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理由*5

 それから澪とナビスは、『邪教』についてひたすら調べて回った。

 メルカッタのギルドで聞き込みをして、知っていそうな人を紹介してもらって、そこに聞き込みをして……とにかく、実にアナロジカルかつ地道な方法で、調査を進めていったのである。

 だが、結果は芳しくない。

「うーん、あまりよく分かりませんね」

「まあ、そりゃそうかー、ってかんじあるよね。邪教のことについて、聖女に話してくれる人、居るわけなかったわ」

 そう。澪とナビスの知名度は、メルカッタですっかり上がってしまった。それは当然、喜ばしいことなのだが……同時に、こうした時、足枷になるものでもある。

「こういう時ネットがあればなー……」

「ねっと……?」

 また、この世界は澪の世界のように、インターネットがある訳でもなく、SNSなどほど遠いような世界だ。情報の行き来といえば、人と人との噂話が主流なのだというのだから、とんでもない話である。

 要は、隠れようと思えばいくらでも隠れられてしまう。表に出てこないが故に、対処しにくい。調べることすら難しく、そして、実態が分からない以上、対策もできない。

 ……思った以上に厄介な状況に、澪もナビスも、頭を抱えたい気分であった。




 ひとまず、『邪教』についての調査は、メルカッタのギルドに頼むことにした。戦士達の内の何人かに声を掛けてみたところ、彼らは『ああ、それじゃあ俺が代わりに探りを入れておいてやるよ』と引き受けてくれたのである。

 聖女相手では口を割らない者でも、かつて同僚であった戦士相手なら、喋ってくれるかもしれない。とにかく今は、このようにしてでも情報を得るしかない。明らかに何かがある、というところまでは分かっているのだ。対策はできるだけ、急ぎたかった。

「それにしても、邪教があるとなると、いよいよエブル君の言ってたやつ、ホントっぽくなってきちゃったよねえ……」

「彼の言葉から考えるに、『邪教を信じると魔物になる』というようなこと、でしょうか?」

「そうそう。まあ、見た目が変わる、とかよりは、頭がおかしくなるとか、凶暴になるとか、そういうかんじっぽいけど……」

 勇者エブルの言っていた通り、『トゥリシアは信仰を捨てた故に魔物になり、気が狂った』という線で考えるなら、『邪教に触れたために元々あった信仰を失った』というような筋書きであれば納得がいく。

 ……澪もナビスも、今、自分達が持っている情報を無理矢理つなぎ合わせているような状態なので、これがそのまま正解であるとは思えない。

 だが、今メルカッタでタイミングよく広がりつつあるらしい『邪教』や、信仰を持つことで魔除けに対抗できるようになったブラウニーやスケルトン達……それらを考えると、信仰が信者に何らかの影響を与えていることも、あながち間違いであるとは言えないのではないだろうか。


「ところでさー、魔物って、なんで人間を襲うんだろ」

「へ?」

 人と魔物、信仰や宗教について考えていた澪は、ふと気になってナビスに聞いてみた。ナビスはぽかんとしてしまったので、澪は改めて、もう少し詳しく言葉を足していく。

「邪教の内容さ、さっきのおにーさんに聞いたかんじ、『略奪しろ』とかなわけじゃん?魔物もその教義に従って動いてるから、人間を襲うのかなあー、って」

 改めて、『あの邪教とんでもないなあ!』と思いつつ、『まあ、本当に魔物っぽい宗教だよね』とも思う。邪教、というものの実態がよく分かっていなくとも、ちらりと聞いた話だけでも『魔物っぽい』のだから、本当に魔物は教義に従った結果ああなのかもしれない。

「魔物が人を襲う理由は、実は今もよく分かっていないんです」

「あ、そうなんだ。……えーと、人間を殺して食べる、とかじゃなくて?」

「ええ。食べ物を必要としない魔物も、人間を殺しますから」

 ナビスの説明を聞いて、澪はいよいよ、魔物の邪教信仰説の可能性を考え始める。理由のない襲撃や殺害も、『そういう宗教だから』となれば理由になってしまうのが宗教の恐ろしいところだ。

「しかし……もしかすると、魔物は『信仰をもつ者』を襲うのかもしれませんね」

「へ?」

 今度は澪がぽかんとする番だ。ただし、この『ぽかん』は理解不能のぽかんではなく、『その発想は無かった』のぽかん、である。

「ほら、魔物は魔除けに弱いので。それに、魔除けを狙って襲ってくる魔物も居ます」

「あー……月鯨がそうだったよね」

 思えば、不思議な話である。月鯨は魔除けの力を持つ聖銀の網に反応して襲い掛かってきた。脅威となるものを襲うようにしているから、とも考えられるが、それにしても、わざわざ自分の苦手なものへ突っ込んでいかなくともよいように思える。

