの性格なら、困っている人がいたら放っておけないもんね。

それが、助かるかどうかの瀬戸際ならなおさら……。

紬「よく分かってるじゃん!なら、もう大丈夫だよね♪」

紬「ねえお兄ちゃん?紬の名前の由来知ってるよね?」

もちろん知ってるさ。

紬のもう1つの意味。それは……“紡ぐ”だよな。

紬「そう。紬はね。だから、まふゆちゃんのこれからの人生を紡ぐことが出来て、いま幸せなんだぁ♪」

そうか。そうだよな……。あぁ……。

怒りに染まっていた感情が、いつの間にか収まっていた。

逆に……だからこそ、ネロをいや……まふゆを本気で救いたいと思った。

紬「よかった。お兄ちゃんの件はこれで一件落着だね。」

紬「じゃあ、落ち着いたところで、あの世界の“真実”を見に行こうか♪」

ここはまふゆと紬ちゃんのいた病院?

中に入り……奧の方、

明らかに異質の空間であることを理解した。

ここの病室は……。

名札を確認する。

これは……。

鷺ノ宮奏詩、ミア・ヴィルト、直木龍之介。

見知った3名の名前がそこにあった。

まさかっ!?

俺は病室に入ると。

本物だ。

確かに、俺の知っている人達が、その病室で酸素テントの中に入っていた。

紬「これはね。お兄ちゃんが事故にあって、病院に搬送された直後の記憶だよ。」

まさかみんなが同じ病院に居たなんて。

紬「そう。さらにこの上の階のVIPルームにはまふゆちゃんが寝ているの。」

それってまさか……共通の“夢”を見ているのか?

紬「正解だよ。この夢は、まふゆちゃんが見ているもので、そこにお兄ちゃん達が入って来たの。」

そうか。つまりまふゆのシンクロニシティに巻き込まれたというわけだ。

だから、この夢の主はまふゆなのか。

紬「うんうん。やっぱりお兄ちゃんは賢いなぁ♪」

紬「でね?ここからが本当の本題なんだけど……。」

紬「お兄ちゃんには、まふゆちゃんの無くした“心”を取り戻して欲しいの。」

そんなこと……俺に出来るわけが……。

紬「ううん。いまのお兄ちゃんになら出来るよぅ♪」

紬「ヒントは……本と……誕生日……。」

あっ。

そうか。あれか。

確かに“アレ”ならネロの無くした心を戻してあげられるかもしれない。

紬「えへ、気づいたみたいだね。」

紬「どんなにぶっきらぼうでも、その人の感情を動かして感動させられたら、その人に取っては、立派な物語じゃないかな?」

紬「確かに他の人には刺さらないかもしれない。」

紬「でもね?紬には伝ってるから♡お兄ちゃんの大切な想い♪」

紬「お兄ちゃんの物語は、確かにお偉いさんには届かなかったかもしれない。

でも、それでも……救える……救われる命もあるんだよぅ……♪」

紬「だから、今度はお兄ちゃんの物語で、少女の救ってあげて!」

紬「それに、まふゆちゃんには、『もっと辛いこと』が待っているから……。」

紬「あぁあ……もう時間みたい。お兄ちゃん、あとはまふゆちゃんのこと……頼んだよぅ♪」

……。

…。

ああ、夢か。

いつの間にか眠ってしまったらしい。

ネロ「ん……。目が覚めたみたいですね。」

うん。

ネロ「その様子ですと、奏詩さんの記憶と、まふゆの記憶、両方見つけられたのですね。」

そうだね。紬ちゃんがネロに臓器を提供したんだね。

ネロ「はい。」

漫勉の笑みで少女はそう答えた。

夢を見る前なら、この表情を見て、俺は怒り狂っていたことだろう。

だがいまは違う。

逆に笑顔を見せる度に、儚く思えて仕方なかった。

そこへ。

ラピス「お~い、ネロぉ~!」

ラピス「はぁ、はぁ。やっと追いついたわ。」

ラピス「ネロまで全力で、いきなりどこかに走って行っちゃうから心配したんだからね?」

ネロ「ご、ごめんなさい。微かに奏詩さんの姿が見えたのでつい……♪」

ラピス「まあいいけどねぇ~。でもこの広い町を探すのは、本当に大変だったのよ。」

ラピス「ほら、もう出発の時刻だよ。」

そっか。みんなには迷惑を掛けてしまったみたいだな。悪い。

ラピス「そうよ。元は言えば奏詩のせいなんだからね!だけど、あたし達もネロのこと探しながら色々と観光出来たから、まあ良しとするわ♪」

ラピス「ってことで、戻りましょ。」

俺達は車内に戻った。

ガシャ――。

汽車は発射した。

はぁ。

今回の停車駅では、色々とあり過ぎた。

そこへラピスがやって来た。

ラピス「いや~、今回の停車駅は疲れたわね~?」

あぁ、そうだな。

ラピス「だからこんな旅はもう終わりにしましょ?」

え。一体何を言って……?

