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原始の祈り*3

 音楽は、原始的な娯楽だ。音楽は、ずっとずっと昔から、人々と共に在った。

 楽しい音楽があれば、人々の体は勝手に踊り出す。リズムを楽しむことができる。そして美しいメロディに心を震わせ、その音の全てに感動することができるのだ。

 これは、正に澪の得意分野である。澪はずっと、吹奏楽部でそういう経験を積んできたのだから。

「まずは低音!低音出るパーカッション作ろう!」

 なので、澪はまず、太鼓を作ることにした。




 太鼓の製作はいつものごとく、ブラウニー達に頼んでしまった。簡単な太鼓くらいなら自分達でも作れそうだったのだが、折角なので癒されようと思ったのである。

 ブラウニー達の為にライブを開けば、ブラウニー達は楽しそうにぴょこぴょこ飛び跳ね、ふりふりと体を揺らして楽しんでくれた。かわいい。

 そしてブラウニーに作ってもらった太鼓が……今、澪とナビスの目の前にある。

 鼓笛隊の太鼓のように、背負子が付いたものだ。これならば、持ち運びにもそれほど困らないだろう。……そして。

「わーい、超高級な太鼓だぁ」

「ドラゴンの革を張った太鼓など、他に無いでしょうね……」

 ……そう。出来上がった太鼓は、レッサードラゴンの革を用いた、言ってしまえば『超高級な太鼓』なのである。

「まあ、しょうがないよね……今、ポルタナにある革って、ほとんどドラゴン革だから……」

「ドラゴン革を売って牛革を買うのも、なんとなく無駄な気がしますものね……」

 まあ、有り余っているドラゴン革で、1つくらいこういう贅沢品を作ってみてもいいだろう。何せ、ドラゴンの革は良い皮だ。牛革よりもこう、ファンタジー力が強くてもおかしくない。澪はそう期待している。何かファンタジーっぽいことが起きることを、期待している!

「あら、いい音ですね」

 ……そして、ファンタジー力はともかくとして、音は、非常に良い。ぼん、とよく響く低音は、まさにバスドラムのそれ。澪は『いいねいいねー』とにんまりする。

「それにしても、太鼓……というのは、何故ですか?」

「ん?ほら、打楽器って、一番原始的な楽器だからさ」

 早速、澪は太鼓を演奏してみる。ぼん、ぼん、とよく響く低音に、太鼓の縁を叩く硬質な高めの音が合わさる。

 ドラムセットのようにはいかないが、これでも十分、複雑なリズムを刻むことができる。澪がそうして太鼓を演奏していると、ナビスは『わあ、すごい!』と目を輝かせながら体を揺らし、ブラウニー達が勝手に踊り出す。どちらもかわいい。

「ね?低音でがっつりリズム刻んでたら、誰でもノッちゃうんだ。生き物って、そういう風にできてるんだよ」

 ライブ会場などは特にそうだが、低音を強調して音を流すことが多い。強い低音は物理的に体を震わせ、心臓にまで届き、そして、原始的な興奮を呼び起こすのだ。

 あの効果を再現するには、バスドラム1つでは音量が足りないだろうが……だが、大きくバスドラムを鳴らした時、確かに、空気が震えるのを感じ取ることができる。全く効果が無いとは、言えないだろう。

「……あ」

「ど、どうされました!?」

「スケルトンって、心臓とか無いから、空気の振動ってあんまり、関係ない……?」

 澪は気づいてしまったが……だが、『まあ、骨だって響くっしょ!』と割り切ることにした。多分、骨も打てば響く。震えれば震える。そう信じたい。




 さて。メルカッタへ向かった2人が次に用意するのは……。

「それからやっぱ、原始的な興奮って言ったらコレじゃない?」

「お酒、ですか……?」

 酒である。

 澪とナビスは、メルカッタで大きな葡萄酒の樽を1つ丸ごと購入することにした。スケルトンに振る舞う分だけでなく、今後、ポルタナの人々が楽しむ分として取っておいてもいいだろう、ということで。

