聖女コラボ企画*4
最初に声を上げたのは、ナビスだ。
ナビスの声はやはり、美しい。その歌は夜空の星々に共鳴するかの如く響いて、会場をしんと静まらせた。
1フレーズ分、ナビスが1人で歌い上げると、続いてそこにマルガリートとパディエーラの歌も加わる。3人の聖女それぞれの歌声が合わさって、1つの音楽へと変わっていく。
……そしてそこで、聖女達は動いた。その手に持った旗を、ふわり、と回転させたのである。
長い旗は、ふわり、とたなびいて美しい軌跡を描く。3つの旗が揃って動く様子は、なんとも不思議で美しい。透ける薄絹の旗は、魔除けの光に照らされながら、ふわり、ふわり、と動いて聖女達を彩った。
聖女3人の合唱による聖歌も、素晴らしいものだった。伴奏も何もない歌が会場に響いて、そこにまたふわりと旗が動いて、神秘的な空間を生み出していく。
聖女3人が揃って同時に、くるり、と旋回する。捧げ持たれた旗もまた、聖女それぞれを軸にして円を描く。……旗、というのは中々他では見ない小道具らしいが、このように舞台上で見栄えがするものなのである。
旗を使うことは、澪が提案した。澪は自身の所属する吹奏楽部の定期演奏会で、曲中に旗を振る演出をやったことがある。あの時も中々見栄えがしてよかったよなあ、と思ったので、今回、聖女達のライブにも取り入れてみたのだが……結果は大成功、といったところだろう。
観客達は皆、ふわふわはためき翻る旗と、その旗によって見え隠れしながら歌う聖女の姿に、すっかり視線を奪われていた。
人間、動くものがあったらなんとなく見ちゃうものである。美しいものも、なんとなく見ちゃうがそれだけだとやはり、持続性が無い。だから、手を変え品を変え、間に勇者の模擬戦などを挟みつつ、ライブを進行させていく必要があるのだ。
真新しく、旗がぱたぱたひらひらふわふわ動くこの演目は、『聖女3人が揃って動く』という条件によってより美しさを増していた。……そう。『聖女3人が揃って動き、見栄えがする』という舞台を作り上げるには、旗はとても良いアイテムなのだ。
何せ、然程動きを揃えずとも、翻る旗の大ぶりな動きは観客の目を誤魔化してくれる。要は、『そんなに練習時間が取れなくても揃っているように見えるダンスっぽいもの』を生み出すには、旗がとても好都合なのだ!
澪は自分の目論見が見事的中したことに満足しつつ、旗を振って歌うナビスをうっとり見つめつつ、『よし』と頷くのであった。
さて。そうして真新しい演目が終わったら、次は勇者2人の演舞である。ちょこちょこ勇者を挟むことによって、聖女の休憩時間をちゃんと確保するのも大事なことなのだ。
勇者2人は、先ほどの模擬戦のような荒々しさの全くない、流麗な舞を披露してくれた。美男子2人の演舞は、特に女性客からの歓声に包まれる。
こちらも合わせる時間はあまり取れなかったのだが、澪の『ここは揃える、っていう大ぶりな動きのところだけキッチリ合わせて、他は敢えてバラバラの動きをするっていうのもいいんじゃない?』というアドバイスに従ったらしく、それなりに『ちゃんと練習したかんじ』のある舞となっていた。
勇者2人の演目が終わったら……さて。次が最後の演目である。
「次で最後ね……案外、早いものだわぁ」
「まあ、単独礼拝式の時よりは個々人の出番が少ないんですもの。当然といえばそうですわね……」
「皆さん、頑張りましょうね!」
聖女3人が舞台袖でそれぞれに笑顔を向け合っている。……そして。
「よーし!じゃあ皆、最後まで盛り上げていこーね!」
澪もまた、その輪の中に入っている。
……そう。最後の演目には、澪も参加するのだ。
「それでは、本日最後の演目です。聖女3人と、ポルタナの勇者ミオによる歌をお楽しみください」
慣れないMCを終えた勇者エブルが一礼して舞台端へ戻ってきたら、いよいよだ。聖女3人と澪は、舞台へ出ていく。
……その途端、会場がざわめいた。
それはそうだ。何せ聖女達は……皆、揃いの衣装を着ているのだから!