ラピス「……残念だけど時間切れよ。」

そう言うと、ラピスの姿からましろの姿に変わった。

まふゆ「あなた達の旅はここで終わり。終点です。」

まふゆ「ねえ、ネロ?もう気は済んだでしょ?」

まふゆ「私たちの“探しモノ”は決して見つからないの。」

まふゆ「だから……。」

ネロ「だめ……。来ないでっ!」

ネロとまふゆが手を重ね合うと、1つの体に戻った。

まふゆ「……。」

おい、ネロはどうなったんだ?

まふゆ「ネロはもういませんよ。」

漫勉の笑みで答えた。

だが逆に好都合でもあった。

このチャンスを逃したら、夢から強制的に拒絶されてしまうかもしれない。

これは賭けだ。

なあ、まふゆ。俺ならその無くした“心”を探してあげられるよ。

まふゆ「――!?」

まふゆ「な、何を言っているのですか。あなたは聞いて、見たはずです。」

まあいいから、この本を読んで見ろよ。

一冊の本をましろに手渡した。

まふゆ「これは……。」

まふゆは、パラパラとページをめくりながら……。

まふゆ「嘘だ!こ、こんなの有り得ないです!」

まふゆ「だって、私は……私は……。」

紬「それは嘘じゃないよ、まふゆちゃん♪」

っと、紬ちゃんが唐突に現れた。

まふゆ「あなたは、紬ちゃん。でも、どうして?」

紬「ふふん。そっれは~♪まふゆちゃんとは一心同体。」

紬「だから、まふゆちゃんが本に集中しているのを見計らって、お邪魔してますぅ~♪」

おぉ、紬ちゃん!

これは心強い助っ人が現れたな。

紬「じゃあ♪まふゆちゃん……手を貸して?」

まふゆ「え……。何を……?」

まふゆ「ひゃう――!?」

……。

…。

まふゆ「ここは、もしかして記憶の世界?」

紬「当たりだよぅ~♪紬とお兄ちゃんの記憶を重ねた世界だよぅ♪」

紬「本だけでは信じてくれそうにないから、実際に連れて来ちゃいましたぁ~♪」

まふゆ「そんな……デタラメことが……。」

紬「それは、まふゆちゃんも同じだよねぇ~♪」

まふゆ「うぬぬ……。」

紬「それじゃあ……お話を始めるね♪」

紬「ある少女の物語。」

紬「それはある誤解から生まれ悲しい物語。」

紬「その少女のお父さんに取ってその少女は、最後の希望でした。」

紬「そんな少女を喜ばせようとお父さんは、ある日を境に副業を始めました。」

紬「それはなぜかって?」

紬「答えは簡単です。」

紬「お父さんは少女の誕生日とびっきりのプレゼントを買う為に、会う時間を惜しんで、必死に働きました。」

紬「ですが、それが誤解の原因になってしまったのです。」

紬「少女は、お父さんから見放された勘違いをし、孤独な日々を過ごしました。」

紬「本当ならあの日、お父さんは少女にプレゼントを渡すはずだったのです。」

紬「バスの中で、ある少年とその妹に娘さんのことを沢山語りました。」

紬「……。」

これは、まふゆの為に書いたんだ。

そうそう。忘れちゃいけない。これを……。

まふゆ「これは……。」

これは石の名前はラピスラズリ。

お父さんがまふゆの誕生石だと言っていたよ。

まふゆ「はぁ…。」

まふゆ「すごく……きれい……です♪」

だろうね。

お父さんのまふゆに対しての愛の結晶だ。綺麗に決まってるよ。

石言葉は、成功の保証、真実、健康、幸運。

最高の石言葉じゃないか。

まふゆ「こんな置き土産、卑怯です。」

ポタ……ポタ……。

少女の表情が漫勉の笑みから一転、雫がまぶたから溢れ出した。

その雫は天の川のように綺麗で、本当の少女の気持ちが露わになった瞬間だった。

まふゆ「うわぁぁぁぁぁぁああっっ!」

いいんだよ。思いっきり泣きな。

まふゆ「お父さん。お父さん……!お父さん――ッ!!」

まふゆ「ひっく……ひっく……。」

どうやら無事に、少女に“心”が戻ったようだ。

まふゆ「奏詩さん。紬ちゃん。ありがとうございます…♪」

まふゆ「でも残念ですが、やはり…私はここまでのようです。」

え?何を言って……。

まふゆの“心”は探し出せたのだろ?

だったらもう起きても平気なはずでは……。

紬「ダメなんだよ、お兄ちゃん。」

ダメって何がだよ?

まふゆ「私の身体は、確かに紬ちゃんの臓器を移植することに成功し、一命を取り留めました。」

まふゆ「ですが、そのあと拒否反応が起こってしまい、私はまた昏睡状態に陥ってしまいました。」

まふゆ「この状態から回復するには、手段は1つだと医師の方は言っていました。」

それはなんなんだ?

