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信者争奪戦*1

 あれから、2週間ほど。

 ナビスはミオと共に、ポルタナでもメルカッタでもない……そしてポルタナ街道沿いでもない場所で、野営していた。

「こちらの方へ来るのは久しぶりですね」

 ナビスは焚火を枝でつつきながら、思いを馳せる。

 今、向かっているのはポルタナと似たような……それで今のポルタナのような発展を遂げているわけでもない、ごく小さな農村である。

 名を『コニナ』というその村には、かつて、ナビスが幼い頃、母と一緒に来訪したことが数度ある。

 聖女の居ないコニナ村へ祈りを捧げるため、この長い道を、母と2人、歩いた。あのころの記憶は、朧気ながらも確かにナビスの中にある。

 ……そんなコニナ村も、ポルタナが魔物に襲われてから交流が無くなってしまった。今、赴いたところで彼らの協力を得られるだろうか。

「そっかー。久しぶりなんじゃあ、ほとんど初めまして、ってかんじ?」

「ええ。ほとんど初めまして、ですね。私が本当に小さい頃に来たきりですから」

 少々の不安を抱えながら、ナビスはまた焚火をつつき……それから、ミオの顔を見る。

 ミオは、楽しそうにナビスを眺めていた。そして、ナビスを安心させるように笑いかけてくる。

「ま、そういうことなら遠慮なく、初めまして、って気分で行けてありがたいなあ。ナビスは知ってるけど私は知らない相手って、ちょっと緊張するんだよね」

 ほら。ミオはナビスを安心させてくれる。『悪いことばかりじゃないよ』と教えてくれる。ミオがやりやすいなら、ナビスが少々やりづらくとも構わないと思える。

「へへへ。信者、増えるといいなー」

「ええ。……そのためにも、コニナ村が抱える問題を、我々が解決できるとよいのですが」

 ……まあ、明日、なんとかなるだろう。

 ナビスは今までの自分からしてみると不思議なくらい楽天的にそう考えて、また、焚火をつんつんやり始める。それを見ていたミオは、『これ、枝の先っぽにマシュマロつけて焼いたら楽しそうだなあ』と言い出したので、『ますまろ……?』とナビスは首を傾げることになったが。



 +



 翌朝。澪とナビスは野営から目覚め、また元気に歩き出す。

 向かう先はコニナ村。澪がやってきた頃のポルタナと同程度の規模の村らしい。

 これから先、澪とナビスはこうした小さな村を巡って、そこで信者を獲得していきたい。

 それは、レギナやカステルミアといった大規模都市の聖女に対抗する上で必要なことだ。予め基盤がしっかりしていれば、『潰される』ようなことはないだろう。

 ……そう。これから澪とナビスは、聖女の宗教戦争に身を投じていくことになる。こちらに争う気が無くとも、向こうはあるだろう。信者の数は一定で、パイの大きさは限られる。勿論、ある程度は複数の『宗教』および『推し』を掛け持ちできたとしても、その掛け持ち自体を許さない宗教もまた、存在するものと思われる。

 だが、澪とナビスは信者を増やしたい。澪は元々、元の世界に戻るためには信仰心が必要だ。そしてそれと同時に、この世界をよりよくしてみたい、という気持ちもある。

 どうせなら、皆が幸せに生きられた方がいい。そのためなら、澪は多少の苦労は背負うつもりだし、ナビスもそうだろう。

 ……宗教とは、そういうものだ。『どうせなら、皆が幸せに生きられた方がいい』。そういう気持ちから生まれるはずのものなのだから、当たり前といえば、当たり前なのかもしれない。

「コニナ村は農業が盛んな村ですから……食料供給の頼りになるはずです」

「それでいて、ポルタナの塩やお魚、鉄なんかは欲しい、って訳だもんね。よーし、互いの利益目指して頑張るぞー!」

 尤も、澪とナビスがやろうとしていることをミクロな視点で見てみれば、聖人というよりは、商人のそれであるが。

 ……澪とナビスがコニナ村を訪れる理由は、至極単純である。

『信者と、農作物を確保するため。ついでに、塩や魚の販路を拡大するため』なのだ!




 そうして野営を挟みつつコニナ村へ向かえば、そこには……荒れた土地があった。

「……えっ、なんか想像してたのと違うんだけど」

「え、ええ……私も想像していたのと大分、違います……」

 農村がこんなに荒れていていいのだろうか。だが、見渡す限り、農作物というよりは雑草がもりもりと生い茂った土地が続いている。

「廃村になっちゃった、ってこと?」

「いえ……そんな、まさか……」

 戸惑いながら、澪とナビスはコニナ村の中を進んでいく。

 場所は、ここで間違いないだろう。『ようこそコニナ村へ!』という看板が入り口の門にかかっていたし、雑草の下にあるのは一度耕された形跡のある土だ。柵で仕切ってある箇所もあり、如何にも、人の手が入っていた様子がある。

 だが、荒れている。人も居ない。……放棄されてしまったのだろうか。


 ここに居たはずの人々は、どこへ行ってしまったのだろうか。少し進めば、畑の痕跡のみならず、家屋の類も見えてきた。だが、人々が居ないのである。

 少し家屋の中を覗いてみたところ、家財の類は綺麗に無くなっている。ということは、突然村人が消えてしまったというよりは、全員で引っ越した、という具合なのだろうが……。

