金のどんぐり*5
翌日。
澪とナビスは『大丈夫かなあ』と思いつつ、ひとまずブラウニー達の森へと向かった。
スケルトン達の反応を見ている限りでは、どうも、魔物が魔除けを浴びたがっているようにも見える。だが、魔物にとって魔除けは害であるはずだ。スケルトンの指が白煙を上げていたこともあり、澪とナビスは『ブラウニーにどんぐりをあげる時には細心の注意を!』と決めている。
さて、ドラゴンタイヤの馬車は速く、ブラウニーの森まであっさりと到着してしまった。
澪とナビスは若干緊張しつつ、ブラウニー達の森へと足を踏み入れ……。
「……うわ、なになになに?」
そこで、ぴゃーっ、とやってきたブラウニー数匹に、ぽこぽこぽこ、と叩かれる。……尤も、小さなブラウニーに小さなおててでぽこぽこやられても、文字通り『ぽこぽこ』といった具合である。全く痛みも衝撃もない。ただ可愛いだけである。
「ちょっと気が立っているのかしら……?」
「ご機嫌斜めなかんじ?確かに、なんだかイライラしてるように見えるねえ」
魔物の体調はよく分からないが、確かに、今のブラウニー達を見ていると、どうも、平常心ではないように見えた。澪とナビスをぽこぽこやっていた可愛いブラウニー達も、はたと気づいたようになって、申し訳なさそうにそっと後ずさりしていく。
「えーと……じゃあ、これ、なんだけど……」
こんな状態のブラウニー達に渡すのも躊躇われるのだが、渡さないわけにもいかないので金のどんぐりをそっと、掌に乗せて差し出してみる。……すると。
「おわああああああ!急に来た!急に!」
「どこから出てくるのか全く分かりませんね……」
澪が金のどんぐりを出した途端、あっちからこっちから、大量のブラウニーが出てきて澪の手の周りに群がり始めた。いつのまにやら澪の周りは、ふかふかブラウニー天国である。
「あ、こらこらこら。触ったら多分害になるから……ほーらいわんこっちゃなーい!」
更に、ブラウニー達は澪の手によじよじと上ってきては、金のどんぐりに触れるのである!
金のどんぐりに触れたブラウニーは、澪の手の上で、きゅう、とひっくり返ってしまった。可愛いのは可愛いのだが、ブラウニー達の体調とメンタルが心配である。何故彼らは死に急ぐような真似をしているのだろうか!
「あら?起きたみたいですね」
澪が金のどんぐりをポケットに戻し、ブラウニー達の安全を守ろうとする中、ナビスはブラウニーの傍で声を上げた。どうやら、先ほど『きゅう』となっていたブラウニーが目を覚ましたらしい。
「大丈夫?あなた達は不用意に魔除けに触れてはだめよ?」
ナビスはブラウニーを優しく諭すようにそう言うと……ブラウニーは言われた端から、ナビスの荷物鞄に潜り始めた!
「あ、駄目よ。これは魔除けの……あららららら」
そして、中から聖水の瓶を取り出すと、止める間もなく栓を抜いて、中身を浴び始めたのである!
