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信者争奪戦*3

 深夜ではあったが、このまま何も聞かずに帰すわけにもいかない。澪とナビスはカルボに茶を出して、詳しい話を聞くことにした。

「レギナの大聖堂の連中が、鉄と聖銀を流さねえようにしやがったんだ。おかげでメルカッタじゃ、鍛冶屋が混乱してるぜ」

 ……そして、最初からとんでもない内容が出てきて、澪とナビスは只々驚くこととなった。


「連中の言い分は、こうだ。『魔物に襲われて村を出ることになった人々の為に、大量の鉄や銅、聖銀が必要だ。だからこちらに卸す余裕はないのだが、こちらの注文を受けてくれるなら融通できる』ってな。……要は、レギナの連中の注文を聞く鍛冶屋にしか、鉄も聖銀も卸さねえって脅して来やがった」

「わーお……」

 カルボの言い分に想像を併せることになるが、恐らく、レギナの大聖堂の使者は、脅すようなことは言わなかったのだろう。あくまでも、『仕方なく迷惑をかけることになるが、最大限努力はしている。互いの為に協力関係を築きたい』というような体を取ったはずだ。

 だが、カルボの言う通り、脅しである。柔らかな、正義感と慈愛を盾にした、脅しだ。

「ええと……でも、それってそこまで悪い話でもないんじゃないの?レギナの大聖堂の注文がもらえるってことなら、仕事が安定するんじゃない?」

「そのためにつまらねえ仕事を安い賃金で請けろってのか?」

「あ、安いんだ……」

 安定した仕事が得られるなら、レギナの大聖堂としっかり提携してしまう、というのも手ではあるのだろう。だが、その結果低賃金で働かされるなら、話はまた別である。澪は内心で『レギナの人達、ここでポンとお金出しときゃこういう反感買わずに済むのに……』と思ったが、それは今後のため胸にしまっておく。

「聖職者ってのはそういうもんだろ?やれ、寄付だなんだ、皆の為だっつって、こっちを安く買い叩こうとしやがる。……お嬢ちゃん達みたいに金に糸目を付けねえ聖女様達は初めてだ」

 苦笑するカルボを見て、澪は『私達に財力があってよかった』と深く思った。お金で買えないものもあるが、ちゃんとお金を出すということは強固な信頼を築く近道でもあるのだ。


「しかし、レギナからの鉱石の供給が止まったとしても、ポルタナからの供給は止まらないので……その、メルカッタに居ても、お仕事はできるのではありませんか?」

 一方、心配もある。カルボが少々気の早い決断をしていないか、という心配だ。

 レギナから鉱石の供給が止められたとしても、ポルタナからの供給は止まらない。ならば、メルカッタにおいてレギナの鉱石が全てポルタナの鉱石に置き換わるだけなのである。

 ……だが。

「知らんのか。ポルタナからの鉱石は、悉くレギナの連中に買い占められてるぞ」

 カルボはそう、教えてくれた。




「嘘ぉ!?」

「なんてこと!」

「……知らんかったんだな、おい」

「知らんかった!知らんかったよカルボさん!」

 澪とナビスは大慌てである。ポルタナが手にした売り上げは分かっていたが、品物の行き先までは、把握していなかった。

「し、しかし、ポルタナからの鉱石は、メルカッタの鍛冶ギルドに納品しているはずですが……」

 そう。それもそのはず。ポルタナの鉱石は、鍛冶ギルドへと納品していたからだ。


 普段、澪とナビスが利用している『戦士ギルド』は、戦士達への依頼を取りまとめ、戦士達が狩ってきた魔物の素材を取りまとめることで、皆の業務の効率化と、魔物の素材の適正価格の保持を担っている。

 それと同じように、鍛冶師達の仕事を取りまとめたり、流れてきた鉱石の値段をできる限り変動させずに安定供給したりする役割を果たして居るのが、『鍛冶ギルド』であるらしい。澪はなんとなく、そのあたりをぼんやりとは知っている。

 ……そう。言ってしまえば、『鍛冶ギルド』は、半分公的機関のようなものなのだ。そこへ卸している鉱石が、誰かに買い占められる、ということは、普通では考えられないことなのだが……。

「レギナの連中が1人2人、ギルドに潜り込んでやがるんだろうよ。或いは、ギルドへ『献金』しやがったのかもな。けっ」

 どうも、そのあたりも不透明であるらしい。ナビスが隣で『なんてこと!』と憤っているのを見る限り、間違いなく、ありえない状況ではあるのだろうが。

「……では、ギルドを介さずに鉱石を直接、鍛冶師の皆さんにお届けすべきでしょうか?」

「いや、結局は堂々巡りだ。それを不正だってギルドから摘発されたら、お嬢ちゃん達が困るだろ」

「そりゃそうだ。そこで私達がギルド側の不正を訴えても、まあ、水掛け論だもんねえ」

 水掛け論、そして泥沼へと進んでいったなら、間違いなく不利になるのは経済基盤の整っていないポルタナである。下手したら、これを機にレギナがポルタナを『統一』しようなどと言い出しかねない。それは避けたい。


