前へ次へ
99/209

メメント・モリ*1

 月と太陽の祭典後、いくつかの変化があった。

 まず、1つ目。ポルタナの人口が増えた。

 これは純粋に、職にあぶれた人々の誘致に成功した、ということだろう。ポルタナはポルタナ街道やコニナ街道の建設によって、メルカッタやコニナ村方面からの人通りが急激に増えている。そんな人々の為に、早急に宿場や飲食店を拡大していく必要があったため、今回の労働人口の増加は非常にありがたい。

 特に、乗合馬車の運転をやってくれる者が数名現れたのはありがたかった。これにより、ポルタナ・メルカッタ間での乗合馬車の行き来をより増やすことができる。今まで、礼拝式の前後に臨時便を出して何とかやりくりしていたが、これからはもっと余裕が生まれるだろう。

 続いて、2つ目。ポルタナの鉱山に、ホネホネボーンズが増えた。

 ……澪とナビスが各地で勧誘してきてしまったスケルトン達は、『ポルタナのスケルトン達がいっぱい居る鉱山があるんだけど、来る?そこで働く?お給料出るからナビスグッズ買えるよ?』という澪の言葉に一も二も無くカタカタ頷いてくれたのだ。

 そのため、現在、ポルタナ鉱山地下3階は、非常にホネホネした職場となっている。

 人間の鉱夫の方が数が少ない有様だが、鉱夫達は『まあ、ここの骨達はいい奴らだし、ナビス様の歌を労働歌代わりにやってると、カタカタ合いの手入れてくれるし』と、動じる様子がない。ポルタナの鉱夫達は、下手すると世界で一番魔物相手に肝の据わった人間達かもしれない。

 ……そして、3つ目。

 ブラウニーの森が、魔物の村になりつつある。




「皆ー!やっほー!……また増えてる!」

 ポルタナからメルカッタへ向かう途中の森の中。澪とナビスが到着してすぐ、ぴょこん、と飛び出してきたブラウニー達が歓迎してくれる。そして、ブラウニー達の外に、ゴブリンロードとゴースト、そして一部スケルトン達も歓迎してくれる。

 ……そう。澪達に布教されてナビス信者となった魔物達は、今、こうしてブラウニーの森に身を寄せているのであった。

「すっかり、村の様相を呈してきましたね……」

 元々、器用なブラウニー達の住む森として、ここはちょっとした集落のようになっていた。

 しかし、そこに別の魔物も加わって、今や立派に、村だ。

 ……今も、スケルトン達が家を建てている。どうやら、スケルトン達の集合住宅が建設されているらしい。澪は『文明ー!』とびっくりするしかない。

「あっ、白ドラも。元気?」

 そして、月と太陽の祭典でいつの間にか紛れ込んで、いつの間にか懐いていた白いレッサードラゴンの子も、この森に住み付いている。

 普通、ドラゴンというと茶褐色や緑褐色といった色のものが多いのだが、この子ドラゴンは珍しいことに、白くてかわいい色をしているのだ。

「ふふ、本当に可愛らしいこと」

 ナビスに甘えるようにすりすりやってくる子ドラゴンを、ナビスは、ぷに、とつついている。ドラゴンのお腹は、ぷにぷにしていてつつき心地が大変に良いのだ。

「懐いたドラゴンって、かわいいねえ……」

「ええ、本当に……」

 澪も一緒に、ぷに、とやりつつ、ドラゴンを撫でてやる。くるるる、と喉を鳴らして懐くドラゴンは、なんとも可愛らしい。


 さて。澪とナビスはブラウニー達が新たに生産してくれたペンライトを受け取って、代わりに頼まれていた魔除けの紐やパンやミルクを渡す。

 この魔除けの紐は、どうやら、神霊樹の苗木がもっと育ったら、その枝から森中へ渡らせていく予定らしい。そうなるといよいよ、ここは魔除けの森である。

 それから、折角楽しみにしてくれているようなので、その場でナビスの臨時ライブを行う。魔物達は実にノリノリでペンライトを振ってくれた。

 そのまま数曲のライブを終えると、魔物達からは盛大な拍手が送られてくる。実に熱心な、ノリの良いファン達である。

「すっかり君達、ナビスのファンだねえ」

「ふぁん……信者、ですよね?ええ、まさか、魔物の信者がこれほど増えるとは思っていませんでした」

 魔物が聖女のファン、と言うとなんとも驚きだが、それでも彼らは非常に楽しそうなのである。

 ……もしかすると、魔物達には娯楽というものがないのかもしれない。そこへ、楽しく盛り上がりながら音楽を味わう、という娯楽を提供されたなら……今まで甘味を味わったことのない者が初めて飴を与えられたような、そんな反応も已む無し、なのかもしれない。


