聖女フェス*1
翌朝。澪達は大聖堂を訪ね、そこでマルガリートとパディエーラ、そして2人の勇者達と落ち合った。
とりあえず、ということで前回パディエーラと共に入った喫茶店へ向かい、そこで澪達の報告と今後の相談を行うことになったのである。
「結論から言うと、やっぱあれはダメだよね、ってことになった」
早速、澪はそう切り出す。結論は早い方がいい。澪の主観でしかない結論だが、結局澪の中でこの結論は揺らぎようがないのだ。ならば、各々の判断は各々に任せるとしても、澪の結論はさっさと言っておきたかった。
「そうですの。……エブルからも大まかなところは聞いておりますけれど、ミオとナビスからも、細かなところを聞かせてくださいますこと?」
「うん。そのつもり。えーとね、まずは……」
結論はまあ言うとして、当然、過程も話す。澪は、澪の視点から見た聖女モルテの礼拝式について、説明していく。
レギナの西門付近に集合したこと。他の信者の様子。到着してからの暗い森の中。蝋燭の火を頼りに歩いた先の、半年で建設されたとは思えない立派な宮殿。
そして、聖女モルテとの握手会と、その礼拝、祈りの言葉……。
……それらを説明していくにつれて、マルガリートとパディエーラの表情は険しくなっていく。
そして。
「成程ね。よく分かったわ。確かに、そんな主義主張の宗教を放っておくと治安が悪化するでしょうね。危険だわぁ……」
「魔物の急な凶暴化によって不安に思う人々の心につけこむような真似、許せませんわね!私も、断固として、聖女モルテの教義とは対立する姿勢を示させていただきますわ!」
パディエーラもマルガリートも、澪とナビス同様、聖女モルテの礼拝式の在り方には反対してくれたのであった。
「あー、よかった……2人の賛同が得られなかったらどうしようかと思ってた」
「ミオ、あなた、私達を見くびりすぎなんじゃーなくって?何をどうしたら、聖女モルテの主義主張に賛同する余地がありますの?」
澪が安心して息を吐きつつ、丁度運ばれてきたお茶を有難く飲んでいると、マルガリートは澪の向かいで、少々むくれたような顔をする。むくれた顔をするマルちゃんも可愛いのだが、今は何より、安堵が勝る。
「いや、まあ、宗教には正解も不正解も無いだろうなあ、って思うから」
澪は、『この考え方こそ、この世界では異端なのかなあ』と思いつつ、一応、説明しておくことにした。
「何を信じるのも、何を唱えるのも、本人の自由だからさ。まあ、本人がそれを信仰『している』のか、自分でも気づかない内に信仰『させられている』のかの判別ってつけられないから、だから、私達は主観の判断に基づいて、お節介にも、彼らを救う、なんていうことを言わなきゃいけないってだけで……」
宗教に囚われてしまっている人も、本人がそれを幸福に感じているならばそれは、間違いではないのかもしれない。
だが、周囲から見ていてそれがあからさまな搾取に見えたり、未来が暗かったりするようなら、周囲はその人の信仰を止めるべきではないだろうか、とも、澪は思っている。
こと、宗教とは形が無く、正しさの証明もできないものであるので、正解不正解を断ずることはできない。だからこそ、澪は聖女モルテの教義も、『まあそういう考え方もあるよね』と思うし、聖女モルテの教義が一定の範囲の人々に対して非常に魅力的であることも理解はしている。
……聖女モルテの主張を、理解できない、として上から押し潰そうとしてしまうのは、あまりにも傲慢なように思えたのだ。
「まあ、見方によっては、私達は罪の無い宗教を高圧的に潰そうとしている悪の聖女達、ってことになるのかもしれないわね」
「あら!?パディまでそんなことを仰いますの!?」
「そうね。私とマルちゃんが信者の取り合いをするのも、逆に信者達に互いの信仰を掛け持ちさせようとするのも、正しいことかどうかなんて分かりっこないもの」
マルガリートが少々不服気である一方、パディエーラはある程度、澪の意見が理解できるらしい。
だが。パディエーラは優雅に、カップのお茶を飲み……そして。
「でも、勝った方が正義だと思うわぁ」
「うわあー強い!」
パディエーラはころころと笑いながら、とんでもなく強硬なことを言い出したのである!