衣装チェンジは舞台の華。衣装とは言っても、シンプルな白絹のワンピースだ。要は、聖女が祈りを捧げる時のオーソドックスな恰好でしかない。
だが、先ほどまでとは異なる雰囲気を生み出す効果が、衣装チェンジにはあるのである。
……そして、澪もまた、聖女達に合わせて白のドレスシャツに白のパンツ、という真っ白けスタイルである。まあ、澪は同じ舞台に居ても勇者だからこれでいいのだ。
澪はそんな真っ白な恰好で舞台に出ると、聖女3人から少し離れた位置、ドラゴン革の太鼓の前に立つ。
聖女3人は、三角形の頂点にあたる部分にそれぞれ立ってお互いの顔をそっと確認し合う。……そして。
澪が太鼓のばちで合図した一拍後。聖女3人による、女声3重奏が始まったのである!
今回のコラボライブで最も練習を積み重ねたものが、これだ。人間の声だけでしっかり和音を作り出すのは、中々難しい。
……だが、そこは流石の聖女達である。歌は皆、一定水準以上の腕前を持っていたので、基本的なところは全く問題なかった。それこそ、『合わせる』という経験がほぼ無い聖女達には、『合わせる』ための練習こそ必要であったが、本当にそれだけだったのだ。
3つの声が合わさって、太鼓の音に乗って、美しい和音となって響く。この歌が完成度の高いものだということは、会場の皆が理解したことだろう。
そしてついでに、澪も太鼓を叩きつつ歌って音を加える。勇者であっても、澪はナビスとセットなのだ。こういうところにも積極的に入っていくことで、『他の勇者とはちょっと違う』というところを見せつけていきたい。
実際、観客達は澪を見て、『あの子は勇者……だっけ?』『勇者様も歌うんだねえ』といった感想を漏らしている。
澪も模擬戦や演舞の方に出ることを考えたのだが、やはり、澪が澪の得意分野を活かせるのはこっちだろうと判断しての参加である。観客達が『まあこれはこれでよし』というような顔をしているのを見て、澪は内心でほっとした。
……なんだかんだ、他の勇者と澪が絡んでいると、それはそれで『勇者と聖女がくっついてしまう問題』の発展形が起こりかねない。ファン達に不要な心配はさせたくないし、不要な嫉妬など浴びたくないので、やはり澪は聖女達に混じって、かつちょっと違うポジション、というのが良い具合なのである。
聖女達の合唱は、高らかに響き渡って無事、終了するかのように思えた。
……だが、ここでは終わらない。
歌の音が途切れ、会場が今にも拍手をしそうなその瞬間、だん、と一際強く、澪が太鼓を打つ。
さらにそこから続けて、速いテンポで太鼓を打ち始める。だん、だだん、だん、だだん、と続くアップテンポのリズムは、観客達を大いにざわめかせた。
更にそこに、聖女達の手拍子が加わる。
3人の聖女は、優雅に、あるいは一生懸命に、頭上で手を打っている。そして3人は観客達に微笑みかけながら、観客席へと声を掛けるのだ。
「さあ、皆様!ご一緒に手拍子を!」
「祈りを込めて、共に手を打ちましょう!」
「どうか、心を一つに!」
……観客達は、大いに戸惑った。こんな礼拝式は初めての者が大半なのだから、当然である。
だが、ちらほらと、手拍子を始める者が出てくる。そう。ポルタナやメルカッタでナビスの礼拝式に参加したことがある者にとっては、この程度はよくあることなのである。
やがて、徐々に観客達は皆つられて手を叩くようになり、会場中が手拍子でいっぱいになっていく。
……そして。
「じゃあ皆ー!いくよー!」
ランセアに太鼓を交代した澪は、笑顔で観客へ声を掛け……トランペットを構えたのだった。
大勢の観客が詰めかけた会場。さらにその観客達は、手拍子をしている。
この状況では、聖女達の歌声は流石に届かない。何せこの世界にはまだ、マイクもアンプも無いのだから。
……だが、トランペットの音ならば、ある程度、届く。
そして音ではないものもまた、賑やかな会場で届けることができるのだ。
澪のトランペットが、華やかに音を奏でていく。……澪のトランペットは、少々音が硬い。だが、澪はこの音が好きなのだ。鋭く空気を裂いていくような、少し硬くて、でも煌びやかなこの音が、好き。
