信者争奪戦*7
「聖女トゥリシアの行動は、最近目に余りますのよ」
歩きながら、聖女マルガリートがそう話し始めるのを、澪とナビスは真剣な面持ちで聞いている。
「こちらの聖女パディエーラを押し退けて、自分こそが大聖堂の頂点に君臨しようなどと、大それたことを考えているようでして。私達、頭を悩ませておりましたの」
マルガリートの言葉に、隣を歩く聖女パディエーラ……7人目の聖女が、『そうねえ』とおっとり頷く。如何にもおっとりとして優雅な美しさを持つパディエーラは、正に『聖女』という見た目である。そして、歩き方1つとってみても、非常に洗練されていた。これは『頂点』に君臨する聖女であろうと思わされる。
「聖女トゥリシアは、献金額だけなら、間違いなく彼女が一番ですわ。何せ、ご実家が大層裕福でらっしゃいますものね」
「あー……成程ね、そういう貢献の仕方はできるのか」
とりあえず、金は力である。実家……つまり、王家の傍系という、とりあえず金はある家の出ならば、多額の寄付を積むことで『大聖堂への貢献』ができるのだ。
「けれど彼女、歌も踊りも取り立てて見どころがありませんわ。聖女パディエーラなどと比べるのも烏滸がましいほど。そのくせ、努力を重ねるでもなく、堂々としてらっしゃいますの。聖女としての心構えからして『なっていない』と申し上げるしかありませんわね」
「バッサリいくねえ……」
澪は『おいおいマルちゃんこの物言いで大丈夫か!?』と若干心配になりつつ、隣を歩く聖女パディエーラが『まあ、もう少し修練を積んでもいいとは思うわぁ』とおっとりしているのを見て、『おいおいおい聖女って大体こんなかんじか!?』と更に心配になってきた。
「……まあ、聖女トゥリシアはそういうお方ですもの。今回の魔物騒動だって、彼女が何かやっていないとは言えませんわね。そして何より、彼女が何もしていなかったとしても……魔物退治に連れ出したのが私と、まだ舞台に立っていなかったパディエーラ様との2人だった時点で、采配は失敗しておられますのよ」
「そうですね……大聖堂の守りを固める、というのであれば、それは町への魔物の侵入を見越している、ということになりますものね。ならば、町の外へ出す聖女をより多くするか、町に出て避難誘導を行う役を割り当てるか、すべきでした」
ナビスも頷くと、マルガリートは少々意外そうな顔をしつつも頷いた。
「……そうね。まだ経験が比較的浅い聖女4人は大聖堂に残した、という主張も苦しいものがあるでしょう。聖女トゥリシアは、厄介者を始末したかったか、『厄介者よりも目覚ましい功績を上げた』と主張したかったか。いずれにせよ、あそこで聖女トゥリシアが私とパディエーラ様を外へ向かわせたことは事実。そこにある意図など、おおよそ透けて見えますわね」
マルガリートのシビアな意見は、概ね真実のように思える。何せ、あの会場に澪もナビスも居た。あの時の聖女トゥリシアの言葉から考え、そして今の状況を見れば……マルガリートの意見を、考えすぎだと言う訳にはいかない。
恐らく、澪とナビスがやってこなかったなら、マルガリートもパディエーラも、2人の勇者も、皆、助からなかっただろうから。
「ですから、聖女トゥリシアに直接、問い質してみることになりますわね。まあ、口を割るとも思えませんけれど……『次』は無いと警告することはできますもの」
マルガリートはそう言って、つかつかと進んでいく。
……その先では、明るく輝く魔除けの光に包まれて、聖女トゥリシアが佇んでいた。
その表情を、驚愕に染めながら。
「あらあら、聖女トゥリシア。『私は別行動する』と仰って意気揚々と隊列を離れてゆかれましたけれど、あなた、そっちはまだ終わっていませんでしたの?」
聖女トゥリシアの前に立つのは、聖女マルガリートである。いきなり喧嘩を吹っかけるような物言いに、聖女トゥリシアの表情が、ひく、と動く。
だが、マルガリートはそれを全く気に留めていないような様子で周りを見回し……そこに転がっている。ゴブリンの死体数匹分に、侮蔑の目を向けた。
「見たところ、たかだかゴブリン数匹相手に戦っておられたようですわねえ。苦戦されたのかしら?随分と時間がかかったんじゃなくって?」