「あれっ、かわいいバッジ付けてるね」

 そんな中、澪達の前にやってきたブラウニー達が、何やら見せつけてくる。……ブラウニー達の胸に留め付けてあるのは、勿忘草色の円の中に永遠の花がデザインされたバッジだ。

 随分前、澪とナビスがナビスのマークを考えるにあたって、ああでもないこうでもない、とやった時の没案の1つ、だったように思うが。

「お揃いなんですね?ふふ、かわいい」

 ブラウニー達はナビスに褒められて、いよいよ嬉しそうにしている。大層自慢げで、それもまた可愛いのでとんでもない生き物である。

「ファン同士、同じバッジ身に付けてるなんて、いよいよファンクラブっぽくなってきたねえ」

 澪もブラウニー達を見守りつつ、そんなことを言って……。

「……ん?もしかして本当に、ファンクラブ、発足してる?」

 ふと、それに気づいてしまったのだった。

 ファンクラブ、いいかもしれない。




 ということで、澪はナビスやゴブリンロード達が正座して聞く中、『ファンクラブ』についての説明を始めることにする。

「えーと、ファンクラブ、っていうのは、まあ、信者同士の集まり。会員同士で交流したり、ファンクラブに公式……えーと、まあ、ナビス側から出す特典があったりするの。特典欲しさに入会してもいいし、信者同士の交流を楽しみにしてもいい、みたいな、そういう場、かな」

 一応、『倶楽部くらぶ』の存在自体は、ナビスもなんとなく知っているようなので、説明は然程難しくない。魔物達は『わからん』というように首を傾げているものもあるが、とりあえずブラウニー達はふんふんと頷いて納得しているようなので、後々ブラウニー達が説明してくれるだろう。

「で、信者同士の交流会っていうか。そういうのあったら、繋がりがある人が増えるじゃん?信者同士がちょっとした心の拠り所になれるかもしれないし、何より、『好きなもの』を一緒に語れる相手が居るのって、いいことだよね」

「ああ……世界に絶望してしまった人を繋ぎ止める存在が増える、と。そういうことですね?」

「うん。そうそう。友達と一緒に次の礼拝式も行く約束してるから死ねない、みたいな、そういう感覚をね、持ってほしい」

 人の自殺予防に良いのは、少し先の約束をしておくことだと聞く。となると、礼拝式のスケジュールを早目に提示しておいて、それをファンクラブ内で回してもらい、交流を増やして互いに約束し合う、というような関係があれば……『世界の終焉』を望む者が減るのではないだろうか。

 ……そう。相変わらず、聖女モルテの礼拝式は行われているらしかった。ということは、やはり、『世界の終焉』を望むように働きかけられている人々が居るということである。

 まだ、対策は必要だ。人々が絶望せずに済む世界を作っていかなければ。

 何か、『好きなもの』を持ってもらって、それによって世界に繋ぎとめられるような……そんな風に、していかなければならない。




 ……ということで。

「『聖女ナビスの信者の集い』を設立しました。入会受付はポルタナとメルカッタで行っております!」

「皆ー!是非是非、ご入会を!」

 早速、『聖女ナビスの信者の集い』が設立された。要は、ファンクラブである。

 ファンクラブの入会案内はメルカッタやレギナ、コニナ村などに張り出させてもらって、受付は主にポルタナで行い、その出張所をメルカッタのギルドに委託することにした。

『聖女ナビスの信者の集い』は早速話題を集めた。マルガリートが聞いてきた噂によれば『このように信者を囲い込むなんて』といい顔をしない聖女も居たようだが、『聖女ナビスの信者の集い』は、『他の聖女も信仰してよし!好きなものが多いのはよいことだ!』という教義を貫いているため、『囲い込み』と思われることは実際にはそれほど多くないようだ。

 そして、『聖女ナビスの信者の集い』は、確実に信者と信者を繋ぎ始めている。




「おおー、会話が弾んでいる様子……」

「そうですね。効果はあった、と見てよいでしょうか」

 数日後。澪とナビスは、メルカッタに出かけたついでにギルドの食堂に寄って、そこで『聖女ナビスの信者の集い』のバッジを胸に付けた戦士数名が同じ卓で意気投合しているところをこっそり眺めていた。