「……あら?」
「あれっ、だいじょぶみたいだねえ」
……だが、ブラウニーは、無事だった。魔物は聖水を浴びせられると溶けたりなんだり大変なはずだが、それが、無い。
ブラウニーはそんな自分自身を確認すると、『おおー!』というように、感激に目を輝かせる。周りで見ていたブラウニー達は、聖水をかぶって無事なブラウニーに笑顔で拍手を送ったり……澪のポケットの中の金のどんぐりに向かっていったりするのだ。
「え、あ、ちょ、こらこらこらこら」
澪は半ば止める気も起らないままブラウニー達を見守る。ブラウニー達は金のどんぐりに触れると、皆揃って、きゅう、と倒れてしまうのだが、目が覚めると聖水が平気なブラウニーになっている。
「これは一体……」
「えーと……とりあえず、ブラウニー達はご機嫌だねえ」
そして、さっきまでイライラした様子もあったブラウニー達だが、今は憑き物が落ちたように、すっかりのんびりご機嫌である。
つまり……澪とナビスには、状況がサッパリ分からないのだった。
だが。
「おやおやおや……?ペンラの用意は万端なんだね?」
ブラウニー達はそれぞれに夜光石の欠片を括りつけたつまようじくらいの棒を持って、わくわくそわそわと期待に満ちた目をこちらに向けてくる。これはどうやら、ライブの催促であるらしい。
「そ、そういうことでしたら……」
「……もしかして、ナビスの歌を聞きたくて、それで自ら、魔除け?」
澪とナビスは訝しみつつ、期待しているらしい可愛いオーディエンス達に向けて、数曲披露することにした。
始めは、いつもブラウニー達のライブやホネホネライブでやっているような、聖歌以外の歌を歌っていた。だが、『いけるんじゃないだろうか』という淡い期待の元、控えめな声で聖歌を歌ってみる。
すると、効果は絶大であった。オーディエンスのテンションは最高潮。まるで、ナビスが聖歌を歌うのをずっと待ち望んでいたかのような喜びようだ。
更に変化があった。なんと、ナビスの歌声に吸い寄せられるようにして、他のブラウニー達も木の陰や草の下からひょこひょこ出てきたのである。
中には、自力で動けないほどに弱ったブラウニーも居た。だが、彼らは他のブラウニー達の助けを借りながらよろよろとやってくると、会場の片隅に置いてある金のどんぐりに触れ、きゅう、となり……そしてそれ以降は、すっかり元気になって、他のブラウニーに混ざってライブに参加するようになる。
「……治療、なのかしら」
「うん、私にもそういう風に見えるよ」
ここまでくると、澪とナビスにも何となく、分かる。
どうやら、ブラウニー達は魔除けを自らに施すことで、元気になる……らしい。
「最初にちょっと気が立ってたのって、何か具合が悪かったのかなあ。例えば、なんかこう、魔物寄りになっちゃう気分だった、とか?」
「あの可愛らしいぽこぽこも、人間を襲う魔物のそれと言われれば確かに、筋は通りますね」
ブラウニー達と出合い頭にぽこぽこやられた時には『かわいいなあ』としか思わなかったが、あれは、人間に敵対する魔物のそれだったのかもしれない。ブラウニーがやってもまるでダメージにならないわけだが……あれをスケルトンにやられたら、澪とナビスは怪我の1つや2つ、していた可能性が高い。
「ふーむ……よく分かんないけど、彼らは魔物っぽくなりたくなくて、金のどんぐりを欲しがってた、ってかんじかなあ」
「或いは、礼拝式に参加したくて、という動機なのかもしれませんね。こんなに喜んでもらえるとは思っていませんでした」
今も尚、ブラウニー達は大興奮でペンライトをふりふりやっている。ナビスの聖歌はブラウニー達に大人気だ。魔物なのに。魔物なのに!
「……ということは、スケルトン達にも、やらせてあげた方がいいのかなあ」
「かも、しれませんね……。もしかすると、彼らもこのままでは、人を襲うようになってしまう、のかも」
……魔物が、魔除けを欲しがっている。この不思議な状況をどう見るかによっては、中々、恐ろしい状況が想起されてしまいそうだ。
澪はふと、コニナ村やその他の……レギナで知った諸々の村のことなどを思い出す。
魔物の急増によって村を追われた村人達。魔物を操ったかのようにゴブリンロードを集めてみせた聖女トゥリシア。
あれらと、今回のブラウニーやスケルトンのどんぐりブームに何かの関係があったなら……少々まずいことになりそうである。
それから、澪とナビスはブラウニー達に、鋳造のお願いをしてみることにした。
「ええと、こんなかんじのペンラをね、いっぱい作りたいんだ。鋳造……って分かるかな。溶かした金属を型に入れて固めるような、そういうかんじのを想定してるんだけど……」
