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聖女フェス*4

 その日、ポルタナには激震が走った。

 鉱山にやってきたのは、黄金の巻き毛を揺らし、堂々と歩く聖女。

 鉱山の一角、鍛冶場には似つかわしくない彼女の登場に、少なからず鍛冶師達はざわめき……そして。

「ごきげんよう!私はレギナの聖女、マルガリート・スカラと申しますの!聖銀の杖を20ほどお願いしたいのだけれど、よろしくて!?」

 異例の大口注文に、鍛冶師達は皆揃って度肝を抜かれたのであった。




「大口注文……あの、マルちゃん、大丈夫なの?」

「ええ。当然、何も問題は無くってよ」

 さて。

 マルちゃんの大口注文に慄いた澪とナビス、そしてマルちゃんと勇者エブルは、坑道の中の一角のお茶スペースに着席して諸々の確認を行っていた。

 尚、このスペースは例の坑道内に住み着いている鉱夫が居住性の向上のために掘り抜いて作った皆の共用スペースである。こうした取り組みもあり、最近では坑道内で生活する鉱夫が増えているとか、いないとか。

「聖銀の杖の内、10はレギナ大聖堂からの注文ですの。聖女ナビスが使っている聖銀の杖と同程度に性能の良い聖銀の杖があるのなら、それを大聖堂の備品としたいとのことですのよ」

 マルガリートは実に誇らしげに、ふふん、と胸を張ってそう説明してくれた。どうやらこの大口注文、マルちゃん個人としてではなく、あくまでも『レギナの聖女マルガリート』からの注文であるらしい。

「聖銀の杖を地面に立てて祈りを込めておけば、その周囲に魔除けの力を張り巡らせたり、寒さ除けの術を展開しておいたり、色々と使えますでしょう?野外で行うお祭りを今後大聖堂が行ってくならば、必須の備品ですわ。それに室内でだって、質の良い杖があればより高度なことができますものね」

「そういうことでしたか。どうも、私はポルタナの聖女ですから、あまり大規模な企画などには馴染みが無くて、想像が……」

「ポルタナだと、個人所有か村の所有かって、結構曖昧だもんねえ」

 そっかそっか、と、澪とナビスは揃って頷く。……尚、この聖女と勇者達の話は、こっそり鍛冶師達も聞いている。何せ、他所から聖女がやってくること自体が珍しいので、マルちゃん見物も兼ねているらしい。

「成程。10本は備品かあ。……え?それだと、残り10本は?」

 だが、やはりマルちゃんはマルちゃんであった。

「スカラ家の備品としますわ」

「お金持ちぃ!」

 そう。マルちゃんの実家は太い。お金持ち中のお金持ちの家に生まれたマルちゃんは、『家の財産で聖銀の杖10本を購入』などという荒業ができてしまうのである!

「本当は大聖堂だけで20本程度の杖を所有しておきたかったようなのですけれど、まあ、当然ながら予算が足りませんでしたのよ」

「そ、そうでしょうね……」

「そこで、マルガリート・スカラが所有する杖を大聖堂に貸し出す、ということで残り10本をどうにかすることにしましたの。その代わりに、大聖堂は私およびスカラ家に対して便宜を図るように、というところですわね」

 どうやらマルちゃんおよびマルちゃんの実家は、中々強かなようだ。今回のことは、言ってしまえば大聖堂に対して貸しを作ることになる。それをお金でバーンとやってしまえるあたり、流石の貴族であった。


「おおおおお……ポルタナがかつてない大口注文に沸いてしまう」

「大変ですね。鍛冶師の皆さんの腕が足りなくなってしまいますね……」

 さて。このような大口注文は非常に嬉しい。何せ、外貨を沢山落としてもらいたいポルタナだ。マルちゃんのように大口注文してくれるお客さんは、大歓迎なのである。

 ただ、生産力には限界がある。今回も、鍛冶師達は『20本!?20本!?20ってつまり、手の指と足の指全部足した数か!?本当に!?』と大騒ぎである。なので、中々この『聖銀の杖20本』は難しいかとも思われたのだが……。

「……あ、案外大丈夫そうだ。カルボさん達、楽しそーじゃん」

「鍛冶師の皆さんは、逆境の中でこそ輝く方々なのですねえ」

 ……鍛冶師達は、『高度な技術を要する注文!聖銀をふんだんに使える機会!そしてケチられない代金!やりがいも報酬も最高!』と、大いにやる気を見せていた。やはり彼らは、技術を発揮できる場を愛し、多少の逆境にこそ燃え上がり、そして、自分達を安く見積もらずに評価してくれる相手に優しいのである。

『ナビス様が初めて連れてきた聖女のお友達からの注文だ!頑張らなきゃな!』という声も聞こえてくるあたり、ナビスも相当に愛されているなあと思わされるが。




 それから、マルガリートと鍛冶師達による打ち合わせが始まった。

「大聖堂とスカラ家用の杖20本については、然程品質が高くなくても構いませんわ。地面に立てておくのが主な用途となるでしょうから、特に、力の伝達速度は全くこだわらなくて結構よ。それから、細かな調整なども然程必要ないかと思いますわ」

「成程な。じゃ、精密さと速さは捨てて、その分持続性は高めるか。なら長杖だな。使う聖銀の量が多少増えるが、聖女が一度祈れば丸3日は効果が持つように作れるぜ」

「あら、素敵。でしたらそのように。お代金に糸目は付けませんわ。お好きにやって頂戴な」

 マルガリートは、削るべきところは削るが、盛るべきところは一切妥協せずに盛る。そして金に糸目は付けない、と来たものだ。鍛冶師達は『理想的な注文!』とにこにこ満面の笑みである。

