海戦、開戦*1
「おうい、お嬢ちゃん達!よく来たな!ほら、頼まれてたモン、できてるぞ!」
さて。鉱山に到着した2人は、そこで早速、カルボに呼び止められた。今回2人が鉱山に赴いたのは、カルボ達鍛冶師に注文していたものを受け取るためなのである。
……カルボ達鍛冶師は、今回、トゥリシアが主導してメルカッタの聖銀を管理していたことも知っている。そのトゥリシアが監獄に入ることになったことも知っているので、もう、メルカッタに戻っても良いはずなのだ。
だが……彼らは、『まあ、もうこっちへの引っ越しも粗方済んじまったし、何より聖銀の産地のすぐ傍に炉を構えられるならその方がいいし、俺達に声を掛けてくれたナビス様とミオちゃんへの義理は果たしたい』とのことで、ポルタナに残ることを決めてくれている。澪もナビスも、これには只々感謝するしかない。
そうしてカルボ達は、ポルタナで新たに鍛冶場を建設するという大掛かりな仕事を終えて、ようやく鍛冶師としての活動ができるようになってきた。そこで最初に頼んだのが……今回の仕事、である。
「うわーお、カルボさん、流石!仕事が早い!」
「聖銀の線、ですね!ああ、これで近海の魔除けが捗ります!」
注文していたのは、聖銀の線。聖銀を引き延ばしてしなやかかつ丈夫なワイヤーにしてもらったものである。
これを使えば、ポルタナ近海の魔除けが可能となる。大掛かりな工事がまた必要となるが……それはシベッド達に協力してもらって、なんとかしていくことになるだろう。
「ありがとうございます、カルボ様!」
「ま……こっちは皆して、愛想はねえが、やる気だけはあるからよ。何でも言ってくれ」
にや、と不器用に笑うカルボを見て、澪もナビスもにっこりする。今度ともよろしく!という気分で。
さて。そうして澪は早速、次の注文をすることになるのだ。
「それからカルボさん。また1つ頼まれてほしいんだけれど、いいかな」
「おう、何だ?言ってみろ」
「聖銀でね、めっちゃ可愛い杖、作って欲しいんだ」
こういうやつ、と、澪は早速図を描き始める。自分の記憶を元にして描く魔法少女のステッキ数種類。あまり自信はなかったが、ひとまず、『こういうやつ』の概要は伝わったようだ。
「まあ……可愛らしい意匠ですね。素敵……」
「ふーむ……宝石を使うことになるのか?」
「まあ、キラキラしてた方がかわいいからね!」
魔法少女のステッキを現実に再現しようとすると、とんでもなくお高くつく。金銀に宝石。材料費だけでとんでもないことになるわけだが……ここは異世界。そして鉱山のお膝元。となれば、魔法少女のステッキをハイクオリティーに実現することもまた、可能なのである!
それから、魔法少女の杖めいたナビスの杖づくりが始まった。
……デザイン面については澪も口を出せるのだが、これはあくまでも実用品である。この手のことについては、専門家であるカルボ達鍛冶職人と、使う本人であり神の力の行使に一番詳しいナビスが決めるのが一番いい。
カルボとナビスが話していたら、その内わらわらと他の鍛冶職人達も集まってきて、『聖銀の割合はこんなものでどうだろう』『使う宝石も厳選して効果をきちんと出していこう』『あまり銀を使うと重くなるぞ!』とあれこれ口を出し始めて、鉱山の中、鍛冶工房はたちまちにぎやかになっていった。
……職人達は、採算度外視の特注品を仕上げるとなると、非常にテンションが上がるらしい。次第に話は盛り上がっていき、『魔除けの塩を宝石代わりに使ってみたらどうだ!』『サビるぞ!』『いや、ここに使うのは聖銀だ』『ならサビない!』などと、どんどん発展していく。
そうして。
「よし……じゃあひとまず、これで作ってみよう。宝石の加工は、多少できる奴が居るからな。そいつに頼んで何とかしてもらう。金や聖銀の加工は俺に任せろ。柄の部分にはポルタナの木材を使う予定だ。どうだ?」
「ええ!是非、これでよろしくお願いします!」
……ということで、ナビスの杖の注文も無事になんとかなりそうである。
材料費はドラゴン素材を売ったお金から出すことにして、後は完成を待つだけである。
「ううー、可愛い杖を持ったナビス、早く見たいよう……」
「そ、そんなに期待されてしまうと、その、少し緊張してしまいますね……。でも、杖があればできることも増えますから、私も少し、楽しみです」
楽しみである。非常に、楽しみである。澪とナビスの『楽しみ』には少々、比重の差がありそうだが、それはそれとして、楽しみなことは間違いないのである!