「魔物が人を襲うのも、その身に信仰があるからなのでは、と……」

「成程なー……それはあるかもしれない」

 なんとなく、納得のいく説が出てきてしまって、澪は頷く。

 魔物が人を襲う理由が信仰なのだとしたら……いよいよ、宗教戦争じみてきた。宗教は、人をも殺す。澪は世界史の授業などで、なんとなく、そうしたことを理解しては、いる。




 さて。いよいよ『邪教を信仰すると魔物になるのでは?』『魔物は邪教を信仰しているのでは?』といった疑いが強くなってきたところで、動き方を考えなければならない。

「どうしましょう……うーん、情報が無い状況であまり大きく動きたくはないのですが……」

「だよねえ。私達が何かしても、警戒されそう」

 メルカッタでの聞き込みもそうだったが、澪とナビスが動いていると、それ故に引っ込んでしまう情報もありそうだ。そして、一度日陰に潜り込んでしまった情報をもう一度引っ張り出すのは大変そうである。少なくとも、澪とナビスには、厳しい。

「……他の人に頼むにしてもなー」

「そうですね……うーん、シベッドなどは、頼めば幾らでも協力してくれるでしょうが」

「シベちんには近海の警戒を続けてもらいたいし、変に巻き込むのもなあ」

 澪は、『ナビスの頼みなら、シベちんは火山に飛び込むぐらいするんじゃないかなあ』と思っているが、その気持ちを利用するのも申し訳ない。

 そして何より、ポルタナの戦士を失うようなことがあっては大変だ。澪とナビスが不在の間、ポルタナの海を守っているのはシベッドなのだから、彼を不用意に動かしたくはない。

「……ま、メルカッタのギルドに任せるしかない、んじゃないかな」

「そう、ですね……彼らなら、メルカッタの土地勘もありますし、メルカッタの人々の様子にも詳しいですから……」

 結局のところ、適材適所、なのである。メルカッタでの情報収集なら、長らくメルカッタに居る人々に任せるのが最も良いだろう。それは、澪もナビスも分かっている。

 だからこそ、澪とナビスは、自分達にしかできないことをやるべきであり……。

「あっ」

 そう考えていた澪は、思いついた。

「あのさ。レギナの監獄の人に、なんとか聞けないかな。死ぬ前のトゥリシアさんに面会に来た人とか、居たかも」

 宗教が鍵になっているというのであれば、必ず行われているであろうことがある。

 ネットもSNSもないこの世界だからこそ、絶対に辿れる足跡が、あるのだ。

「……で、その人が、トゥリシアさんに『布教』していったかも、じゃん?」

 そう。

 この世界では、『布教』しなければ、信者は増えないのだ。




 翌日。

 澪とナビスは早速、レギナへ向かうことにした。

 目的は、レギナ監獄に収監されていたトゥリシアに誰か接触していなかったか、という調査だ。澪もナビスもレギナ監獄への伝手はないが、マルガリートであれば何らかの情報を得ることができるだろう。

 ……手紙でマルガリートに調査を要請することも考えたが、マルガリートが『手紙は危険かもしれない』と考えていたことから、澪とナビスも警戒して、直接マルガリートに会いに行くことにする。手紙なら、途中で盗み出すことも盗み見ることもできてしまうだろうから。

 ……それに。

「マルちゃんは私達に会うと安心するらしいし」

「ええ!それに、もしかするとパディ様もお帰りかもしれませんし!」

 まあ、多分、マルちゃんは会いたがってるだろうなー、と思われるので。パディにも会えたら会いたいし、とも思うので。


 レギナまで到着した2人は、そこで若干暗い町の様子を見ることになった。

「……レギナもメルカッタと同じかんじかな」

「かもしれません。尤も、聖女が常駐している町ですから、メルカッタよりは魔物討伐を生業とする人は少ないと思いますが……」

 メルカッタの様子とはまた少し異なるのだろうが、それでも先日の魔物活性化の影響は人々の生活に色濃く影を落としている、ということなのだろう。

「あらぁ?」

 そして、そんな2人に声を掛ける者がいる。

「もしかして……ナビス?ミオ?どうしてレギナに?」

 そこでは、勇者ランセアを伴った聖女パディエーラが驚きつつも表情を綻ばせていたのである。




「あらぁ……成程、そういうことでレギナに来てくれたのね」

「うん。パディにも会いたかったし。会えて嬉しい」

「ふふ。私も嬉しいわぁ。なんだか随分と久しぶりな気がするものねえ」

 とりあえず、ということで近くの喫茶店に入った一行は、そこで互いの近況報告をすることになった。

 パディエーラは故郷のジャルディンの魔物を制圧して、情報交換のためにレギナへ再び戻ってきて数日、といったところであるらしい。……そしてまた、情報収集と見回りを兼ねて散歩していたところで澪とナビスを見つけた、と。丁度いいタイミングだったようだ。

 そして澪とナビスの方の事情も、ざっくりと……喫茶店内で話しても差し障りない程度に、『メルカッタの魔物を討伐してメルカッタの平和が保たれたが、別の問題が出ている』という程度に説明したところで、パディエーラはふと、表情を曇らせた。