 その時だった。

 ぴぇええええええ、と、鳴き声のようなものが家屋の外から聞こえてくる。

「……何の声だろ」

「ま、まさか……」

 戸惑う澪の一方で、ナビスは驚愕に目を見開き……そして、身構えた。

「ミオ様!大変です!マンドレイクです!」


「マンドレイクはその鳴き声で、周囲の生き物を殺しにかかってきます!」

「えっヤバいやつじゃんそれ」

「あと、とても美味しいです!」

「マジ!?俄然やる気出てきた!」

 マンドレイク、といえば、なんとなく澪にも分かる。引っこ抜くととんでもない叫び声を上げて、それを聞いた人間を殺す、という。そういうものだろう。

 だが、それが美味しいとは。

 ……澪は、『大根みたいなかんじかなあ、お芋みたいなかんじかなあ』と想像して、にっこり笑う。美味しいものは、良い。

「そして、これらは音を発する魔物ですが、逆に音を発されるとその鳴き声の効力を失います。特に、魔除けの力を乗せたものはびっくりするほどよく効きます!」

「うわ、私達の為にあるような魔物だぁ……」

 最早、澪もナビス以上にしっかりと身構えている。手には聖銀のラッパ。そして心には美味しい物への期待。

「よっしゃー!いくぞー!マンドレイクの煮物ーっ!」

「はい!マンドレイクのスープーっ!」

 澪はラッパを吹き鳴らし、そして、ナビスが声高らかに歌う。……周囲が死んだマンドレイクでいっぱいになるまで、そう時間はかからなかった。




「えー、では……いただきまーす」

「いただきます!ああ、久しぶりです!マンドレイクのスープ!」

 ということで、澪とナビスはその場でマンドレイクを調理して、昼食とすることにした。

 マンドレイクは『ジューシーな芋、もしくはちょっとでんぷん質の人参』という具合であった。ころころと角切りにして炒めれば、表面はカリッと焼けて、その内側は瑞々しく旨味たっぷりでありながらねっとりと濃厚なのである。

 それをそのまま煮込めば、表面の焼けた部分がスープを吸い込んでふやけて柔らかくなって、また異なる食感を生む。旨味がスープにも溶け出して、非常に美味な一皿となっていた。

「わー、すごい……すっごい、おいしい……」

「丸焼きにしても美味しいですし、きっと、『ふらいどぽてと』のように揚げても美味しくなると思うのです!」

「うん。これ、次の礼拝式の聖餐にしよ!これと、あと塩漬けにしてあるドラゴン肉とでスープ作ってさ……」

 澪とナビスはマンドレイクの味を心行くまで堪能し、今後の話などもしてみる。

 ……何せ、コニナ村には、とてもたくさんのマンドレイクが繁殖していたようなのだ。今やすっかり祓われたそれらだが……これだけマンドレイクが繁茂していたら、コニナ村の人々も村を捨てて引っ越しせざるを得ないだろう。

「……この村に居た人達、どこに行っちゃったのかなあ」

「マンドレイクが原因だったと思われますが……もし村へ戻ってきていただけるなら、嬉しいですね」

 コニナ村に居た人々が、戻って来てくれればよいのだが。……澪とナビスは、すっかり静かになった村の様子を眺めながら、今はただのんびりと、マンドレイクのスープを味わうのだった。

「……ところで、マンドレイクとも和解の道を模索すべきだったでしょうか」

「いやー……向こうが殺しにかかってきてるところで和解しようとするの、難しくない……?あと、知能が生まれる隙が、見当たらないっていうか……。それに、ほら、美味しいし」

「そうですねぇ……」

 2人ののんびりとした会話は、特に誰に聞かれることもなく、青空にほややん、と溶けていくばかりである。




 マンドレイクのスープを堪能したら、次はマンドレイクの収穫である。

「結構広範囲に生息してたんだねえ」

「そのようです。……このように死んだマンドレイクも放置しておくと、そこからまた根付いて増えてしまいますから、確実に処理していかなくては」

「逆に、管理がちゃんとできるようなら、マンドレイク畑を作ってみてもいいかもねえ……美味しかったし」

「そうですね。とても美味しいですから……うふふ」

 コニナ村の人々が今居なくとも、この村は安全な場所にしておきたい。いつか、彼らが帰ってくるかもしれないのだから。それに、マンドレイクは美味しいので。

「うーん……どうする?このあたり、一応探してみる?コニナ村の人達、近くに引っ越しただけなら、見つかるかも」

「しかし、やみくもに探すのも得策ではないでしょう。ここは一度、メルカッタで情報を集めてみるのも良いかもしれませんね」

 澪とナビスの用があるのは、あくまでも人である。土地は人が住む為に必要だが、やはり、2人の目的は人なのだ。ここに居たであろうコニナ村の人々の行方が分からないことには、彼らを信者にすることもできず、農作物などの取引もできない。

「じゃ、一旦メルカッタに寄ってからポルタナに戻るかんじかなあ」

「いえ。メルカッタの前に、ポルタナへ戻らなければ。これだけの数のマンドレイクですと、切り干しマンドレイクにしてもまだ余りそうですが……」

「切り干しマンドレイク……!?」

 ……何はともあれ、ひとまずは撤退。だが、お土産付きの撤退なのだから無駄ではないはずだ。

 澪とナビスは、ここに居た人々の無事を祈りつつ、マンドレイクを拾い集めていくのであった。

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