杖は楽しみだが、その間にもできることはやっていく。
「シベちーん!ちょっといいー!?」
「んだよ」
そう。次は、シベちん案件……近海の魔除けについて、である。
ということで、澪とナビス、そしてシベッドは海の傍、白い砂浜の上、丁度、流木でベンチのようになったそこに座って、砂浜に枝で図を描きつつ相談することになる。
「聖銀の線を張って、海の魔除けを行いたいのですが……どのようにしたらよいでしょうか」
「そりゃ……網を編んで、海の中に張って、海を区切っちまうのが一番じゃねえのか」
有識者であるシベッドは、『こう』と、図を描いてくれる。
ポルタナの港から先の近海は、湾の形状になっている。その湾の入り口が少し窄まったあたりで区切るようにして聖銀の網を張っていく、ということらしい。
「それ、漁獲量に影響、出ない?だいじょぶそ?」
「網目を小さくしなけりゃいいんだろ?ああ、いっそ、網じゃなくても、線を何本か張るんでもなんとかなると思うけどよ」
澪が心配しているのはこの村の漁業への影響なのだが、その漁業従事者であるシベッドに言わせれば、『問題ない』とのことである。
要は、食用魚は通れて、魔物は通れないくらいの大きさの網目にしておけばよい、ということなのだろう。そのあたりは日本の漁と理屈が一緒なので、澪にも分かる。
「そうですね……強度を考えると、網の形にしてしまった方がよいでしょうね。網を編むことでしたら、私にもできますから」
「或いはブラウニーにお任せ……いや、ブラウニーも魔物か。聖銀を編ませるのは酷かなあ」
「は?ブラウニーに……?お、おい、最近鉱山でスケルトンと仲良くやってるだの何だの聞いちゃあいるけどよ、何か危険なことしてねえだろうな……?」
「ああ、うん、ブラウニーは可愛いしホネホネーズも可愛いとこあるから大丈夫!」
まあ、網作りについては、澪とナビス、そして聖餐の準備を何時も手伝ってくれるおばちゃんズに協力してもらえば何とかなるだろう。海と共に暮らすポルタナの人であれば、皆誰でも網づくりくらいはできるものらしいので。
となると……残る問題は、『設置』の方なのである。
「えーと、ところで網の設置って、どーいう風にやるの?杭を打ち込んでいって、その間に網を渡していくとか?」
「んなこと一々してられっかよ。錘と浮きを付けりゃいい」
シベッドの説明を聞いて、澪は『ああー成程!』とすぐ理解した。
海底に固定するとなったら、網の左右で固定するのではなく、上下で固定する方がいい。海中に杭を打つなど、確かに余りに面倒であった。
「まあ、ある程度は海中で調整が必要だろうけどよ」
「成程なー……それは、ちなみにどうやってやるもん?」
「は?素潜りしながらやりゃいいだろ」
シベッドは『当然』というように言っているが、中々にハードである。少なくとも澪からしてみれば、『素潜りかあ……』という具合である。
ポルタナではこれが普通なのかなあ、と思いつつナビスの方を見てみると、『素潜りですか……』という具合であった。……ポルタナの子であるナビスでもこうなので、シベッドがおかしいだけらしい。澪は安心した。
さて。そうと決まれば、早速網づくりからスタートである。
澪とナビスは聖銀の線を台車に乗せてごろごろ運びつつ、村のあちこちでおばちゃんズに声を掛け、協力を募った。
おばちゃんズは『丁度暇してたのよぉ!』『いいよいいよ!網なら得意だからね!やったげるよ!』と快く引き受けてくれたので、澪とナビスもおばちゃんズの輪の中に入って、一緒に網づくりを行う。
数本の聖銀の線を撚り合わせながら編んでいって、それを網の形にしていく作業だ。おばちゃんズは流石の貫禄で、作業スピードがとても速い。ナビスもポルタナで昔からやってきた作業であるので、相当に速い。
澪は1人、ほぼ初めての作業に苦戦しながら、それでもなんとか、『ワイヤーを撚り合わせるのだけはめっちゃ速くなった!』と自慢できる程度には成長していった。
……ものが出来上がっていく様子というのは、楽しいものである。成果が目に見えると、やりがいも出てくる。
やがて、おばちゃんズは『ナビス様!折角だから歌っておくれよ!』『そうすると私達のやる気ももっと出るってもんだよ!』とせがみ始めて、ナビスはそれを快諾。網を編みながら、村の女達は声を合わせてポルタナの歌を数曲歌うことになったのである。
単調な作業ではあるが、目に見える成果と作業歌のおかげで、随分と楽しく進めることができたのだった。
網づくりは翌日も続き、更にその翌日も続いた。
そしてその間、シベッドや他の漁師達は鉱山の方と相談して、網に付ける錘と浮きの準備をしてくれた。
錘には、鉱山で出たクズ石を使う。大量の石を聖銀の線で絡めて一塊にし、それを網に括り付けていくのである。
尤も、全ての錘を網に付けてしまうと、錘を湾の入り口まで運ぶのが難しくなる。ある程度の錘は、海上または海中で括りつけていくことになるだろう。
続いて、浮きも作っていく訳だが……こちらはヤシの実に似た木の実の殻を使って作ったらしい。なんとなく見た目に可愛らしいそれを見て、澪は『これが海にぷかぷかしてたら可愛いだろうなあ……』とにっこりする。同じことをナビスも考えていたらしく、にっこりしていた。
さて。そうして網も錘も浮きも準備ができて……いよいよ、海の魔除けが始まる。
「よーし!いざ出航!」
「ご安全に、ですね!」
今回の大規模な魔除けに先立って、ポルタナの漁師達が皆、協力してくれる。港からは何隻もの舟が離れ、青い海へとぷかぷか浮かぶ。
澪とナビスは聖銀の網と共にシベッドの舟に乗せてもらって、目的地を目指す。道中で海の魔物が出たら、シベッドと澪とで仕留める予定である。
……これで魔除けが完了すれば、ポルタナの漁業がより安全に行えるようになる。澪もナビスも、そしてシベッドも心なしかわくわくとした様子で、海へと漕ぎだしていくのだった。