 漏れ聞こえてくる話を聞く限り、彼らはどうやら、初対面であるらしい。彼らは皆、今日、それぞれにメルカッタの傍の洞窟の薬草採取の仕事をしていたのだが、バッジを互いに身に付けていたため、そこから話し始めたのだとか。

 ……彼らの中には、つい先日まで戦士『崩れ』であったのだろう、と思しき人も居る。だが、そんな彼も、信者の集いの中で楽し気に話しているのだ。

「ちょっとずつ、人間同士で結束が高まるといいよね」

「ええ。少しずつでも、きっと、大きな力になりますから」

 澪とナビスはそんな信者達をにこにこ見守る。年上であろう彼らに対して思うのもおかしなことだが、健やかに育て、という気分だ。


 それから、折角なので、ということで食堂内で2曲ほど歌って、澪とナビスは声援の中、食堂を後にすることにした。

 ……そうして2人はそのまま、ギルドの前で待つ。……すると、澪とナビスの前に、2人より高い身長の人影が、ふっ、とやってきた。

「こんばんは。忙しいのにごめんなさいねえ」

 澪とナビスが見上げる先、人影……パディエーラは、フードを外しながら微笑みかけてくれた。

 今日、澪とナビスがメルカッタへ来ていたのは、パディエーラと会うためだった。

 パディエーラから手紙が来て、今日、メルカッタで待ち合わせ、ということになったのである。……どうやら、パディエーラは何か、掴んだらしい。




 澪とナビス、それにパディエーラとパディエーラの勇者ランセアは、澪とナビスが取っている宿の部屋へと向かう。

 こういう時、宿は便利だ。あまり人に聞かれたくない話をするのに丁度いい。

「あなた達の噂、レギナでもよく聞くわ。ねえ、ナビス。あなた、レギナの聖女になる気は無ぁい?」

「お言葉は嬉しいのですが、私はポルタナの聖女ですので」

「あら、そう?魔物すら心変わりさせる清らかなる聖女ナビス、って、すごく話題なのよ?レギナに来たら、あっという間に信者が増えそうなのに……まあ、仕方ないわねえ」

 最初は雑談から入りつつ、その間に勇者ランセアが部屋の中を一通り調べ、特に何もないことを知らせてくれる。……時々、天井裏や床下に隠れている人が居たり、罠が仕掛けてあったりすることもあるのだそうだ。澪としては、そんな忍者が居るなら一度見てみたい気もするのだが。

「えーと、パディ。ナビスが魔物と仲良し、っていうことについては、大丈夫そうかな」

「そうねえ。まあ、レギナでも『魔物を信者にするとは何事だ!』って怒ってる人、居るわよ?でも、レギナでも結構偉い人が『神を信じるのに人か魔物かは関係無いのでは?むしろ、神から離れた魔物にすら信仰を持たせたのだから聖女ナビスの功績は大きい』って言ってくれててね。まあ、この分なら大丈夫だと思うわぁ」

「聖女の中には、むしろ魔物の信者を獲得することで信仰心を得ようとし始めている者も居るらしいからな」

 ……澪は、魔物を信者とすることについて、他所からああだこうだ言われないか、多少、心配していた。無論、魔物からでも信仰心を得られる以上、然程心配はいらないだろう、と思っていたが。案の定、他の聖女達も魔物を狙い始めているようなので、魔物の信者は今後より一般的なものとなっていくだろう。

「そっかー、よかったぁ。……てっきり、それ関係の話かと思ったからさ」

「私もそう思っていました。よかった……」

 ひとまず、パディエーラの用件はこれではなかったらしいので、それは良しとする。

 だが、パディエーラは真剣な顔で、そっと声を潜めて、話す。

「実は……あなた達と勇者エブルが行ったっていう、聖女モルテの礼拝式。昼間に押しかけてやりましょうか、っていうことで、私とランセアと、あと案内の勇者エブルとで行ってきたのよ」


「えっ、行ってきたの?」

「成程……確かに、それならば聖女モルテの正体を探るのにも有効ですね」

 確かに、有効だ。聖女モルテの居所であろう、あの森の中の宮殿に押しかけていけば、普段、そこがどのようなことをしているのかなど、より詳しく分かる。

 こちらが真っ向から対決姿勢を見せるのでなければ、聖女モルテとしても、こちらを追い返す理由は無いはず。

 ……だが、パディエーラは、ほとほと困り果てた顔で、言った。

「それがねえ、建物、無かったのよ」


 ……どうやら、聖女モルテは何やら、とんでもないことをやっているようである。

前へ次へ目次