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信者争奪戦*2

 それから、澪とナビスはポルタナへ戻って、マンドレイクをおばちゃん達に渡してある程度の量まで切り干しマンドレイクにしてもらう。

 また、ごく薄く切ったマンドレイクを油で揚げたマンドレイクチップスは大変美味しかったため、それらと、切り干しマンドレイクにせずそのまま調理するマンドレイクとを聖餐に用意しての礼拝式を執り行うべく、その宣伝も兼ねてメルカッタへ向かうことにした。

 ……道中でブラウニー達の所に寄って、マンドレイクのお裾分けとミニライブを行ってきた。ブラウニー達はにこにこぴょこぴょこ、今日も可愛らしい。この可愛らしい生き物達の為にも、早く金のどんぐりを見つけたいところだが……。


 ブラウニー達に見送られてメルカッタに到着した澪とナビスは、早速ギルドで礼拝式の宣伝を行う。今回は『物販で新商品が出るよ!』と全面に押し出しての告知なので、ギルドの面々も興味津々であった。

 そして同時に、コニナ村の人の行方を聞く。……もし、彼らがコニナ村に戻りたいのであれば、『マンドレイクは退治しましたよ』と伝えてあげたいのだ。

 だが……。

「ああ……コニナ村か。それなら聞いたことがあるぜ」

「本当ですか!?」

「教えて教えて!あそこに居た人達、どこに行ったの!?」

 コニナ村について知っている戦士を見つけて、『教えて!教えて!』とやると、戦士は勿体ぶるでもなくあっさりと教えてくれた。

「なんでも、三か月かもう少し前に、あのあたりでマンドレイクが大量発生したらしくてな。あそこには住めねえってんで、揃ってレギナの方へ移住したそうだ」


「……レギナに?」

「移住、ですか……?」

「ああ。なんでも、レギナの聖女様の1人のお導きで移住したらしいぜ」

 ……少々、雲行きが怪しくなってきた気もする。澪とナビスは顔を見合わせて、なんとなく、互いに不安な顔をするのであった。




 それから、澪とナビスはギルドの隣の食堂で食事を摂りつつ、唸る。

「う、うーん……なんか、ちょっと釈然としない話だったなー」

「そうですね……レギナ近郊に、開拓地、とは……」

 そう。他の戦士達からも情報を集めたところ、どうも、妙な話が出てきたのである。

 それは、『レギナの聖女が、過疎地の村人に救いの手を差し伸べ、開拓地をレギナ近郊に造っている』というものだった。

「まあ、いいことなんだろうけど……数が多いよね」

「ええ。コニナ村の外にも、いくつか、小さな村が魔物に襲われたり食糧難に陥ったりして、そこを聖女様に救われた、ということでしたが……ええ。ほぼ同時期に複数の村が危機に陥るとは、思い難いですね」

 この話については、澪以上にナビスの猜疑心が強いらしい。困惑しながらも、それ以上に……疑っているのだ。

「……説明は、付くのです。確かに近年、急激に魔物が力を増していますから。ポルタナがそうであったように、魔物によって村を出ざるを得ない人々が居ることも、十分に説明が付くかと。しかし……それにしても、それらのほぼ全てを1人の聖女が救っている、となれば、あまりにも……」

 そう。確かに、魔物の大量発生や、それによって生じる食糧難などは十分に『有り得る』範囲内だ。

 だが、タイミングが良すぎる。

 魔物に襲われてから、村人達が村を出ていくまでの猶予はどのくらいだろうか。精々、長く見積もっても数日といったところではないだろうか。

 ……聖女は、その『たった数日』を逃さず各地を巡ったことになる。となるとやはり、どこかに『仕組まれた何か』を感じてしまうのだ。

「……まさか、マンドレイクを撒いて、村人を追い出しておいて誘致する、なんてこと、する人は居ないと思うけど……」

「しかし、理論上は可能です。マンドレイクを専門機関で栽培するため、マンドレイクの種が流通しています。勿論流通は制限されていますが、それを手に入れて蒔けば……豊かな農地の広がるコニナ村であれば、すぐにマンドレイクが育つでしょう。戦えない村人には脅威です」

 更に、一応、『実現可能』ときたものだ。澪はいよいよ、頭を抱える。

「……つまり、レギナの聖女が村を潰してその村人を誘致する、なんていうことをして、レギナ周辺に人を集めている、ってことも、十分にあり得るのかー」

「ええ。可能性だけなら。……そして、その可能性は高いように思えます。コニナ村で、マンドレイクの駆除にそうそう失敗するはずがありません。それこそ、異常な大量発生、または人為的な何かでも無い限りは」


 ……澪としては、『まだ断定はできないよね』と考えている。だが、ナビスは、ほぼ確実に人為的なものがあると考えているようだ。

 少々珍しいような気もする。澪よりはナビスの方が慎重な性分であろうことは、すでに分かっているのだから。だが、だからこそ、今ここでナビスがこれほどまでに疑っているというのならば……本当に、『そう』である可能性が高いのではないだろうか。