勝った方が正義。勝った方が正義。確かに、この世の真理の一つである。それは、戦争であろうが、市場競争であろうが、宗教と宗教のぶつかり合いであろうが、変わらず同じことだ。
「それに、正しいと思うものを私達、皆、持ってるんだもの。……だから、聖女をやっているのでしょう?」
「ええ。その通りでしてよ。私、どう考えても聖女モルテの主張には賛同できませんもの。それが私の宗教なのですわ!」
開き直ったように胸を張るマルガリートを見て、澪は、『ああ、そうかあ』と気づく。
澪は、思う。宗教とは身勝手なものだ。だから、聖女モルテは身勝手だし、それを止めようとする澪達も身勝手で……そして、それで、いいのだ。正義も悪も無く、ただ、互いに名分としてそれらを振りかざすだけの、勝手な戦い。
自分達にも、身勝手ながら信じるものがある。その信仰こそが、聖女モルテを許さなくていい理由足り得るのかもしれない。
「さて。聖女モルテにこのまま信者を増やされたら困るわよねえ」
「そうですね。信仰を集めて神の力を……その、天変地異や疫病を起こす、というような方向に使われてしまっては、世界の危機ですから」
互いの信仰を確認できたところで、もう少し現実的なところを考えていくことになる。
目下の問題。それは……『聖女モルテに信仰心を集めると危ない』ということであった。
神の力は万能である。それ故に、いくらでも悪用できてしまう。魔を祓うのではなく、人を殺す方にも、世界を滅ぼす方にも、いくらでも。だからこそ、澪達は聖女モルテを止めなければならない訳だが……。
「まあ、聖女モルテがヤバいことするかも、っていうのに対しては、めっちゃ効果的な対処方法があると思ってるんだよね」
だが、ミオには策がある。
「あくまでも対症療法でしかないけどさ。でも、『こっちが聖女モルテを軽く上回れるくらいの信仰を集めておく』っていうのが対策になるじゃん?」
「成程!相手が持つ力以上の力をこちらが持っていれば、相手が何かしてきても、後出しで対処できるということですね?」
「そういうこと!」
相手が信仰心を悪用しようとするのなら、その信仰心を上回る信仰心をこちらが保持していればいい。そして、聖女モルテが行ったことを掻き消していけばいい。
そう。神の力は万能で……それ故に、何が来ても対処できてしまう究極の対処法として活用可能なのである!