「お金持ちの商談ってかんじだ……」

「ポルタナではまず見ない光景ですね……」

 ポルタナに大量の外貨が落ち、更に鍛冶師達のやる気もがっつり上がる、となれば、マルちゃん様様である。そしてマルちゃんはといえば、やはりこういう時にこそ彼女は輝くタイプであるらしく、『ぺかーっ』と今日も元気に光り輝いていた。輝くマルちゃんも、中々に可愛い。


「ま、これで開拓地での野外フェスが見えてきたね」

「ふぇす?……ええと、お祭りのことですね?」

「うん。そんなかんじそんなかんじ」

 まさか、聖銀の杖がここまでのキーアイテムになるとは澪も思っていなかったが、マルちゃんと大聖堂のお金とポルタナの資源と技術によって野外フェスの寒さ対策も音響問題もすべて解決できるとなれば、いよいよ希望が見えてくる。

「昼も夜も、しっかり楽しませられるお祭りにしたいね」

「ええ。……光も闇も、どちらも美しいのだと、皆に思って貰えたらいいな、と、思います。そして、世界の美しさを思い出してもらえたなら……」

「それが聖女のお仕事、ってことだよね」

 澪とナビスは笑い合って、そう遠くなくやってくるフェスに向けて、意欲を高める。

 ……これがきっと、世界の終焉を遅らせるのに役立つのだ、と確信して。




 そうして準備は着々と進んでいった。

 マルガリートは実家の資金力に物を言わせつつ、『雇用を増やすための慈善事業』を展開していった。

 要は、開拓地の整備である。……開拓地はレギナに限りなく近いレギナ・メルカッタ間に存在している。メルカッタや他の町からの集客も見込める立地であることもあり、テーマパーク化を着々と進めていくようだ。

 勿論、この世界最大級の娯楽が『礼拝式』であるので、開拓地の設備は主に、聖女達が歌って踊るためのステージやその客席、はたまた飲食店や宿など、といった具合に増えていく。

 ……これについて澪は、『マルちゃんち、だいじょぶなの?』と一応、聞いてみた。いくら実家が太くても、これだけの出費は大変だろう、と。

 だが、これについてマルガリートは、『ええ。レギナ開拓地近辺の土地をざっくりと、スカラ家で買い上げましたの。そしてそこに大規模な娯楽施設が出来上がれば、当然、そこで生まれる利益は全てスカラ家のものですわ』と胸を張って答えてくれた。

 ……確かに、長い目で見れば、間違いなく儲かる話ではある。礼拝式の類は全て非営利で行うとしても、会場を他のイベント……音楽家のコンサートであるだとか、演劇であるだとか、そういった用途で貸し出せば、その使用料を取ることができる。

 或いは、会場に建設した飲食店や宿の運営もスカラ家が行えば、そこで得られる利益はそのままスカラ家のものだ。成程。マルガリートの実家は中々のやり手であるらしい。


 また、その会場に使う備品は、ポルタナに発注された。

 その一つが、魔除けの紐である。光源としても魔除けとしても、魔除けの紐を会場内に張り巡らせておくのは悪くないアイデアなのだ。

 ドラゴンの膠が大量にあり、魔除けの塩が大量に生産されるポルタナだからこそ、魔除けの紐の産地足り得る。他の町では決して真似できない商品であるので、今や立派にポルタナの特産品なのである。

 他にも、聖銀製品を発注するついでに、鉄製品や黄金の細工なども、ポルタナの鍛冶師達に発注された。鍛冶師達はてんてこ舞いの忙しさであったが、その分、収入は大きい。鍛冶師達は大いに喜んで、生き生きと仕事をしてくれた。

 ……また、湾の入り口ぎりぎりにやってくる月鯨が観測されたので、漁師達と共に、また捕鯨に勤しんだ。そこで得られた鯨の肉や油はポルタナの冬を乗り切るための食糧となるが、同時に、ポルタナの人々がレギナ開拓地に出す屋台での食材にもなる予定である。


 そしてパディエーラはレギナを離れ、故郷のジャルディンをはじめとしてあちこちで布教活動を行っていた。

 要は、宣伝である。冬の最中、屋外での大規模な礼拝式……それも、今までにない形での開催となれば、人々の耳目を集める。パディエーラは上手く民衆の心理を操って、皆がレギナ開拓地での野外フェスに関心を持つように宣伝して回った。


 そんな宣伝と同時に、パディエーラは澪やナビスとも同時に、各地で魔物被害の救済を行っていた。

 魔物の凶暴化による被害を受けた町があれば、そこで簡単な礼拝式を行い、炊き出しを行って、そして、得られた信仰心を惜しみなくその町の為に使ったのだ。

 魔物の襲撃によって崩れた川の堤防を直したり、村の近隣に住み着いてしまった魔物を退治したり。倒壊した家屋の片付けや、苦しむ人々への慰問なども行って、日々忙しく働いた。

 ……また、同時に、メルカッタなどで職を失った戦士崩れ達が居れば、彼らへ積極的に声を掛けた。そうした者達と打ち解けるのは、ナビスやパディエーラより、圧倒的に澪が上手かった。

『世界の終焉を望む』ような者達に対しても臆することなく突っ込んでいき、雑談して、適当に買ってきた屋台の菓子類をシェアし、彼らの気分が多少明るくなったところで、お互い笑顔で別れる。……そんなやり方は特にメルカッタの戦士崩れ達に効果的であった。

 時には彼らの社会復帰にも繋がった。即ち、ポルタナ鉱山やレギナ開拓地での職を斡旋することに成功した例は、1つや2つではなかったのである。




 ……そうして準備は進み、いよいよ冬の厳しさが増す年の瀬に、いよいよ聖女野外フェス……『月と太陽の祭典』が、開催される運びとなったのであった。

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