信者争奪戦*8
「成程……最近大聖堂の外で何かしていると思ったら、そういうことでしたの」
「あ、やっぱりトゥリシアさんなんだ」
ということで、澪とナビス、そして聖女マルガリートと聖女パディエーラとの4人で、大聖堂の一室にて話していた。
ひとまず、澪とナビスが話した内容は、近隣の村の状況である。コニナ村のマンドレイク然り、他の村も然り……そして今回のゴブリンロードのこともあり、これは大聖堂の者の仕業だろうと思ったところ、案の定、といったところのようだ。
「最近、聖女トゥリシアが珍しく大聖堂の外に出ることが多かったんですの。貧民救済のためと言っていましたけれど、今までそんなことをしなかったお人が一体何をしているのかと思いましたのよね」
「譲位が近づいてきたと見越しての票稼ぎかとも思っていたけれど、それにしても頻度が高かったものだから、不思議に思っていたの。そう、開拓地に人を集めているのね……」
マルガリートとパディエーラが2人で『ねえ』『あれそうよねえ』と話しているのを見ると、どうもやはり、聖女トゥリシアの仕業のようである。
「えーと、私、ちょっとよく分かってないんだけど……開拓地を作る意味って何?」
大方分かっていることではあるが、澪がそう聞いてみると、マルガリートとパディエーラはそれぞれに頷いて答えてくれる。
「それは、人を集めておくことで信仰心を集めやすくするという目論みでしょうね。人が集まっていれば当然、地方を巡るよりも効率的に信仰心を得られますもの」
「それも、自分が助けた人達を集めておくのならば、より信仰心が集まることでしょうねえ」
「あー、やっぱりそういう?」
純粋な人助けのつもりではないだろうなあと思ってはいたが、やはり信仰心集めをしたいが故の行動であるらしい。
だが。
「ええと……信仰心が集まると、その、王位をうんぬん、って時に有利になるのかな?」
結局のところ、『信仰心を集めてどうするのか』は、未だによく分かっていないのである。
「そうですわね……信仰心があれば、当然それは人心を集めているということ。民衆からの支持がこれだけある、という証明になりますわ」
「それから、やろうと思えば信仰心を神の力に変えて、何か成すことはできるでしょうねえ。そうね……それこそ、人の心を動かす術も、使えるかもしれないわ。私達はやったことが無いけれど……」
「えっそういうことできるの?」
まさか、『人の心を動かす』などということもできるとは思っていなかった。澪としては『それ反則じゃない!?』と思うのだが、聖女としてはどうなのだろうか。澪がナビスの方を見てみると、ナビスも少々深刻そうな顔でそっと頷いた。
「まあ、可能、だと思います。私も試したことはありませんが……神の力は万能ですから」
「うわ、そっかー……そうしたら、手に入れた信仰心で人の心を動かして、更に多くの信仰心を……とかできちゃうんだ……」
やっぱり反則じゃないかなあ、と呟きつつ、澪は天井を仰ぐ。大聖堂の小部屋の天井は中々高い。ポルタナの教会とは違う風景を見て、『世界って広いよねえ』などと漠然と思う。
「ま、聖女トゥリシアがそういうことをしていた、というのならば好都合ですわ」
ぱん、と手を打って、聖女マルガリートが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「私達、証拠が欲しいんですのよ。聖女トゥリシアが企んで居ること、その証拠が。さもなくば、査問会にかけたとして、言い逃れされてしまいますもの」
堂々と、嬉しそうにしている聖女マルガリートは実に輝かしい。澪は『ぺかーっ、てかんじだぁ』と輝き具合を評価しつつ、元気なマルガリートをのんびり見守る。
「今回のことだけなら、幾らでも言い逃れできますわね。私と聖女パディエーラが2人で聖女トゥリシアを陥れようとしているとでも言ってしまえば、後は水掛け論になりかねませんもの。でも、開拓地や近隣の村のことまで加われば、話は別でしてよ!」
「そうねえ。開拓地に集められている方々から、証言を得ることもできるでしょうし……それに何より、ポルタナの聖女ナビスと勇者ミオが証言者になってくれますもの。ね?」
ね、とパディエーラから微笑まれて、澪とナビスは揃って頷く。
今回の問題は、ポルタナの今後にも関わるものだ。コニナ村とは、今後是非とも取引できる関係でありたい。それ故に、マンドレイクを人為的に増やしてコニナ村の人を強制的に避難させたということなら、聖女トゥリシアの目論見を暴いて、コニナ村の人々がより村へ帰りたくなるようにしたい。
……また、そうでなくとも、目の前には聖女トゥリシアの陰謀によって殺されかけた2人の聖女が居る。彼女達のことを思えば……『勇者』としての澪の心に従って判断すれば、やはり、このまま聖女トゥリシアを見過ごすわけにはいかないのだ。
