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理由*2

 結局、澪とナビスが攻略したダンジョンは、複数に及んだ。

 だが、その甲斐あって、メルカッタ近郊は平和を取り戻したのである。

「結局、プラマイプラスくらいだった?」

「ぷら……?」

「あ、信仰心。えーと、使った分より、貰った分が多いかんじ?」

「そうですね、今回は危機が切迫して目に見えていたこともあって、人々からの信仰はいつもよりずっと、真摯なものだったように思います。そのおかげか、まあ、差し引きして信仰心が増えた、と言えるかと」

 今回の諸々の活動は、ナビスの評価を大いに上げた。

 まず、メルカッタにはまだナビスを知らない人も居たが、その人々もナビスの存在を知ることになった。

 また、ナビスを知ってはいても信仰はしていなかった人々も、メルカッタをほとんど1人で守り抜いた聖女ともなれば、人々はナビスを讃えないわけにはいかない。

 ついでに、今回の信仰心の会得には、澪も大いに関わっている。

 澪は、ナビスのプロデューサーとしてだけでなく、あちこちでの折衝役や雑用としても働いていた。魔物によって被害が出てしまった畑の復旧を手伝ったり、魔物を恐れる人々を励まし元気づけたり、といった活動を自ら買って出ていたため……澪も、信仰を集めていたようなのである。

『ミオ様はやはり、凛々しく素敵な方ですから、戦うお姿を見て魅了される人々も大勢居たようです』とは、ナビスがぽやぽや光りながら話していたことである。

 澪本人としては、自分が信仰を集めるなどどうにも気恥ずかしいものがあるのだが、それが巡り巡ってナビスや世界の為になるのだというのなら、まあ、それはそれでいいのだろうと思っている。

「ただ……平常時の方が、いいですね」

 そんな折、ふと、ナビスが言った。

 澪がナビスの顔を見てみると、ナビスはやはり少々疲れた顔で、ほふ、とため息を吐く。

「人々が必死に祈らねばならない状況での祈りは、どうも、ぴりぴりしていて……あまり、幸せなことではないな、と」

「あー……そっか。うん、そうだね」

 今回、信仰心が集まった一番の理由は、『危機が迫っていたから』だろう。

 人は、自分にはどうしようもない危機が訪れた時、祈るしかない。祈ることしかできない。ましてや、この世界は祈りがそのまま力になる世界だ。だから人々はより必死に、全力で、祈る。

 ……だが、それは決して、良いことではないのだろう、とも、思う。『ぴりぴりする』というナビスの言葉も、なんとなく分かるような気がする。

「本当なら、祈りなんてなくていい方がいいんだよね」

「はい。私はそう思います」

 祈らなければならないようなことなど、無い方がいい。

 祈りしか人々を救えないような状況には、ならない方がいい。

 祈らせる側である立場の澪も、そう思う。『ぴりぴりしない』祈りを暢気に捧げていられる方が、絶対に良い。普段のように、ただ、ナビスの可愛さと強さを讃えて祈りにしていられる状況の方が、絶対に、良いのだ。

「まあ、それはそれとして、ナビスの素晴らしさを世界中に布教したくはある」

「えっ!?も、もう!ミオ様は!ミオ様はすぐにそういうことを仰るから!」

 照れるナビスにつつかれながら、澪は思うのだ。

『アイドル』への信仰は、必死さは必要なく、生命の危機からは遠く、それでいて優しく明るく楽しい……ものすごく平和な宗教ではないだろうか、と……。




 そうして澪とナビスはポルタナへ帰還する。そしてその途中で、ブラウニーの森へ立ち寄った。

 のだが……。

「おおー……ここは平和だ」

 ……多少の心配が、無いでもなかった。ブラウニー達は大丈夫だろうか、と。神霊樹の実は渡したが、それでも魔物の活性化に負けてしまってはいないか、と。

 澪とナビスは、自分達の心配がまったく無駄であったことを知った。何せ、ブラウニー達は全員、元気にペンライトを振る練習をしていたので!