暗に、『何かしていたんだろう』、あるいは、『無能極まりない』と言いつつマルガリートがトゥリシアを睨めば、トゥリシアはまた表情をひくつかせてから、気を取り直したようにため息を吐いた。
「……先ほどまで、少し離れたところでずっとゴブリン相手に戦っておりましたのよ。そちらはもう、死骸を浄化してしまいましたけれど……」
「あら、そうでしたの。ごめんあそばせ。ちなみに私達は先ほどまでゴブリンロード数体を相手に戦っておりましたの。ゴブリンとは段違いに強い魔物ですわね。中々苦戦させられましたわ。ああ、死骸は素材回収のためそのままにしてありますから、確認したければ確認して頂いて結構よ」
トゥリシアの言い訳は、あっさりとマルガリートによって捻じ伏せられる。実力と実績に裏打ちされた皮肉というものは、何とも切れ味が鋭い。
「あなた、あの場に居なくてよかったですわね」
更に、マルガリートは豊かな金髪を肩の後ろへ流しながら、なんとも高慢な笑みを浮かべた。
「あなたじゃあ、ゴブリンロード相手に生き残ることすらできなかったでしょうから」
澪が内心で『おいおいおいおい大丈夫か!?これ大丈夫か!?』と心配し、ナビスも似たようなおろおろ具合でマルガリートとトゥリシアを見守っていると、案の定、トゥリシアは表情を引き攣らせて、何か言い返そうと、口を開きかけた。
「あら、違いますの?そう言えるだけの実力があると驕っておいでなのかしら?……それとも、『自分だけは死なずに済む算段があった』と?」
だが、それすらも、マルガリートは許さない。
「ねえ、聖女トゥリシア。ここではっきりさせておきましょう」
きっ、と、海のような青い瞳で聖女トゥリシアを睨みつけて、マルガリートは言った。
「この魔物騒動。あなたが手引きしたものですわね?」
「ぶ、無礼ですよ!一体、一体何を言うのかと思えば……」
「あらあらあら!私に礼が無いというのであれば、あなたは能が無いんじゃあなくって!?私、無能に無礼と言われる覚えは無くってよ!」
マルガリートの高飛車でありながらまるで容赦のない一言に、聖女トゥリシアはわなわなと震え出した。緊張と怒りと怯えと……様々なものがない交ぜになった表情を見て、澪は『ああ!敵ながら居た堪れない!』と思う。ナビスも澪の手を握りながら、『居た堪れません!』というような顔をしている。
……気が合う相棒が居ると、まだ多少、居た堪れなさが減ずるので、澪はナビスが居て良かったと心の底から感謝した。
「あなたが離れていってすぐ、こちらにはゴブリンロードが数体、やってきましたわ!そしてあなたが片付けたのはただのゴブリン数匹!それすらこれほど手間取って、私達の方へ加勢にすら来ない!おかしなこともあるものですわね!まるであなた、魔物がどこにどういう風に来るのか、知っていたようじゃなくって!?」
「そ、そんな」
「それにそもそも、采配からしておかしなものでしたわねえ!私をお選びになった理由は分かりますわ。私、優秀ですもの。でも、今日舞台に立っておらず、信仰心が他の聖女より少ないことが明白なパディエーラを連れ出したのはどうして?私と聖女パディエーラが反論しても、あなたは聞く耳を持ちませんでしたけれど?」
ずい、とマルガリートが一歩進み出れば、トゥリシアは半歩、下がる。
どちらがより、頭の切れる聖女で口の回る聖女なのかは、最早明確であった。それでいてやはり、実力と実績に裏打ちされた皮肉というものは、切れ味が鋭いのである。
「あなたがただの無能だというのなら、それで結構。これはあなたの失策によるものですから、あなたが私達に謝罪し、他の聖女達や大聖堂に対して始末書の一つでも書いて、それからしばらく謹慎でもなさればそれで済むお話ですわ」
更に、マルガリートはそう言って、ぎろ、とトゥリシアを睨んだ。
「でも。……あなたが仕組んだことだとしたら、あなた、謹慎程度じゃ、済まなくってよ?当然、あなたの行き先は監獄ですわ。あなたが行きたくて行きたくてたまらない、玉座の上じゃ、なくってね!」
……その言葉に、トゥリシアはいよいよ、顔面蒼白となったのである。
「まあまあ、聖女マルガリート。このあたりにしておきましょう?ね?」
そこへ助け舟を出したのは、聖女パディエーラである。彼女はおっとりと、ゆったりと、マルガリートの手を握って、『ね?』と語り掛ける。