「うーん……私達、レギナの聖女っていうと、マルちゃんしか知らないんだよなあ」

「マルガリート様ですね?ううん……私も、彼女以外にレギナの聖女様のことは、ほとんど存じ上げておりません。お名前だけは数名分、分かるのですが……」

 澪はなんとなくだが、『多分、マルちゃんじゃないだろうなあ』と、思う。もし彼女が何かをしていたのなら、澪に話しかけてきた時には既に動いていたことになる。あの時の彼女からは、そんな気配は無かったように思うが……。

「あー……他に気になることといえば、前、文句つけてきた神官さん居たけど、あの人、マルちゃんのとこの神官さんじゃなくて、別のレギナの聖女様の神官さんだったかもしれないんだよね」

「そう、ですね……彼が仕える聖女様がどなたかは、分かりませんが……」

 まあ、結局のところ、堂々巡りである。結論は出ない。今結論を出すには、情報が少なすぎるのだ。


「……ま、いいや。とりあえず、彼らが無事に移住できてるっていうなら」

「そうですね。人命が第一です」

 そうして澪とナビスは話を打ち切った。誰が犯人かは分からない。犯人が本当に居るのかすら、分からない。だが、ひとまず、人命が助かったらしいことだけは確かなのだ。

「ね。無事に暮らしてるなら、また移住してもらうことだって可能っしょ?」

 なので澪は明るく笑う。

「彼らがもし、レギナの近くの農地に満足してるなら、それはそれでいいと思うんだ。でも、『また戻れるよ』って教えてあげるのは、悪いことじゃないよね?」

 にやり、と澪が笑えば、ナビスはぽかん、として……それから目を輝かせて、はい、と嬉しそうに頷いたのだった。




 ひとまず、レギナ近郊の開拓地とやらへ向かう前には礼拝式がある。

 今回の礼拝式のはマンドレイクをたっぷり提供することができるし、何より……今回から出すグッズがあるのだ。

「ふふふ……今後のライブではペンラを振る観客を見られるってわけよ」

「ぺんら……これを振るのですね?」

 澪がにこにこと見つめ、ナビスが、ふり、ふり、とやっているそれは、ペンライトもどきである。

 そう。今回、鉱山地下3階でスケルトン達が骨々(こつこつ)と頑張って夜光石を採掘してくれているおかげで、遂にペンライトのグッズ化ができたのである。

 作りは至極単純だ。木の棒に、夜光石を留め付けただけ。つまり、棒の先端が光る、といった具合のものなのだ。

 尚、廉価版として、夜光石を加工する際に出た夜光石の粉を松脂で練って棒に塗布したものも販売する。光量は劣るが、夜光石の粉末をこのように活用することで、無駄のないグッズ製作が行えるのだ。

 また、廉価であれば多くの人が買えるだろう。信者を誰1人だって取り残さず礼拝式に参加してもらいたいので、他にも、夜光石のビーズを通した組み紐のブレスレットなども販売する。これらが夜のポルタナを彩ると思うと、澪は今から楽しみである。

「へへへ。なんかこれ、なんか、魔法の杖みたいでかわいくない?」

「魔法の杖、ですか?……確かに、小さな錫杖、といった具合で可愛らしいと思います!」

 夜光石の小さなペンライトは、ほんのちょっぴり、魔法少女のステッキめいて可愛らしい。もっとかわいいデザインのものも作れたらよかったのだが、生憎、そこまで凝れるほどには職人の数が足りていない。……相変わらず、鍛冶師に石工に、と、不足している職人は多い。より多くの職人を誘致したいところだが……。


 礼拝式の準備は、今回も村のおばちゃん達に手伝ってもらう。

 今や、村のおばちゃん達は『ナビス様のお手伝い係』を自負して、立派にスタッフとして働いてくれていた。いつの間にやら、お揃いのナビスマークを入れたエプロンを身に着けており、すっかりやる気が入っている。これには澪もナビスも満面の笑みである。おばちゃんは強い。おばちゃんは頼りになる。そしておばちゃん達は、時々お茶目で可愛いのだ!

「ナビス様!このマンドレイクのスープはもう出しちまっていいかね!?」

「はい!お願いします!」

「あーあーあー、おばちゃん!おばちゃん!こっちのフライドマンドレもお願い!」

「よしきた!任せな!ほらほら、ミオちゃんはもう、物販の方に行きな!ここはおばちゃん達がやっとくから!」

 聖餐の準備がどんどん進んでいく一方、庭にはもう、観客が大勢集まっている。……ポルタナの教会の庭では、そろそろ人が収まりきらなくなってきた。いずれ、また別の会場を設ける必要が出てくるかもしれない。


「さあ!物販始めるよー!新商品もあるから、並んでる間に見本とか見ててね!」

 物販を始めると、わやわやと客が並んでいく。今回は、並んでいる間にも物販の商品一覧を見られるよう、数か所にグッズの見本を置いてある。値段もしっかり書いてあるので、『えーと、じゃあお釣りの無いように準備しておこう』とやってくれる客が多くなり、結果、お会計のスピードアップにも繋がった。

