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聖女コラボ企画*1

 そうして、1週間。

 澪とナビスはポルタナに戻って、聖水の量産を行ったり、漁に出ていたシベッドから貰った魚を調理したり、新しいグッズのアイデアを出し合ったり、カルボ達鍛冶師の様子を見に行ったり、ホネホネ鉱夫達と人間の鉱夫達の親睦会に招かれたり、と忙しく過ごした。

 ……そうして過ごしている2人の元へ、レギナから文書が届く。

 それは、マルガリートからの手紙であった。即ち、『聖女トゥリシアの査問会を開くので、証言台に立ってほしい』というものである。これは元々決まっていた内容なので、2人は一も二もなく了承する。

 だが……。

「……えーと、『まあ、お2人がいらっしゃらなくとも心配は無いと思いますが』っていうのは、マルちゃんの強がり、ってわけじゃ、ない、よね……?」

「文面ですら強がるお方ではない、と思いますが……」

 マルガリートからの手紙には、『この状況なら、お2人の助力無くとも問題ないと思いますが、念には念を入れて、そしてトゥリシアにより深い裁きを与えるためにも、是非いらしてくださいな』とある。

 一体、どういう状況なのだろうか。澪とナビスは訝しみつつ、メルカッタ経由でレギナへと向かうのだった。


 メルカッタで一晩泊まることにした澪とナビスは、ギルド横の宿の一室で、ほふ、と息を吐きつつ、窓の外を眺める。

 窓の外、ポルタナ方面には、ほわほわと灯りが灯っている。……ポルタナ街道の魔除けの光である。これが中々に美しいので、のんびり眺めて楽しむには丁度いい。

「これからもちょくちょくレギナへ行く用事はできそうだし、ポルタナ街道の灯りは何か、工夫しないとだよねえ。現状、ナビスが1日離れちゃうと、明かりが灯らない時間ができちゃうし」

「そうですね……私が離れてしまうと、魔除けの力を注ぐことが難しいですから……現状、聖水をテスタ老に撒いて貰っている程度ですし、何か対策を考えなければ」

「まあ、私はなんか風情があって好きなんだけどね。『何日から何日まではこの街道は光りません。ご了承ください。ナビス』って書いてある札がくっついてる街道……」

 2人は窓辺でポルタナ街道をのんびり眺めつつ、夜風を浴びる。メルカッタの風は、ポルタナの風とはまた異なるのだ。ポルタナの風は潮風だが、メルカッタの町中では、屋台の食べ物の香りがほわほわ乗ってやってくるような、そんな風なのである。

「あー、なんかお腹空いてきたねえ……ところで魔除けの力って蓄えておいたりできないのかな」

「聖銀を加工すれば可能かと。今度、カルボ様に相談してみましょう」

「あ、そっか。カルボさん達が来てくれたし、トゥリシアさんに聖銀買い占められることもなくなったし、聖銀関係は一気に進めてもいいのか。……じゃあ、近海を聖銀の糸で魔除けするやつも、そろそろやってみる?」

「そうですね。そうすればシベッド達の負担も減るでしょうし……あらっ」

 そんな話をしていると、きゅう、とナビスのお腹が鳴る。

「……お腹空いたねえ」

「ええ。窓の外からなんだかいい匂いがして、余計に……」

「そろそろ晩御飯、いこっかあ」

「はい。少し早いですが……いいですよね?」

 もじもじするナビスに『かわいい!』と抱き着きつつ、澪は早速、ナビスと一緒に食堂へと向かうことにした。お腹が鳴ってしまう可愛い聖女様に、早く美味しいものを食べさせなくては!


 ……ということで2人は、いつも通り、ギルドの食堂にやってきたのだが。

「ってことでよお、カステルミアの方じゃ、次の王が誰か、揉めてるらしいぜ」

「まあなあ、一番有望かと思われたレギナの聖女様が、まさか破門待ったなしの状態だっつうんだったらなあ……」

 ……食堂では、何やら聞き覚えのあるような話が囁かれているのであった。

「あら!ナビス様!ミオちゃん!いらっしゃい!何にする?今日は鹿肉のシチューがおすすめだよ!」

「じゃ、私それで。ナビスは?」

「私も同じものを。……あの、ところで1つお伺いしたいのですが、レギナの聖女様が破門、というのは……?」

「ああ、ご存じなかったかい?なら、教えて差し上げようかね」

 注文を取りに来た気風のいいウェイトレスにナビスが恐る恐る尋ねると、ウェイトレスは表情を輝かせた。どうも、ナビスの助けになれるのが嬉しいらしい。

「……ここだけの話、ってんでもないけどね。なんでも、王家の傍系にあたる聖女様がレギナの方に居るそうなんだけど、そいつが悪いことしたってんで、査問会に掛けられるそうだ。それでその聖女様は王家に泣きついたらしいんだけど、王家はそれを突っぱねたんだとさ」

