聖女コラボ企画*3
……そうして、諸々の準備が進められ、いよいよ『慰問コラボ礼拝式』が開催される運びとなったのである。
「はーい!皆ー!物販始めるよー!」
澪が明るく呼びかければ、開拓地の人々は大いに戸惑った。『物販』など無い地方から集まった彼らには、物販が分からないのだ。
だが、そんな彼らの中には、レギナからわざわざやってきたマルガリートやパディエーラの信者が混ざっている。彼らはレギナでの訓練があるため、『物販』と聞いてすぐに列に並び始める。それを見ていた開拓地の人々は、『どうやら並ぶものらしいよ』『そうらしいよ』とぞろぞろ並び始めた。
「マルちゃんが物販文化をレギナに持ち込んでおいてくれたおかげだねえ」
「ええ。おかげさまで、事前のやり取りや信頼関係が碌に無くとも、このように運営できるのですから、マルちゃんには感謝しなくては」
澪とナビスはお互いに笑い合って、次々に物販の列を捌いていく。ポルタナ礼拝式でのノウハウをマルガリートやパディエーラにも伝えてあるため、列の間にはグッズの一覧と価格が掲示されており、信者達は列に並びながら何を買うか考え、お釣りの無いように小銭を用意してくれる者も多い。実に効率的な物販だ。
そして今回、物販で販売しているものは、ポルタナ式のグッズである。
……要は、今のレギナのように、聖水と免罪符があるだけではないのだ。
まず、ポルタナのナビスからは、塩。いつも通りであるが、食用のものと、魔除けのものと、2種類用意してある。ついでにこちらも前回同様、夜光石のペンライト。通常のものと、廉価版と、2種類用意している。ついでに手ぬぐい。……こちらは、『コラボ企画限定!』と銘打って、今までとは異なる図柄のものを用意した。
続いて、ジャルディンを紹介するパディエーラからは、小さな瓶詰のジャム。……ジャルディンでは果物の栽培が盛んとのことで、季節の果物を使ったジャムをグッズとすることにしたらしい。
それから、こちらは澪の発案で、フルーツティー。ドライフルーツを混ぜ込んだお茶は、フルーティーな香りが付いて中々美味しい。パディエーラのイメージともぴったりだ。
そして、レギナのマルガリートからは、ポプリ。レギナの南の方では、花の栽培が盛んらしく、そこの薔薇やハーブを使った小さなポプリを販売することにしたらしい。
ついでに薬効のある花やハーブを漬け込んで作った化粧水も、少量だが販売されている。マルガリートが使っているものと同じもの、という触れ込みで販売されているこちらは、女性信者に大人気である。もうすぐ完売しそう、という声がマルガリートのお付きの神官から聞こえてきて、澪とナビスはにっこりした。
さて。
こうして物販が進んでいくと……澪とナビスは、列の中に見覚えのある人を見つける。
「あれっ、シベちんいらっしゃい!」
そう。そこには、シベッドが並んでいたのである。
ポルタナで目立つ長身は、レギナ開拓地でも十分に目立つ。海辺の太陽によって焼けた浅黒い肌も、癖のある黒髪も、前髪の下、不機嫌そうにも見える目も、非常に浮いている。
「塩と聖水1つずつ」
「相変わらず不愛想だねえ。はい、確かに!お釣りなしで用意してくれてありがとね!」
いつも通りの不愛想な様子に笑いつつ、澪はシベッドからキッチリお釣りなしの代金を受け取る。
「シベッド、こちらの方に来ていたのですね」
「……まあ、たまたま、こっちに用があったからな」
「あら、それは大変でしたね。ポルタナからだとこの辺りは遠いのに……はい、どうぞ。あなたにも神のご加護がありますように」
ナビスがシベッドにグッズを手渡すと、シベッドは、おう、とかなんとか言って、グッズの袋を持ってさっさと列を離れていった。
「……シベちん、わざわざ来たのかなあ」
「かもしれません。彼は義理堅い人ですから」
「へへへ。シベちん、いい人だよねえ」
澪とナビスはシベッドの後姿を見送って、くすくす笑い合いつつ、また元気に物販の列を捌き始める。
自分達をずっと応援してくれている知り合いに出会うと、どうも、少々元気をもらえるようだ。
物販の波が収まった頃、全ての物販をマルガリートとパディエーラの神官に任せて、聖女と勇者達は舞台に出る準備を始める。
「はー、ちょっと緊張するなあ」
「ミオはナビスと一緒に舞台に上がったことがあるのでしょう?なら大丈夫よぉ。うちのランセアの緊張ぶり、見て頂戴!こんなに緊張しちゃって!うふふ」
