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金のどんぐり*1

 コニナ村の者だという彼らを、澪とナビスは早速、教会の礼拝堂へと招き入れた。ベンチが沢山あるので、ひとまず座って話すには丁度いい。鯨油のランプがほわりと温かな光を灯す中、皆はそれぞれにベンチに座る。

「そっかー。皆、コニナ村の人だったんだ」

 そうして最初に声を発しつつ、澪はコニナ村の面々に笑いかける。

 彼らがこの礼拝式に来てくれたということが、とても嬉しい。彼らはマンドレイクの大量発生によって村を出ざるを得なくなっていたわけだが、そんな彼らが礼拝式に来てくれたということは……こちらへ戻ってくることにした、ということだろうか。

「ええ。村の全員が揃って開拓地へ避難していましたが、ポルタナのナビス様とミオ様によって村が取り戻された、と聞いたものですから」

「それでも私達、慰問礼拝式までは開拓地の方に住むことを考えてたのだけれどね……慰問礼拝式でナビス様のお姿を見たら、ああ、このお方が村を取り戻してくださったなら、やっぱり戻らなきゃ!って思ったのよ」

 憧れの聖女なのであろうナビスを前に、コニナ村の人々はもじもじしつつも嬉しそうに話す。そんな彼らの話を聞くナビスもまた、至極嬉しそうだったし、澪も大変に嬉しい。

 コニナ村に人が戻るというのなら、澪とナビスが少々頑張った甲斐があった、というものだろう。特に、慰問礼拝式のおかげでこちらへ戻ってくることを決意してくれたというのなら、本当にあのコラボ礼拝式を開催してよかったというものである。

「改めて、聖女ナビス様、勇者ミオ様、本当にありがとうございます。そう近くもありませんが、コニナはポルタナのお隣さん、ということで……その、今後とも、どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします!ああ、お隣さんができて、嬉しいです!」

 ナビスは、コニナ村の人々の手を1人ずつ握って、嬉しそうに笑う。これにはコニナ村の人々も、『畏れ多い!でも嬉しい!』というような顔をするしかない。


「ね、ね。あのさ。コニナ村が落ち着いたら、でいいし、もしよかったら、なんだけど……コニナの作物を、ポルタナに売ってくれないかな」

 さて。そうして一通り、ナビス喜びの握手が終わったところで、澪は当初の目的を思い出す。

 そう。元々、澪とナビスがコニナ村を訪れたのはマンドレイクの収穫の為ではなく、農業の盛んなコニナ村の作物を分けてもらえないか、相談しに行くためだったのだ。

「お魚や金属製品、宝石類、それにお塩などは、こちらから出すことができます。そしてこちらは、急に人数が増えたこともあって、食糧の蓄えが心もとなく……」

「ああ、なるほど!そういうことでしたか!」

「それなら、ねえ?是非、こちらからも交易をお願いしたいと思っていたんですよ!」

 果たして、澪の提案はコニナ村の人々にも喜んで迎え入れられた。いっそ拍子抜けするほどのあっさり商談成立だが……コニナ村の人々の様子を見ていると、その理由はなんとなく、分かる。

「塩は元々、不足していましたし、ポルタナの魚が美味いのはここにきてよく分かりましたし!」

「油の類も、分けていただけたら嬉しいんですが……ああ、勿論、ポルタナで使う分も礼拝式で使う分もしっかり確保した上で、それでもまだ余るようでしたら!」

「俺達が育てた野菜が聖女ナビスのお口に入るかと思うと、余計に仕事に精が出るってもんですよ!嬉しいなあ!」

 ……そう。

 コニナ村の人々は、ナビスのファンになってくれたらしいのだ!




 それから澪とナビスは、もう少々、コニナ村の人々と話を詰めた。

 まず、流石に村に戻ってすぐ作物が採れるわけではない。特に、これから先は冬になる。冬の間はむしろ、コニナ村の蓄えがほとんど無いため、ポルタナがコニナ村を助けなければならないことも多いだろう。

 だが、コニナ村の人々は元気で、冬に収穫できる作物を栽培する予定らしい。根菜の一部は、今から種を蒔いても間に合うのだとか。ならばそれが収穫できてからが、本格的なポルタナとコニナの交易の開始、ということになるだろう。

 どのみち、このままいくとポルタナだけでポルタナの食料を用意するのは難しくなっていく。ならば、コニナ村他、外部の助けは必ず必要になる。冬の間始めの方はポルタナがコニナ村を一方的に助けることになるが、それを差し引いても十分お釣りが出る取引である。

