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金のどんぐり*3

「村長さーん!」

「村長さん!お話が!お話がございまして!」

 澪とナビスはコニナ村に着いてすぐ、村長目掛けて走り出した。丁度、散歩がてら村の見回りをしていたらしい村長は、『何事!?』と驚いていたが、それどころではないので村長の驚きは無視するものとする。

「あのね、えーと、昨日、ポルタナとコニナの間に魔物が出ちゃって……」

「なんと!?」

「ああ、私は無事ですよ、村長。こちらの聖女ナビス様と勇者ミオ様に助けていただけましたので」

 まずは、昨日の報告から行う。街道整備の前に、現状を伝えるのが先なのだ。

「おお……村の者を救っていただけたこと、感謝いたします」

「いいえ、こちらこそ。コニナとポルタナの関係は、是非今後とも続けていきたいので……あの、そこで、提案なのですが」

「ポルタナとコニナの間の道、整備しない?コニナ村で手が空いてる人、集めてもらって……後は、こっちはこっちで、鉱夫の暇な人に声かけたり、メルカッタのギルドで呼びかけて人員募集したりする予定なんだけどね」

 澪とナビスが続けて提案していけば、村長はようやく、澪とナビスが走ってやってきた理由が分かったらしい。『成程!』と納得がいったように頷いてくれた。

「そういうことでしたら、是非。人員は可能な限り、たっぷりと出します。恐らく、メルカッタでの募集は必要ないかと。それから、街道整備に使う木材などこちらから出せますよ」

「では、鉄製の部品や魔除けの素材はこちらから。是非、よろしくお願いします!」

 街道整備の話があっさりと決まる。小さな村同士のこととはいえ、中々あっさり決まったなあ、と澪が不思議に思っていると……コニナの村長は、ほくほくした様子で嬉しそうにしていた。

「ポルタナとコニナが街道で繋がるとなると、ポルタナを経由すればメルカッタにも出られるようになる、ということですし……いやはや、ありがたい限りです!」

 そう。どうやら、この街道整備はコニナ村にとって非常に大きな意味を持つものであるらしいのだ。

 ……コニナ村は、メルカッタへは中々遠い。コニナ村とメルカッタを直接繋ごうとすると、間に山が挟まってしまうためだ。尚、この山は連なって連なって、ポルタナの鉱山まで続いている訳だが……。

 その山脈を越えていくよりは、山脈を避ける形でぐるりと回って行った方が、メルカッタまで、近い。……となると、ポルタナ・コニナ間の街道ができれば、コニナ村の人々はポルタナを経由してメルカッタへ出ることができるのである。

「あー、成程ね!ポルタナが経由地になれるのかー」

「増設した宿が常時役立ちますね!」

 これは、ポルタナ側からしても喜ばしいことである。

 ……というのも、ポルタナでは、礼拝式目当てにやってくる信者達のために宿を整備しているのだが、礼拝式が無い時にはそれらの宿がほぼ機能していないのである!

 ポルタナが宿場町として機能するようになれば、今、暇を持て余している宿にも定期的に人が入るようになるだろう。そうなれば安定して、ポルタナの宿を運営していくことができるのである。




 ……ということで、村長と一緒に、街道整備の話を詰めていく。『一気にやってしまいましょう!』という両者の合意の元、もう、さっさと明日から整備を始めてしまうことにした。

 荒れた道を整備するには、枯れ木を切ったり、根を掘り起こしたり、石を退かしたり、藪を刈ったりしていく必要がある。そしてそれらは、手間こそかかるが、そう技術が必要なわけでもない。コニナ村の人々が総出で始めれば、案外簡単に終わるだろう、とのことだった。

 そうしてコニナ村の村人達に街道整備を進めてもらう傍ら、ポルタナでは魔除けの紐の準備を進めていく予定だ。また、『そろそろ鉱山、飽きてきた……でも安定して給料は欲しいし、ポルタナは気に入っちゃったから出たくない気がするし……』というワガママ鉱夫達の為に、臨時で街道整備の仕事を出す。

 鍛えられた肉体を持つ鉱夫達がやってくれば、木や岩を退かすのも簡単になるだろう。そして鉱夫達も、『屋外!やった!』となる者が居そうなので、まあ、皆が幸せになれる。素晴らしいことである。


「えーと、村長さん。もう1つ、聞きたいことがあるんだけど……」

 それから澪とナビスは、こちらも忘れてはいけない大切なことを聞く。

「神霊樹の実、って、あるかな」

 金のどんぐり。そう。金のどんぐりをブラウニー達にプレゼントしたいのだ!