「……パディエーラ様。揶揄わないでいただきたい」
聖女達は慣れたものだが、勇者3人……正確には、澪を除いて、エブルとランセアの2人が、非常に緊張している。
「今まではマルちゃんやパディの礼拝式の時、勇者って何してたの?」
「……姉上の演目の間に、私が演舞をすることはあったが」
「まあ……儀礼的なものを少し、といったところだ。今回のようなことは、普通はしない」
「そっかー。見ごたえあるから皆やったらいいのにねー」
今回、勇者2人が行うのは『模擬戦』である。勇者2名……マルガリートの勇者エブルと、パディエーラの勇者ランセアが、模造刀を使って試合を行うのだ。
これについて、勇者2人は『そんなものを見て楽しいのか?』と言っていたが……数回、2人の打ち合いを見せてもらった澪は、『スポーツだし、それでいてダンスみたいでもあるし、すごく見ごたえがある!』と太鼓判を押している。
美男2人が舞うように剣を振るう姿は、非常に見ごたえがあるのである。勝敗が決してしまうものでもあるので、あまり聖女間での勇者の模擬戦はやらないのだろうと推測できるが……序列や確執を気にしてこのように見ごたえのあるコンテンツを隠し続けておくのは、あまりにも勿体ないのである。
「で、今回は2人の演舞も入る訳だし。楽しみにしてるからね!」
ついでに、勇者2人が個別の礼拝式では行うことがある、という演舞を、今回も取り入れることにした。これも磨き抜かれ洗練された動きであるので、見ていて中々に楽しい。
……そして。
「……勇者ミオ。あなたは出演しないのか?」
そんな勇者2人に対して、澪は、というと……。
「いやいや。そりゃ、私の武器はこれだからさ」
手にしたトランペットを見せて、にや、と澪は笑う。
「私の戦い方はね、他の勇者とはちょっと違うんだよ」
男の勇者には男の勇者の。女の勇者には女の勇者の……そして、澪には澪の、戦い方があるのだ。
ふっ、と会場の灯りが落ちる。
この明かりはナビスの魔除けの光だ。魔除けの力を調整して、このタイミングで灯りが落ちるようにしておいてもらった。
そうしてざわめく会場に、ぱーっ、と、高らかにラッパの音が響く。
会場中が、ステージ上に注目していた。そこに立っているのは、聖銀のラッパを吹き鳴らす澪1人。
ラッパからB♭の倍音がどんどん鳴り響き、音階を駆け上っていく。それにつれて、魔除けの光がラッパから溢れて、ステージと会場を照らす光源となった。
やがてラッパからハイトーンが高らかに響けば、ぱっ、とより強く、光が会場を照らす。
音と、光。その中心で、皆の注目を浴びる澪。
……開式のファンファーレは、皆の気持ちを惹きつけるのに十分な迫力を以てして、演奏されたのである。
「それではこれより、慰問協同礼拝式を開式いたします!皆さん、楽しんでいってね!」
澪がラッパから口を離して開式の宣言をすれば、一部から、わっ、と声が上がる。慣れたオーディエンス達は『ミオちゃーん!』『今日もカッコいいぞー!』と声を掛けてくれる。……そしてそれにつられて、ライブ未経験の開拓地の面々もまた、ぽかんとしつつも気分を盛り上げていくのだ。
「本日は、『協同』礼拝式!ただの礼拝式とは違うし、レギナで行われているような、ただの合同礼拝式とも違う!聖女同士、勇者同士が協力し合う新しい礼拝式だから、皆も新鮮な気持ちで見ていってほしいな!」
澪の挨拶は、観客達に少々の困惑を齎した。それはそうだ。『協同』礼拝式など、皆、聞いたことがないのだから。
……だが、困惑以上に、期待をもまた、齎した。
聞いたことのない、未知の礼拝式。そして、澪の挨拶の終わりには、聖女達と勇者達が皆仲良く出てきて、揃って一礼していく。
このように仲良く1つの舞台上に立つ聖女達など、誰も見たことがなかっただろう。さらにそこに勇者たちまで並んでいるのだから、尚更。
この新しい礼拝式の始まりに、人々は漠然と、しかし大きな期待を抱いたのである。
最初の演目は、マルガリートの踊りだ。踊りながら歌うマルガリートの姿は、只々神秘的で美しい。
だが、その踊りが天性のものではなく、地道な努力によって積み上げられたものだということを、澪は知っている。……今日の舞台の為に、マルガリートはずっとずっと、練習していたのだ。また、筋トレもしている。優雅に舞うためには筋肉が必要なのである!