まふゆ「……。」

まふゆ「それは……心臓動かすためにもう1度……臓器移植をすることです。」

……。

…。

そうか、分かった。

それなら簡単なことだ。

まふゆ「え…?まさかとは思いますが……。」

そのまさかだ。

まふゆ、やることが出来た。俺を夢から拒絶しろ。

まふゆ「そんなのダメです!私は紬さんからも……そして大好きな奏詩さんからも奪うなんて……。」

奪うは違うな。

まふゆ「え?」

正しくは、紡ぐだ!

俺はまふゆを救うって決めたんだ。

だから、この夢から拒絶してくれ。

まふゆ「……。」

まふゆ「……分かりました。」

まふゆ「では、行きますっ!」

――ッ!?

はぁ、はぁ……。

こ……ここは……。

俺は戻って来た……のか?

それにしても息が苦しい。

あぁ、そう言えば酸素テントの中だったな。

そりゃあ、当たり前だ。

もう俺の体も長くないんだな……。

っと、これだけは最後にしなければ。

俺は満足に動かせない体を無理やり動かした。

痛い――ッ!?

くぅ…。

はぁ、はぁ……。体も……口も……動かないや……。

看護師「奏詩さん、だめです!その体で動いたら死にますよ!」

くぅぅっ。

俺は必死に健康保険証のある場所に手を伸ばした。

か……んごし……さん。

看護師「な、なに?奏詩さん?」

これ……に……まる……を……。

看護師「これは意思表示?」

ぜん……ぶ……まひ……るに……あげて……くれ……。

看護師「――ッ!?」

看護師は今の言葉で悟ったのか、どこかに走って行った。

これ…で……いい……。

……。

…。

奏詩「……。」

奏詩「ここは。」

奏詩「っぷ……うえ。」

それだけで凄まじい吐き気がこみあげた。

なんだこれ。

全身の怠惰感がすごい。

ガチで、起きてられない。

はぁ…はぁ……。

俺は一体どうなったんだ?

呼吸するだけ辛い。

お腹も痛い。

腹に何カ所か穴が空いてる感じ……裂けてる?

痛い。

身体のどこかを動かすだけでズキズキと痛み、

動かさず、痛みが収まってくると、今度は苦しくて気持ち悪い。

自然と心臓が早まり、

ベッドの横にあった機械が音を立てた。

心電図……?よく分からないけど。

おい、やめろこの音。頭がガンガンする。

どうすりゃ止まるんだこの音……ぐぅ。

手を伸ばして、適当に触るけど、ダメだ止まらない。

えと、

そうだ、コードを引っこ抜けば……!

奏詩「っ!」

そこで壁にあったものに気付いた。

鏡があったのか、ここには。

そして写っているのは……。

奏詩「……。」

ああ、そういうことか。

これが、天羽まふゆ。

そしてここは、彼女のための部屋。

さっきも見たな。

さすがVIPルームだけあって、ぬいぐるみや本がたくさん置いてある。

病室とはとても思えない程だった。

ここは天羽まふゆの部屋で。

いまの俺は、彼女になっている。

コードを掴んだ手は、力を入れるだけで逆に折れてしまいそうに細い。

ていうか、力が入らない。

コードを引っこ抜くほどの筋力もないし、

腹部の痛みもすごい。

力を込めると頭がグラつく。吐き気がする。

目を閉じれば……。

ああ、そう、聞こえる。

聞いたことを思い出せる。

聞いた記憶を辿れる。

天羽まふゆが知っていることを思い出せる。

俺はもう、天羽まふゆなのか。

奏詩「……ぐ。」

やっぱりダメだ。

この身体の筋力じゃコードは抜けそうにない。

でも、諦めるにも、音がうるさい。

頭の中をミキサーにかけられているような不快感。

ああ、クソ。

これが、拒絶反応。

自分の身体の中に、自分以外を入れたせいで、身体が嫌がっている。

免疫とかなんとかが暴れているのだろう。

当然だ。臓器移植。

他人の臓器を身体の中に入れる作業。

全身の臓器を毒に変えられたようなものだ。

ベッドに横たわりなおす。

息を吸うと肺が痛い。

同時に肺からなにか得体の知れない気持ち悪さが広がる。

これは、生きているだけで地獄だ。

ちょうどそこで、

看護師「まふゆさん、どうかされましたか?」

病室の扉が開いて、看護師が1人入ってきた。

機械のビービー音は止めてくれる。

でも……ダメだ。頭の痛みは引かない。

奏詩「あ……ぅ……あ。」

助けて。

と、目で訴える。

何か薬はないのか。痛みや吐き気を抑える何か。

訴えるのだが。

看護師「大丈夫ですからねまふゆさん。苦しいけど、がんばって。」

看護師「さっき打った薬が効いてくるころです。もう楽になりますから、ね。」

奏詩「~……。」

嘘だろ。

薬を使って、これなのかよ。

病院できちんと処置してもらって、この生き地獄なのか。

奏詩「……。」

ああ……もう。

いまさらに分かった。

生きるって、なんて苦しいんだ。

こんなに苦しいのは……これはこれで初めてだけど。

もしもこれからも続くなら……。

そうはもう、生きているってことなのだが……。

看護師「身体を楽にしてください。ね。」

奏詩「……。」

これでいいのかもな。

俺が身体を乗っ取ってるってことは、

まふゆ……ネロは、いま汽車の中でのんびり出来てるかもしれない。

苦しいのを変わってあげらてるのなら、

これでいいのかも。

このままでいいのかも。

奏詩「……。」

看護師「……。」

看護師の人が頭を撫でてくれる。

ちょっとだけ気持ちがいい。

……あれ、そういえばこの人の顔、ラピスに似てる?