「ほほう。神霊樹の実、ですか。あの金色のどんぐりのような」

「はい!金色のどんぐりのような!」

 ひとまず、村長からも『神霊樹の実は金のどんぐり』という情報を得られた。これはもう、間違いないだろう。澪とナビスはより一層、意気込む。

「私達の大切な友達が、神霊樹の実を欲しているようなのです。お一つ、分けていただけないかと……」

 ブラウニーのことを出してしまうと何かと問題になりそうだったので、ひとまず『友達』という体で話を進めていく。そう。ブラウニーは友達。ナビスの信者であり、友達でもあるのだ。……そう考えると、あの小さな友達が余計に可愛く思えてくる。

「そういうことでしたら、是非。お2人は我らの恩人ですし、何より、神霊樹の実は困っている者に分け与えよ、と村に言い伝えられておりますから」

「本当!?ありがとう、村長さん!」

「きっと、私達の友達も喜びます!ありがとうございます!」

 こちらへ、と案内してくれる村長の後に続いて、澪とナビスは大いに喜んでコニナ村を進んでいくのであった。

 これで、ブラウニー達のお願いを叶えることができ、ドラゴンタイヤの恩を返すことができる!




 コニナ村は、ポルタナとはまた異なるのどかな風景であった。木々があり、畑があり……ポルタナよりも高低差の少ない土地であることもあって、遠くまで遮るものなく見渡せるのだが、そこにあるものは大体が、木と畑。あと家屋。そんな具合である。

 時々、牛や山羊といった家畜の類を見ることもできるが、まあ、それよりも畑が多い。コニナ村は農産物を主戦力として生きている村なのだ。

 尤も、冬であることもあり、どこか閑散として寂れた雰囲気すらある。だが、早速街道整備の話が出ているのか、村のあちこちでは村人達が集まって話し合う、活気に満ちた様子を見ることができた。

 生きている村だなあ、と澪は嬉しくなる。マンドレイクがわっさり茂っていたあの時よりも季節が進んで寂しい風景になっているはずなのに、あの時よりも今の方がより『生きている』かんじがある。これが、澪とナビスと、あとマルガリートやパディエーラの働きによるものだと考えると、なんとも嬉しいのだ。

「こちらです」

 そうして村長が進んでいった先は、コニナ村の中央の広場……そこにある巨木の根元であった。

「これが神霊樹、ですか?」

「いえいえ。神霊樹はこの下です」

「し、下!?」

 何事か、と思って村長を見守っていると、村長は巨木の根元……その一角にあった石碑を、よっこいしょ、とずらした。

 ごと、と重い石が動く音が響き、そして……。

「ささ。狭いですが、こちらへ」

「おおー……秘密基地みたいだ」

 石碑の下には、人間一人がやっと通れるくらいの小さな縦穴と、その下へ続く縄梯子とがあったのである。


 どきどきわくわくしながら澪とナビスは縄梯子を下りていく。縦穴は案外深い。体育館の床から天井くらいまでかな、と澪は自分の体感で深さを計測しつつ縄梯子を下りきって、縦穴の底の土を踏む。