「そういうわけだ。俺達がポルタナに引っ越しちまうのが、一番手っ取り早い。……向こうだって、どうせ俺達にはそれができねえって高括ってやがるんだろうからな」

「そうだよね……カルボさんも、お店を離れるの、大変だもんねえ……」

 鍛冶屋は、設備が無いとできない仕事だ。そして、他所で同じように設備を整えたとしても、まったく同じにはならないであろうことは澪にも分かる。

 つまり、鍛冶師の引っ越しとは、使い慣れた道具を捨てるということなのだ。職人にとってそれは非常に痛い決断だろう。

 ……だが、その痛い決断をしてでも、引っ越す方が良い。そう、カルボは判断したのだ。

 それだけ、レギナの者達が不信感を抱かせている、ということなのだろうが……澪とナビスとしては、何ともやるせない気分になるのだった。


「……ま、そういうわけでな。メルカッタに居たら、またレギナの連中が『宗教の勧誘』に来かねねえしな。あれが中々にめんどくせえ。聖女様が直々にいらっしゃったってなあ、お嬢ちゃん達見た後じゃ、ありがたみも半減するってもんだ」

「ええっ!?」

「あー、分かる分かる。何せナビスは可愛い。どんな聖女様だって霞む霞む」

「えええっ!?」

 深々と頷いた澪に、あわあわとナビスが慌て、それらを見たカルボはなんとも穏やかに笑って……それから改めて、もそもそ、とベンチの上で姿勢を正す。

「まあ、そういう訳だ。レギナの連中に『カルボは絶対に言いなりにならねえ』って示してやるためにも、ポルタナへ移住しちまいてえ。許可を貰えるか」

「許可も何も、ポルタナは善き人々その全てを歓迎しておりますから。是非、いらしてください」

 居心地の悪そうな顔をしていたカルボの手を握ってナビスが微笑めば、カルボも少々ぎこちなく笑う。この、いかにも不器用そうな職人も、美少女には弱いようである。

「ま、私達としては嬉しいよ。腕のいい職人さんが増えていくのは、ポルタナが元気になる近道だから!」

「それに、ポルタナが持つ鉄や金や聖銀といった資源を、有効に活用してくださる方がいらっしゃるというのなら、ポルタナの民として、とても嬉しく思います」

 カルボはきっと、ポルタナを元気にしてくれるし、ポルタナで元気になってくれる。正に、澪とナビスが望んだ関係を築ける人なのだ。


「……なら、決まりだな」

 カルボは笑って、澪とナビスを見て……言った。

「20人ほど、世話になりてえ。いいか?」


「……にじゅうにん」

「にじゅう、にん……?」

 そして、澪とナビスはそれぞれ目を円くする。

 カルボ1人の移住を考えていたのだが……想像より、大分、多い。

「流石にちと多すぎるか?だが、折角ならメルカッタの腕利きは全員引っ越しちまった方がいいだろうと思ったんだが……」

 だが、不安そうな顔になったカルボが不器用に弁明しようとし始めたところで、澪が右手、ナビスが左手をぎゅっと握る。

「大歓迎!来て!20でも30でも、来て!」

「是非!是非いらしてください!こちらの準備が整い切らないかもしれませんが、精一杯、お手伝いさせていただきますので!」

 ……さて。これから諸々の準備が大変そうだが、それはそれだ。

 鍛冶師達が移住してくるというのなら、歓迎しない理由が無いのである!




 そうして、4日もすればメルカッタの鍛冶師達がぞろぞろとポルタナへ集まってきたのだった。

「……全員カルボさんと雰囲気似てるねえ」

「そうですねえ……あら、あの方もドワーフかしら……?」

 集まった鍛冶師達は、概ね全員、強面である。ついでに、小柄な者も多い。類は友を呼ぶ、ということなのかもしれない。

「あと、増えたねえ」

「二十人以上、いらっしゃいますねえ……」

 ついでに、増えた。20と聞いていた人数は、30に届きそうなほどに増えている。

「おう、お嬢ちゃん達。引っ越してきたぜ」

 そうしてぞろぞろと、強面揃いが挨拶に来る。澪もナビスも少々気圧されつつ、大勢の強面を眺めることになった。

「ようこそ!えーと……増えた?」

「ああ。ちと、想定より多くなった。いいか?」

「勿論、歓迎いたします。ですが、この人数ですと、お住まいが用意できていなくて」

 さて、強面であるのはよしとしても、人数はいただけない。いきなり人数が増えるとなると、流石に澪もナビスもその他のポルタナの人々も、対応できないのである。

 だが。

「一応、工房はあるんだけど古いんだよね。修理も結構難しいみたいで」

「ああ、構わん。適当に鉱山の中掘って住み着くが、いいな?工房も山の中に作っちまうが」

 ……どうやら、諸々の心配は必要なかったらしい。『故郷を出てから初めての山堀りだ!』『一から工房を立ち上げるのも久しぶりだなあ』と楽しそうにしている鍛冶師達を見ていると、諸々が雑でもまるで気にされないであろうことはすぐわかった。

