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聖女コラボ企画*5

 そうして聖女コラボ企画が終了して、翌週。

 ポルタナへ帰った澪とナビスは、カルボ達に聖銀の製品をいくつか発注したり、鉱山地下3階でホネホネ鉱夫達と人間の鉱夫達の為の鉱山ライブを開催したり、製塩所でまた大量の海水を聖水にしてきたり、と働いていた。

 ポルタナを少し離れると、それだけで仕事が溜まってしまう。特に、製塩は今やポルタナの立派な産業の1つなのだ。そうでなくても、『ナビス様が祈って下さった塩はなんだかおいしくて!』『一度この塩を味わっちまったら、もうただの塩は使えないね!』と期待を寄せてくれるポルタナの人々の為にも、しっかり力を入れていきたい。


 ……そんな中、ナビスは多少、心配そうにしていた。

「ううん……次の礼拝式にも、信者の皆さんはお越しくださるでしょうか」

 そう。ナビスは、信者争奪戦の行方が心配なのである。

「メルカッタの戦士の方々は、今まで聖女というものに馴染みが無かったが故に、私達の礼拝式にお越しくださっていたという一面があるように思われます。しかし、今回、本場レギナの聖女様方の姿を協同礼拝式で見て、そちらにより深く興味を持ってしまわれたら……」

「あー、まあ、そういうこともあるとは思うよ」

 心配そうなナビスに、澪は下手な誤魔化しはしない。

 きっと、今回のコラボ企画によって、メルカッタの観客の一部はレギナに流れるだろう。

 ……だが。

「そ、それは……大丈夫なのでしょうか。その、私達にとって……」

「ん?まあ、お客さんをとられる、って心配は、まあ、あるよね。でも……それ以上に、ナビスの良さを改めて実感してくれた人も居ると思うしさ。逆に、レギナの人がナビスのことを知って、こっちに来てくれるかもしれないじゃん?」

 澪は前向きである。

 澪には、自信があるのだ。……今まで、ナビスしか知らなかったからこそナビスの礼拝式に来ていた人々は、決してそれだけの理由でナビスを推してはいないだろう、と。

「メルカッタでまた、ライブやろう。それからちょっと時間を置いて、またポルタナでやってみよ!そうしたら多分、私達もコラボ企画で顔を売った恩恵を、しっかりバッチリ受けられるはず。それに……」

 だから澪は、自信をもってナビスに笑顔を向ける。さあ、信じて、ついてきて、というような気持ちで。

「皆がナビスのこと心から愛して推してるんだって、きっと実感できるよ!」

「……はい!」

 目指す先は、次の礼拝式。ポルタナやメルカッタでの礼拝式では、きっと、前回以上の結果を出せる。出してみせる。

 澪はナビスを導いて、より高みへと連れていってみせるのだ!




 さて。

 そうして2人がポルタナで働いていると、二通の手紙が届いた。

 片方は、気品あふれる白地に金の箔押しが施された封筒。もう片方は、明るく華やかでありながら品のいいオレンジの封筒。……それぞれ、マルガリートとパディエーラからの手紙である。

「ナビスー、読んで読んで」

「はい!……あら、マルちゃん様もパディ様も、お書きになる文字までお美しくてらっしゃいますね……」

 届いた手紙を早速開封して、ナビスに中身を読んでもらう。澪もこの世界の文字を勉強しているとはいえ、まだ、スラスラと間違わずに読めるほどには上達していないのだ。

「ええと……では、マルちゃん様の方ですが。『先日の慰問協同礼拝式ではどうもありがとう。とても良い経験になりましたわ。また、あれをきっかけに私を知ったという方が、新たに私の礼拝式へいらっしゃるようになりましたの。こちらについても感謝申し上げますわ。』……だそうです」