 ふか、と足首が沈むような感覚に、おや、と思って見てみると、どうやら、この縦穴の下にはやわらかふかふかの苔がたっぷりと生えているらしかった。

「……この苔、いいなあ」

「ええ。なんだか、とっても素敵な感触ですねえ……」

 歩く度に、ふか、ふか、とする感触はなんとなく楽しい。澪とナビスはなんとなく、ふふ、と笑いながら村長に続いて歩いていく。

 縦穴の底から繋がる細い洞窟は、正に地下道。地面の下にあるものだからか、温度が安定しているらしい。地上よりも暖かく、居心地がいい。

「ちゃんと灯りがあって、整備されてるんだねえ」

 地下道の奥には照明が設置されているらしく、地下道も多少は明るい。物の形が分かる程度には明るいので、細い地下道を歩くのにもそう苦労が無い。……と思ったのだが。

「いやいや。灯りなど用意しておりません」

 村長は笑って、そう答える。どういうことかなあ、と澪とナビスが首を傾げていると……それは唐突に、目の前に現れた。


 ぽっかりと広く高く開けた空間の中に、一本の木が生えている。

 金色の枝。金色の葉。そして、金色の実。

 金色の光を纏って生える金色の木の姿は、圧巻であった。澪もナビスも、ただ木を見上げて、わあ、と驚くしかない。

 どうやら、この木が放つ金色の光は魔除けの光であるらしい。道理で地下道がぼんやりと明るかったわけである。そして……この村があるのは、きっと、この木があるからなのだ。




「この神霊樹は、微弱ながら魔除けの力を放つ木なのです。ですから、聖女の居ないコニナ村は何とかやっていけている、というわけですな」

 村長は神霊樹を見上げて、にこにこと嬉しそうにそう説明してくれた。

 ……ポルタナは、聖女の力でなんとか魔物の侵略を防いでいる村だ。聖女無くしては成り立たないだろう。山からも海からも、魔物は来るのだから。

 だが、このコニナ村には、聖女の代わりとなるものが元々あった、ということらしい。それがこの神霊樹、と。

「成程……このような木があるのならば、確かに、聖女が居なくとも村を保つための魔除けにはなりましょう」

 ナビスは魔除けの力を持つ者同士、神霊樹に何か親近感のようなものがあるらしい。そっと神霊樹に近寄って、その幹に触れる。……その姿があまりにも神々しいので、澪は『うおっ眩しっ』という気分になった。ナビスは可愛い。ナビスは眩しい。

「あれ?でも……神霊樹があるなら、どうしてこの村、マンドレイクに占拠されちゃったんだろ」

 眩しいナビスではなく特に眩しくない村長に視線を向けて澪は素朴な疑問を呈してみる。

 コニナ村は一度、マンドレイクに侵略されてしまったのだ。おかげでポルタナは今、切り干しマンドレイクを美味しく食べている訳だが……魔除けの力があるというのなら、あのようなことにならずともよかったのでは、と思ってしまう。

 すると。

「まあ……神霊樹も木ですからなあ。マンドレイクといった、植物の魔物はあまり除けてくれませんので、ああなりました」

「わーお……」

 ……どうやら、神霊樹も万能ではないらしい、ということが分かった。

 神霊樹は素晴らしいものだが……まあ、つまり、流石に聖女ほど万能ではない、と。そういうことらしい。


「まあ、しかし、神霊樹は聖女様に無い力も持っていますからな」

 村長は苦笑しつつ、大切そうに神霊樹の枝を見つめ、その枝をちょっと引っ張って下げつつ、そこにある葉や実る実を見せてくれた。

「葉は良い薬になります。おかげでコニナ村の者は病知らずです」

「ああ、万能の薬草となるのですね……素晴らしいことです」

 どうやら、神霊樹は魔物から村を守ってくれるばかりではなく、病からも守ってくれるらしい。

 ……澪は内心で、『でもナビスだって癒しの術使えるし!』と、勝手に張り合ってみた。まあ、澪はナビスの勇者なのでナビス贔屓なのである。

「そして、実ですが……」

 村長は、そっと、枝から金のどんぐりを2つ採って、それをナビスと澪の手の上に1つずつ乗せてくれた。

「これも強い魔除けの力を持っているそうです。村を出る者は皆、この実を一粒ずつ持って出るのです。すると、魔物に襲われても逃げきることができる、と……そう伝えられております」




「……魔除けの」

「ええ。言ってしまえば、これは神霊樹が芽吹くためのもの。ですから魔除けの力が詰まっているのでしょうなあ」

 笑う村長の説明を聞いて……澪とナビスは、顔を見合わせる。

 魔物であるブラウニーがこれを欲しがる理由が、分からない!


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