ああ……。

そこまでで、もう目を開けていられなくなった。

意識が飛ぶ……消えていく。

この先はどうなるのだろう。またあの汽車に戻る?

それとも……。

このままこの闇の中へ……。

……。

…。

看護師「ごめんなさいね。」

看護師「私達に何かしてあげられれば、少しでも苦しみを和らげてあげられれば。」

奏詩「……。」

看護師「せめて……。」

看護師「あなたの中の妹が……助けてあげられれば……。」

奏詩「ッッ!」

看護師「ひゃっ。」

身体を跳ね起こした。

ぐあ。やっぱりキツい。気持ち悪い。

でも……。

奏詩「起こして……ください。」

看護師「え?……え?」

奏詩「立つの……手伝って。」

無理矢理ベッドから下りる。

両足に力が入らない。立つのも辛い。

けど、看護師さんにしがみついて立たせてもらう。

看護師「ちょ、ちょっと、大人しくしなきゃダメよ。」

奏詩「大丈夫……、大丈夫です。」

まだ死ねない。

奏詩「あそこに……連れてって。すぐそこです。」

看護師「え?ええ?」

奏詩「すぐ……そこ。」

行かなくちゃ。

約束を、

奏詩「約束を……。」

……。

…。

あ……。

身体が沈み込んでいく感覚。

看護師「まふゆさん!?まふゆさん!」

お姉さんの呼ぶ声が遠い。

すいません。もう返事できません。

身体のほう、なんとか生かしといてください。

ネロの大事な身体なんで。

すぐに、

約束を果たさせに戻るんで。

気が付けば、俺は自分の場所に立っていた。

身体は……俺のものだな。

手の太さは大人の男だし、気持ち悪さもない。

……。

この場所にいると……あの時の痛みが蘇るが。

大丈夫だ。さっきまでよりは軽い。

紬ちゃん! いるか!?

……。

返事はない。

外に飛び出す。

誰もいない。

それに、空気の感じは12月のものだ。

あの街か……。

く……っ。

駅のあった場所に駆け出した。

この街には『思い出』以外何もない。

病院も含めて。

過去しかない。

目指すべき場所は汽車だけ。

そのためにもまずは駅だ。

駅は確か――。

――こっち。

ッ!?

なに。

ここはどこだ。

いや、覚えがある。

この木々の感じ……この空気。

日本の山とは違う。

海外の山に馴染みはないが、

スイスの山の空気、なんとなく分かる。

クソッ!

走った。

ひたすらに走った。

――ダッ!

適当にあたりをつけて全速力で走り出した。

あまり時間はない。

ネロの『終点』が近づいている。

その前にあいつに会わなくちゃ。

その前に――。

く……。

ダメだ。

この世界のルールはひとつ

『ネロの望む形』であることだけ。

拒否されたら先へは進めない。

拒絶反応の強さは、さっき体験したばかりだ。

……。

ああ、でも。

あの拒絶反応……。

思い出しただけで気分の悪さがぶり返す。

息も吸えない痛み。吐くだけで全身がヒリついて。

あの苦しさ……。

あの子はずっとあれに耐えてきた。

……。

そんなあの子に、俺は何て呼びかけるつもりだ?

諦めるな。がんばって生きよう。

そんなことが言えるのか?

無責任に言えるのか?

俺自身はどうなんだ。

そんなことを言う資格はあるのか。

認められないことに嫌気がさし、

人生から逃げてた。

辛さから逃げることも出来ないあの子に、

死ぬなんて無責任に言っていいのか。

……。

ネロ……。

俺は……。

ああ、そうだ。

ここはあの子の世界。

拒否されたらもう辿り着けない。

でもそんな心配はなかった。

拒絶反応で苦しんでいるのは知っている。

でもあいつが、俺たちを否定するなんて。

……。

ネロ…。

問題は、辿り着くのに必要な液が、路線がないこと。

道がないことだけど、

道を教えてもらうなら、

ネロ…。

導いてくれ。

――スタッ。

そこはもう駅内のコンクリートだった。

汽車は……もう出たあとだな。姿は見えないが、

駅に戻れた。

着いていこう。導かれるままに。

走る。

線路を沿って、まっすぐに走る。

どれくらい離されている?

