前へ次へ
80/209

理由*1

 それから、数日。メルカッタ近郊にて。

「ふう……ナビスー、片付いたよー」

「お疲れ様です、ミオ様。……それにしても、凄まじいですね」

 澪とナビスは互いに周囲を見回して、息を吐く。ため息のようでもあり、緊張によって息が漏れたようでもあり。

 ……そんな2人の周りには、襲い掛かってきた魔物達の死骸が大量にある。

「やっぱり、大変なことになっちゃったね」

 今、澪とナビスはメルカッタのギルドに来た依頼を、片っ端から片付けているところである。




『魔物が凶暴化の傾向。注意されたし。』

 そう、澪とナビスが各地に連絡してからすぐ、2人の元にはメルカッタからの救援要請が届いた。

 メルカッタは、特定の聖女を有している訳ではない町である。普段はレギナの聖女達が自分達の力を誇示するが如くメルカッタ近郊の魔物狩りをやっていく、とのことだが……今、レギナの聖女達もレギナ近郊だけで手いっぱいらしいのだ。

 マルガリートからは、レギナの近況が綴られた手紙が送られてきた。『レギナ近辺では魔物が活性化していて、近々大規模な討伐隊を組んで駆除にあたることになりそうですわ』と。

 パディエーラは、故郷であるジャルディンに戻って、そこの守護をしているらしい。『レギナにはマルちゃんや他の聖女達が居るけれど、ジャルディンには居ないから、私が一度戻った方がよさそうだと思って』とのことだった。

 ……要は、メルカッタでもレギナでもジャルディンでも、魔物が活性化しているらしいのだ。澪が危惧していたことが、正に世界規模で起きている、ということである。


 澪とナビスは、真っ先にコニナ村に向かった。コニナには聖女がおらず、戦士の類もそう多くない。

 だが、コニナ村は流石と言うべきか、神霊樹の守りのおかげで魔物の被害は少なかった。また、聖女であるナビスが最近ちょくちょく通っていたこともあり、魔除けの効果がしっかり維持されていたようである。街道は整備途中であったので、道中には魔物が出たが、村自体への被害が無かったため御の字であろう。

 次に、2人はメルカッタの守護に向かった。メルカッタは人が多く、規模が大きい。戦士も多いため、戦力は多少、ある訳だが……こちらはコニナ村よりも、状況が悪かったのである。

 その結果が、今だ。

 いくつもの討伐依頼が片付かないまま日を跨いでギルドに残っており、更に、その魔物達は町を襲い始めた。幸いにして、魔物達が町の門を破壊しにかかっているところへ澪とナビスが到着し、そのまま魔物退治ができたため被害はほぼ出なかったが……この状況が続くと、まずい。

 そうして澪とナビスは、戦士達の手に負えないような魔物を狩るべくメルカッタ近郊をうろうろしては魔除けを行い、見つけた魔物は退治して、治安維持に努めているのだ。

「えーと、後は……あれっ、なんか居るね」

「ええ。恐らく、グリムですね。死を運ぶと言われる、犬型の魔物です」

「犬って言ってもホントに犬っぽいね。コボルドより犬成分強めだ。……あれは討伐依頼には入ってなかったよね」

 だが、討伐しても討伐しても、魔物が居る。討伐依頼が出ていない……つまり、まだギルドの職員に確認されている訳ではない魔物も、いくらか見られた。

「そうですね。しかし、駆除しておいた方がいいと思います。よろしいでしょうか?」

「もち。私もそのつもりだよ」

 澪とナビスは積極的に魔物を退治していく。頼まれていなくとも、見返りが見込めなくとも、戦って、人々を守るべく魔物を狩る。

 2人は勇者で聖女だ。人々の為に働くその心根まで、正に、勇者で聖女なのである。


 ……そうして2人は半日かけて、メルカッタの町の周りをぐるりと一周した。その間に倒した魔物は数知れず。

 もう、魔物の素材を回収するのも面倒になるほどであったので、高値が付きそうな大ぶりの牙や薬の材料になる一部の肝などしか回収しなかった。後は野となれ山となれ、ついでにメルカッタの戦士達の臨時収入となれ、である。

