理由*3
「トゥリシアさん死んじゃったの!?」
「そんな……自ら?ああ、なんてこと……」
澪とナビスはショックを受ける。トゥリシアに対していい思い出は無いが、彼女が死んでしまったとなると話は別だ。
できれば生きていてほしかったな、と澪は思う。罪を償うという点では当然そうだし、それ以外の点でも、まあ。
「……そうね。彼女は、自ら命を絶ちましたわ。けれど……」
だが、マルガリートは深刻な表情で首を横に振った。
「誰かが関与したようにも、見えますのよ」
「……えっ?」
咄嗟に、澪は混乱する。
自殺であるのに、誰かの関与……となると、つまり、自殺幇助があったということだろうか。
彼女は王の親戚だというから、その関係で『恥となるくらいなら死ね』という圧力があったのかもしれないが……どうも、マルガリートの顔を見る限り、そうでもなさそうだ。
「彼女の独房には、夥しい量の血があって、トゥリシアが倒れていたんだそうですわ。体には、刺し傷のようなものが複数あったとか。……トゥリシアの独房からは、ナイフも見つかっていますわ。魔物の牙製の、古いものだそうで、トゥリシアがそれを自らに使っていたことは間違いないらしいのですけれど……」
マルガリートは何とも痛そうな顔をして、身震いしつつ、澪とナビスを見つめた。
「ねえ。普通、正気の人間が自らを10回以上刺し貫いて自殺することなんて、ありまして?」
わあ、サスペンスだあ、と澪は慄く。
……自殺というと、よく『躊躇い傷』の話が2時間サスペンスドラマなどに出てくる。人間は、自分で自分を刺すことは中々難しいのだ、と。
だが、それが10回以上、となると……自殺としては、あまりにも、思い切りが良い。良すぎる。
「じゅ、10回以上も、ですか……」
ナビスも、『ああ、痛そう』というような顔をして、きゅ、と自分で自分の肩を抱く。澪はこれを見て少しばかり安心した。……澪も、痛そうな話を聞くと、自分が痛くなってきたような気分になって、妙に体に力が入らなくなってしまう性質だ。そして多分、マルガリートもそうなのだろう。
「まあ、そういうことなら他殺を疑うのも分かるなあ。うん、絶対無理。私ならホントに無理」
「そうですわよねえ。しかし、トゥリシアの独房には誰かが侵入した形跡は無かったそうよ。なら、気が狂った、としか、思えませんけれど……トゥリシアの精神状態は、少なくともその日の昼までは正常だったようですのよ」
「まあ……」
「そして夕食を運んだ時にはもう死んでいた、ということだそうですわ。まあ、随分と不思議な話ですけれど……」
マルガリートは、『不思議な話』をした後で、ふと、また顔を曇らせた。
「……私、考えすぎなんじゃないかとも、思いますわ。エブルにもそう言われましたもの」
「ああ。姉上は少々心配性だ。今回の伝達も、何も直接訪問する必要は無かったように思う。まあ、姉上はナビス様とミオ様にお会いすると落ち着くようだから……」
「だまらっしゃい」
ぴしゃ、と言い放つマルガリートを見て、澪とナビスは笑顔になる。『そっか。マルちゃんは私達と会うと落ち着くのか!』と、満面の笑みである。それを見たマルガリートはまたむにゅむにゅとした、『怒るに怒れない!』というような顔をするのだが……。
「……まあ、私の思い過ごしであれば、それでよくってよ!けれど、トゥリシアは、ほら、レギナに魔物の群れを誘導していた実績がありますし、今回死んだのも、丁度、魔物騒ぎがある少し前でしたわ。ですから、何か関係があるような気がしてしまって……」
「……魔物を操る力が暴走して彼女を死へ至らしめた、ですとか。或いは、魔物の気性を荒ぶらせる何かがあって、それにトゥリシアまでもが影響された、ですとか……考えてしまいますのよ」
マルガリートの、『自分でも馬鹿らしいとは思っている』というような、そんな自信のなさげな言葉を聞いて……澪とナビスは、愕然とした。
「……魔物の気性なら、確かに、荒ぶってたねえ」
「ええ、そうですね……」
何せ2人には、思い当たる節がある。
「何か、分かることがありましたら教えてくださいまし!このまま放っておいてはいけない気がしますの!」
澪とナビスの表情と言葉に、マルガリートは飛びついてきた。弟のエブルもまた、『荒ぶって、いた、とは……?』と興味を示している。
「ああ、うん、そういうことなら……」
「私達も同じ気持ちです。ええと、では、実際に、『荒ぶっていた』魔物を、ご覧になりますか?今はすっかり大人しく理性的になっていますが……」
……澪とナビスは顔を見合わせて、まあ、マルちゃんなら大丈夫かなあ、と頷き合う。
荒ぶって『いた』魔物達も、理性的なことだし……と。
ということで、澪とナビスは、聖女マルガリートと勇者エブルとを連れて、鉱山地下3階へと向かった。
そして。
「……きゅう」
「あっマルちゃんが!」
……スケルトン達を見たマルガリートは、そのまま気絶してしまった。