「ここで糾弾してもしかたないでしょう?まずは、大聖堂に戻らなくては。礼拝式を途中で放り出してしまいましたもの。できるなら、私も信者の皆さんへ祈りを捧げたいわ。それに、ポルタナの聖女ナビスにも、このままお付き合いさせるのは忍びなくてよ。ね?」
「……あなたがそう言うなら、そうしますわ。聖女パディエーラ」
パディエーラのおっとりとした言葉に撫でられるようにして、マルガリートは渋々、頷いた。
「聖女パディエーラ……あなたは分かってくれるのですね?」
そしてトゥリシアは、希望の差した表情を浮かべたが……。
「あら、勘違いはよして頂戴ね?聖女トゥリシア」
おっとりとした調子のまま、パディエーラは聖女トゥリシアへ、にこり、と微笑みかけた。
「私だって、ゴブリンロードの群れの中に私達を放り出して逃げていく者を味方だと思うほどには、おっとりしていませんよ」
……おっとりした美女の冷静な怒りほど、恐ろしいものは無い。マルちゃんより、怖い。
澪とナビスは無言で、お互いに、きゅ、と抱き合った。
……そうして、皆で大聖堂へ戻ることになった。
聖女トゥリシアの勇者は3名ほど居たが、皆、大人しくトゥリシアの後ろに付き従うのみ。一言も発さないところを見ると、聖女トゥリシアは然程、勇者達から信頼を得ているわけでもないのかもしれない。
大聖堂に戻ってすぐ、聖女パディエーラの歌が大聖堂に響き渡ることとなったが、戦いの後から着替えることもままならず舞台に出たパディエーラは、どれくらいの信仰を集められたのだろうか。
観客達の中には、魔物との闘いが長引くことを予想して帰宅してしまった者達も多いらしかった。そのあたりを考えてみても、トゥリシアは少なくとも、パディエーラの信仰集めを邪魔することには成功してしまった、ということになるだろう。
さて。
その後、澪とナビスは、お開きとなった会場に居残って、ため息を吐きつつ休憩していた。
「……なんか、後味悪いっていうか、戦いはこれからだ、っていうか……」
「そ、そうですね。とんでもないことになってしまいました……」
何せ、疲れた。戦いでの疲労もある上、大聖堂に渦巻く陰謀の一角に巻き込まれてしまった精神的な疲労もある。
あと、マルガリートが、怖かった。……あの気まずさを思い出して、澪とナビスは『マルちゃん怖かったね……』『聖女パディエーラも怖かったですね……』と囁き合う。
「……でも、私達、ここに居て、よかったね」
「はい。それは、間違いなく。……マルガリート様とパディエーラ様、そしてお2人の勇者様を、救うことができましたから」
だが、疲れても、それだけで済んだのだ。
澪とナビスがここに居たことで、救えたものがあった。2人がここに居なかったら……マルガリート達は、無事ではなかっただろう。死ななかったとしても、今後も聖女を続けられていたかは怪しい。
だから、2人がここに居た意味はあったのだ。澪もナビスも、それを嬉しく思う。
……なんだかんだ、2人とも、聖女で勇者、なのだ。人を助けることが、元来好きな性分で、実に聖女や勇者に向いているのである。
「聖女ナビス。勇者ミオ。ちょっとよろしいかしら?」
そこへ、声が掛けられる。澪もナビスも、予想していた分、驚かなかった。
「今日は色々と巻き込んでしまってごめんなさいね。それに……改めて、貴女方のご助力に、感謝申し上げますわ」
服の裾をつまんで優雅にお辞儀するマルガリートは、実に美しい。こちらもパディエーラ同様、戦いの後の疲れと汚れが見えるが、それでも凛として美しい彼女の姿は、正に『聖女』であった。
「その上で申し訳ないのだけれど、少し、お話を伺ってもよろしくて?今日のことをまとめておきたいんですの」
マルガリートとしては、澪とナビスの助力を乞うのは少し気まずいのだろう。だが、これは澪とナビスにとって、渡りに船、なのである。
「うん。こっちも色々話したいこと、あるんだ」
「大聖堂の方のご協力が必要なのです。近隣の村のことで、お話がございまして……」
……恐らく。
コニナ村のマンドレイク騒動や、近隣の村の諸々、そしてレギナ近郊の開拓地……それら全てと今回の事件は、繋がっているのだから。