最後に駅を出てから随分と走ったから、

人の足で追いつける距離か?

考えても無駄さ。とにかく走ろう。

はぁ……はぁ……。

運動不足のせいですぐに息が切れるけど、

自分に出来る限りで。

……。

こうしていると、さっき、病院でのことがウソみたいだ。

動くだけで辛い。息をするだけで苦しい。

そう。

走れる。歩ける。

それって本来すごいことで、

そんな身体があるって、感謝しなきゃいけないんだろう。

なあネロ……。

世界は辛くて、いきづらいものだったけど。この旅の間だけは。

俺達との旅が、楽しくなかったわけがない。

だろう?これで終わりなんてイヤだよな。

奏詩「ッ!」

先に暗闇しか見えなかった線路の先に、何か見えた。

この匂い。石炭の匂いもする。

よしっ!

追いついた。

追いついたというか、ほとんど汽車が動いていない。

まだかろうじてのろのろと揺れてはいるが……。

恐らくもうエンジンは停止しているのだろう。

終点に近づきかけている。

――バンッ!

中に入った。

エンジンは停止しても、動く力は失われても、

まだ身体全てが停止したわけじゃない。

タイムラグがあるはずだ。

汽車ってのはそういう感じだ。

身体はきっと、あの看護師さんが生かしてくれているはず。

まだ間に合う。


まふゆ「……。」

まふゆ「やっぱり戻って来てしまったのですね。」

まふゆ「奏詩さんと出会えて本当によかった。最後に私は“心”を探し出せました。だから……。」

まふゆ「このまま楽にさせて。またあの苦しい中に戻すのはやめてください。」

奏詩「……。」

苦しい中に戻すのはやめて、か。

そう言われると弱いんだよな……。

ついさっき、俺自身もあの地獄の苦しみに、心が折れてたし。

無責任に生きろなんて言えない。

……でも。

まふゆ「奏詩さんと紬ちゃんを奪って生きるのは……無理。無理です。一番辛いから。」

まふゆ「このまま大好きな人たちと一緒に……。」

……。

それはちがう。

まふゆ「え……。」

ここだけは言っておかないと。

苦しいのは同意するし同情もする。

変わってやりたいと思うよ。

さっき変わってたら、最後には失神したけど。

でも、

お父さんのこと好きなんだろ?

まふゆ「……はい。」

ならあきらめちゃダメだ。

苦しくても乗り越えてくれ。

拒否反応は、いつか消えるから。

まふゆ「……。」

それで退院出来たら、

お父さんのお墓参りに行ってあげなよ。

きっと、それが一番の恩返しになる。

まふゆ「ぅ……。」

それに、

なにより……もう終わりでいいのか?

こんなに楽しい旅経験しちゃったんだぞ。

また経験したくないか。

もっと別の場所を旅したくないか。

まふゆにはもっと楽しいことをしていいんだよ。

……。

これが一番の理由。

ネロはこの旅を楽しんでいた。確信がある。

もう満足。だなんて思ってないはずだ。

無責任に生きろなんて言えない。

でも、これだけは無責任に言える。

また次の旅を楽しめ。

どんな楽しいことがあっても。

キラキラを手に入れても、

もっと別のキラキラに手を伸ばしたくなる。

それが生きるってことで、

それは大切なことだから。

まふゆ「……。」

ネロは小さく肩をふるわせ出した。

ああ、言われたくないことだったかな。

まふゆ「く……うぐ。」

まふゆ「だめ、だめです。いやです。」

まふゆ「その旅には……次の旅には、みなさんがいない。」

まふゆ「奏詩さんがいないじゃないですかあ……。」

ぽろぽろと涙がこぼした。

もうすっかり本当のまふゆじゃないか。泣き虫さんめ。

まふゆ「私、いやです。そんな旅はいやです。」

まふゆ「奏詩さんなしなんて……やだ。」

まふゆ「奏詩さんと紬ちゃんの命をもらって、楽しい旅になんて……。」

泣きじゃくりながらかすれ声で言う。

まあ、ここだろうな。

前に言っていた『もっと辛いこと』。

紬ちゃんも一番辛いことと言ってた。

見知らずの紬ちゃんの命でさえ後悔したネロが、

知り合ってしまった俺の命を受け取って、

思い悩まないわけがない。

自分の身体に植え付けられたものの重みに、

押し潰されてしまう。

子供であるが故の潔癖さが許さない。

純真さの裏返し。

……。

でもな。

それを乗り越える方法は、ついさっき教えたぞ。

まふゆ「え……。」

迷惑をかけていい相手のことは話しただろう。

友達ってのはお互い様なんだぜ。

まふゆ「……。」

お前が俺達を大切に感じているのと、同じ分だけ、

俺達も、みんなも、お前のことが大事なんだ。

俺達は、お前になら使って欲しいんだ。

まふゆ「っ……。」

――キィ、キィ。

外からの車輪の音が聞こえた。

汽車が止まりかけてる。

もう時間が無い。

一歩進む。

まふゆ「っ、来ないで!」

慌てて手を振り上げる彼女。

あくまで道は塞ぐか。

そうか。

――ガシッ!