 それに、こうして強固な絆を築いておけば、今後のためになる。

 ……信者集め、という点でも、こうしてやり取りのある村が増えるのは、大層喜ばしい。また、ポルタナの製品を販売するための販路ともなってくれるだろう。

 そういうわけで、澪とナビスは温かく、コニナ村の人々との協力関係を築いたのであった。




 ……そうして。

「うわ、寒っ」

 朝、教会の外に出た澪は、身を震わせた。

 ……最近、朝晩はめっきり寒くなってきている。ポルタナは夏を終え、比較的温暖な秋も終わり……今、冬を迎えようとしていた。


「おはようございます、ミオ様」

「おはよ、ナビス。今朝はほんと寒いねー」

「ええ。めっきり冷え込むようになりましたね」

 澪とナビスは畑や鶏小屋の様子を見るにも、しっかりコートを着ている。尚、このコートはお揃いである。ブラウニーに鯨肉と切り干しマンドレイクと頼まれていた白鶏の羽毛や獣の毛皮などをお裾分けしたところ、生成り色のキルティングのコートを拵えてくれたのだ。……尚、このコートは澪とナビス2人だけでなく、ブラウニー達ともお揃いである!

「なんとなく、冬の海って灰色っぽく見えるんだよね」

 遠く、教会の庭から見る海は、どことなく色彩の褪せたような印象がある。今日が曇天だからかもしれないが、それ以上に、余計に。

「そうですね。寒いと、余計に」

「ね。何せ寒いから。……はー、寒い寒い。中入ろ。それで、くっつかさせて!」

「あら。ふふふ、どうぞ!お好きなだけ!」

 2人は仲良く連れ立って教会へ戻ると、そこで、きゅう、とくっつきあう。寒い冬も、2人くっついていると案外暖かいのだ。


 朝収穫してきた卵で目玉焼きを拵え、切り干しマンドレイクや根菜で作ったスープを温め、パンを焼きなおして、2人の朝食が完成する。

 2人はすっかりおなじみになった教会の台所の小さなテーブルで、向かい合って食事を摂る。『今日の白ニワ達、くっつきあっててあったかそうだったけど、小屋の防寒機能もっと増やしてあげた方がいいのかな』『いえ、あれは寒くてくっついているのではなく、くっつきたくてくっついているようなので大丈夫かと』といった会話を挟みつつ、にこやかに笑いつつ。

「あ、そーだ。カルボさんとこ行って、ナビスの杖型ペンライトの進捗、聞かなきゃ」

「ああ、そうでしたね。それから、次の礼拝式用に新しい手ぬぐいの版を作らねば。ああ、コニナ村への支援も確認しましょう。そろそろ次の食糧を送った方がよいかもしれません」

「ふふふ、やることいっぱいだー」

 澪とナビスは今日の予定を確認し合う。……目下の目標は、ひとまず、コニナ村との安定した関係づくり。そして、次の礼拝式に向けたグッズの展開である。




 朝食を終えた2人は、みゃう、みゃう、と海鳥が鳴く海を横手に、海岸沿いを歩いていく。そうして製塩所へ辿り着くと、そこで海水に祈りを捧げて大量の聖水を作り、また、出来上がっている塩をいくらか分けてもらって、コニナ村への物資にする。

 続いて港へ向かって漁獲量の確認などを済ませたら、港から少し離れた所にある魚の加工所へ向かう。そこで村のおばちゃん達が『最近は魚が良く獲れるようになって!』『おかげで忙しくなって嬉しいわぁ!』と楽しく働いているところで、魚の干物などを購入。こちらもコニナ村への物資にするのだ。

 それからポルタナの山の麓、村の入り口近辺にある交易所を訪ねる。……こちらは、ポルタナ街道が整備されてから慌てて造られた建物だ。メルカッタからの商人は、ここでポルタナの品物を買い付けて、ポルタナは商人からここで商品を買い取る。ここはそういう施設なのだ。

 そこで顔見知りになった商人達に挨拶して、彼らから最近の社会情勢などを聞いて情報を仕入れつつ、小麦を数袋、分けてもらって交易所の片隅に取り置いておく。そこに塩や魚の干物、鯨肉の干し肉なども置いておけば、ひとまず、コニナ村の人に渡すための物資の準備ができた、ということになる。

 これらは次回、澪とナビスが『慰問』としてコニナ村を訪れる際に置いてくるのだ。明日か、明後日か、まあそのあたりになるだろうが……食料や物資を供給すると同時に、出張礼拝式を執り行い、コニナ村の人々を明るい気持ちにさせ、そして信仰心を貰ってくるのだ。信者は増やしていくに限る。