まあ、一般的な反応は、こうなのである。澪とナビスは、『ごめんねマルちゃん』の気持ちを込めつつ、マルガリートを助け起こすことにした。
「確かに、魔物の中には、友好的なものもあると、聞いたことも、あるが……いや、だとしても、このように働く魔物など、信じがたいな……」
マルガリートが『きゅう』の最中であるので、とりあえずマルガリートは骨達が用意してくれた寝床に寝かせて、エブルに諸々を話すことにした。弟の方は、『勇者』であるだけあって、ひとまず、勇敢にもこの状況を受け入れてくれたので。
……とはいえ、スケルトンから『粗茶ですが』というかのようにそっと差し出されたティーカップに口を付ける気にはなれないらしかったが。その一方、澪とナビスはすっかり慣れた調子で、『ありがとねー。あったかいお茶うれしー』『いつも美味しいですよ。ありがとう』とスケルトンのホネホネ茶を飲んでいる訳だが。
「まあ、信じられないのも無理はないと思うよ。けど、一応、うちのホネホネ鉱夫達はこんなかんじ、ってことで……」
「皆さん、良い方々ですよ。元々はポルタナの鉱夫の皆さんだったようですし……」
「……だとしても魔物だろう」
エブルは、じろ、と、疑うような目でスケルトン達を見る。その目は勇者らしく、凛々しく油断のないものであったが、そんな目を向けられるスケルトン達は、只々申し訳なさそうにしゅんとするばかりである。これではどちらが『悪』なのか分からない。そんな様相だ。
「うん……それなんだけどさ」
そんなスケルトン達とエブルとを見て、澪は、問う。
「魔物とそれ以外の線引きって、どこにあるんだろーね」
「今、ここに居るスケルトン達は神霊樹の実を使って、魔除け済みなんだよね」
「神霊樹の!?」
驚くエブルの声に応えるように、スケルトン達がカタカタ揺れる。『どんなもんだい』とでも言うかのような仕草に、エブルはまた愕然としていた。
「それは……あの、金色のどんぐりのような」
「うん。それ。金色のどんぐり」
暗に『本当に神霊樹の実か?』という確認なのだろうが、妙に間の抜けたやりとりである。全ては神霊樹の実がどんぐりなのが悪いのだが。
「まあ、その金色のどんぐりに触ったら、彼ら、煙上げ始めちゃってまあびっくりしたんだけどね?でも、その後はもう、金のどんぐりに触っても大丈夫になってたし、ナビスの聖歌にもノリノリでペンライト振ってくれるようになった」
「聖歌に!?魔物が!?」
「うん。やってみる?」
やはり実演が一番分かりやすかろう、と、澪は早速、スケルトン達相手に『じゃあ折角なのでナビスから一曲!』と呼びかけた。途端にスケルトン達は、さっ、と動いてペンライトを持って戻ってきて、さっ、と動いてナビスの前に整列した。つくづく、よく訓練された骨達である。
……そのままナビスが聖歌を歌ってみせれば、スケルトン達は聖歌のゆったりとしたテンポに合わせてゆったりとペンライトを振り、更に、信仰心によってナビスを光らせ始める。
エブルはこの光景を唖然として見ていたが、これが現実である。ダメ押し、とばかり、澪が『ナビスはー!?かわいーい!』と、喋れない骨達の代わりに全部声を出すコールをやってみたところ、『かわいーい!』に合わせてペンライトを高く掲げてくれるパフォーマンスもやって見せてくれた。
「……で、まあ、うちのスケルトン達は見ての通りのホネホネーズなんだけれどさ。これって、魔物って言うべきなのかな、って」
どう?とばかり、澪は勇者エブルを覗き込む。
勇者エブルは、やはり『どう?』というように首を傾げているスケルトン達を見て、澪とナビスを見て、またスケルトン達を見て、只々唖然としていたが……。
「……私には、もう、分からない……」
終いには、匙を投げるようにそう言ったのだった。
「う、ううん……?ここは……?」
そうこうしている内に、マルガリートが目を覚ます。彼女のうめき声を聞いて、すぐに澪とナビスは駆け寄った。
「あっあっマルちゃん様!大丈夫ですか!?」
「またきゅうってなっちゃう!?大丈夫!?あっホネホネの皆は覗き込まないだげて!心配してくれるの嬉しいけど!多分、マルちゃんにはちょっと刺激が強い!」
同じく心配して寄ってきたスケルトン達をそっと戻しつつ、澪とナビスはマルガリートの様子を見る。……驚きのあまり気絶してしまったが、健康上の害は無さそうである。ひとまず、元気そうなマルガリートを見て澪もナビスも安心した。
「あ、あれは……夢じゃありませんでしたのね……?」
そして、マルガリートは、遠くの方、壁に半身を隠すようにしてこちらをそっと見ているスケルトン達を見つけて、表情を引き攣らせた。だが、遠くから眺めてくれているスケルトン達の気遣いのおかげか、はたまたマルガリート自身の意地のおかげか、二度目の『きゅう』は避けられたのであった。