「……スケルトンは、飲食をするのでしょうか」

 だが、樽を見つめつつ、ナビスは真剣に考えているらしかった。まあ、スケルトンは、内臓が無い。食べ物を消化することはできない、ということになる。当然である。

「やー……しないと思うなあ。でも、記憶はあるんじゃないかな。多分ね」

 澪もそれは分かっていたが、それでも、食べ物と酒を用意してみたかった。

 食べることも飲むことも、やはり原始的な娯楽である。特に、酒は体に作用して、勝手に興奮状態をもたらしてくれるのだ。こんなに便利なものはない。……まあ、スケルトンにその効果が有るかは分からないが。だが、人間だった頃に酒を飲んだあの感覚を少しでも思い出してくれれば、と思うのだ。

「そうですね。人間だった頃の楽しみを覚えていてくれれば、きっと人間に近づいてくれるはずです」

「うん。ひとまず目標はそこらへんで!」

 澪とナビスは笑い合って、スケルトンがもうちょっと人間っぽくなったらいいなあ、と共に思うのだ。




 ……そして2人はまた、鉱山地下3階へと足を踏み入れる。

「ごめんくださーい!」

「こんにちは!皆さん、今日もお勤めご苦労様です!」

 澪とナビスが入っていくと、スケルトン達は首を傾げたり、特に気にせずつるはしを振るい続けていたり、まちまちな反応である。つまり、前回同様のぼんやりボーンである。

「えーと、差し入れ……って言っても、仕事中にお酒飲むわけにはいかないか。就業時間っていつだろ」

「ええと、夕方、合図のラッパがあった後、だと思います」

「成程ね。つまり私が合図出していいってことだ」

 合図に使っていたラッパ、というと、拾った聖銀のラッパだろう。なら、そのまま聖銀のラッパを使えばいい。ただし、聖銀のラッパを吹くと魔除けの光が生まれてスケルトンに迷惑となる。澪は一旦地下2階へ上がり、そこでラッパを吹き鳴らした。

 かつての合図がどのような音の並びだったのかは分からないが、どのみち単管のラッパでは吹けるものなど限られている。至極単純な音列を高らかに鳴らしていけば、きっと、当時のものに近い音となるだろうと割り切って吹く。

 ……そうしてラッパを吹き終えた澪は、鉱山地下2階を明るく照らしてしまいつつ、地下3階へ戻る。

 入口の方は魔除けの光が入ってきてしまっていたのだが、スケルトン達は奥の方に避難して浄化を逃れているらしい。同時に、澪とナビスへの警戒が高まってしまったようだが……澪は、『集合してくれたってことで、いいっしょ!』とにっこり笑った。

「えーと、今日もお仕事お疲れ様!突然なんだけど、差し入れ用意したからどうぞ!」

 少々警戒の強いスケルトン達に呼び掛けて、どん、と酒瓶を置いていく。澪が背負ってきた分を全て置ききって、その隣に、ナビスが用意してきたドラゴン肉の串焼きの皿を置いていく。

 すると、当然のようにスケルトン達はぼんやりカタカタしているだけだ。だが、敵意は消えた、だろうか。困惑が敵意を上回ったのかもしれない。

「ほらほら!飲んで飲んで!ついでに食べてってね!」

 だが、その困惑もここまでだ。酒の瓶を早速開封して、中身を木のカップに注いで、それをスケルトンの1体に差し出す。……すると、スケルトンはぼんやりとした動作ながらも、そのカップを受け取ったのだった。


 1体に酒を持たせてしまえば、あとは早かった。ナビスも手伝って、次々にスケルトン達の手を酒と串焼きで塞いでいく。

 スケルトン達も、数体が酒のカップを持ち始めたり、串焼きを持ち始めたりし始めると、その様子に合わせようと思うのか、皆が酒や串焼きを受け取りに来て……。

「……やっぱこの人達、絶対色々覚えてるって」

「そうですね。一気に親近感が……」

 ……今、スケルトン達は、澪とナビスの前に列を作って待っている。お行儀よく、順番待ちしているのだ。この光景には、澪もナビスも思わず笑顔になってしまう。スケルトンというものは、やはり、元が人間なのである!