まふゆ「え。」

その振り上げた手を拒んだ。

うお。

強烈な冷気が肌に走る。

いまなら分かる。これは天羽まふゆが感じてる苦しみ。

拒絶反応だ。

彼女が俺に何かをしているわけじゃない。

『俺が彼女に触れる』ということが、拒絶反応の原因なんだ。

まふゆ「か、奏詩さん、手を放して。」

……。

でもラッキーなことに、反応は俺だけに起きる。

ネロを苦しめてるわけじゃないらしい。

ならいい。

――ぎゅっ。

まふゆ「あ。」

行こう。

逆にもう、抱きしめてやった。

どうせ触れているだけで倒れそうなんだ。

どれだけくっついても同じだ。

ネロを抱っこしたまま、

第二車両へ。

相変わらずネロは軽いな。

目が覚めたら、色んなもの食べろよネロ。

まふゆ「……。」

まずは、胃をならすところからだけど。

いっぱい食べて、大きくなるんだぞ、ネロ。

まふゆ「……奏詩さん。」

――キィイイ……。

車輪が止まる。

第一車両に入った。

そこで足がよろめいた。

ネロを抱っこしていられなくなる。

まふゆ「あ……。奏詩さん。」

ちゃんと着地するネロ。

でも俺を支えられず、どうしようか戸惑っていた。

奏詩「ふぅう……。」

さて、俺もどうするかな。

問題はボイラー室だが。

何とかふらふらしながらも、ボイラー室に辿り着いた。

火が落ちてる……みたいだ。

ボイラーの上にあるメーターの針が左に傾いている。

どこまで行けば適正かは知らないが、

0に近い辺りでふらふらしてるのは分かる。

つまりあれか。石炭ガンガンぶっ込んで、もう一度点火すりゃいいわけか。

この汽車の『心臓部』。

こいつが止まるとマズイってのは分かるんだが、

動かす方法ってやつがよく分かっていない。

ったく、こんなときに車掌はいないし。

いや、あいつも動かしかたは知らないか。

まふゆ「あ、あの。」

まふゆ「えっと、重量メーターが、えっと……。」

紬「燃料は足りてるから大丈夫。」

紬ちゃん!?

紬「任せて、紬、ここの専門家だから。」

ああ……元の持ち主だもんね。

ここぞとばかりに、

よく知っている子が出て来てくれた。

紬「ようするに……このくすぶってる火を、なんかもう一度汽車に伝わるくらいの大きさにすればいいと思う。」

ボイラー室の窯口を開く。

むっとした熱風が走ると同時に、真っ黒な中が除いた。

石炭は……沢山あるけど、黒い。

赤く焼けていない。

こいつに火をつける……。

まふゆ「あ、あの。」

まふゆ「これはどうでしょう?」

隅っこを指さす。

これはバケツに……それに……

木炭!

