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信者争奪戦*5

 そうしていよいよ、開場となる。

「ゆっくりと入場してください!大丈夫。まだ時間はありますからね!」

「順番に。抜け駆けなどしないよう。神は見ておられるぞ!」

 大聖堂の中へと進んでいく観客達を誘導しているのは、鎧姿の若い男性達だ。……見目が整っているところを見ると、彼らは『勇者』なのだろうと思われる。聖女達の対バンライブの時には、勇者たちは裏方に徹するということなのだろう。

 よくよく見てみれば、勇者らしい彼らは、鎧の胸や垂の部分、羽織ったマントやマントを留めておくブローチなどに、聖女の紋章を入れているようだ。澪は『私もああいうの用意しよっかな』と考える。現状、ナビスが礼拝式の時に身に着けている永遠の花を澪も身に着けている、という程度にしか『ナビスの勇者』感が無いので。


 さて、そうして澪とナビスも大聖堂に入場すると、入り口付近での少しのやり取りの後、金属製のゴブレットと紙包みとを手渡される。ゴブレットの中には飲み物があり、紙包みはほやりと温かい。

 ゴブレットの中身は、ジュースであった。一応、ホットワインも選べるようになっていたのだが、澪とナビスはお互いにジュースを選んでいる。

 そして、紙包みの中身は、ハンバーガーのようなものである。ふわふわのパンの間に、ピクルスや焼いた肉などが挟まっていた。

 ……どうやら、レギナの大聖堂の聖餐は、このような形式で配布されるものらしい。ポルタナのようにバイキング形式の聖餐は、確かにこの人数でやるのは無謀だろう。

 澪とナビスは早々にジュースを飲み干してしまって、それからハンバーガーのようなものも食べてしまう。どちらも美味しかったので満足だ。ただ、これだと鉱夫達には『足りない!もっと食べたい!』と不評だろうなあ、と澪は思った。

 包み紙はゴミ箱へ入れて、ゴブレットはカウンターへ返却して……そしていよいよ、礼拝式が始まる。


 大聖堂の中は音楽ホールのようになっている。飲食可能な音楽ホールなので、澪からしてみると違和感が凄まじいのだが……階段状になっている客席は、吹奏楽部であった澪にとってはそれなりに馴染みのあるものであった。

 適当なところに着席して待っていると、高らかにファンファーレが鳴り響く。トランペット3本程度で演奏されているらしいそれを聞いた澪は『おおー、いい演奏』と感心する。しっかり和声の取れたアンサンブルは、聞いていて心地がいい。

 だが、ここではファンファーレはあくまでも開式の合図に過ぎない。本命は、ここからだ。


 ステージ上に、聖女が1人、現れる。わっ、と歓声が上がる会場の中、澪とナビスもステージ上の聖女に注目した。

「皆様、ごきげんよう。私、聖女マルガリート・スカラは本日もあなた方の為に祈ります」

 そこに立っていたのは、聖女マルガリート。……ポルタナに偵察に来ていた、あの聖女であった。




 マルちゃんが一番手なのかあ、と、澪は少々驚いた。人気が中堅どころなら、終盤の方の出番かな、と思ったのだ。

 だが、澪とナビスとその他大勢の観客が見つめる中、聖女マルガリートはすらすらと祈りの句を唱えると……歌い始める。

 そして同時に。

「わ、すごい……!」

 聖女マルガリートは、ステージの上、歌いながら踊っていた。

 衣装の裾、ベールの裾がふわりふわりと大きく靡く。くるりと回転すれば、薄絹がまるで波のように揺れていく。そして最終的に、マルガリートはベールを脱ぎ、そのベールの端と端を両手に持って踊るようになる。

 大きく広がって揺れるベールは、実に神秘的だった。彼女の歌が朗々と響き、会場は只々、聖女マルガリートが支配する空間となる。

 ……そうして現実味の無い時間の終わりがやってくる。

 歌が、すっ、と空気に溶けるように消え、音もなく踊りが止まり、そのまま、一呼吸分、音は無く、動きもない。まるで時間が止まったかのような時間が流れ……それから時が動き出す。

 聖女マルガリートは、踊りの最後の姿勢から体を戻し、そして、優雅に一礼した。その動作のまた、美しいことといったら。

「おおー……」

「綺麗……とてもお美しいですね」

 先ほどまでの静寂を打ち破るように、観客が惜しみなく拍手を送る。歓声と拍手の中、聖女マルガリートは清廉に……それでいて堂々と、少しばかり誇らしげに立って、そして、ステージ上から方々の客席に向けて向きを変えて、また数度、礼をする。

 それで、マルガリートの出番は終了であった。堂々と退場していく聖女を拍手が追いかけていき、会場は只々、マルガリートへ向ける賛美でいっぱいである。

「……マルちゃんも光ってたねえ」

「ええ。よかったです。他の聖女様も、光るんですねえ」

 尚、踊っている途中から、マルガリートは光り輝いていた。信仰心が集まったということだろう。……ナビス以外も光るらしいので、澪は少し安心した。




 それから続いて、2人目の聖女が出てくる。

 だが……。

「……マルちゃんの後だと、踊りが霞むねえ……」

「ええ……う、うーん、こういう考え方は良くないとは、思いますが……」

 どうも、精彩を欠く。というよりは、マルガリートの踊りがあまりにも美しすぎたために、マルガリートの後に出てくる聖女が霞むのである。もしかすると、マルガリートの出番が最初だったのは、後に出てくる聖女達を霞ませるための戦略なのかもしれない。だとしたら、彼女は相当に強かである。