……と、そこで、勇者エブルが、何とも言えない顔をした。
「……勇者ミオよ。もしや、昨夜、あなたが言っていたのは」
「そう。とりあえず、人間に対する布教だと、競争率が激しいじゃん?なら、魔物っていう、完璧な新規開拓していった方が、確実に布教できていいかなー、って」
「……まさか」
勇者エブルだけでなく、マルガリートも表情を引き攣らせていたが、澪はしっかりはっきり、笑顔で言った。
「うん。ポルタナのホネホネ鉱夫みたいなノリで、他の魔物達からも信仰得られないかなーって思って」
「いやあ、合理的だと思うんだけどなー。大抵の人って、既に信仰持ってるじゃん?その人達に改宗をお願いするのもそれなりにイケるってのはもう分かってるわけだけど……それよりは、完璧に信仰が無い相手に布教した方が、効率的じゃない?」
言ってしまえば、人間というレッドオーシャンではなく、魔物というブルーオーシャンに営業を掛けていく策なのだ。
魔物は、恐らく信仰を持っていない。信仰を持たないが故に魔物になっているかも、という説すらあるほどに、信仰を持っていない。
そして……信仰を一度持てば、もしかすると、ホネホネ鉱夫達のように理性と知性と品性を兼ね備えた、人を襲わない魔物になってくれるかもしれないのだ。
敵を減らして味方を増やすことができれば、正に、一石二鳥。最高の効率。これぞ至高の営業方法なのである。
「あの、信仰心という点については、私からも1つ、意見がございます」
するとそこで、ナビスが控えめに挙手した。皆でどうぞどうぞ、とやりながらナビスを見ていると、ナビスはそっと声を潜めて、言った。
「聖女モルテが集めているものは信仰なのでしょうが、彼女は本当に、神の力を行使しているのでしょうか」
どういうことだろう、と澪達が注目する中、ナビスはそっとお茶のカップを手にして、カップを両手に包みながら、カップに話しかけるかのように小声で囁いた。
「真っ暗闇の中で祈りが捧げられている時、聖女モルテに向かって何かの力が動いていくのが分かりました。おそらく、信仰心の類かと思われますが……」
「あ、そういうのも分かるんだ」
「ええ。なんとなくは。……ただ、その後、聖女モルテに集まった信仰心は、神の力ではない何かへと変わっていくようにも思いました。どちらかと言えば、魔物を生み出す穢れに近いものであった、かと」
……ナビスの言葉を聞いて、皆、黙る。それぞれに考えを整理するべく、お茶を飲んで、息を吐いて……。
「……なら、決まりですわね。それが、魔物を生み出していたものの正体ですわ」
真っ先に、マルガリートがそう言い始めた。
「聖女モルテとトゥリシアには接触があったとみて間違いなさそうですわ。そして、トゥリシアは魔物を操っていたか、生み出していたか……そんな予測が立ちましたわね?なら、その2人がどこかで協力関係になっていた、と考えてもおかしくなくってよ」
ふん、と不愉快そうに鼻を鳴らして、マルガリートは憂さ晴らしのようにお茶を飲んだ。優雅な所作ながら、迫力がある。
「そして、トゥリシアに魔物をどうこうできていた以上、聖女モルテも同じように魔物をどうこうできる、もしくは、魔物をどうこうするつもりがある、と考えることができるわよねえ。……流石に、今更、魔物の凶暴化とトゥリシアと聖女モルテのそれぞれが無関係だったとは、思いにくいわぁ」
パディエーラもそう言って、眉を顰める。……ついでに、近くを通りがかった店員を呼び止めて、茶菓子を追加で注文し始める。……案外、パディエーラは甘味が好きであるらしい。
「ええ。ですから、私達が魔物に働きかける、というのは、悪くない案だと思うのです」
新たに注文されたなら食べよう、ということか、ナビスは焼き菓子を1つ新たにつまみながら、そう意気込んだ。
「ブラウニー達やホネホネの皆さんが魔除けを克服されたということは、他の魔物達も同じように魔を祓い、聖なる力に目覚めることができるかもしれないということです。そして魔物が魔から脱していったなら、きっと、聖女モルテの意図するところとは逆になります」
ナビスの意見に、皆が『おおー』と小さく拍手を送った。
聖女モルテの目的は未だ、よく分からない。『世界の滅亡を望む』ということが彼女の真意かどうかすら、分からない。『世界の滅亡を望む』と掲げて絶望しきった人間を取り込み、依存させて信仰心を搾り上げるために利用しているだけとも思える。