要は、ペンライトである。ナビスの杖型ペンライトを量産するために、ブラウニー達の力を借りられないだろうか、というお伺いであった。
ブラウニー達は、ナビスの杖を見上げては目を輝かせ、憧れのため息をうっとりと吐き、そして、澪が見せたナビスの杖型ペンライトに拍手を送って、そして、澪の注文を笑顔で受理してくれた。
これには澪もナビスも、大助かりだ。……勿論、ただでというのも悪いので、くるみパンとぶどうパン、それに瓶詰のミルクと、ナビスの紋章が入った手ぬぐいとをプレゼントすることにした。
ブラウニー達が一番喜んだのは、案の定と言うべきか、手ぬぐいであった。……彼らは人間の村の物販には行けないので、ナビスグッズを買い集めるのも難しいのである。そして、彼らはもう立派にナビス信者なのだ。ナビスの聖歌聞きたさに魔除けを施したかもしれない、筋金入りの信者なのである。当然、ナビスグッズに大喜びするわけである。
そうしてブラウニー達が、金のどんぐりを森の一角に埋めて水をやり始めたのを見届けてから、澪とナビスはポルタナへ帰る。
帰ってすぐ、骨達の様子を診なければ、と心に決めつつ。
「おおー!ナビス様!お帰りでしたか!実は……」
「あああ、そのお言葉、つい昨日も聞いた気が……!」
そしてポルタナに戻ってすぐ、澪とナビスは下山していた鉱夫達に呼び止められたのだった。既視感が強い台詞を聞いて、ナビスは頭の痛そうな顔をする。
「骨か!骨なんだな!?さては骨だな!?」
「おお、よく分かったなミオちゃん!」
案の定、スケルトンに異変があったらしい。
慌てて澪とナビスが鉱山地下3階へ向かうと、そこではスケルトン達が暴れていた。
「おおう、予想以上の暴れっぷり」
スケルトン達の暴れ方は、ブラウニー達のような可愛らしいものではない。つるはしを振り回し、澪とナビスを、そして人間の鉱夫達を攻撃しようとやってくる。
「っと、やばいね。皆、辛そう」
……そして、暴れるスケルトン達は、本人達も困惑しているように見えた。つるはしを振り回そうとする腕をなんとか抑えようとしていたり、仲間を取り押さえようと頑張っていたり……『何か』に抵抗しようとしている様子が見られる。
「よし!ナビス、どんぐりだ!」
「はい!皆さん!どうか落ち着いて!さあ、どんぐりです!金のどんぐりですよ!」
こうなっていては、もう躊躇う時間すら惜しい。ナビスは躊躇なく、ポケットから金どんぐりを出してスケルトン達に向かって掲げる。
……すると。
「おおー、やっぱり彼らは理性あるホネホネボーン……」
スケルトン達は、ブラウニーがそうしていたように、金のどんぐり目掛けてすっ飛んできたのである!
……そうして、坑道の中には、しゅうしゅうと白煙を上げながらも満足気に倒れ伏すスケルトンでいっぱいになった。
「お、おいおい……これ、大丈夫なのか!?骨野郎共は、無事なんだよな!?」
「うん。多分」
「多分!?」
人間の鉱夫達は、すっかり仲良くなった骨達を心配して、『大丈夫か?』『頑張れ!』と声を掛けながら骨達を抱き起こしたり、背骨をさすってやったりしている。
「大丈夫ですよ。おそらく彼らは、自らに巣食おうとする魔を祓うため、この金のどんぐり……神霊樹の実に、触れたのです」
ナビスがそう説明しながら、骨の元へ膝をついて、そっと骨達の様子を診る。すると、骨達は意識を取り戻したらしく、緩慢な動作ながらナビスを見上げ、満足気に頷いてくれた。
「そ、そうなのか……えーと、ナビス様。つまりそりゃ、どういうことですかね?」
「つまり彼らは、苦しい思いをしてでも、人間を襲わないで済むようになりたかったのだと思います。ね、皆さん」
骨達はナビスの言葉に、一斉に頷いて見せてくれた。『伝わって嬉しい!』とばかり、カタカタカタカタはしゃぐ骨も居た。
「おお、そうなのか、骨達……!ありがとうな、俺達、また一緒に働けるってことだよな!」
「これからもよろしくな、骨!また一緒にナビス様の礼拝式で盛り上がろうぜ!」
人間と骨、それぞれの鉱夫達は固く握手し合って、喜び合う。なんとも平和な眺めであるが、もし、偶々神霊樹の実を手に入れていなかったなら、彼らはまた、人間を襲う魔物になっていた可能性が高い。
「……とりま、マルちゃんとパディに連絡入れよう。それから、ポルタナ内にも注意喚起。後はメルカッタのギルドと、コニナ村にも」
澪は、じわじわと迫りくる緊張感に浸食されながら、そっと、ナビスに囁いた。
「何も無ければそれでいいけど、何かあってからじゃ、遅いから」
ブラウニーやスケルトンが、凶暴化しかけていた。ナビスを信仰する、信心深い魔物でさえも、人を襲いかけた。
……これを笑い飛ばすには、どうも、嫌な予感が強すぎるのだ。