 今回も、澪とナビスが物販を担当する。澪が会計を行い、ナビスがグッズを手渡す、という流れは、もうすっかり慣れたものだ。そして、直々に聖女様からグッズを渡されるともなれば、信者達は大いに喜ぶのだ。一度捕まえた信者を手放さないためにも、今後も是非、この方式でやっていきたいところである。




 ……そうして物販が売り切れ続出の内に終了し、続いてようやく、礼拝式……ライブが始まる。

 今回からは、スケルトンホネホネライブからの輸入で、澪がドラムを叩く曲が入る。やはり、打楽器の音は人間の本能に働きかけてくれる。皆、大いに盛り上がってくれた。

 また、ペンライトの効果も確かだった。暗くなってゆくポルタナの夜を夜光石の光が彩る様は、中々に綺麗なのだ。

 曲に合わせて揺れる幾多の光は、ナビスへの信仰の現れ。それだけ皆がナビスの歌に同調し、ナビスを見つめているということなのである。

 ……それだからか、ナビスの光り具合はいつにも増して強くなった。そう。信仰心が、よりナビスへ届くようになったのである!

 動員人数が増えているからでもあるのだろうが、恐らく、それ以上に1人1人から得られる信仰心が強まっている。それが打楽器の音によるものか、ペンライトふりふりの効果なのか、それらが全て合わさった効果なのかは分からないが……ひとまず、『大成功』と。そういうことなのである!




「あああー……疲れたねえ」

 そうして礼拝式が終わった深夜の教会で、澪とナビスは片付けを終えて、2人、へふ、と聖堂のベンチでぐったりしていた。

「……でも、楽しかったねえ」

「ええ、本当に。今回は今までより強く、皆の信仰を集めることができましたもの」

 ぐったりしていながらも、2人の表情は明るい。

 手ごたえがあった。それが、2人の表情を明るくしている。……これだけの信仰心を集めることができるのだから、鉱山地下4階の解放も、そう遠くないだろう。

「グッズ、今回も完売しちゃったね。もっと増産できるといいんだけど……職人さんが増えない限りは、これ以上は無理だよね」

「そうですね。今の状況でも、彼らには無理を強いてしまっていますから……」

 だが、鉱山地下4階を解放するより先に、間違いなく、こちらを優先すべきである。

 そう。今、来てくれた鍛冶師達は少々働きづめになってしまっているのである。……尤も、彼らは『聖銀を打てる!』『ナビス様のグッズを俺が作れるんですか!?』『ポルタナのご飯おいしい!ひゃっほい!』と非常に幸せそうではあるが。

「それから、会場も手狭になってきたよね……。後、人が増えた分は近海をもっと整備して……ううう、やることがいっぱいだよー」

 やることが、山積みである。あちらを増やせばこちらも増やさねばならない、といった具合なのだから、何かをやればやるほど、やることは増えていくのだ。

「でも、楽しいですねえ」

「うん。それはそう。楽しい。この、やることいっぱいで大変なのも、楽しい!大変!でも楽しい!」

 それでも、楽しいのは良いことだ。

 ……澪は思う。きっと、自分1人だと、こんなに楽しめないだろうなあ、と。

 共に成長していくポルタナを喜び、共に計画を立て、共に作業に取り掛かるナビスがいるからこそ、澪はこんなにも、諸々を楽しめている気がする。

 澪がこの世界でやっていけているのは、なんだかんだ、ナビスのおかげなのだ。


 ……さて。そうして2人が『そろそろ寝ようか』と話し始めたころ。

「すまんが、いいかい」

 ぎい、と教会の扉が開いて、そこに、小柄な姿がぴょこり、と覗いた。

「あ、あれ?カルボさん?どうしたの?」

 そこに立っていたのは、鍛冶師のカルボである。




「光が漏れてたんでな。まだ居るかと思って来ちまったが……1つ、相談に乗っちゃあくれねえか」

 どうぞどうぞ、と招き入れて彼をベンチに座らせる。澪とナビスはその前の列のベンチに後ろ向きに正座して、背もたれ越しにカルボと向かい合う姿勢だ。……少々お行儀が悪い気もするが、ちら、と見た隣のナビスが、ちょこんと座って背もたれに両手を乗せている様子があまりに可愛らしいので良しとする。カルボも、細かい行儀を気にする人ではないだろう。

「相談、ですか?なんなりと。それも教会の役目ですから」

 ナビスが微笑むと、カルボは少々気まずげに不器用な笑みを返して、それから話し始める。

「ああ。ポルタナでは鍛冶師を募集してたっつったな。俺達を雇っちゃくれねえか?」


 これには澪もナビスも驚いた。何せ、カルボはこの間、ポルタナへの移住を打診した時に断ってきたのだから。

「そりゃ、願ったり叶ったりだけど……どうしたの?何かあった?」

 これはいよいよ何かあったぞ、と思った澪が聞いてみると……。

「……メルカッタじゃ、もう、望む仕事ができそうにねえからな」

 少々不穏な言葉が聞こえて、澪とナビスは顔を見合わせるのだった。


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