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金のどんぐり*4

「な、何故ブラウニーが魔除けを……?」

「さ、さあ……」

 澪とナビスは、ポルタナへの帰り道を進みながら、ひたすら首を傾げている。

 ……ブラウニーは人間に友好的で、比較的魔除けの類に強いとはいえ、魔物であるらしい。なので、魔除けはブラウニーにとって、害である。だというのに魔除けになるらしい金のどんぐりもとい神霊樹の実を欲しがる理由がよく分からないのだ。

「ううん……本人達に直接聞ければよいのですが」

「ブラウニー達、喋ってはくれないからねえ」

 ブラウニー達の意思が気になるところだが、彼らは喋ってくれないのだ。お絵描きコミュニケーションでなんとかやり取りすることはできるが……果たして、魔除けを欲する理由をそれで説明してもらえるだろうか。

「まあ……ブラウニー達がいいなら、理由はどうでもいいんだけどさ」

「そう、ですねえ……」

 ……まあ、理由はともあれ、ブラウニー達がこれを欲しがっているというのなら、プレゼントする所存である。ブラウニー達にはお世話になっているし、今後も友好的な関係でいたい。そしてなにより、ブラウニーはかわいいのだ。




 やがて、ポルタナが見えるようになってくる。コニナ村の方から歩いてくると、ポルタナの鉱山が高くそびえる様子がよく見えるのだ。連なる山脈の切れ目、ちょっとした谷間を通っていくと、ポルタナの玄関口、ということになる。

 いつも通り、澪とナビスはその谷間を通って、魔除けの紐による光にぽやぽや照らされつつポルタナの中へと進んでいき……。

「あーっ!ナビス様!お帰りでしたか!」

「へ?」

 ……そこで、鉱夫達に行き会ったのである。

「あれ、皆、どしたの?何かあった?」

 鉱夫達は普段からずっと鉱山に居る。彼らの生活は基本的に鉱山付近で完結できるようにしてあるのだ。勿論、ちょっと酒を飲みに、といった用事のために山から下りてくることもある訳だが……それにしても、こんなに大人数の鉱夫が山から下りてきていることなど、礼拝式以外には無いのだが。

「いや、それが……」

 澪とナビスがやや緊張しながら見守る中、鉱夫達は少々気の抜けた顔で、首を傾げつつ、不思議そうに説明してくれた。

「地下3階の骨達がよお、どうも、朝の魔除けのラッパの音を聞きに行っちまって、具合悪くなってるみたいでよお……」

 ……彼らの説明を聞いた澪とナビスは、顔を見合わせた。

 どうやら、魔除けされたがる魔物、というよく分からない生き物が、ここにも居るらしい。




 澪とナビスはコニナから帰ってきたその足ですぐ、鉱山へ向かっていった。

 そして、坑道入り口付近の鍛冶場の鍛冶師達に挨拶し、坑道の中で戸惑いつつ働いている鉱夫達に『早く行ってやってくれ!』と急かされ、坑道の中で昼寝していたらしい鉱夫をうっかり踏んづけてしまって『びっくりした!』と驚かれ、謝り、しかしそもそもこんなところで昼寝しないでくれと頼み……。

 ……そして。

「……文明!」

 鉱山地下3階に到着した澪とナビスは、椅子を勧められ、お茶を出され、お茶菓子まで提供され……そして、カタカタカタ、と嬉しそうにしているスケルトン達に囲まれている。

 そう!スケルトン達にもてなされているのだった!


「文明だよ。文明開化だよナビス」

「あああ……スケルトンの皆さんに、文明が……文明が発生していますね……」

 澪とナビスは只々困惑しているのだが、スケルトンの皆さんはとてつもなく理性的で、とてつもなく文明的なのである。いつからどうしてこうなってしまったのかは分からない。

 否、澪はここを訪れる度に『おおー、ホネホネ達はちょっとずつ進歩してるなあー』などと思ってはいた。いたが、まさか、ここまで文明的になっているとは思わなかったのである!

「お茶、おいし……」

「ええ、おいしい、ですね……」

 澪とナビスがお茶を飲むと、スケルトン達はなんとも嬉しそうに、うきうきと浮かれた様子を見せる。浮かれる骨とは世にも奇妙なものもあったものだが、実際に目の前にそういう骨が居るんだから仕方ない。

 少し周りを見てみると、坑道の一角、今澪とナビスが通されている場所は、『応接間』のようになっていた。

 少々高めに天井を掘り抜いてあり、そこに夜光石がランプ代わりに吊るされていて、そして、簡素ながらも椅子と卓があり、あるいは椅子や卓代わりにするための木箱などが置いてあるのだ。

 そして、きちんと換気口を設けてあり、その下にはかまどがあり、火が焚かれており、その上では古びてはいるものの清潔な薬缶がしゅうしゅうと湯気を上げている。壁面は棚になるよう丁寧に掘り抜いてあって、そこには人間の鉱夫に買ってきてもらったのか、茶葉の缶や調味料の瓶、ブリキのカップなどが並んでいた。

 調味料があるということは、この骨達はお料理もする骨達へと進化を遂げているのだろうか。尚、澪とナビスはこの茶を勧められた時、シュガーポットからお砂糖を取り出す骨を目撃している。澪とナビスはそれぞれ2つ、お砂糖を入れてもらった。そして実際に甘いので、もう訳が分からない。

「文化的で健康的な、骨……!」

「こ、これは……う、うーん、出会ってすぐの印象とは、大分、違いますね……?」

 そう。ここに居るのは、文化的で健康的な骨。基本的人権は我にあり!と主張しているかのような……或いは、人生を謳歌しているかのような、そんなウキウキ楽し気な骨達なのであった!