「お、王家が?」

 澪とナビスは、この時点で概ねの内容を理解してしまいつつ、恐る恐る、続きを聞く。

「で、しかも王家が直々にその内容を発表したってんだから、いよいよ聖女様の立場が無いだろ?後ろ盾どころか立場も無くなって、その聖女様は大聖堂からも破門される直前だっていうんだから……悪いことはするもんじゃないねえ」

 やれやれ、とウェイトレスがため息を吐きつつもゴシップに少しばかり楽し気にしているのを見て……マルちゃんが言ってたのはこれかー、と、澪は納得した。

 どうやら、大聖堂に裁かれる前に、王家が裁いちゃったらしい。




 そうして2人は翌朝メルカッタを出発し、そうしてレギナに到着してすぐ、大聖堂へ向かい……そこで聖女マルガリートと聖女パディエーラに迎えられる。

「マルちゃーん!パディー!ちょっと久しぶりー!」

「あらあら、ミオも元気そうで何よりだわぁ」

 ころころと笑うパディエーラは、朗らかである。そしてその横のマルガリートもまた、高慢ちきに見えるような笑みを浮かべて堂々としていた。

「ミオ、ナビス、ご機嫌よう。あなた達、トゥリシアのことは聞いたかしら?」

「ええ、まあ、メルカッタで噂程度は、聞いてきました。……王家からも、見限られてしまった、とか?」

 マルガリートの問いかけにナビスが答えると、マルガリートは満足気に頷いて、より一層笑みを深める。

「その通りですわ。王家とはいえども、流石に今回の騒動を庇いきることはできなかったようですわね。ま、次期国王になるかもしれないから、という程度の理由で大事にされていた娘1人程度、どうとでも処分なさるでしょうとは思っていましたけれど」

 マルガリートのずばずばとした物言いを聞いて、澪は『今日もマルちゃんは元気だなあ』と思いつつ、もう少し詳しく、トゥリシアの話を聞きたくなる。

「えーと、それで、王家から公表された、っていうのは、どこらへんまで?近隣の村のこととかは、どういう扱いになってるの?」

「……まあ、そのあたりは、はっきりとは公表されておりませんの。ただ、『聖女として集めた信仰を不正に利用して、魔物を操り他の聖女を陥れようとした』ということは、王家から公表されましたわねえ。近隣の村にも働きかけて人々を集めていた、ということも、一応は発表の中にありましたわ」

 どうやら、トゥリシアの所業については、王家からぼんやりと概要だけ発表があったらしい。恐らく、『大体こういうことだからこれ以上詮索するな』というような意味合いなのだろうが、同時に、『今後王家はトゥリシアとは一切無関係なので王家に文句は言うな』というような意味合いでもあるのだろう。

 犯罪者かもしれない、という疑いを掛けられ、査問会も控えている親戚を庇うほどには、王家は腐っていないということだ。多少冷酷なようでもあるが、責任ある立場としては致し方ないことなのだろう。

「そういう訳で、今、トゥリシアは監獄におりますの。犯罪者を庇う義理は大聖堂にだってございませんもの。当然、このまま破門となるはずでしてよ」

「成程……そういうことなら、私達の証言は確かに、必要ではなさそうですね」

「それでも、できる限り今回の事件は明らかにされるべきでしてよ。ナビス。あなた達の証言によって、第二第三のトゥリシアを生み出さないようにすることはできると思いますの。いかがかしら?」

 まあ、そういうことなら協力しない理由もない。澪とナビスはマルガリートに頷いてみせる。元々、査問会での証言は行うつもりだった。マルガリートとパディエーラは、もう仲良しの聖女である。2人のために働くのは、澪もナビスも、やぶさかではない。


