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信者争奪戦*4

 ポルタナからレギナまでは、2日の旅程となる。

 メルカッタを通り過ぎ、その先の宿場で一泊。更にそのままレギナに向かって進み続けて、2日目の昼頃に到着するという流れだ。

 澪とナビスの馬車はドラゴンタイヤとサスペンションのおかげで、他の馬車より速度が出せる。おかげで2日の旅程で何とかなっているが、もし馬車もポルタナ街道も無かったとしたら、メルカッタで一泊、宿場で一泊、更にもう一泊、と、4日程度の旅程になっていたらしい。

 つくづく、インフラ整備は大事である。澪はそれを深々と実感しつつ……目の前に広がる光景に、新鮮な気持ちで居た。

「うわあ、大都市だ」

 目の前に広がる景色……幾重にも壁が重なって、同心円状に広がっていく形の、大きな町。

 これが、大都市レギナの姿である。


 レギナに入るには、門で審査を受ける必要がある。

 だが、聖女であるナビスはあらゆる門を通れるので、それにくっついて歩く澪もまた、問題なく門を通り抜けることができるのであった。聖女の信用は、絶大なのだ。

「ここがレギナかあ……メルカッタとは雰囲気違うね」

 レギナの町の中へ入ってみれば、そこにはメルカッタとはまた異なる雰囲気が漂っていた。

 活気はある。だが、メルカッタとは違って、荒々しさが無い。

 メルカッタは戦士や鍛冶師が集まり、商人達が鎬を削る、荒々しさと共に活気づいた町だ。だが、レギナの活気は、もっと種々雑多なのである。

 貴婦人の馬車が優雅に通り過ぎていったかと思えば、露天では売り子が元気に呼び込みをしていて、その脇を子供達が元気に駆けていき、カフェのテラス席では紳士2人が何か話している……。

 上流階級の者が多いのだろうな、ということは、なんとなく分かった。治安も、メルカッタより良いように見える。そしてあらゆるものの規模が大きい。大通りに面した店などは、本当に大きい。メルカッタではこじんまりとした店が多かったことを考えてみても、やはり、人口がそれだけ多い都市だということなのだろう。

「……大きな町ですね」

「ね。なんかすごいなー」

 澪とナビスは、レギナの大通りを進んでいく。周りを眺めながら歩き、そして、露天で焼き菓子を売っているのを見つけた澪が早速それを買ってきて、ナビスと2人、広場のベンチに座ってそれを食べながら休憩する。

「えーと、聖女様の名前、『トゥリシア』さんだっけ」

「ええ。『トゥリシア・レクスファミラ』。それが、魔物に襲われた村に救いの手を差し伸べ、ポルタナ産の聖銀を買い占め、カルボ様に勧誘をかけているという聖女の名です」

 そして2人は、仮想敵と設定した聖女の名を確認する。

『トゥリシア・レクスファミラ』。それが、ポルタナを潰しにかかっているらしい聖女の名である。




「聖女トゥリシアは、レギナで活動する聖女の内の1人です。そして、この大都市レギナにおいても、有力な聖女でもあります」

 ベンチに座って焼き菓子とお茶を楽しみながら、澪はナビスから聖女トゥリシアについて聞く。ナビスは流石に聖女なだけあり、他の聖女のこともある程度、噂に聞いているようだ。

「そっか。レギナでも有力、ってことは、力のある聖女様ってことかな」

 敵のことは知っておくべきだ。澪が真剣に聞いていると、ふと、ナビスが気まずげな顔をした。

「ええと……彼女は王族なのです」

 ……そして、中々に衝撃的な事実を知らされてしまった。


「……王族ぅ!?王様の血族ってこと?それがまたなんで、聖女様に?」

「王族とはいっても、今の王の兄君の娘の娘……という立場であらせられますから、傍系ではありますね。それでも、王家の血を引いているということは十分に衆目を集める材料になりますから……」

「……あ、なるほどね。そっか。そうだった。聖女って、注目されたらそれだけで有利なんだった」

 王族が聖女とは、と驚いた澪だったが、よくよく考えてみれば理に適っている。

 聖女とは、信仰心を集めるのが仕事だ。そして、より効率よく信仰心を集めるのに最も必要なものは、知名度。……その点、王族であればそれだけで知名度は相当高くなるのだから、聖女になるにはとても有利な下地が整っているということなのである。