だが……相手の意図が分からずとも、相手の行動はなんとなく分かっているのだ。なら、相手がやっていることをゼロに戻すような行動を取ってやるのは、1つの対処として十分に有効だろう。
「ま、まあ……有用性は分かりましてよ。魔物への布教、というのがどの程度上手くいくのか、私には分かりませんけれど……その、ミオもナビスも、私が止めても突き進むつもりなのでしょう?」
「うん。ブラウニー可愛いし」
「はい。ホネホネの皆さんもなんだかお可愛らしいですし」
マルガリートは魔物が苦手な様子だったが、それはそれとして、澪とナビスの行動は変わらない。有用であることが予想される以上、とりあえずこのまま突き進んでみるつもりだ。
……だが同時に、魔物だけにかまけている場合でも、ない。
「あとねー……まあ、人間側へのテコ入れもしていきたいよね。まあ、魔物と同じくらいには」
「私は魔物より人間相手にテコ入れしたいですわぁ……」
マルガリートは遠い目をしながら、新たに運ばれてきたゼリー菓子をスプーンで掬って口に運んでいる。まあ、これが普通の感覚なんだろうなあ、と澪は納得する。……澪が普通じゃないのは当然として、多分、ナビスも、ちょっと、普通じゃないのだろう。多分。
「そうねえ。私は、人間への布教、というよりは、貧民層への救済を進めていくべきだと思うわぁ」
一方、パディエーラは既に現実的なところを見据えて計画を立てつつあるようだ。
「世界に絶望して聖女モルテの教義に賛同してしまうというのなら、世界に絶望しなくて済むように救済できたらいいと思うのよね。どうかしら?」
「まあ、妥当ですわねえ」
聖女モルテの教義は、言ってしまえば、社会的弱者の共感を呼んでいる。ならば、聖女モルテの教義が刺さる『社会に絶望している』ような層を減らしていくことは、聖女モルテへの対抗足り得るのだ。
「なら、それも取り入れて礼拝式やってみたいなあ」
そして澪は、パディエーラの意見も取り入れつつ、もう一歩先のことを、やってみたい。
「聖女モルテの礼拝式で結構、勉強になったこともあったからさ。それ、礼拝式に取り入れてみたくって」
「聖女モルテの……?一体、何を取り入れるんですの?握手券?握手券ですの?」
「いや、握手券もガチ恋営業も、流石に参考にする気、無いけど。でも、いい点としてはさ、こう、雰囲気づくりに気合入ってたなー、って」
それから澪は、説明を始める。
まず、集合自体が相当に特殊だということ。事前に会場の場所を伝えられたわけではないあたり、実にアングラな集会を思わせる。
建物が実際に森の中に建設されていることを考えれば、あの『会場の場所も分からず当日指定された場所に集合する』という集合方法も、アングラな雰囲気を作り出す演出の一環だったのかもしれない。
それから、集合してからも雰囲気作りは続いていた。灯りは全て、蝋燭によるもの。魔除けの光がどこにも無かった上、蝋燭が一斉に消えるような演出もあった。
照明は、アイドルのライブでも大切な役割を果たす。あの状況でのあの演出は、本当に効果的だった。
「そういう雰囲気もあって、観客は皆、聖女モルテの教義に賛同する雰囲気になってたと思うんだよね」
雰囲気、というものは、大きい。だから高級レストランはラグジュアリーな雰囲気を作りたいし、スーパーマーケットはBGMを流す。宗教、というものも、言ってしまえば、ある一定の集団の中に共通する雰囲気づくりのためのものなのかもしれない。
「成程……確かに、雰囲気、というものは大切ですわね。……暗闇からヌッと現れると恐ろしく見えるスケルトンも、魔除けの光が浮かぶ中で夜光石のついた棒を振って踊っていると、妙に間抜けに見えますものね……」
そして、『雰囲気に流された』ことのあるマルちゃんとしては、そのあたり、納得がいく話であるらしかった。スケルトン達もホネホネ冥利に尽きるだろう。
「ね?ね?やってみたくない?大規模に、雰囲気がっつり作って、観客がみーんな、魔法に掛けられて夢の時間を楽しめるような……皆が希望を持てるような、そんな礼拝式」
言ってしまえば、ライブのみならず、大きなイベントのような。コンセプトカフェのような。或いは、一大テーマパークでの一日のような。
そんな礼拝式も、やってみたら楽しい気がするのである。