「はい!願ったり叶ったりです。どうかよろしくお願いします。お手伝いできることがあれば、何なりと仰ってくださいね!」

「あ、そうだ。山の中に住むのはいいんだけどさ、もう既に鉱山の中に住んでる人と骨居るから、仲良くやってね!」

「何!?そんな奴が……いや待て、骨!?骨ってなんだ!?」

 が、こちらは流石に雑に放り投げるわけにはいかないらしい。


 結局、澪とナビスはその後、鍛冶師の集団を既存の鍛冶師達と引き合わせたり、鉱山の中に住み着いている名物鉱夫にぞろぞろと引き合わせて『びっくりした!』と驚かせてみたり、そして地下3階でスケルトンと人間の鉱夫達が入り混じって仕事をしている様子を見せたり、と、鍛冶師達を連れ回した。

 ……流石に骨には驚かれたが、既に人間の鉱夫達が慣れていることもあったのか、鍛冶師達は『まあこういうものか』と納得してくれたらしい。勿論、『珍しいこともあるもんだ』という感想らしいが。

 こうして、鍛冶師達はポルタナに移住して、いよいよ、ポルタナでは原料としての鉱物を販売するのではなく、加工したものを販売できるような基盤が整い始めたのである。




 ……さて。

 こうして鍛冶師達を救うことはできたが、大きな問題が、澪とナビスの進む先に横たわっている。

「それにしても……レギナの方々は、明確にポルタナを敵視している、ということでしょうか」

「う、うーん……そう、かもしれないよねえ」

 そう。今回のことも、前回のコニナ村のことも、裏には大都市レギナの聖女が関係していると聞く。

 そろそろ、大都市レギナとの関係を、考えた方がいい。


「ポルタナの名産は、鉄と聖銀です。鉄はともかく、聖銀は、ただ開拓地を興すだけならそうは必要ないものでしょう。元々が高価なものですから。それをわざわざ規制しようというのならば……」

「ポルタナを潰そうとしてるってこと、かあ……えーと、そんなにうちだけ潰したいってこと、ある?」

 ナビスの話を聞いて、澪は少々慎重になる。

 ポルタナはあくまでも、小さな漁村だ。最近では製塩に鉱山に、と潤ってきたが、大都市のような人口は流石に持っていない。レギナがわざわざ潰しにくるようなものでもないように思われるが……。

「……実際、あるかもしれねえぞ」

 だが、そこでカルボがそう言いだしてしまった。

「俺も、お嬢ちゃん達から『ポルタナで聖銀が出るようになって、ギルドに卸してる』っつう話を聞いてなかったら、ポルタナで聖銀がこんなにちゃんと出てるなんて知らなかったからな」


「えっどういうこと!?」

 これは初耳である。しかも意味が分からない内容である。『ポルタナで聖銀がこんなにちゃんと出てるなんて知らなかった』とは、一体どういうことか。

「何、簡単な話だ。本来市場に出回る分は、全部レギナが買い占めちまった。ついでに、それで聖銀を買いそびれた奴らには『ポルタナで聖銀が出たという噂は聞いているが、標本箱に収める程度のわずかな量しか採掘できていないのが現状らしい』と吹き込んでやがったんだよ」

 これには、澪もナビスも困惑するしかない。

 そう。つまるところ……レギナの誰かが明確に、ポルタナの聖銀の評判が上がらないようにと工作していたのだ。

『ポルタナから聖銀が出た』という話があっても、実際にその聖銀が買い占められて一切市場に出回らない状況では、聖銀の質も量も、まるで伝わらない。『結局、聖銀なんて採れてないんじゃないか』と疑われておしまいなのである。

 これでは、ポルタナのブランドを落とすことになる。『聖銀が出ているというのも見掛け倒し』などと言われていたとしても、反論の余地が無い。

 勿論、『噂の噂を聞いてそれを流布してしまった』といったように言い逃れすることはできるだろう。だが、実際、レギナの者がギルドからポルタナ聖銀を買い占めていたということは分かっているのだ。どう見ても、そこには悪意か策略かが見て取れる。




「レギナの連中が、ポルタナが聖銀の産地になったっつう話を隠してるんだろ。買い占めも多分、ソレだ」

「うう、本当にそうなのかあ……」

「ああ。これは、明確にポルタナを潰そうとしてやがるぞ」

 カルボの話を聞いて、澪とナビスは顔を見合わせる。

 ……そして。

「……ねえ、ナビス。私達も、マルちゃんがやってたみたいなこと、やってみようか」

 澪は、提案するのだ。

「偵察!レギナに行ってみよう!」

 守りに入るより、攻めるべきなのだ、と。

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