「結構いたねえ……」

「そうですね。これだけの数の魔物、一体どこから来たのでしょうか……」

「あー、なんかこんな話、レギナでもした気がする」

 さて、これだけの魔物を退治した後、気になるのはやはり、魔物の出所である。


 レギナでマルガリートとパディエーラを救った時もそうだったが、突然、魔物が現れたのはあまりに不審であった。特に、ゴブリンロードといった強力な魔物までもが複数居たことを考えると、なんとも奇妙な状況だったのだが……。

「近くにあるダンジョンを全て、巡回しましょうか」

「ううーん、そっか、そうなるよねえ。まあ、やるだけやってみる?でも、一回休憩挟んだ方がいいね。あと、礼拝式」

「れ、礼拝式もですか!?」

「うん。折角なら私達の魔物退治の功績を人々に伝えて信仰してもらいたいじゃん?」

 ひとまず、ここからさらに探索を行うのは少々無理がある。澪もナビスも動き通し、働き通しなのだ。それに、ナビスは大分、信仰心を消費している。その分は取り返させてもらわなければ、戦い続けることができない。

「よし!ってことでまずは、ギルド行こう!で、牙とか肝とか売ってお金にして、ついでに戦士の人達に魔物の死体は好きにしな!って伝えておこう!」

「ああ、それは確かに、良いですね!きっと彼らの収入になりますから」

 メルカッタの戦士達は、ナビスほどには強くない。魔物と戦うのも、一回一回命懸けだ。だからこそ、彼らには魔物の後処理を頼みたい。……魔物の死体は毛皮を剥いだり牙を採ったりすれば収入になるが、同時に、放置しておくと碌なことがないので、処理してもらえるならその方がいいのだ。

「で、夜はちび礼拝式兼ねて、ご飯食べてジュース飲んで、それで、いっぱい寝よ……」

「そ、そうですね……うう、いっぱい寝たいです!」

「ね!いっぱい寝ようね!いやほんと私達よく働いたって!これはいっぱい寝ても許されるやつ!」

 澪とナビスはそんな話をしながら、メルカッタの町へ戻る。……2人で町を飛び出してきた時、ギルドの面々は大層心配していた。彼らを安心させてやるためにも、早く戻らねば。

 そして……早く、寝なければ!




 ギルドに戻ったナビスは、拍手喝采を浴びながら光り輝いていた。澪はそれを眺めて、『どうだ、うちのナビスはすごいだろう』と満足している。

 ……当然と言えば当然なのかもしれないが、魔物狩りを延々と続けていた澪とナビスは、メルカッタの人々から大いに感謝されることとなったのである。

 特定の聖女を持たないメルカッタだからこそ、来てくれる聖女への感謝は深い。その深い感謝を浴びて、ナビスは大いに光り輝いている。……つまり、信仰心が集まっているのだ。

 それから澪とナビスは諸々の報告や連絡を行い、『魔物の死骸は好きにしていいよ』と伝え、その結果またも大喝采を浴び……メルカッタのギルド内は、『ナビス!ミオ!ナビス!ミオ!』とコールでいっぱいになった。ナビスは益々光り輝いた。

 そんなところで、ナビスが数曲歌えば、非常に多くの信仰心が集まることとなった。『皆さんの祈りが私の力になります。また明日、魔物討伐を行いますので、どうか、お力をお貸しください』と呼びかければ、多くの人がその必要を感じて強く強く祈ってくれたのである。

 やはり、実績を伴う慈善活動は、信仰心を大いに集める。特に、多くの人が魔物の出現に混乱し、恐怖している今だからこそ、ナビスに縋りたいと思う人は多く、その分、信仰も篤い。