 3人目の聖女も、歌と踊りを披露していったが、やはりこちらもマルガリートに匹敵する踊りではなかった。

 4人目は趣向を変えてか、竪琴を演奏していった。こちらは中々楽しく、澪は『あれもいいなあ』と目を輝かせて聞くことになった。

 5人目の聖女は歌のみの聖女であった。こちらの歌は非常に上手かったが……澪は、『ナビスの方が、上!』とにっこり満面の笑みである。

「あの、ミオ様。もしや、今、私を信仰しておいでですか……?」

「え?あ、ごめん、光らせちゃった」

 ……澪の『やっぱりナビスが一番!』という気持ちは、ほんのりナビスを光らせていた。ナビスがすぐに気づいて信仰心をなんとか引っ込めたので、光具合はすぐに収まったが。


 そして続いた6人目は……凄まじかった。

「うわっすっごい」

「これを途中に挟めばよかったのでは」

 ……6人目こと聖女トゥリシアは、白絹に金銀の刺繍が施された、清らかでありながらそれ以上に豪奢な衣装を纏って登場してきた。

 そしてその後ろには、バックダンサーらしい少女達が何人も、やってきている。




 バックダンサーとコーラス付きの演目は、当然のように見栄えがした。

 よく訓練されたバックダンサー達は見事にトゥリシアを引き立てていたし、控えめなコーラスはトゥリシアの歌を美しく彩っていた。

 ……だが、トゥリシア自身の歌と踊りは、間違いなくマルガリートに劣る。

 一方で、マルガリートの出番から大分順番を離したことによって、マルガリートの歌と踊りがどのようなものだったか、既に観客の記憶からは薄れてきている。

 マルガリートの歌と踊りを『ただ素晴らしかった』としか記憶できていない観客にとっては、トゥリシアの歌と踊りは『同じくらい素晴らしい』と……或いは、『最初の聖女より素晴らしい』とさえ、思えてしまうのかもしれない。

 ……マルガリートの出番が最初だったのは彼女自身の強かさによるものかとも思ったが、もしかすると、トゥリシアによって命じられてあの出番になっていたのかもしれない。

「やっぱり人とお金をたっぷり使えるのってずるいなあ」

「ううん……しかし、美しいですね……」

 バックダンサーの動きは、それ1つ1つが優れたものでなくとも、統率が取れてぴたりと揃っていればそれだけで見ごたえのあるものとなる。人を雇い入れることができたなら、こうしたことも十分に可能なのだろう。

 見栄えがする。明らかに、前の演目とは異なる。……それだけでも、トゥリシアが信仰心を集める理由になる。

 フェアではないような気もするが、これが彼女の戦い方なのだと言われればそれを否定することもできない。澪は少々複雑な気分のまま、トゥリシアの演目を見続けた。


「皆様。聖女トゥリシアより、ご挨拶申し上げます」

 そうして演目が終わると同時、バックダンサー達はさっとステージからはけていき、後に残った聖女トゥリシアが1人、喝采を浴びながら一礼する。

 光り輝きながら、聖女トゥリシアは当たり障りのない挨拶を述べていく。最終的には『皆、健康に気を付けて元気に過ごしてね』というような、観客を思いやる内容で挨拶が締め括られ、また、聖女トゥリシアへと拍手が浴びせられる。

 さて、次はいよいよ、最後の演目。7人目の聖女の出番である。大トリを務める聖女の演目は、どれほど素晴らしいのだろうか。観客は皆一様に、期待を高めて……。


 ……その時だった。

「大変です!」

 1人、神官らしい者が駆け込んできた。明らかに打ち合わせに無いのであろう動きに、観客も、大聖堂関係者であろう者達も、どよめく。

 ……そんな中、澪とナビスは、それぞれに『あっ』と思っていた。駈け込んで来た神官の声に聞き覚えがあり、姿にはなんとなく、見覚えがある。

 それは、ポルタナの礼拝式に文句を付けてきた、あの時の神官であった。

「町の外に、魔物が……!」

 だが、その神官の言葉を聞いて、会場は混乱の渦へ叩き落されたのである。




「皆、静粛に!」

 混乱する会場に、凛として響く声は、聖女トゥリシアのものである。

 彼女は落ち着き払っていた。魔物が攻め込んできた、とあっても慌てず騒がず、聖女然として、堂々とステージの上に立ち続けている。

 そう。……彼女はまるで、慌てていなかった。まるで魔物の襲撃を知っていたかのようだ、と澪がそう感じてしまうのは、疑い過ぎだろうか。

「私が参ります。それから……聖女パディエーラ!聖女マルガリート!あなた達もお手伝いくださいな!他の聖女の皆さんは、大聖堂の守りを固めて!」

 更に、トゥリシアが呼びかけると、マルガリートと、まだ見たことの無い聖女……つまり、7人目なのであろう聖女とが、すぐ会場の外へと向かっていった。

「……えーと、ナビス。私、ちょっと思ったんだけど……マルちゃんはともかく、7人目の聖女さんはさ、今日の礼拝式でまだ、信仰心、貰ってなくない?」

「ええ……つまり、危険ですね」

「だよねえ。蓄えがあったとしても、絶対に、悪手だよねえ、この人選は……」

 ……そして澪とナビスは、ただ悪い方向へと予想が向かっていくのを止められない。

「……私達も、行く?」

 だから澪は、そう提案するのだ。

 何故なら澪は、勇者だから。

「ええ……このまま見過ごすわけにはいきません。何も起こらないことを祈っているばかりでは、きっと、もっと酷いことになります!」

 そしてナビスもまた、聖女である。2人は連れ立って、会場の外へと駆け出していった。

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