話して分かり合える相手も居るが、そうではない相手もいる。折り合いをつけられる相手もいるが、そうではない者も。……澪はそれを、知っている。
「そういうわけで、お2人には査問会にご出席いただくことになると思いますわ。その時はまた、御足労をお掛けすることになるとは思いますけれど……」
それから、聖女マルガリートは少々気まずげに、澪とナビスを見た。
……最初、ポルタナに来た時には少々敵対心を見せていただけに、今、こうして協力を仰がなければならないのが気まずいのだろう。
「ええ、勿論です。正しい行いの為にも、コニナ村の方々のためにも、是非協力させてください!」
だが、ナビスはマルガリートに気まずさを感じさせないようにとしてか、彼女の手を握って微笑む。
「そうだよマルちゃん!遠慮なんてナシだよ!その代わり、私達が困ったら、何か頼むこと、今後あるかも、ってことで。……ま、今は同じ目標に向かって、がんばろ!」
そして澪もまた、マルガリートの手を握る。マルガリートは右手を澪に、左手をナビスに握られて少々戸惑った様子だったが、その表情には安堵も見えた。
それを見て澪は、『やっぱりマルちゃんってかわいいとこあるじゃーん』と嬉しくなる。どうやら、意地っ張りで気が強く、言い方もきつい彼女だが、少し心配性でもあるらしい。澪は、マルガリートのそういうところを『かわいい』と思う。
「査問会では、お2人から本日の証言と、近隣の村の状況をお聞かせくださいな。近隣の村と開拓地と聖女トゥリシアの関係については、私達で裏を取っておきますからね」
聖女パディエーラがにっこり笑うのを頼もしく思いつつ、澪とナビスは頷き合う。2人も近隣の村の様子はもう少し探るつもりで居たが、大聖堂側からしか分からない諸々もあるだろう。聖女パディエーラとマルガリートの調査によって、コニナ村やその他の村でのあれこれが詳しく分かるといい。
「さて、そんなところでいいかしら」
それから、マルガリートはそう言って満足気に笑った。
「ここで協力体制が取れたのは、悪くありませんでしたわね。これで、本来なら手に入らなかったであろう証言を得ることができますもの。トゥリシアの責任を追及し、悪事を暴くためを思えば、今日のことは却ってよかったかもしれませんわ」
「ま、そうだよね。ある意味、囮捜査みたいな?結構危なかったわけだけど、その分、得られたものは大きいよね」
聖女トゥリシアの行いは、今日のことが無ければ明るみに出なかったかもしれない。……或いは、澪とナビスが居なかったなら、トゥリシアを疑っていたマルガリートとパディエーラが亡き者とされ、そのまま疑いすら闇に葬られていたかもしれないのだ。
だからこそ、今日の事件は、悪くなかった。終わりよければ全てよし、というやつなのである。
……ただ。
「あ、そうだ。折角だから、マルちゃん達にはもう1個、聞きたいんだけどさ」
澪はもう1つ、気になることがある。
「魔物を町の傍まで誘き寄せるようなことって、できるもんなの?」
そう。今日の事件は、聖女マルガリートも聖女パディエーラも予想していなかった事件なのだ。
ゴブリンロードが複数体居ると分かっていたなら、マルガリートもパディエーラも、2人きりで取り残されるような立ち回りはしなかっただろう。
つまり、この事件。人為的に魔物を操ることができたからこその所業、とも言えるのだが……。
「……まあ、方法は、ありますわよ」
マルガリートは、少々歯切れ悪く、答える。
「魔物は人間の血の香りを好みますもの。魔物の巣で魔物を挑発した後、人間の血を点々と零していけば、魔物をある程度、誘導することは可能ですわ。或いは、それこそ神の力を行使してしまえば、魔物を操ることも、できてしまうのかもしれませんわね。でも……」
「……ゴブリンロードがあれだけ居た、ということには、少し引っ掛かるわぁ。一体、どこから連れてきたのかしら?」
マルガリートの言葉を引き継ぐようにして、パディエーラも首を傾げる。彼女が首を傾げると、ふわわ、と、蜂蜜のような濃い金色の、ふわふわとした長い髪が揺れてなんとも美しい。
「それこそ、余程深い位置にある洞窟を掘り当てる、とか……ううん、少し難しいかもしれませんね。レギナの近くに、強力な魔物が巣食う場所がある、のでしょうか……?」
「心当たりが無いわけじゃ、なくってよ。レギナの近くには、古いダンジョンがございますの。そこからなら、確かにゴブリンロードを調達してくることも可能でしょうね。ただ、相当奥の方から連れてこなくてはならないでしょうから、大変でしょうけれど」
「まあ、人の心を操る術が神の力で使えるんだったら、魔物の心も動かせちゃうかもしれないしなあー……」
「或いは、ダンジョンの中から直接ゴブリンロードを移動させてしまうように祈れば……それも可能、かもしれません」
……つまり、いずれにせよ相当な労力をかける必要がある、ということになる。神の力を行使したということなら、その分信仰心を消費したことになる。