「そういえば、トゥリシアさんが色々やってた開拓地って、今、どんなかんじなの?」

 さて。査問会での証言も、今のトゥリシアの状況もひとまず置いておくとして……澪とナビスにとって大切なのは、こちらである。

「コニナ村の方については、村のマンドレイクは駆除しましたから、もう村へ帰っていただくことも可能ですが……彼らは、このまま開拓地に住まうつもりなのでしょうか?」

 澪とナビスが尋ねると、マルガリートは少々渋い顔をした。

「そうね……民衆は衝撃を受けておりますわね。それで、事実をすぐには受け入れられない、という様子ですの」

 マルガリートはそう言うと、『やれやれ』というように、ため息を吐いて首をゆるゆる横に振った。

「騙されていたのですから、すぐに動けばよいものを。全く、これだから……」

「信じていたものが悪人だった、なんて言われても、すぐに心を切り替えられないでしょうし。まあ、しょうがないと思うわぁ」

 パディエーラはそう言っているが、やはり、多少浮かない顔ではある。

 ……だが、パディエーラの言う通りだ。自分を救ってくれたと思っていた相手が、自分達を陥れた張本人だった、などと言われても、実感は中々湧かないだろう。

 民衆は、振り回されるだけ振り回されて、心のやり場が無いのかもしれない。騙されていたと分かった今でも、トゥリシアを信じたい気持ちも、分からないでもない。そしてそれ以上に『何が正しいのか分からない』というような気分になって、動く気力を失ってしまうというのも、想像はできる。


「では、慰問してもよろしいでしょうか」

 そこへ、ナビスが声を上げた。

「トゥリシア様を信じていた皆さんの気持ちを否定するのではなく、そこに寄り添い、その上で新たな道を探す活力を得る、お手伝いができれば……と、思うのですが……」

 いかがでしょう、とナビスが不安そうに言うので、澪は嬉しくなる。澪も丁度、同じようなことを考えていたので。

「あっ、いいじゃんそれ。折角だし、やろうよやろうよ。ほら、振り回されてお疲れ様でした会……っていうのはまあ明け透けすぎるだろうけどさ。まあ、『村を一時的とはいえ出ることになった人達への慰問』とか、『これからまた引っ越しするか開拓地に残るか決めなきゃならない人達の為の慰問』とかなら、まあ、いいよね?」

「……お人よしですわねえ、あなた達は」

 澪も乗っかれば、マルガリートはため息を吐く。

 だが、ミオはそんなマルガリートを見逃さない。

「何言ってんの。マルちゃんも出るんだよ」

「へ?」

 澪はしっかり、マルガリートの手を掴んでいた。逃がさんぞ、という気持ちを込めてマルガリートに笑顔を向ければ、マルガリートは『なんですの!?』というような驚愕の表情を浮かべてくれたが、澪はそれにすら笑顔になり……それから、パディエーラの方にも笑顔を向ける。

「できればパディも。ね?折角だからさ、複数の聖女のコラボ企画、やらない?」


「こらぼきかく……?それって一体、何なのかしらぁ?」

「複数の聖女が1つの礼拝式に出るの。あくまでも、それぞれの所属はポルタナだったりレギナだったり、それは変わらないままでやるの!」

 澪が提案すれば、パディエーラもマルガリートも、そしてナビスも、首を傾げながら澪の説明を聞いてくれる。

 中でもナビスは、目を輝かせて澪の話を聞いてくれる。澪の発案を楽しみにしてくれているらしいナビスを見ていると、澪はなんだか勇気が湧いてくるような気がするのだ。

「つ、つまり、合同礼拝式、ということですの……?」

「ま、大体はそういうかんじで。でも、ただ合同礼拝式にするだけじゃ、聖女がバラバラな印象を与えると思うんだよね。で、今開拓地に集まってる人達は、ただバラバラなだけの聖女を見ても、また『何を信じたらいいのか』って混乱すると思うし、何よりも、新しさが無い!」

 澪が目指すのは、あくまでも、コラボ。

 互いの領分は互いの領分として……だが、競い合うのではなく、協力し合えるところを、しっかり見せていきたい。

 聖女が様々にあっても、皆が目指すのはただ1つ……『皆の幸せ』なのだと。だから安心していいよ、と。辛いことがあっても、困っても、私達が助けられるよ、と。そう、メッセージを打ち出せるような、そんな企画にしたいのだ。

「だからさ……全員一緒に、1つの曲を歌ったり踊ったり、してみない?」

 そのために、澪は、そんな提案をしてみたのである。

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