「あー、やっぱりね。へへへ、コラボのいいところはコレだよねえ」

 どうやら、マルガリートは今、コラボ礼拝式の効果を体感中らしい。

 ……そう。コラボ企画は、推しのアイドルを通じて他のアイドルのことを知るきっかけになるのだ。

 そして、アイドルというものは、必ずしも1人だけしか応援できないわけではない。だからこそ、コラボ企画には意味がある。

 今までナビスだけを応援していたメルカッタの戦士達が、『聖女ってのはいけ好かない連中だと思ってたが、あの子はナビス様と仲がいいみたいだからきっといい人だろう』とマルガリートやパディエーラを応援するきっかけになったり、今までナビスのことなど知らなかったレギナの人々が、『あのマルガリート様やパディエーラ様と肩を並べて舞台に立つ聖女は何者だ!?』とナビスに興味を持つきっかけになったりして、互いにファンが増えていく。


「やっぱり、比べてみて改めて良さが分かるものって、あるじゃん?」

「比べてみて……ですか?」

 或いは、他の聖女と比較してみることで、改めて推しの聖女の良さを確認することもできるだろう。

 例えば、ナビスの魅力はやはり、歌なのだ。他2人の聖女と比べてみても、やはり、ナビスの歌が一際巧い。それは、やはり他の聖女と比べてみなければ分からない。

 マルガリートの踊りは、他2人より優れている。日々努力を重ねている彼女だからこその踊りは、多くの人々の目に焼き付いたことだろう。

 パディエーラは、神の力を用いた特殊な演出と、それに合わせた歌や踊りを得意としている。あの特異性は他の聖女には無いものだと、改めて多くの人が知ったはずだ。

 ……聖女同士は、信者を奪い合う関係でもある。

 だが同時に、互いを引き立て合い、より互いの魅力をより多くの人達に届けることも、できるのである。

 そして。

「確かに……私も、今回他の勇者様にお目にかかって、改めてミオ様の魅力を確認することができました……」

「……えっ」

 ……どうやら、魅力が分かるのは、聖女だけではなく、勇者も……で、あるらしい。ナビスはもじもじしながらも目を輝かせて、恥ずかしげに微笑む。

「ミオ様は男性の勇者様に引けを取らない強さをお持ちですし、ゴブリンロードに立ち向かうお姿は凛々しく、勇ましく……」

「おおう」

 こうも褒められると、澪としてはどうにも、照れる。更に、これがナビスから澪への信仰になってしまっているらしく、その信仰心を受け取った澪からナビスへと信仰心が運ばれていって、ナビスがぽやや、と光り始めた。とんだ自給自足もあったものである。

「それに何より、男性の勇者様よりずっと、私のことも皆のことも導いてくださいます。皆の先頭に立って精力的に活動なさるお姿は、どの勇者様より眩しくて……うふふ」

「ああああああナビスはかわいいなあー!」

 ああああー!と謎の悲鳴を上げながら、澪はナビスに抱き着いた。ナビスも嬉しそうに、きゅ、と澪の背中に手を回してくる。それがまた可愛い。

 可愛い。可愛い。うちの聖女様はこんなにもかわいい!

 ……ナビスがぽやぽや光る中、澪は只々、『ナビス、かわいい』と心の中で繰り返していた。




 さて。ナビスが一頻り光り終えて、澪も落ち着いたところでパディエーラからの手紙も読む。

「ではパディ様の方ですが……『先日の慰問協同礼拝式の効果は絶大だったわ。ジャルディンの宣伝にもなったみたいで、ジャルディンにわざわざ果物を食べに行こうとする人がちらほら見られるわ。これを機に、私の物販ではジャルディンの果物製品を扱う予定よ。よい知識と体験を頂けたことに、心から感謝を!』とのことです」

「おおー、地方活性化に活路が!」

 澪とナビスは、パディエーラからの手紙を読んでぱちぱちと拍手をした。

 パディエーラはレギナの聖女でありながら、ジャルディンの宣伝も行うことにしていくらしい。……そして、レギナ大聖堂のトップ聖女であるパディエーラが地方の宣伝を兼ねた物販を始めれば、今は聖水と免罪符しか扱っていないレギナの物販も、いずれアイドルごとに個性と特色が出てくるようになるだろう。