そこには手頃なサイズの、石炭には最適な着火剤があった。

使えるぞ。ナイスだネロ。

まふゆ「あ、あの……えっと。」

それでいいだぞ。

何でも言ってみることが大事だ。そこから始まるんだ。

まふゆ「あ……。」

まふゆ「はい。」

自分がすっかり『生かす側』に巻き込まれてる自覚はあるんだろう。

複雑そうなネロ。

でもそんなもんさ。

俺達全員が生きて欲しいと思っている時点で、こいつはもう巻き込まれている。

人と人ってそんなものだ。生きるってそんなものだ。

紬「火つけるよー。」

例の本を取り出して、後ろのほうのページを破り、バケツの底に敷き詰める紬ちゃん。

一緒にあった着火装置で火をつける。

ゆっくりと煙をあげていくバケツと、木炭。

火が上がっていく。

紬「もうイケるっぽいよ。」

木炭の中心部には、赤い灯りが見える。

さあ、あとはこれを入れるだけ。

心臓部に火をいれるのは……。

奏詩「ネロ。」

まふゆ「え……。」

奏詩「一緒にやろう。」

まふゆ「……。」

まふゆ「はい。」

2人で鉄のトングを掴んだ。

木炭を持ちあげて、

窯においたブランケットの上へ。

まふゆ「……。」

奏詩「熱くないか?」

まふゆ「大丈夫です。」

俺1人でも出来るけど、やるべきは俺じゃない。

ネロがするから意味がある。

奏詩「……。」

奏詩「もう火は怖くないか?」

まふゆ「ん……。」

まふゆ「ちょっと怖いです。」

奏詩「そうだな。火を使う時は、怖いって気持ちは大事だ。」

奏詩「それでも、使えることが大切だぞ。」

奏詩「怖いものから逃げないことが。」

まふゆ「……はい。」

火が燃え移り、窯の中が赤くなった。

それ自体はすぐに消えてしまうが。

窯の中の黒さに、ぼんやりと薄い紅が差したのが分かる。

心臓部に火が戻ったのが。

まふゆ「……はあ。」

寂しそうな、どこか安堵したようなため息。

奏詩「これで――。」

まふゆ「ん……。」

奏詩「……。」

まふゆ「奏詩さん……。」

複雑だったネロの表情が、ちょっと緩む。

これだけでいい。

自分の意志で火を灯したネロに、俺からしてやることはもう何もない。

まふゆ「……はい。」

まふゆ「……。」

やがて、火がボイラー全体に周り、

蒸気を取り戻した機関車は、ゆっくりとまた車輪を回しだした。

動き出したのを感じて俺達はこっちへと戻る。

もうしばらく止まることはあるまい。

終点は遠い。

……。

そう。

天羽まふゆの終点は遠いだろう。

俺達と違って。

それがどういう意味か分かる。

紬「すわってとぉ。」

真っ先に腰を上げる紬ちゃん。

紬「えと、天羽まふゆ、ちゃん。」

まふゆ「は、はい。あの。」

紬「えへへ、こうしてちゃんとお話しをするのは初めてだよね♪」

まふゆ「はいっ、はいどうも。このたびはその、大変なものを譲っていただきまして。」

紬「いやー、使い道なかったから、気にしないで。」

言い方軽っ!

まあ、それが紬ちゃんなのだが。

紬「それよりさ、あなたネロって名前なのよね。」

紬「あれ、どうして?」

まふゆ「え、と、どうでしょう。その……えと。」

紬「おしゃれだからでしょ~!」

まふゆ「はいっ?」

紬「おしゃれだからだよねー、ねー、ネロっていい名前だもん。付けた人のセンスが現れてるっていうかさ、うんうん。」

紬「聞いてるお兄ちゃん!?紬のおしゃれさを!」

はいはい。

この子はどんな時もブレないな。

紬「うん、よし、まああなたのことあまり知らないけど、紬と同じセンスがある側ってことは分かったし。」

紬「これなら紬の心臓あげちゃってよし。これからもセンスのいい使い方してね。」

まふゆ「は、はあ。……どうやって。」

紬「うんうん、これで満足だ。」

紬「ん……。ぎゅぅ~~っ///」

まふゆ「ふあっ!?」

紬「じゃあね。ネロ、お兄ちゃん……♪」

ふっと、その姿は最初から幻だったように、消えた。

……。

あ……。

そう。

いまはこういう時間だ。

この汽車はもう動き出した。

ネロが立ち止まる必要は、もうないのだから。

そして、残ったのは俺だけになった。

……。

さて、どうしたもんかね。

まふゆ「奏詩さん……。」

ああ。

まあ肩肘張ることもないか。

……。

紬ちゃんは……女だから、得だよな。

まふゆ「え……。」

お前を抱っこするには理由いらなくてさ。

こっち、男だからさ。

最後の1人にならなきゃ、こうすることもできやしない。

まふゆ「あ……。」

いつかのように抱きしめてやる。

そう言えば、触れると起こるあの嫌な感覚。

いまはもう出なかった。

拒絶反応はない。

天羽まふゆは、俺達をもう拒絶しなかった。

それはまさに、このツアーの終わりを意味する。

奏詩「楽しかったぞネロ、良い旅だった。」

まふゆ「そんな……こちらこそです。」

奏詩「お前に会えてよかったよ。」

まふゆ「こちら……こそ……。」

もう涙の堰は完全に切れており、泣きじゃくるネロ。

優しく頭を撫でて、落ち着かせてやる。

まふゆ「っく、うぐ……うううう。」

まふゆ「奏詩さん……奏詩さぁんっ。」

ああ。

まふゆ「終わり……なんですか?お別れなんですか?」

みたいだな。

まふゆ「……もう会えないんですか?」

近い場所にいるよ。

まふゆ「っく、うぐ、うううう。」

今まで抑えてきたのだろう、

もう限界にきているようだ。

涙とともに感情まで溢れでてきている。

特別扱いしてくれるとしたら、悪くないな。

まふゆ「奏詩……さん……。」

まふゆ「もっと早く会いたかった。生きている時に会いたかったぁ。」

俺もだよ。

まふゆ「行かないで。」

まふゆ「行かないでください。ここにいてください。」

まふゆ「いなくならないでぇ。」

ここにいるさ。ずっといる。

くしくしと頭を撫でてやる。

近くにいるんだよ。

こうして頭を撫でてやるのは、難しくなるけど。

まふゆ「~~あううううっ。」

もう押し込めておけないんだろう。

感情的に泣きじゃくるネロ。

初めて会った時からは、想像もつかないな。

ようやく本来のこいつに出会えたのかもしれない。

まふゆ「私、ごめんなさい。私、やっぱり生きるのが怖い。」

まふゆ「このままここにいたい。奏詩さんといたい。」

まふゆ「紬さんが羨ましい。紬さんみたいに、奏詩さんと一緒になりたい。」

……。

本音も漏れてしまう。

当然だ。ネロもここまでも流されるままだった。

でも、それでいい。

それが普通。

普通の大人だ。

迷っているままでいい。

グレーな気持ちのままで。

白か黒かなんて、はっきりとは誰にも分からない。

でも……な?ネロ?