それから澪とナビス、そしてエブルは、スケルトン達についてをまたマルガリートに説明した。マルガリートは半ば疑いつつも、現にここに居てペンライトをふりふりやっているスケルトン達を見ては信じないわけにはいかなかったらしい。一通り、現実を受け入れてくれた。
「成程。よく分かりましたわ。……あなた達、随分とおかしなことをしておいでなんですのね!」
「あ、やっぱそう思う?えへへ、照れるなあ」
「褒めてませんわよっ!全く……!このようなこと、前例が無くってよ!」
マルガリートは今日も今日とてぷりぷり怒っているが、これがマルガリートの元気の証でもあるのだろうから澪もナビスも安堵こそすれ、嫌には思わない。
「で、どう?うちのスケルトン達。荒ぶっていたものの、ナビスの歌に目覚めて理性とやる気と生きがいを取り戻したスケルトン達だよ」
「何も分かりませんわよ。こんなの、知りませんもの」
さて。
先程の答え合わせ……『魔物を急に荒ぶらせる何か』についての解を得ることは、まあ、できない。
だが、1つの不思議な例を見ることは、できたわけである。
なので、澪達はここから、考えていくのだが……。
「まず、普通の魔物達は、なんだか凶暴化してる、ってことだよね」
「はい。また、数は確実に増えています。凶暴化と増加、この2つから素直に考えるならば、穢れが増えた、ということなのかもしれません」
1つ目。魔物は、国中で一斉に凶暴化し、あるいは、増えた。これは、穢れが何らかの影響で、国中で一斉に増えた、ということが原因として考えられる。
「それから、魔物が同時に凶暴化したり増えたりしている時に、元々理性的だった魔物……ええと、うちのスケルトンと、あとブラウニーが、ちょっと暴走してた」
「メルカッタを襲おうとしていた魔物達と比べると、相当大人しかったですが、いつもの様子から考えると、大分理性を失っていたようですね」
2つ目。元々大人しく理性的だった魔物も、多少、凶暴化していた。だが、他の魔物と比べると、相当に程度が軽かった。
「そして、理性を失いかけていたスケルトンやブラウニー達は、神霊樹の実に触れることで理性を取り戻した……」
「ついでに、聖水とか聖歌とかが大丈夫になったよね。神霊樹ってそういう効果あるのかなあ」
3つ目。凶暴化したスケルトンやブラウニーは、神霊樹の実に触れて魔除けをしたがった。そして魔除けの後には、理性を取り戻していた。
……分かったことをまとめていけば、なんとなく、澪やナビス、そしてマルガリートにも、見えてくるものがある。
「あくまでも、可能性、ですけれど」
前置きして、マルガリートは先を見通すように目を細めた。
「一度ナビスを信仰した魔物達は凶暴化の度合いが低く、そして魔除けすればいよいよ理性的になってしまった、というのなら……つまり、聖女信仰や魔除けの術が、魔物の穢れを取り払い、それによって魔物は自ら、理性的になることを選べた、と考えられますわ」
そう。
今回のケースでは、ブラウニーもスケルトンもどちらも、『自ら』魔除けを望んでいた。
「うん。私も思うよ。彼らは人を傷つけたくなくて、それでナビスをもっと応援したくて、それで、苦しい思いをしてでも魔除けしよう、って思ってくれたんだと、思う」
彼らの原動力は間違いなく、ナビスだった。
ナビスを推すために、彼らは魔除けを選んだのだと、澪は思っている。
人間を好いてくれていて、そして、ナビスを応援したいと思ってくれている彼らだからこそ、今回、彼らは理性を取り戻したのだ。
「魔物も信仰を持つことができ、信仰を持った魔物は、穢れに浸食されにくくなる、と……そう、可能性を見出すことが、できますわね」
そう。
『好き』の力は、絶大なのだ。澪はそう、信じている。
「……勇者ミオよ」
そんな折、エブルが澪に話しかけてくる。
「先程、ここのスケルトン達は魔物か、と問うてきたな」
「あ、うん。……ほら、実際、魔物の定義って曖昧じゃないかな、って思ってさ。ここのホネホネーズも元は人間だったみたいだし」
さっきの話、よく覚えててくれたなあ、と澪は少し嬉しくなる。エブルの様子を見ると、先程『分からない……』とやっていたのが嘘のようにしっかりしていた。
「ここの魔物達は、信仰を持っている。そして、その信仰がここの魔物達を、理性的で友好的な存在へと変じさせている、ように思える。まるで、人間のように」
「うんうん」
澪だけでなく、ナビスもマルガリートもエブルの話を聞く。エブルはそれに少々気まずそうな顔をしながらも、続けた。
「ならば……信仰を持つかどうかが、人と魔物の境目であるならば……信仰を捨てた人間は、魔物と変わりがない、ということに、なるのでは」
何かとんでもないこと言ったんじゃないのこれ、と澪が思う傍ら、案の定、ナビスもマルガリートも只々驚愕している。澪も2人には及ばずともそれなりに驚きつつ、エブルの言葉の続きを待った。
「結局、穢れが広まった原因は分からないが……トゥリシアについては、推測が立つのではないだろうか」
「彼女は、信仰を捨てたがために穢れに侵され、魔物と化したのだ、と」