 こうして、他の聖女達の報告も聞けたところで……コラボ企画の効果がもう1つ、生まれるのだ。

「私達も負けていられませんね!」

「うん!がんばろ、ナビス!」

「はい!」

 ……そう。コラボ企画とは、アイドル本人にも刺激を与えるものだ。

 聖女とはある種、孤独な存在である。人々の上に立ち、人々を導き……それでいて、特に地方の聖女は、外部との関係を持たずに生涯を終えることも多いという。

 だが、そこにコラボ企画があり、他の聖女達との関わりを持てれば……それは互いの刺激となり、そして、心を燃やす材料となり得るのである。

「よーし!じゃあ早速、次のライブの準備!していこう!」

「試してみたいこともたくさん得られましたものね!参りましょう!」

 澪とナビスは互いに手を取り合って、楽しく教会を飛び出した。

 向かう先は……ひとまず、鉱山の方、である。




「パディがやってたようなことって、ナビスもできるもんなのかな」

 鉱山へ向かう傍ら、歩きながら澪はナビスに聞いてみた。

「ええと……炎を操るのは、あまり得意ではありません。一度、試してみたことはあるのですが……結局のところ、魔除けと癒しが私の得意な術なのです。ですから専ら、戦う時は剣で戦っておりましたが……実際のところ、剣も然程得意ではありませんから」

「成程なー。つまり、照明の才能がある聖女、と……」

「しょ、照明……ふふふ、確かにそうですね!」

 さて。

 今回のコラボ企画で得られた知識、新しいアイデアは、積極的に試していきたいところである。

 まず、パディエーラがやっていたような、神の力を用いた演出について。

 あれは……パディエーラのものをそっくりそのまま真似ることはできない。当然のことだが、得意不得意があって、できるできないがはっきりしているためだ。

 だが、ナビスの得意分野こそ、ライブには欠かせないものである。

 魔除けの力とは、すなわち、照明の力。ライブを盛り上げるためにも、会場を飾り付けるためにも、魔除けの光は今後もバンバン使っていくべきだろう。

 ……それから。

「ちなみに、確かマルちゃんがゴブリンと戦う時、なんか杖みたいなの持ってたけど、ああいうのがあるとナビスも光を操るのが上手くなったりするの?」

「ああ、錫杖ですね?そうですね……神の力は万能ですから、手刀でものを斬るようなことも、できるようになりますが、やはり、ものを斬りたい時には剣を使う方が効率が良いですね。それと同じように、術を操ることを考えるならば、杖や聖水を補助とするのがよいかと思います」

「あーやっぱりアレ、効果あるんだ」

 澪は1つ、気になっていたことが解消されてすっきりしつつ、期待通りの答えが得られて嬉しくなる。

 ……ゴブリンロード達と相対していた時、マルガリートは手に錫杖を持っていた。マルガリートはナビスのように、直接戦う聖女ではない。あくまでも、勇者を強化して、その勇者に戦ってもらうことで戦力となる聖女だ。だから彼女の武器は、剣ではなく、杖であるらしい。

 つまり……ナビスもまた、剣ではなく杖を持ったならば。より高度な術の使い方ができるはずなのである。

「じゃあ、杖も1個作ってもらおっか」

「ああ……それはいいかもしれません!聖銀の杖を作っていただければ、それを用いてより高度な魔除けの術が使えます!そうなれば、ポルタナ街道の魔除けがもう一段階、効率的になるかと!」

「おっ、そっちにも効果があるかあ。じゃあ猶更必要だよねえ」

 ナビスは実用目的で杖に対して前向きらしい。

 ……そして澪は、実用、なのか怪しい目的で、杖に対して前向きである。


 魔法少女のステッキってかわいいよね。ナビスにきっと、似合うよね。

 澪は、そう思っている。


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