「ブラウニー達がやると、キレのいい動きってかんじじゃなくて、ぽわぽわふよふよした動きになるんだよねえ……わー、かわいいじゃんかわいいじゃん。えへへへ……」

 小さな手で一生懸命につまようじペンライトを振るブラウニー達は、澪とナビスを見つけるとすぐ、にこにこしながらわらわらとやってきて、ぴょこぴょこと跳ねる。かわいい。

「ああ……平和ですねえ」

「うん、平和だー」

 ブラウニー達の様子に、澪もナビスもとろんと笑うしかない。やはり、誰も切羽詰まっていなくてにこにこと機嫌よく、楽しいのが一番である。


 それからブラウニー達は、澪とナビスの服の裾を引っ張りながら、森の真ん中へ案内してくれた。するとそこには……。

「あらっ、もう芽が出たんですね。流石は神霊樹、ということでしょうか」

 なんと。金のどんぐりを埋めたところから、ぴょこん、と可愛い芽が顔を出しているではないか!これには澪もナビスも、驚かされる。つい数日前に埋めたどんぐりから、もう芽が出ているとは!

 ブラウニー達が小さなじょうろで代わりばんこに水をやる中、神霊樹の芽はゆらゆら揺れている。ブラウニー達はそんな芽が可愛いと見えて、皆でにこにこと芽を見守っているのだ。

 やはり、ブラウニー達は神霊樹の傍に居ると調子が良いらしい。この間のように苛立っていたり、人間に攻撃しようとしたりするブラウニーは見受けられない。

「ブラウニーの皆は、調子いいみたいだね」

「ええ。このあたりの空気は、魔除けの気配に満ちていますし……やはり、このブラウニー達はただの魔物とは異なる、別の存在になったのかもしれません」

「まあ、ナビスを信仰してる時点で、ねえ……」

 ……今回、メルカッタ近郊で人を襲っていた魔物と、このブラウニー達と、何が違うのか、と言われるとなんとも難しい。元々の気質の違いや知能の違いもあるのだろうし、一概には何とも言えない。

 だが……どうも、ブラウニーもスケルトンも、ナビスを推すために(或いはナビスを攻撃せずに居られるように)金のどんぐりを欲していたように見えた。

 つまり……何か好きなものがあると、魔物は攻撃的にならずに済む、のではないだろうか。




 ブラウニーが大人しくて元気な理由はさておき、ひとまずこの森が無事でよかった。澪とナビスはブラウニー達に別れを告げ、急いでポルタナまで戻る。

 ……すると。

「ああナビス様」

「はい!スケルトンですか!?」

 人間の鉱夫達がわたわたとやってきたので、澪もナビスも身構える。三度目だ。三度目の正直とも言うが、二度あることは三度あるとも言う。仏の顔も三度まで、とも。

 だが。

「いや、お客様がいらっしゃってて!」

「へっ?」

 鉱夫達から出てきた言葉は、予想外なものであった。


「あら、やっと戻ってらっしゃいましたの?」

 澪とナビスが鉱夫達と共に慌てて教会へ戻ると、そこには……なんと、聖女マルガリートが待っていた!

「わーいマルちゃん久しぶりー!」

「マルちゃん様!ご無事なようで何よりです!」

「きゃーっ!くっつくんじゃありませんわ!あなた達、慎みっていうものがありませんの!?」

「うん!無い!」

 ひとまず、再会を祝して、ひっつく。ぎゅう、と抱き着けば、マルガリートは困惑していたが、澪もナビスも互いに互いのせいでくっつき慣れしている。今更マルガリート相手に躊躇うことは無い。そして慎みは女子同士では捨ててよいものとする!