「おーおー、いいねいいね。皆、フェス仕様になってきたね」

「ふぇすしよ……ええと、お祭りのような状態、ということですね?」

「うんうん。そんなかんじ!」

 そうして順番待ちのスケルトンが捌け切ると、すべてのスケルトンが酒と串焼きを手にしている状態になった。……そして、その中で澪とナビスも、串焼きを食べ始める。丁度、小腹が空いたので。また、長らくものを食べるという行為から離れていたであろうスケルトン達に、『こうやってたよね』と思い出してもらうため。

「おいしーね」

「ええ。ドラゴンのお肉って、どうしてこんなに美味しいのでしょうか……」

 ドラゴン肉もそろそろ生のものは無くなるが、そんなドラゴン肉はしっかり熟成が進み、獲れたてだった頃より深い味わいを持つようになっていた。美味しい肉を食べて、澪もナビスも表情をほころばせる。

 ……そして、そんな2人を見ていたらしいスケルトン達は、戸惑いながらも思い出すように、そっと、肉の串焼きを口に運び始めた。

 澪とナビスは少々の緊張を以てして、スケルトン達の喫食を見守り……。

「えっ消えたんだけど」

「……消えましたね!」

 そこで、とてつもなく不思議なものを見た。

「え、え、どこに消えてんの?肋骨スケスケなのに……?」

 ……そう。

 スケルトン達が食べたものは、飲み込まれて、そしてそのまま消えたのである!


 スケルトン達は食べ、そして酒をも飲み始めた。だが、それらは皆等しく、口を通り過ぎたあたりで消えるのである。……頭蓋骨だって、口腔の空間が確保されている訳でもないだろうに、何故か、食べ物は骨と骨の間から落ちてしまうでもなく、酒も一滴も零れず……消えている。

「あっ、ミオ様!こうして下から覗き込んでいると、食べ物が消えるところが見えますよ!」

「わざわざ見るもんでもなくない!?」

「いえ、でも、ほら!ほら!すごく不思議な眺めですよ、ミオ様!」

 案外好奇心旺盛なナビスに誘われてスケルトンのお食事風景を下から覗き込んでみると……スケルトンの歯で咀嚼された食べ物が、喉のあたりでふわりと光になって消えていくのが見えた。

 これ、いいのかなあ、と澪は思ったが、スケルトン達は相変わらず、食事を続けている。時々カタカタカタ、と頭蓋が揺れるのは、もしかして、笑っているのだろうか。

「……まあ、スケルトン達が楽しそうだから、いっかあ」

「はい!」

 スケルトンの謎の力を見せつけられた訳だが、『まあいいや!』と澪は割り切ることにした。細かいところまで気にしていると、こう、精神が擦り減りそうである!




 擦り減る精神は置いておいて、いよいよ、澪とナビスは本題に入る。

 そう。酒も串焼きも、彼らに人間であった頃の記憶を少し取り戻してもらうためのもの。そしてここから始まるのは……スケルトンであったとしても楽しめる、原始のエンターテイメントだ。

「さーて!皆!今日は盛り上がっていこー!」

 ぼんぼん、と澪が太鼓を叩くと、スケルトン達は澪の方を見て何事かと首を傾げる。……反応が、出てきた。今やスケルトン達は、ぼんやりボーンの集団ではない。それぞれに意思があることがはっきり分かるような、そんな状態になっていた。

「またナビスが歌うよ!楽しんでね!」

 澪は早速、太鼓でリズムを刻み始める。

 低く大きく響く音は、坑道内にしっかりと響き渡った。そしてきっと、スケルトン達にも、響いている。

 そしてナビスが歌い始める。かつて鉱山の中で響いていた労働歌は、澪の太鼓のビートに合わせて、スケルトン達を揺り動かし……。


 あっ、と澪は思った。

 澪の視線の先で、スケルトンの2体が、肩を組んで体を揺らし始めたのである。

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