「ですので、トゥリシア様が有力な聖女、というのも、正しいのです。……その、名が知れてゆけばそれだけで信仰心が集まるものですから……」

「……努力とか才能とか関係なく、知名度が高かったら当然、信仰心も得やすいもんねえ。そりゃ、力は付くかあ……」

 なんとなく歯切れの悪いナビスの説明を聞いて、微妙な人なんだなあ、と澪は察した。

 要は、王族であるというただそれだけである程度の信仰心を得てしまい、その信仰心故に力を持っている、という。……王族でなかったなら箸にも棒にも引っかからなかったのだろうなあ、とも推測できる。

「そして同時に、今、微妙なお立場のお方でもあります。何せ、次の国王の座が彼女のものになるかもしれませんので」

「……えっ」

 更に、情報は積み重なる。どういうこと?と澪が首を傾げていると、ナビスは宙に指で家系図を描くように手を動かしながら、説明してくれた。

「ええと……実は、現国王はご高齢であられるので、そろそろ譲位しなくてはならないのです。しかし、そのご子息……たった1人の王子が、今、行方不明とのことで」

「あー、本来なら王位継承者になる人が……え、行方不明なの?」

「はい。今から20年近く前、魔物退治にお出かけになった若かりし王子は、そのままお戻りにならなかったそうです」

 つまりそれ、死んでるんじゃないかなあ、と澪は思ったが、言わないことにする。できれば生きていてほしいね、と思う気持ちはあるので。

「更に厄介なことに、王子には妻も子も、いらっしゃらないので……王の兄君の孫娘にあたるトゥリシア様も、次の王になる可能性があるのです」

 なんということだろうか。王位争いに巻き込まれる位置の聖女、とは、なんともとんでもないものが居たものである。

 澪は『大変だなあ』と思うが、同時に『でもその人、ポルタナを潰そうとしてくるしなあ……』とも思う。こういう考え方はどうかとも思うが、『次の王はトゥリシアさんじゃない人がいいなあ……』とも、思う。応援する気には、ちょっと、なれない。


「まあ……そういうわけで、トゥリシア様は今、微妙なお立場なのです」

「成程なー、複雑な事情だ……」

 色々と聞いてしまうと、さて、いよいよ聖女トゥリシアが怪しくなってくる。

 今まで、澪は『動機が無いよなあ』と、思っていたのだ。ポルタナで地方が活性化されたとしても、それはそれで別にいいはずだ、と。潰す理由にはならないだろう、とも。

 ……だが、トゥリシアの状況を知ってしまえば、動機など幾らでも他に思いつくようになる。

 何せ、彼女が王位を我が物にすべく、諸々を画策している可能性が浮上してきてしまったのだから。

 人々の支持を取り付けるためには、信仰心を集めるのが手っ取り早いよい手段になるだろうことは、明らかなのだ。




 澪とナビスはそのまま夕方まで時間を潰す。折角だから都会デートだね、と澪はナビスの手を引いてあちこち巡ってみたのだ。

 屋台で買った軽食をシェアしながら食べた時には、ナビスが『こういうことをするのは初めてです!』とほわほわ笑っていた。……同年代の女の子の友達が居なかったナビスにとって、今日の澪とのお出かけは中々新鮮で楽しいらしい。

 あまりにもナビスが可愛いので、澪は度々、『うおっ眩しっ』という気持ちにさせられた。この眩いほどの可愛らしさは、間違いなく世界一である。トゥリシアがなんぼのもんじゃい、という気分で、澪はレギナの街並みを堂々と歩くことになった。……世界一可愛いナビスの隣を歩くのだから、堂々ともなるのだ。

 さて。

 そうして時間を潰した澪とナビスは、レギナの南側へ向かう。そこに、聖女トゥリシアの所属する大聖堂があるのだ。


 大聖堂の前は、混みあっていた。流石に大都市レギナで行われる礼拝式ともなると、規模が大きい。人も多い。これはすごい。

 ……そして。

「おおお……物販やってる……」

「物販、ですねえ……」

 大聖堂の前では、物販が行われていた。尤も、澪とナビスがやるような物販とはまた大分趣が異なる。

 売っているものは、『免罪符』や『聖水』といったものが多い。澪がナビスに解説を求めたところ、『免罪符』とは、それぞれの聖女の印が入った紙であって、それを持っていると罪を1つ許される、というものであるらしい。……まあ、そういう名目で少額の寄付を募る手法なのだろう。