 一頻りマルガリートにくっついた澪とナビスは、満足してマルガリートを解放した。マルガリートは『やっぱりあなた達、おかしいんじゃないかしら!?』というようにぷりぷり怒っていたが、そんな顔も可愛いので澪は満面の笑みである。

「で、マルちゃん。マルちゃんが来たってことは、レギナの方はもう大丈夫、ってことだよね?」

「ええ。大半を私とエブルが片付けることになりましたけれど。当然、もう大丈夫よ」

 マルガリートは堂々と胸を張り、豊かな金髪を肩へ流しつつ、優雅に誇る。その様子が正に『マルちゃん!』というかんじなので、澪とナビスはぱちぱちと拍手を送った。

「ああ、よかった……レギナの方も魔物が出たと聞いて、心配だったんです」

「あら、妙なことを仰るのね。レギナはこの世界で一二を争う安全な街でしてよ?何せ、聖女があれだけ居るんですもの」

 当然、とばかりに言うマルガリートを見て、澪は『あー、そう言われればそうか。聖女がいっぱい居る町って、つまり、兵力がいっぱいある町っていうのとほぼ同義か』と納得した。

 また、『レギナに聖女が多いのって、防衛力確保のためなのかも』とも。レギナには人が多い。その分信仰心も多く、守る必要も多く……結果、多くの聖女が居る、と。実に納得のいく話である。


「それで?こちらはいかがでしたの?」

 それから、マルガリートは、ちら、と澪とナビスの方を心配そうに見つつ、そう尋ねてくる。ポルタナに来て、澪とナビスを見てみてもやはり、ちゃんと聞いておきたいらしい。マルちゃんは律儀なのだ。

「ん?メルカッタは私達で片付けといたよ。あと、コニナ村はひとまず大丈夫だってさ。ポルタナは出がけにぽこぽこやっていったし、元々魔除けががっつり掛かってるから、まあ、脅威は何も無かったかな」

「街道を整備しておいたのがよかったですね。ポルタナ街道が大規模な魔除けとして作動していますから、ポルタナへ近づこうという魔物は非常に少ないようです」

「そう……まあ、それならいいのですけど」

 ほ、と息を吐いて、マルガリートは『まあなんでもないですけれど?』というような顔をする。あからさまに心配して見せるつもりはないらしい。こういうところも含めてマルちゃんは可愛いなあ、と澪は思うのだが。

「あ、パディは?あっちも大変そう?」

「そうね。まあ、大変なんだと思いますわよ。私がレギナを出る前にはまだ、帰ってきていませんでしたもの」

「あら、まだお戻りではないんですね」

「ええ。途中で連絡はあったから、無事ではあると思いますけれど」

 マルガリートは、パディエーラの様子も心配なのだろう。ちら、と空の向こうの方を見つめている彼女の目には、不安や焦燥が見える。なんだかんだ、マルガリートは仲間思いなのだ。

「そう、連絡……連絡ですわ!あなた達、どうして連絡を寄こしませんでしたの!?」

「あ、ごめん。結構ずっと出ずっぱりだったもんだから」

「心配させてしまって申し訳ありません」

「ふん!次からは連絡を怠らないことね!」

 澪とナビスは、心配させてしまった分、しっかりマルちゃんに抱き着いておいた。マルちゃんからは『何するんですのー!』と不評だったが。




 それから澪とナビスは改めて、茶を淹れて卓についた。そして、心配してこちらに来ていた鉱夫達には戻ってもらって……澪とナビス、マルガリートとマルガリートの弟エブルとの4人きりになる。

「で……これ、おかしいよね?」

 澪が切り出すと、マルガリートは深刻な表情で頷く。

「ええ。国中で、一斉に、このように魔物が活発になるだなんて……悪い予感しかしませんわね」

 ……そう。

 一旦、片が付いたとはいえ今回の魔物騒動、裏に潜むであろう何かを見過ごすわけにはいかないのだ。


「1つ、ご報告が」

 マルガリートは声を潜めて、話し始めた。

「……そう。私がポルタナへ来た理由は、報告のためですのよ。手紙では心配だったものだから……」

 ちら、と窓や扉の方を見て、人が居ないことを確かめると、マルガリートはそっと、告げたのだ。

「……元聖女のトゥリシアが、監獄内で死んでいるのが見つかりましたわ」

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