だが確かに、既に諸所の村から村人を集めている聖女トゥリシアにならば、それが可能なのかもしれない。
「……マルちゃんとパディエーラさんを殺すために、そういうことした、ってことだよね」
「まあ、そういうことでしょうね。魔物狩りの功績を得るためでもあったのでしょうけれど、一番の目的は私と聖女パディエーラの抹殺だったはずですわ」
マルガリートが冷ややかな視線を窓の外……恐らく、トゥリシアが居るのであろう方へと向けている。聖女パディエーラもまた、おっとりとした顔の中に厳しい表情を浮かべていた。
……澪は、思い知る。
聖女同士の信者争奪戦とは、かくも過酷なものだったか、と。
流石に、聖女同士の殺し合いにまで発展するような、そんなことは稀なのだろうが……それでも、そうしたことが起きかねないような、そういう世界なのだということは、今後も忘れないようにしなくてはならない。
澪は、ナビスの勇者だ。ナビスを守り、ナビスの代わりに……或いは、ナビスと共に戦う者なのだ。
今後、ナビスに何かあってはいけない。だから澪は、存分に警戒していく必要がある。
今回のトゥリシアの件は、この後の査問会……恐らく裁判のようなもので、明らかになっていくことだろう。それと同時に、トゥリシアの名誉は当然損なわれ、彼女が王位を目指して暴挙に出る可能性は減っていくはずだ。
だが、他の者が、今後ナビスを狙ってこないとは限らない。澪はそれを、忘れてはならないのだ。
それから澪とナビスは、大聖堂から帰ることにした。大聖堂の中で寝泊まりすることもできそうだったが、宿はもう取ってある。今からキャンセルするのも忍びないので……何より、今の大聖堂に居ては、神経が休まらない気がするので、やはり、宿へ戻りたい。
「今日は本当にありがとう、聖女ナビス様、勇者ミオ様。……これからもよろしくね。あなた達のような聖女と勇者が味方に付いてくれること、とても頼もしく思うわ」
聖女パディエーラはおっとりと微笑んで、澪とナビスの手を優しく握る。『美人って手までめっちゃ綺麗……』と澪は感心した。パディエーラの手は、美しく整っていて、そしてほわりと柔らかい。手を握られるとなんとも幸せな気持ちになる。美人は手まですごい。
「こちらこそ、よろしくね。……それで、今後もお付き合いありそうだし、私のことはただ、ミオって呼んでほしいな」
「そう?なら、私のこともパディと呼んでくださいな。ね、どうぞ、ナビスも。……いいかしら?」
「は、はい!こちらこそ……こちらこそよろしくお願いします、パディ」
澪とナビスはパディエーラとの距離が縮まったことを非常に光栄に思いつつ、にこにこと3人で笑い合う。
……すると。
「……勇者ミオ。あなた、聖女パディエーラには、呼び方の許可を取ってから呼びますのね……?」
「え?うん」
マルガリートが、じと、と、澪を見ていた。
「……私のことは、初めから、『マルちゃん』などと、呼んできましたわね……?」
「うん」
澪は、あっけらかん、とマルガリートを見つめ返す。
「……なんでですの?」
「え?うーん……なんでだろ」
こて、と首を傾げて、澪はナビスに、『なんでだろうねえ』と聞いてみる。だが、ナビスも『なんででしょうねえ』と首を傾げるばかりである。
澪からしてみれば、マルガリートとの距離を縮めたかったために『マルちゃん』と呼ぶことにしたわけなのだが、それを許可なしにイケイケどんどんで進めてしまったことについては、少々弁明の余地があるのでは、と思い……仕方が無いので考えて、考えて……。
「マルちゃんはね、なんか、どう足掻いても怒られそうだったし、でも折角なら仲良くなりたかったし。じゃあいっかー、って」
そう、結論付けた。
「……こ、これだからポルタナの田舎者は!」
「まあまあそう怒らないでよマルちゃん。仲良くしようよマルちゃん」
「そうよぉ、マルちゃん。私もあなたのこと、折角だからマルちゃんって呼んでもいいかしら?ね、それで、あなたも私のこと、パディってお呼びなさいな」
「あ、あの、マルガリート様!私も、マルちゃんとお呼びしてもよろしいでしょうか!」
マルガリートは、ぷんすこと怒っていた。だが、パディエーラとナビスにもわくわくとした目で見つめられ、微笑まれて、怒ってばかりもいられなくなる。
……そうして。
「ミオ!ナビス!パディ!貴女方、本っ当に!図々しくってよ!」
「あらぁ」
数分後には、ぷりぷり怒りながらも、幾分砕けた様子のマルガリート改めマルちゃんが居たのである!
こうして、レギナの聖女2人とポルタナの聖女、ついでにポルタナの勇者の4人組は、仲良くなったのだった。
この仲良し達が、仲良しを武器に新たな礼拝式を執り行うことになるのに、そう時間はかからないのである。
……何せ、澪の頭の中には既に、構想があったからだ。
『聖女コラボ企画』の。