『ものすごく効率的だったなあ』と澪は思うと同時に、ふと、思う。

 ……他の聖女も多分、こういう状況なんだろうなあ、と。

 信仰心を集めたい聖女が居るなら、今の状況は非常にありがたいだろうなあ、とも。




 たっぷりの信仰心と睡眠を確保しての翌日。

 澪とナビスは、近隣のダンジョンへとやってきていた。

「ダンジョンって、要は魔物の巣窟、ってかんじ?」

「そうですね。魔物が生まれ出てくる場所を、便宜的にダンジョンと呼んでいます」

 ダンジョン、というと、ゲームや何かを想像しがちな澪だが、今目の前にある『ダンジョン』は、単なる洞窟だ。……勿論、そこには魔物が住み着いているらしいが。

「魔物は、住み着くとそこで増えるんです」

「増えるのかー……え、増えるの?」

「はい。魔物の多いところには穢れが多くなります。そして、穢れから魔物は生まれますので」

 澪は、『はえー』と声を漏らす。魔物がどこから来るのかは今一つ分からなかったが、これが1つの答えであるらしい。

 魔物があるところに穢れが溜まり、穢れが増えると魔物が生まれる、と。……そういうことなら、突如として湧いた魔物達は、『穢れ』が突如として増えたことによって湧いたとも考えられる。だが、穢れ、とやらがそう簡単に溜まるようなら、とっくにこの世界は滅びていることだろう。となると、やはり何か異変はあったのだろうが……。

「あ。ということは、一度魔物を全滅させたところには、魔物は出てこない?」

 ついでにもう1つ、澪は思い当たってナビスに聞いてみる。

『魔物が居ると穢れが増え、魔物が生まれる』ということならば、『一度魔物を一掃してしまえば、穢れが増えないから魔物が生まれない』ということになるのでは、と。……すると。

「はい!そういうことです!」

 ナビスが笑顔で頷いてくれて、澪は自分の推測が正しかったことを知る。どうやら、ポルタナの鉱山が安全な場所になったのは、そういう理屈であるらしい。今まで『そういうもんか』と理屈抜きに納得していたものの理屈が分かって、また一歩、澪はこの世界に馴染めたような気がする。

「……あれ?ということは、ホネホネボーンズが居る鉱山地下3階は……」

「ああ、それなら問題無いかと。私達も定期的に入っていますし、何より、スケルトンの皆さんはとても綺麗好きですから!」

 綺麗好き、と聞いて、澪は思い出す。……確かに、スケルトン達が、何故か揃いの三角巾を身に着け、ハタキを持って、坑道内のあちこちをぱたぱたとやって煤を落としたり、採掘作業によって生まれた土埃を箒で掃いて綺麗にしていたり、そういう光景を見たことがある。

 ……そうした光景を思い出すと同時に、『えっ!?穢れって、物理的なやつ!?マジで!?』と思ったのだが、確か、日本の『穢れ』観も似たようなものだと古文の授業で習った記憶がある。そう。綺麗好きなスケルトンの住まう場所では、新たな魔物が生まれないのだ。

 ……それはそれでおかしい気もするが、澪は考えるのをやめた。そういうものはそういうものとして受け入れるに限る。


「そっかー……じゃあ、ここはまだ誰も攻略してないダンジョン、ってことかな?」

「そうですね……『意図的に』攻略されていないのかもしれません。メルカッタには戦士が大勢います。そして魔物は、資源でもありますから……意図的に攻略しきらずに魔物が湧き出続けるように保ってあるダンジョンも、あるんです」

「なるほど」

 さて。そんな『ダンジョン』だが、緩やかに魔物が増えては倒され、増えては倒されるだけなら何も問題は無いのだ。むしろ、魔物の牙や皮は資源になる。弱い魔物が一定数居ることを有難がるものは多い。

 だが……。

「……でも、ここはちょっとヤバいことになってそうだよね」

「ええ……ここも、魔物の活性化が進んでいるのでしょう」

 今、目の前にあるダンジョンからは、どうも、ただならぬ気配が漂ってきている。澪とナビスと一緒に来た戦士達は、『これヤバいんじゃねえか?』『俺は入るのやめとくぜ……』というような囁きを交わしている。

「ま、こういうダンジョンでも、魔物を一掃しちゃえばいいってことでしょ?」

 澪は、にやりと笑ってラッパを取り出した。澪の隣で、ナビスもまた、笑顔で杖を構える。

「なら、ここはもう大丈夫だね!」

「ええ!このダンジョン、攻略させていただきましょう!」

 そして、澪のラッパの音が響くと同時、ナビスの魔除けの波が広がって、ダンジョンの中へと進んでいくのであった。

前へ次へ目次