水面下でバタバタするものの水上では只々優雅で美しい白鳥のようなマルガリートの踊りは、観客達を大いに湧かせた。『こんなに綺麗なモンがあるんだなあ……』と感動する者の声もそこかしこから聞こえてくる。
そうしてマルガリートの演目が終わると、マルガリートは堂々と、『当たり前のことをしただけですけど何か?』とでもいうかのように余裕たっぷりの表情で退場していった。マルガリートの、このかんじが澪にはなんとも好ましく感じられるので、澪は力いっぱい『マルちゃん綺麗だったよー!』と声援を送っておいた。
次の演目はナビスの歌である。こちらは純粋な歌で、踊りのような、目に楽しい要素は無い。
だが、ナビスの他に、澪も居る。澪はドラゴン革の太鼓を叩いてリズムを刻みながら、ナビスの歌が朗々とのびやかに広がっていくのを助けていく。
低く刻まれる太鼓の音は原始的な興奮を呼び起こすものだ。そして何より、ナビスの歌は美しい。
海や波、そこを征く船を思わせるようなポルタナの歌は、開拓地の夜空へこれ以上ない美しさを以てして広がっていき……それによって、会場の統一感は益々高まっていった。
さて。ここで一度、口直しに別の演目が入る。
そう。勇者2人による模擬戦、である。
一方は、聖女マルガリートの勇者エブル。もう一方は、聖女パディエーラの勇者ランセア。
両者は凛々しくも美しい鎧姿で、剣を携えてやってきた。……これには、観客達も大いに盛り上がる。やはり、目に見て楽しめるものの効果は大きい。
そして、2人の勇者は儀礼に従って一礼した後、剣を構え……そして、ぶつかり合う。
キン、と剣がぶつかり合う音が会場に響く。緊張感を伴う音は、会場の空気をぐっと引き締め、観客達の目を惹きつけた。
勇者2人の動きは、中々見事だった。大きく剣を振り、踏み込む勢いの良さも。それをひらりと躱す、まるで舞踏のようなステップも。そして振り抜かれる剣の切っ先のきらめきも、動く度にがしゃりと鳴る鎧も。……それら全てが、会場に興奮を齎していく。
一進一退の攻防に、観客が盛り上がる。澪が『そこだーっ!あっ惜しい!』というように声を上げ始めれば、それにつられた観客達は自然と声を上げて応援するようになる。
……すると、舞台の袖の方で、マルガリートとパディエーラが光り始めた。彼女らの勇者が集めた信仰心が、聖女達を光らせているのである。
つまり、成果は上々。澪はにんまり笑いつつ、2人の勇者の攻防を心の底から楽しみつつ、歓声を上げて会場を盛り上げる一助となった。
2人の勇者の模擬戦は、勇者エブルの勝利に終わった。舞台の袖に戻った澪は、マルガリートに『弟クン、やるじゃーん!』と声を掛けてみたところ、『当然ですわ!』と、胸を張って返された。……そんなマルちゃんは、弟のエブルがランセアの剣を弾いた瞬間、誰よりもほっとした顔で嬉しそうにしていたのだが。
さて、模擬戦が終わったら、続いてパディエーラの演目だ。
澪もナビスも、パディエーラの舞台は初めて見る。それだけに、わくわくと見守っていたのだが……。
……なんと、パディエーラが舞台に立った瞬間、パディエーラの持つ杖から、ぼっ、と炎の輪が生まれたのである!
おお、と驚きつつ、澪もナビスも、そして観客達がパディエーラを見守る。パディエーラは炎の明々とした光に照らされながら、優雅に微笑み……そして、炎の輪を操り始める。
炎の輪は3つ、重なり合いながら宙を舞い、くるりと回ってパディエーラの杖へ戻ってきたり、ぐわっと広がって会場を照らしたり。ジャグリングのように炎の輪が宙を舞えば、観客からは大いに歓声が上がった。
まるで、サーカスのようだ。信仰心を使って、炎の術を見せている、ということなのだろうが……とにかく、見栄えがする。
それに加えて、パディエーラの肌が炎の灯りに照らされて、何とも艶めかしく見える。更に、低く温かく優しく、炎を讃える歌がパディエーラの唇から紡がれれば、いよいよ、その神秘的で華やかな光景に、皆が釘付けになった。
……1人で演出までできるアイドル、といったところだろうか。信仰心を使った芸は、とにかく現実離れして美しく、見栄えがする。これは、パディエーラがレギナのナンバー1であるのも納得であった。
パディエーラの演目も終わったところで……さて。
「さて、次はいよいよ、聖女同士の協同演目!他じゃ絶対に見られない舞台を、皆、見逃しちゃだめだよー!」
澪がMCをやりつつ、観客の期待を煽る。
何せ、観客達は、聖女達の舞台を見て、それら1つ1つの素晴らしさを知ってしまっているのだ。
だからこそ、期待は高まる一方だ。
あれほど素晴らしかったものが、合わさったら一体、どうなるのだろう、と。
舞台上には、3人の聖女が集まっている。
そして、3人それぞれの手にあるのは……槍のような長い棒と、その先端に括りつけられた薄絹。
美しくも勇ましさを感じさせる、旗なのである。