まふゆ「……。」

まふゆ「はい。」

それでも、

気持ちはグレーなままでも、

そのどちらかに向かわなきゃいけないのが人生で、

どちらの方向を選ぶのは、

周りのみんなが、どちらを望んでいるかが大きい。

お前の中には、

お前に生きてほしい人がたくさんいる。

外にもな。

お父さん、看護師の人たちもだぞ。

まふゆ「はい……。」

そしてなにより、俺がそう思ってる。

まふゆ「……。」

お前に生きてほしい。

大きくなって、大人になって、色んなことを知って欲しいと思ってる。

次の旅に出て欲しいと。

まふゆ「……。」

いいもんだぞネロ……世界は。

世界は……宝石箱だ。

キラキラが詰まった宝石箱なんだ。

まふゆ「キラキラが……。」

うんざりするときもあるだろう。

人生はそのキラキラの奪い合いで、嫌な思いもするだろう。

でも、それでも。

それでも見て欲しい。お前自身の目で。

キラキラを見てきて欲しい。

まふゆ「……。」

まずはどこからかは……もう決めているだろう?

まふゆ「……。」

まふゆ「奏詩さんの街。」

そう。見てきてくれ。

お前自身が。

まふゆ「……。」

まふゆ「……はいっ。」

強く頷くネロ。

すべて言う通りにしなくていい。

グレーでいい。

ただ、俺達の心がネロの中に残るなら、

俺達のキラキラがネロの中に残るなら、

俺達はそれで充分だ。

……。

ふぅ。

がんばれよネロ。

まふゆ「あ……。」

まふゆ「奏詩さん……。」

……。

意識が薄く白んで行く。

あぁ、もう終点か。

そうか。

何か気の利いたこと言ってバイバイしたいのに、

まいったな。

やっぱ何も出てこないや。

あ、そうだ。

最後に1つ約束。

まふゆ「約束……ですか?」

まずは、近い子に会ったら、自分から話をかける、友達になりに行くんだ。

まふゆ「……えと。」

きっと楽しいぞ。本気で笑い合える仲間。

まふゆ「はい……。」

……。

まふゆ「奏詩さん……?」

……。

……ここまでだな。

もう何も見えない。

……終点だ。

ネロ……。

まふゆ「はい……。」

ありがとうネロ……、最後に……楽しい旅を。

まふゆ「はい……。」

俺は……すごく幸せだった……から。

次の……お前の旅が……。

楽しいものでありますように。

まふゆ「……。」

まふゆ「……はい。」

まふゆ「はい……。」

まふゆ「楽しい……旅を……します。」

まふゆ「あなたと……一緒に、旅を。」

まふゆ「いつまでも……あなたと……。」

まふゆ「っ……。」

まふゆ「~~~……っ。」

……。

…。

まふゆ「……。」

看護師「ぁ……。」

まふゆ「ぅ……。」

看護師「まふゆちゃん、まふゆちゃん気がついた?」

まふゆ「……。」

まふゆ「……はい。」

看護師「よかった……、はあ……よかった。」

看護師「……昨日は大変だったのよ。一時は危篤状態まで行って。」

まふゆ「……。」

看護師「心停止って聞いた時はもう、こっちの心臓が止まるかと。」

まふゆ「……。」

看護師「まふゆちゃん、分かる?」

まふゆ「あ……はい、銀さん。」

看護師「よかった。」

まふゆ「……。」

まふゆ「よ……っと。」

銀さん「大丈夫?起き上がって。」

まふゆ「はい……。」

まふゆ「なんだか……すごく、身体が軽いです。」

銀さん「ああ、そうみたいね。

心拍数が危険域を越えて、収まった辺りから急に良くなって。」

銀さん「拒絶反応が収まってきているそうよ。」

まふゆ「そう……。」

まふゆ「ですね……はい。自分でも分かります。」

銀さん「ふふ、昨晩はあのあと大変だったのよー。

ほら、急に動き出して、そのまま倒れちゃって。」

まふゆ「え……昨晩?」

銀さん「ええ。あら……覚えてない?」

銀さん「急にベッドを抜け出して、そこの机まで

ふらふらになって辿り着いてね。」

銀さん「ほらこれ。画用紙をとってくれって。」

銀さん「すごい勢いで、文章を書き始めて。私もう気圧されちゃって、止めも出来ずに。」

銀さん「にしても上手ねえ。どこで練習したの?」

まふゆ「……。」

まふゆ「……~。」

銀さん「昨日は人が変わったようだったけど。」

銀さん「何か夢でもみていたの?」

まふゆ「……。」

まふゆ「いいえ。」

まふゆ「夢じゃ……ありません。」

まふゆ「夢なんかじゃ……ない……♪」

END