「え、えーと、皆元気そうで何より……あ、いや、倒れちゃった人、居るんだっけ?」

「そ、そうでしたね。確か、魔除けの光に触れて具合を悪くしてしまった骨の方がいらっしゃると……」

 さて、骨の空気に流されてお茶を飲んで寛いでしまった澪達だが、ここへ来た目的は、うっかりラッパの魔除けに触れて体調を崩してしまったという骨の様子を診るためであった。澪とナビスがそっと立ち上がると、骨達は『ああそういうことなら』とでも言うかのように頷いて、カタカタ鳴りながら澪とナビスを案内してくれた。

 ……そしてそこには、ベッドやハンモックがあり、そこに骨が寝ていた。

 非常に文明的である。ぼんやりとつるはしを振るっていたあの頃のぼんやりボーン達はここにも居ない!もうどこにも居ない!


「あ、あの、お見舞いに参りました」

 そしてナビスがそっと、寝ている骨達に近づくと……骨達は、はっとしたかのように上体を起こして、それから、きょろきょろ、と辺りを見回して……枕元に置いてあったペンライトを手に、ふりふりふり、とやり始めた。アイドルを目撃したファンのようである。否、実際、そうなのだろうが。

「えーと、皆、具合は大丈夫?……大丈夫そーだね」

 骨達は、元気であった。ただ、若干、動きにキレが無い、ようにも見える。……本来、スケルトンは動きにキレなど無いはずなので、正常といえば正常なのだが。

「うーん……魔除けされたがってる、っていうかんじでもないよなあ」

 澪は骨達を見て、不思議に思う。

 ……実は、『もしかして、魔物であることが厭になって、浄化されてしまうために魔除けされに行ったんじゃないかな』と、少しばかり疑っていたのだ。

 だが、今、ここでナビスと澪を前に楽しそうにしている骨達を見る限り、少なくとも自殺志願者のような暗さは全くない。光のホネホネである。

「ブラウニーといい、骨の皆さんといい、最近の魔物達の間では、魔除けされるのが流行っているのでしょうか……?」

「あー、バンジージャンプ的な……?チキンレース的な……?いや、そういうかんじでもないよなあ……」

 スリルを求めて魔除けされる魔物、という訳ではないように見える。ここの骨達については一周回ってそれもあり得そうな気がしてきたが、少なくとも、ブラウニー達はそういう性分ではないだろう。考えてみても、余計に謎が深まるばかりだ。

「もしかして、彼らも神霊樹の実を欲している、とか……?」

「あ、そうかも。一応見せてみよっか」

 ブラウニーとスケルトンが同じようなことをしているとなれば、一応、確かめておきたい。

 澪は、ポケットに入れていた金のどんぐりを取り出して、ほい、と、スケルトン達に見せてみた。

 ……すると。


 スケルトン達は、おお、と驚くような喜ぶような仕草を見せて、澪の手の上、金のどんぐりへと手を伸ばしてきた。

 ……そして。

 じゅ、と。

 音を立てて、骨の指先が、白煙を上げ始めたのである!




「おわわわあああああ!消えちゃう!消えちゃうって!」

「きゃあああああ!大変!大変です!」

 澪は即座に金のどんぐりをひっこめ、ナビスは悲鳴を上げた。

 当のスケルトン本人は白煙を上げた手をふりふり振りつつ、他のスケルトン達と『あー』『だめかー』というようなジェスチャーのやり取りをしているばかりで、まるで焦っていないのだが。

「す、すぐに治療を!……いえ、治療したら余計に駄目でしょうか!?」

「わ、わかんないけど、えーと、そちらは大丈夫そう?大丈夫そうなの?ねえってば」

 スケルトン達がスケルトン達同士で何やらカタカタお喋りしている様子を横からつつけば、スケルトン達は『大丈夫大丈夫』『元気元気』というようなジェスチャーをして見せてくれた。ジェスチャーでやり取りができてしまうのだから、やはり彼らの進化が目覚ましい。

「大丈夫そうだから、癒しの術はやめとこっか……」

「そ、そうですね。余計にひどくなってしまっては大変ですし……」

 ひとまず、スケルトン達は全く深刻そうにしていないので、澪とナビスは彼らを放っておくことにする。癒しの術も、神の力の行使なのだから、スケルトン達に悪影響を与えかねない。実際のところがどうかは分からないが、分からない以上、慎重を期したい。何せ、このホネホネ達は妙に、突っ走りがちなホネホネと化しているようなので……。


「……あら?」

 そんな中、ナビスがふと、声を上げる。

「どしたの?」

「いえ、何か……こう……」

 ナビスは、先程金のどんぐりに触れたスケルトンをしげしげと見つめていた。しげしげと、見つめて、他のスケルトンと見比べて、そして……。

「……肌艶が、増したのでは……!?」

 そんなことを言い出したのだった。


「肌……?いやー、骨艶……?あ、ほんとだ」

 澪も眺めてみたが、金のどんぐりに触ったスケルトンは、ほんのり、つやつやしているように見えた。まあ、骨艶が増した、といったところである。

「美容効果があるってこと?ええー……?駄目だ、謎が増えた」

「ううん……スケルトンの皆さんでこうだとすると、ブラウニー達、どうなってしまうんでしょう……」

 ありとあらゆることが、謎である。

 だが、ひとまず、ブラウニーのみならず、スケルトンについても金のどんぐりに何かあるようだったので……どうも、『金のどんぐりが欲しい』というのは、ブラウニー達だけの問題ではなく、魔物全体、または『人間に友好的な』魔物全体の話、と考えることができそうである。

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