「えーと、じゃあ次は鉱山……の前に街道いっとく?」

「そうですね。まだ余裕はあるでしょうが、折角近くまで来ましたものね」

 それから続いて、澪とナビスはポルタナ街道の入り口へと向かう。

 相変わらず魔除けの紐が電線のように渡されたそこだが、澪とナビスはここに毎日来る必要は無くなった。

 というのも、ナビスの杖のおかげで、一度に流し込める魔除けの力の量が格段に向上したからである。

 今は、大体3日に一度、魔除けの力を流し込むだけでよくなっている。また、それ以上ポルタナを離れる場合でも、ナビスの杖自体に魔除けの力をたっぷりと込めて置いていけば、一週間ほどは魔除けの力を供給せずにポルタナ街道の魔除けの光を維持できるらしい。

 だが、念には念を、ということで、昨日魔除けを行った街道に、今一度、魔除けの光を灯しておく。これでまた3日程は放っておいてよい。


 こうしてひとまず村の整備が終わったところで、ようやく2人は鉱山へ向かう。

 鉱山では既に、つるはしの音が鳴り響いていた。また、最近ではすっかり鉱夫達におなじみになってしまったスケルトン達が、朝日を浴びながら鉱山の入り口で準備体操をしている姿も見られる。平和である。澪は『骨に朝陽ってビックリするほど似合わなっ!』と思っているが、骨達の心を傷つけないよう、それを口に出すことはしない。

 それから澪は魔除けの為にラッパを吹き、『ラッパの音で今起きた!寝坊した!びっくりした!』と慌てて出てきた鉱夫にドンマイと声を掛けてやり……そして、カルボ達、鍛冶師達の元を訪れるのだ。




 カルボ達の工房は、暑い。火を扱う場所であるので、冬でも関係なく、暑いのだ。そしてその中で楽し気に働いているカルボ達は、澪とナビスに気付くとすぐ寄ってきた。……だが。

「あー……お嬢ちゃん達。ちょっといいかい?」

 カルボがやってきて、なんとも気まずげな顔をしてくる。澪とナビスは、『何かあったかな』と少々心配になりつつ、カルボの言葉を待っていると……。

「あのぺんらいと?だが、ちょいと、量産は難しそうだ」

 そんな言葉がやってきたのだった。


「あー……やっぱり、厳しい?」

「そうだなあ、技術としちゃ、可能なんだが……このぺんらいと、ってのは随分と小せえもんだからな。量産すんのは厳しいぞ」

 カルボが、『試作した奴だ』と見せてくれたのは、見事にナビスの杖の形を真似て作られたペンライトだ。聖銀ではなく鉄を使って作られているもので、中央の宝石に夜光石を使ってあるものだが、これが中々に可愛らしい。

「素晴らしい出来栄えですね」

「うん。すごすぎだよこれ。でも、そっかぁ、これだけ細かいのやるとなると、量産は、厳しいよねえ……」

 細かな細工まで美しく仕上げられたそれは、確かに素晴らしいのだが……同時に、量産できないよなあ、と理解できる代物でもある。

「えーと、量産するとなると、鋳造とか、になるのかな」

「よく知ってるじゃねえか。……だが、鋳造するってんなら、俺達じゃねえ職人を頼った方がいいだろうな。俺達は鉄打ちの鍛冶師だ」

 澪は、そっかー、と頷いた。『質を落として量産してくれ』と頼むことはできるのだろうが、カルボ達には鍛冶師としてのプライドがあるのだろうし、それを損なうような仕事はあまりさせたくない。彼らの鍛冶の腕は確かなもので、彼らが作った剣や鎧を求めてメルカッタからやってくる人も居るくらいなのだから。

「じゃあ、これは量産できないタイプとして売ろう。お値段はその分、強気の設定で。ってことで、カルボさん。これ、できる限りでいいから作ってくれるかな」

 ということで、澪は早速、作戦をシフトする。

 ナビスの杖型ペンライトはいい目玉商品になるだろう。聖女の杖をかたどった灯りともなれば、有難みもあるというものだ。ただ鞄に吊るしておいても可愛いので、是非、これは多くの人々に使ってもらいたい。

 ……だが、それ故に、量産したい。

 高価版は、あったらあったでプレミア感が出るので良いだろうが、できればより多くの人に行き渡るようなものを作りたいのだ。

 そういう訳で、澪とナビスは……そっと顔を見合わせる。

「それで……廉価版も、欲しい所だけれど、ブラウニーかなあ」

「……ブラウニー、でしょうねえ」

「うん、やっぱり?」

 どうやらまた、ブラウニー達の力を借りることになりそうだ。


 困った時のブラウニー頼み。人間に難しい仕事は彼らに頼むに限る。

 だが……。

「……となると、そろそろどんぐり、探したいねえ」

「金のどんぐり、ですよね。うーん、どこにあるのでしょうか……」

 ならば、そろそろ、ブラウニー達からの頼まれごとを完遂したいところであった。

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