 そして、聖水はここでも人気らしかった。まあ実用品だもんなあ、と澪は納得する。ただし、ポルタナで売っているものよりも大分、瓶が洗練されている。高価なものでは、色硝子の瓶に入っているものもある。……どうもそれは、聖女トゥリシアが祈りを込めた聖水、ということらしかったが。聖女トゥリシアは高級志向なのだろうか。

「ところで、物販、7つに分かれてるんだねえ」

「そうですね。レギナの大聖堂には聖女様が7名、いらっしゃいますから」

「うわ、想像より多い……ポルタナの7倍じゃん」

「まあ、レギナの人口はポルタナの7倍以上ですから……」

 どうやら、レギナには聖女が多いようだ。まあ、人口のことを考えると当然といえば当然なのだろうが……7名も聖女がいたら、人気の分散がとんでもないことになりそうである。澪は『マルちゃんも大変だなあ』と、聖女マルガリートのことを思った。今思えば、彼女がピリピリしていたのはレギナの聖女間の激しい競争の中にいたからなのかもしれない。

「……マルちゃんの物販、ちょっと見てく?」

「そう、ですね。折角ですから。お付き合いもありますし……」

 ……ということで、澪とナビスは、いそいそと聖女マルガリートの物販に並んだ。


 聖女マルガリートの物販は、ほどほどの混みようだった。要は、最も混んでいるわけでも、最も空いているわけでもない、というくらいである。マルガリートの人気は、レギナの聖女達の中でも中間くらい、ということなのだろう。

 ちら、と横を見れば、聖女トゥリシアの物販が大変混み合っている様子が見えた。澪としては、少々面白くない気分だが、まあ仕方ない。

 さて、物販の列は進んでいき、澪とナビスは聖水一瓶と免罪符を購入した。物販で働いているのはマルガリート本人ではなく、見習いらしい少女達であったが、皆可愛らしかったので、この子達も人気出るんだろうなあ、と澪は思う。

 聖水は、白磁でできている。すらりとしたデザインで、なんとなくマルガリートらしさを感じるものだ。

 免罪符には美しい模様の入った紙に整った文字で『あなたに祈りを』と書いてある。澪もこの世界の文字が少しずつ読めるようになってきているが不安なので、一応ナビスにも聞いて確認してみたところ、やはり文字列は合っているらしい。学習の成果が出た!と澪は少し喜んだ。

 ……許してもらいたい罪がある訳でもないのだが、免罪符はこう、何か、本の栞か何かに使おうかな、と澪は考えた。それと同時に、『そういや聖書とかあるんだから、本の栞はグッズにしてもいいよねえ。なんか香り付きの奴とか……』などと商魂逞しく考え始めたが。




「レギナの礼拝式は、少々特殊なのです」

 物販での買い物も終えたところで、ナビスはもう1つ、澪に解説してくれた。

「複数の聖女様が順番に出てきて、1曲か2曲ずつ聖歌を歌ってゆかれる合同礼拝式と、1人の聖女様が執り行われる礼拝式とがあります。本日開催の礼拝式は、7名の聖女様による合同礼拝式ですね」

 ナビスの説明を聞いていた澪は、それってつまり……と頭の中で考え……納得した。

「あー、成程。対バンなんだ!」


「たいばん……?」

「うん。対バン。私の世界では、複数のアイドルが出てくるライブのこと、そういう風に言うの」

 澪にも多少の知識はある。アイドルなどが順番に何ユニットも出てくるタイプのライブのことを対バンというらしい、というくらいには。

「ほら、まだ駆け出しの、人気が低いアイドルだと、そのアイドルだけじゃお客さんそんなに入らないから、会場借りる費用とか考えると割に合わないじゃん?」

「ああ、成程……!確かに、7名の聖女が一度に礼拝式を執り行えば、聖餐の準備なども一度で済みますものね。効率的です」

 大聖堂で行う以上、礼拝式に会場費は必要ないのだろうが、聖餐の準備や焚く香やランプを灯すための油など、必要になるものは多く、準備には手間がかかる。特に、これだけの規模の礼拝式ともなると、用意する聖餐の量もとんでもないことになるわけである。当然、7人分同時開催してしまった方が、効率がいい。

「ということは、今日これ見てると、大聖堂の聖女様が全員見られるってことかあ」

「そうなるかと。物販は7人分、ありましたものね」

 澪は内心でちょっとばかり、わくわくする。何せ、この世界に来て初めて見る、ナビス以外の礼拝式だ。大いに物事を吸収し、そして、得た知識でナビスをもっと育てるのだ!

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