アップテンポの中、指回しが難しいフレーズも、高低差のある音の飛びも、なんとか上手くいった。練習はずっと、してきた。一度穴が開いた肺を膨らませて大きな音を奏でるのは少し怖かったが、それも気にならないくらい、楽しくなってくる。
今、会場中が澪の演奏を聞いている。……そして、聖女達へと、視線が移っていく。
聖女達は3人揃って、踊っていた。優雅というよりは、華やかに。白いワンピースの裾をふわりと翻してターンして、3人揃ってステップを踏んで。
更にそこで、パディエーラが演出のための炎を灯していく。更にそこにナビスが魔除けの光を浮かべていく。その中でマルガリートがソロパートを見事に舞ってみせれば、観客席から、わっ、と歓声が上がる。
テンポの速い曲は、聖女らしくないのかもしれない。踊りも、礼拝に相応しいかは分からない。だが、華やかで、明るくて……元気になる。
聖女達も澪も笑顔で、観客達も、笑顔。皆がこの夜を楽しんで、心を一つにしている。
……澪は大いに満足しながら、聖女達が大きく一礼するのに合わせて最後のハイトーンを吹き上げたのだった。
「おつかれー!」
「ああ……とても楽しい礼拝式でしたね!」
そうして礼拝式が終わって、人も居なくなって、静かになった会場で。澪とナビスが笑みを交わせば、そこへマルガリートとパディエーラもやってきた。
「こんな礼拝式は初めてやりましたわ。全く、品が無いというか、俗っぽい会でしたわねえ……」
「あらぁ、でも、こんなに信仰心が集まるのも珍しいんじゃないかしら。私、こんなに信仰心が集まったの、とても久しぶりよ?ね、マルちゃんもそうじゃないかしら?」
「ま、まあ、それはそうなのですけれど……何か納得がいきませんわねえ……」
マルガリートは少し不服気であったが、パディエーラはころころと笑いながら満足気である。……マルガリートも、結果には満足しているのだろう。ただ、少し斜に構えて見せたいところらしいので、澪もナビスもにっこり笑うにとどめておく。
「で、皆。信仰心、どんなかんじ?えーと、レギナでの合同礼拝式とはやっぱり違うのかな」
さて。観客の反応は上々であったが、信仰心のほどはどんなものだろうか。澪は早速、聞いてみる。
「ええ。それは明らかに異なりますわね。合同礼拝式で得られる信仰心を1とするならば、今回得られた信仰心は……5か6、といったところかしら。あなたはどうかしら、パディ?」
「そうねえ。私もそんな風に思うわ。もしかすると、単独礼拝式の時よりも多くの信仰心が集まっているかもしれないわねえ……」
……すると、随分と想像以上の結果を聞くことができてしまった。澪は『すっご』と内心でびっくりしつつ、神妙な顔で頷いておいた。
「ちなみに、ナビスは?」
「こちらは、まあ……いつもよりもやや多い、といったところでしょうか」
「あー、人数が増えて出演時間が短くなったけど、レギナの人とかがいっぱい入って1人当たりの信仰心の少なさをカバーできたかんじかなー」
そして念のためナビスに聞いてみたところ、まあ、想像通り、といったところだろうか。
「これで!?これで『いつもよりやや多い』程度ですの!?ナビス!?あなた普段からこの量の信仰心を得てらっしゃいますの!?」
「まあ、そうでもなければマルちゃんの術があったとしても、容易くゴブリンロードを屠ることなどできないわよねえ……」
マルガリートとパディエーラは、それぞれに慄いたり納得したりしているが……まあ、つまり、これはポルタナ式の礼拝式が如何に信仰心を集められるか、という証明でもあるのだろう。
「うちのナビスはすごいのだ」
「なんであなたが偉そうにしますの……?」
澪は、ナビスが縮こまって恥じ入っている分、自分が堂々としておくことにした。マルガリートには何とも言えない顔をされたが、澪は堂々と胸を張る。
そう!何せナビスは、すごいので!
「ま、コラボの凄いところはこれだけじゃないからさ。むしろ、これからがコラボの効果を実感できるところじゃないかなあ」
一頻り堂々として満足した澪は、マルガリートとパディエーラに、にや、と笑ってみせる。
そう。これはまだ、始まりに過ぎない。
コラボの結果は、後から出てくるものなのである。