「……マルちゃんに会いに来たなら、私が先に会えてよかったわ」

「へ?」

「今、大聖堂に入るの、ちょっぴり大変なのよぉ……」

 ふう、とため息を吐いて、パディエーラはティーカップを優雅に持ちつつ、喫茶店の窓から見える大聖堂を見上げて眉根を寄せる。

「……多分、あなた達の目的と、ちょっと一緒よねぇ」

「……へ?」

 いよいよ、事情がよく分からない澪とナビスは顔を見合わせる。

「まあ、大丈夫よ。もうちょっと時間を潰したら、いい頃合いになるから」

 パディエーラは、丁度運ばれてきたケーキに小さく歓声を上げてフォークを手に取ると、にっこりと魅惑的な笑みを浮かべて、言った。

「この後の時間なら、門番が融通の利く人なの。部外者の入場制限が掛かっている今でも、まあ、誤魔化せるわぁ」

「へ……?」

 いよいよ、状況が分からない。分からないが……ひとまず、レギナも大変そうである、ということは、分かった。




 詳しい事情は大聖堂の中、パディエーラの部屋で話そう、ということになったので、澪もナビスも、しばらくパディエーラとの雑談とお茶とケーキとに集中することにした。

 パディエーラから聞くジャルディンの話と、澪とナビスから出るポルタナの話は、中々風土の個性が出ていて面白い。また、パディエーラの話に時々挟まれる勇者ランセアの横槍も、中々面白かった。『天然聖女と突っ込み勇者ってかんじなのかなー』と澪は分析している。

 また、喫茶店のケーキも中々美味しかった。特に、ポルタナでは未だ、こうした嗜好食品を口にする機会は少ない。澪は『久しぶりのケーキ!』と喜んだし、ナビスも『素敵なお味……!』と目を輝かせていた。ケーキに喜ぶナビスを見た澪は、ポルタナでもケーキを食べられるようにしようと心に誓った。何せナビスがかわいかったので。


 さて。そうして時間を潰してから、一行は大聖堂へ向かう。

 そして……閉ざされた門の前に並ぶ門番へ、パディエーラがつかつかと近寄っていくと、門番達はその警戒を緩め……しかし、その後ろに居た澪とナビスを見て、警戒を強める。

「ご苦労様。さ、通して頂戴」

「パディエーラ様、そちらの方は……?」

 門番達は、困惑しながらもじっと澪とナビスを見つめる。

 ナビスの杖は、『警戒されるとまずいから』という理由で隠してある。一方で、澪はベルトに吊るしたナイフもそのままにしてあるのだが……。

「あ、私は……」

「私のお客様よ」

 自己紹介しようと進み出た澪を遮って、パディエーラがそう、門番に伝え始める。

「大丈夫。身元はしっかり分かっているわ。単に、次の礼拝式のためにジャルディンの特産品を仕入れようと思って、その商談のためにお招きするだけよ。いつもお世話になっている商会の娘さんと、その護衛の騎士様。いいかしら」

 さらさら、と出てきた嘘に、澪もナビスも度肝を抜かれる。パディエーラはまるで笑顔を崩すことなく、実にそれらしい嘘八百を紡ぎ上げた訳だ。『パディ、すご……』と澪は目を剥きたい気分だったが、パディエーラの嘘が暴かれないよう、その通りだというようにただ、不自然ではないであろう態度をとっておく。

「ああ、商会の方でしたか」

「そうなの。あと、部屋のランプの調子があんまり良くなくて。この子が直せるっていうから、中にお招きしたいの」

「そういうことでしたら……どうぞ。くれぐれもご内密にお願いしますよ」

「分かってるわ。ありがとう」

 パディエーラは門番と笑みを交わして、そっと開かれた門へ、澪とナビスを手招きした。澪とナビスは、ぺこ、と門番に頭を下げつつ門を通り抜ける。

 ……まるで動じることなく堂々と歩くパディエーラの背中を見て、『パディ、すご……』と改めて思いつつ。




 一行は大聖堂の中を進み、そうして、パディエーラの私室へ到着する。勇者ランセアはパディエーラから『マルちゃん呼んできて、マルちゃん』と命じられ、そっと部屋を出ていった。もうしばらくするとマルちゃんも来るのだろう。

「あの……パディ様?私の身分は、明かしてしまった方がよかったのでは」

 そろそろ大丈夫だろう、ということで、ナビスがパディエーラにそう、問う。

 流石に、先ほどのやり取りは不自然であった。何せ、ナビスは聖女だ。聖女であれば、あらゆる場所で身分を保証されるはずなのだから。

 だが……。

「今は駄目なのよ、ナビス。特に、『他所の聖女』はね、警戒されてるの」

 パディエーラはため息交じりに、そう、言った。

「邪教の宣教師が紛れ込むんじゃないかって、ね」


 ……澪とナビスが思っていた以上に、事は深刻かもしれない。

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